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5話(仁視点)
しおりを挟む「なんだよ煽られるふりって……帰ったら覚えてろよクソガキ」
颯太の広い背中を見送ってから、俺は悪態を吐きながら目に掛かる前髪を掻き上げた。三ヶ月間、整髪料を使っていない髪は触り心地が良い。
若い頃から舐められないためにガチガチに固めてたのは、やはり髪に無理をさせてたのだと実感する。
それにしても、体が熱い。
ヒートとか関係なく、颯太といるといつだってそうだ。今まで抱かれた誰よりもあいつの香りがよく感じるのは、番だからなんだろう。
頸を噛まれた瞬間から、体の中の何かが変わった。俺の全てが番のアルファーのものになったって実感が確かにある。
俺は熱い体を持て余したまま、ベランダにでた。
(意外と、悪くねぇんだよな)
颯太がいなければ、どんなにムラムラしても他で発散することができない。窮屈かと思ったが、実際やってみるとどうってことなかった。
若いアルファー様万歳だ。
むしろ、待ってる時間も楽しいなんて陳腐なことを思っちまうくらいだった。今日はどうやってあいつを誘おうかって作戦を練るのは面白い。
俺はベランダの柵にもたれ掛かって煙草に火をつける。部屋は禁煙、ベランダも本当はよろしくないのだと颯太は言う。
どこで吸えってんだよ、まったくめんどくせぇことだ。
そう思っても本人のいないときに吸うようにしてるし、携帯灰皿をちゃんと用意したし、人は簡単に変わるらしい。
「しかし、こんなに上手くいくとはな」
ニヤけ顔がひっこまねぇ。
あの夜、ヒート誘発剤まで飲んで待っていた甲斐があったってものだ。
(番いにまでなれたのは、想定以上の幸運だったけどな)
そう、俺はあいつを狙って車に引き摺り込んだ。
アルバイトが終わる時間もあの道を通る時間も全て把握して、あいつとヤるためだけに自分の意志で組を抜けてきたんだ。
そもそも親父のイロが姐さんに手を出して、五体満足でいられるわけがねぇ。
堅気に話す加減がわかんねぇせいで嘘を盛りすぎちまったけど、あいつはあっさり信じやがった。
颯太は今後も俺を手放さないだろう。
家族がおらず、心のどこかで自分にだけ注がれる愛情を求めているのが言動の端々に出ている。
無職の俺が「なんかやっとくことあるか」と聞けば、「おかえりなさいといってらっしゃいを言って欲しい」なんてな。
どんだけ欲がないんだか。
「パッと見はこんなに贅沢な暮らししてんのによぉ」
都会の真ん中で駐車場のあるワンルームマンションなんて、大学生には過ぎた物件だ。
これが国から実質無料で貸してもらえるってんだから、アルファーって生き物がどんだけ優遇されてるか分かる。
同じ孤児でも、ようやく見つけた就職先でレイプされた挙句にクビになった俺とは大違いだ。
駐車場に停まってるのは、俺のも含めて高級車ばっか。親が金持ちのアルファーまで国の恩恵を受けてるんだろう。
不公平にも程がある。
(俺みたいなのが居ると、この贅沢な暮らしも危うくなるだろうに)
何度かこのマンションでオメガに出会ったことがある。番や恋人を連れ込むのは暗黙の了解なんだろうが、流石に紋付きってのはどうなのか。バレたらやばいに決まってる。
でも颯太はそんなことを言ったこともなければ気にする素振りもない。
家族のいない颯太には、守るものもないからって言っちまえばそうなんだろう。でも、アルファーの番に対する愛の注ぎ方ってのは異常だ。
俺たちの世界じゃ、番のオメガのためにアルファーが刃傷沙汰なんてのも珍しくねぇしな。ベータの人口が多い世の中じゃなきゃ、毎日なんかしら事件が起こっているに違いねぇ。
短くなったタバコから口を離し、紫煙が流れて消えていくのを眺める。
すると、一台の車がふと目に止まった。
俺のと同じ、黒塗りの高級車だ。
「……招かれざる客か」
舌打ちをして、タバコを携帯灰皿に放り込む。部屋に戻った俺を見ていたかのように、呼び鈴が部屋に響き渡った。
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