8 / 12
深い口付け
しおりを挟む
当時のカルロスは、大人たちに連れられて森に遊びに来ていた。
だが好奇心旺盛で恐れをしらない少年は、大人たちの隙をついて一人で奥まで進んでしまったのだという。
森の木に印をつけながら動植物たちを観察していたはずが、自分でもどこを歩いているのか分からなくなってしまった。
木々が太陽光を遮断し薄暗い森の中で心細くなり、途方に暮れて座り込んでいる時に声を掛けてくれた妖精のように美しい少年がいた。
ここは自分の庭のような森なのだと笑ったその子が、セルジュだったらしい。
「そんな子供の時の話なのに、なんで俺だと?」
「エトワール男爵家のセルジュだって名乗ってくれましたから。一生忘れない名前です」
セルジュはカルロスの手を引いて一緒に親を探した。
その途中で、セルジュは巣から落ちてしまった小鳥を戻したり、群れから逸れたらしい子鹿を誘導したりとあれこれ世話を焼いていた。
カルロスは、
「動物は助けても、君に何かあった時に絶対何もしてくれないよ」
と思わず言ってしまったらしいが。
「貴方は綺麗な目が落ちそうなほど開いて、『それって困ってるのを助けるか助けないかに関係ある?』って」
「ただただ、何も考えてなかったんだよ」
セルジュは苦笑した。
子どものころは他にすることがなく、とにかく森の中を走り回って遊んでいて、今では考えられないほど真っ黒になっていたことを思い出す。
弟はまだ小さかったので、動物しか遊び相手がいなかったのだ。
でも話を聞いていると、記憶の扉が叩かれる。
『君は心が綺麗だから、もし困ったことがあっても大丈夫だよ。その時は私が力になるから』
久しぶりに話した同い年くらいの男の子が、そう言って笑ってくれたのだ。
握手した時の温かくて柔らかい手。
愛らしくて高い声。
透き通るような紫の瞳。
そして、みずみずしい果物に似た爽やかな香り。
「あの、時の……」
「覚えてるのか」
朧げな夢が輪郭を持っていく。
たまに見るあの夢は、ただの夢ではなかったのだ。
嬉しそうに微笑むカルロスに、セルジュはただ頷いた。
夢で見て元気をもらっていたなんて、恥ずかしくて口が裂けても言えなかったが。
カルロスは目を細めて、セルジュの金色の髪を長い指で梳く。
「損得なんて考えずに行動する人、僕はそれまでに会ったことがなくて。こんなに心の綺麗な人がこの世にいるのかって本気で驚いたんです」
愛おしげに言われて、セルジュは胸が締め付けられた。
「ずっと貴方を探してた」
耳元で囁く深い音色に胸がときめくのを感じながらも、泣き出しそうな心地になる。
「再会してがっかりしただろう? 綺麗な心なんて、カケラも残ってなくて」
今の自分は、家の財政を立て直すことばっかりで人の気持ちを考える余裕もない。
森の動物たちなんて、最後に様子を見にいったのはいつだったかも思い出せなかった。
人道に反すると分かりながらも、薬を使って金持ちの令息と番になろうと企むほどなのだから。
しかし、カルロスははっきりと首を振った。
「そんなことはないさ。貴方が家族のために考えた結果だ」
カルロスは本当は、伯爵令嬢に頼んでパーティに参加した。セルジュと親しいことを知っていて、必ず呼んでくれと頼みこんだのだと。
いつも学校で伯爵令嬢にセルジュのことを聞いて、思いを募らせていたのだと話す。
それを聞いて嬉しくないはずもないが、セルジュはどうしても心のままにそう伝えることが出来ずに俯いた。
長い指がセルジュの顎にかかり、カルロスの方へ向かされる。
「僕のこと、お嫌いですか?」
セルジュは力なく首を左右に振る。
家のことを考えると、カルロスと番になるわけにはいかない。
けれども、紫の瞳を見てしまうと嘘はつけなかった。
「君みたいな人と恋をしてみたかった……番だって、本当は……っでも」
「充分だ」
熱い息と共に唇が重なる。
セルジュの泣いてしまいそうな吐息ごと吸い込まれた。
「好きだ」
息継ぎのたびにそう告げられる。
啄むように穏やかに、唇を喰まれた。
「俺も、好き」
ついに言葉にしてしまうと、もう止まらなかった。
カルロスの服にしがみついて、何度も何度も口付ける。
唇の間から舌を絡ませ、唾液を混ぜ合い。
口内の温度を交換するように、部屋に水音だけを響かせて夢中になった。
頭がふわふわと熱ってきたころ、ようやく唇が離れる。
蕩けた表情で濡れた唇に指を添えたセルジュは、もう後戻りは出来ないと分かりながらもカルロスの胸を押して体を離そうとした。
「あの、でも俺は、人の顔がお金にしか見えてないような人間で」
「ふ……!」
「わ、笑わないでくれ! 仕方ないだろ!?」
不意打ちを喰らったように吹き出したカルロスは、セルジュの言葉に謝りながらも肩を震わせていた。
おかしくて仕方がないというように笑う顔は、今までの落ち着いた雰囲気と違って年相応で。
少しかわいいと感じる自分にセルジュは気がつく。
「大丈夫、貴方の家のことはなんとかする。力になるって言っただろう?」
「……なんとかするって、一体どうやって……」
「近い内に分かるさ」
怪訝な顔をするセルジュにその理由も話さずに、カルロスは再び甘い口付けを落としてくる。
その口付けは先程よりも深く、セルジュは何も考えられなくなっていった。
だが好奇心旺盛で恐れをしらない少年は、大人たちの隙をついて一人で奥まで進んでしまったのだという。
森の木に印をつけながら動植物たちを観察していたはずが、自分でもどこを歩いているのか分からなくなってしまった。
木々が太陽光を遮断し薄暗い森の中で心細くなり、途方に暮れて座り込んでいる時に声を掛けてくれた妖精のように美しい少年がいた。
ここは自分の庭のような森なのだと笑ったその子が、セルジュだったらしい。
「そんな子供の時の話なのに、なんで俺だと?」
「エトワール男爵家のセルジュだって名乗ってくれましたから。一生忘れない名前です」
セルジュはカルロスの手を引いて一緒に親を探した。
その途中で、セルジュは巣から落ちてしまった小鳥を戻したり、群れから逸れたらしい子鹿を誘導したりとあれこれ世話を焼いていた。
カルロスは、
「動物は助けても、君に何かあった時に絶対何もしてくれないよ」
と思わず言ってしまったらしいが。
「貴方は綺麗な目が落ちそうなほど開いて、『それって困ってるのを助けるか助けないかに関係ある?』って」
「ただただ、何も考えてなかったんだよ」
セルジュは苦笑した。
子どものころは他にすることがなく、とにかく森の中を走り回って遊んでいて、今では考えられないほど真っ黒になっていたことを思い出す。
弟はまだ小さかったので、動物しか遊び相手がいなかったのだ。
でも話を聞いていると、記憶の扉が叩かれる。
『君は心が綺麗だから、もし困ったことがあっても大丈夫だよ。その時は私が力になるから』
久しぶりに話した同い年くらいの男の子が、そう言って笑ってくれたのだ。
握手した時の温かくて柔らかい手。
愛らしくて高い声。
透き通るような紫の瞳。
そして、みずみずしい果物に似た爽やかな香り。
「あの、時の……」
「覚えてるのか」
朧げな夢が輪郭を持っていく。
たまに見るあの夢は、ただの夢ではなかったのだ。
嬉しそうに微笑むカルロスに、セルジュはただ頷いた。
夢で見て元気をもらっていたなんて、恥ずかしくて口が裂けても言えなかったが。
カルロスは目を細めて、セルジュの金色の髪を長い指で梳く。
「損得なんて考えずに行動する人、僕はそれまでに会ったことがなくて。こんなに心の綺麗な人がこの世にいるのかって本気で驚いたんです」
愛おしげに言われて、セルジュは胸が締め付けられた。
「ずっと貴方を探してた」
耳元で囁く深い音色に胸がときめくのを感じながらも、泣き出しそうな心地になる。
「再会してがっかりしただろう? 綺麗な心なんて、カケラも残ってなくて」
今の自分は、家の財政を立て直すことばっかりで人の気持ちを考える余裕もない。
森の動物たちなんて、最後に様子を見にいったのはいつだったかも思い出せなかった。
人道に反すると分かりながらも、薬を使って金持ちの令息と番になろうと企むほどなのだから。
しかし、カルロスははっきりと首を振った。
「そんなことはないさ。貴方が家族のために考えた結果だ」
カルロスは本当は、伯爵令嬢に頼んでパーティに参加した。セルジュと親しいことを知っていて、必ず呼んでくれと頼みこんだのだと。
いつも学校で伯爵令嬢にセルジュのことを聞いて、思いを募らせていたのだと話す。
それを聞いて嬉しくないはずもないが、セルジュはどうしても心のままにそう伝えることが出来ずに俯いた。
長い指がセルジュの顎にかかり、カルロスの方へ向かされる。
「僕のこと、お嫌いですか?」
セルジュは力なく首を左右に振る。
家のことを考えると、カルロスと番になるわけにはいかない。
けれども、紫の瞳を見てしまうと嘘はつけなかった。
「君みたいな人と恋をしてみたかった……番だって、本当は……っでも」
「充分だ」
熱い息と共に唇が重なる。
セルジュの泣いてしまいそうな吐息ごと吸い込まれた。
「好きだ」
息継ぎのたびにそう告げられる。
啄むように穏やかに、唇を喰まれた。
「俺も、好き」
ついに言葉にしてしまうと、もう止まらなかった。
カルロスの服にしがみついて、何度も何度も口付ける。
唇の間から舌を絡ませ、唾液を混ぜ合い。
口内の温度を交換するように、部屋に水音だけを響かせて夢中になった。
頭がふわふわと熱ってきたころ、ようやく唇が離れる。
蕩けた表情で濡れた唇に指を添えたセルジュは、もう後戻りは出来ないと分かりながらもカルロスの胸を押して体を離そうとした。
「あの、でも俺は、人の顔がお金にしか見えてないような人間で」
「ふ……!」
「わ、笑わないでくれ! 仕方ないだろ!?」
不意打ちを喰らったように吹き出したカルロスは、セルジュの言葉に謝りながらも肩を震わせていた。
おかしくて仕方がないというように笑う顔は、今までの落ち着いた雰囲気と違って年相応で。
少しかわいいと感じる自分にセルジュは気がつく。
「大丈夫、貴方の家のことはなんとかする。力になるって言っただろう?」
「……なんとかするって、一体どうやって……」
「近い内に分かるさ」
怪訝な顔をするセルジュにその理由も話さずに、カルロスは再び甘い口付けを落としてくる。
その口付けは先程よりも深く、セルジュは何も考えられなくなっていった。
61
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜
鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。
そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。
あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。
そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。
「お前がずっと、好きだ」
甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。
※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる