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◆ 2 ◆
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運の悪い事に、ユゼフがクリスティーナへ指輪を贈ってから、定期的に行われる魔物討伐の時期になった。
ユゼフが討伐隊を率い、往復の時間も含めて約三週間に及ぶ行程で計画された。
シグルドと打合せ、詳細に計画を練り上げていく。
通常の仕事に加えての作業なので、寝る時間さえ削られる。
ユゼフがクリスティーナへ会う時間はどこにもなかった。
討伐の件は手紙でクリスティーナへ知らせてある。
彼女から返信された手紙はユゼフの体調を気遣う言葉が綴られていた。
ユゼフはその手紙をいつも軍服の内ポケットへ忍ばせてある。
彼女から貰った唯一の品だ。
「よりにもよって一番遠い場所かよ」
今回は帝国の東側にある黒の森が討伐場所になる。
国境に近いその森は、帝都からかなり離れた場所にあった。
「それより、隣国のことを聞いたか?」
「ノーグの件なぁ」
討伐場所である黒の森はノーグ国と隣接している。
そのノーグ国は王が代替わりして内政が不安定な状況だった。
というのも、新しい王が女性であり、貴族からの反発が大きかったからだ。
彼女を引き摺り下ろす為に動いている勢力があり、帝国も何かしら巻き込まれる可能性があると宰相から忠告されている。
「帝国へちょっかい掛けたらノーグ自体がなくなるだろうに」
ノーグは小国だ。
もし戦争となれば、帝国は数日で陥落させることが出来る。
それだけの国力差があった。
「その王ってのは馬鹿なのか?」
「いや彼女の評判はいい。腹違いの弟がいるが、そっちは馬鹿だ」
「その義弟が王位を狙ってるって訳か」
シグルドの短い説明でユゼフは正しく理解した。
「どちらにしても俺らは討伐に尽力しなきゃな」
目の前にある分厚い書類へ目をやり、ユゼフは溜息を付く。
今から討伐隊の参加者を決めて、彼らに魔物の知識を叩き込まなければならない。
ユゼフはシグルドを伴って訓練場へ向かう。
すでに討伐希望者が集まっていた。
討伐を希望する者の中には見知った顔も多々あったが、知らない顔も混じっている。
シグルドが組み分けをさせ、試合形式で実力を確認していく。
こういった時にユゼフはあまり口を出さない。
ただ黒髪の青年を見た時に、シグルドへ声を掛けた。
「ラルフがいるな」
「ああ、彼の母親がノーグ出身なんだ。あちらの言葉も話せるんで参加させるつもりだ」
「用意周到なこって」
「この討伐が終われば、お前は大将になる。俺は中将だろう?ラルフには俺の補佐をさせるつもりでいるから、その理由にな」
「シグ」
ラルフの試合を見ながら、ユゼフは唐突に切り出した。
「俺は討伐が終わったら軍を辞める」
「は?」
「代わりにお前を大将職へ推す。ラルフが必要なら、そっちも一緒にな」
「俺はまだ少将だぞ?中将飛ばして大将なんぞ有り得ん」
「今回の討伐が手土産だ。大将と宰相にはすでに下話をしてある」
「ユゼフは、お前はどうするんだ?」
「宰相補佐官になる」
シグルドはユゼフの顔を見て冗談ではないと確認すると、彼の胸倉を掴み、珍しく声を荒げた。
「ふざけんな!俺はお前みたいに大将って柄じゃない!」
ユゼフは抵抗しなかった。
討伐参加者たちはシグルドの声に試合の手を止めて、二人を見ている。
「今更、文官に鞍替えするって?女の為に軍を辞めるのか?」
「否定はしねぇ」
「勘弁してくれ。お前が大将だ!分かったな」
シグルドはそう吐き捨てると、訓練場から出て行った。
それを見てラルフがユゼフへと歩み寄る。
「どうされますか?」
「シグの事は俺で何とかする。悪ぃが参加者の選抜、このままやってくれるか?」
「承知しました」
ラルフは頷いた。
彼――ラルフ・クライバー――は大佐で、シグルドの補佐をしている。
討伐希望者の中で一番階級が高く、新人教育の部署に在籍していることもあるので、ユゼフはラルフへ指示した。
そして彼へ断って訓練場を後にする。
シグルドが怒ることは分かっていた。
同期で、友人で、ずっとユゼフの右腕として働いてきたのだ。
ユゼフが辞めるという事よりも、相談もなく勝手に決めた事への怒りだ。
女の為に、とシグルドは言ったが、正確にはクリスティーナの為だ。
彼女との未来は確定していない。
それでもクリスティーナとの将来を見据えた時に、軍に所属しているよりか文官でいる方が都合が良い。
その理由は、貴族であるシグルドなら分かるはずだ。
惚れた女の為に、出来る事は全てやっておきたい。
ユゼフはそう決めていた。
※
怒ったシグルドを説き伏せるのに時間は掛からなかった。
きちんと筋道を立てて、説明したからだ。
とはいえ、最終的にクリスティーナを思ってのことなので渋い顔をされたが。
そんな討伐直前のことだった。
シグルドと共に討伐計画の最終確認を行っていたユゼフは、扉を叩く音に書類から顔を上げずに答えた。
「入れ」
許可を出すのはユゼフだが、来客の対応するのはシグルドだ。
この時期、ユゼフの執務室を訪れるのは部下しかいない。
ひたすら書類に目を走らせているユゼフは、いつもと雰囲気が違うことに気が付いた。
部下ならば軍用ブーツの足音がするが、それが無い。
「シグ、誰が来たん、だ」
カツン、と軽やかなヒールの音にユゼフは顔を上げる。
そして、ここへ居るはずのない人物に目を瞬かせた。
「ティナ……?」
「ミュラー中将、俺は今から一時間ほど休憩を頂きます。クリスティーナ嬢、お茶も出せませんが、その間ゆっくりされて下さい」
してやった、と口元を微かに上げたシグルドは執務室を出て行った。
残されたのは呆然としているユゼフと、困ったような笑みを浮かべているクリスティーナだ。
すぐに我に返ったユゼフは彼女へソファーに座るよう勧めた。
自分もクリスティーナの向かい側へ腰掛ける。
「ファーレンハイト少将には内緒にして欲しいとお願いしていましたの。ご迷惑なのは分かっていたのですけど、出発前にどうしてもユゼ様へお会いしたくて」
「ティナがこんな所まで足を運んでくれるとは思わなかった。軍本部なんてご令嬢の来るところじゃねぇし、んっ」
いつもの言葉遣いになってしまい、ユゼフは咳払いをした。
「わたくしは大丈夫ですわ、ユゼ様」
「だがな」
「お付き合いしているのに遠慮など必要ありませんし、普段どおりのユゼ様を知りたいの」
ユゼフは思わず唸った。
会いに来て貰っただけでも今日死ぬのかと思うぐらい舞い上がっている。
その上で、お付き合いしているとクリスティーナの口から聞けて、理性が崩壊しかけていた。
そんな自分を必死に抑え込む。
「それから、これをお渡ししたくて。受け取って頂けますか?」
テーブルの上に置かれたのは、小さな箱だった。
ユゼフはクリスティーナの許可を取って中を確認する。
そこには翡翠が嵌め込まれたピアスが一粒、天鵞絨の上に乗っていた。
ユゼフはすぐにクリスティーナの瞳の色だと分かった。
しかも金色の土台だ。
じわじわと歓喜が沸き上がる。
「先日、ユゼ様から頂いた指輪が嬉しかったので。わたくしも瞳の色にしてみましたの」
「……ティナ、付けてくれねぇか?」
「はい」
クリスティーナはユゼフの隣へ移動する。
彼の左耳のピアス――宝飾品ではなく魔道具――を外して翡翠のピアスへ付け替えた。
ユゼフはそっと彼女を腕の中へ引き寄せる。
「ありがとう、ティナ」
「ユゼ様」
「うん?」
「どうかお怪我などされずに帰ってきて下さいませ。このピアスには少しですけどわたくしの魔力を込めております。ユゼ様から頂いた指輪と同じですわ」
ささやかながら彼女の魔力がピアスからユゼフへ流れ込む。
クリスティーナの肩口に顔を埋め、彼は身体を震わせた。
「ティナの魔力が傍にある。すっげぇ嬉しい」
「ふふっ、わたくしだって、いつもユゼ様の魔力が近くにありますわ」
「こんな嬉しいプレゼントは初めてだ」
それなりに遊び相手がいたユゼフだが、一度も女性からプレゼントを受け取ることはなかった。
渡されても必ず断る。
相手の物は受け取らないし、自分もまた渡さない。
それが彼の遊び方だった。
「ユゼ様は女性にモテると父から聞いておりますわ」
「ぐっ!」
過去の自分が走馬灯のように甦る。
クリスティーナは真っ青な顔をしたユゼフを見て、笑いを溢した。
「でも、父が言うんです。今までユゼ様が関係を持った女性は遊びで、わたくしの事は本気なのだと。根拠もなしにそんな事を口にする父ではありませんけど、理由は教えてくれませんの。おかしいでしょう?でも過去はどうあれ、わたくしはユゼ様を信じたいと思っております」
「ティナ」
「わたくしのお願い、覚えていらっしゃいますか?」
ユゼフの髪を撫でながら、クリスティーナは問う。
「恋をおしえて欲しい、と」
「ええ。ですから、約束を守って頂く為にも、どうかご無事で」
クリスティーナは、そうっとユゼフの額に唇を落とした。
ユゼフは堪らなくなって、クリスティーナの唇を奪う。
触れるだけの口付けだったが、ユゼフは満たされた。
「ティナ、帰ってきたらデートしよう。どこに行きたいか考えといてくれ」
「はい。楽しみにしております」
ユゼフとクリスティーナは黙ったまま、シグルドが戻ってくるまで抱き締め合っていた。
※
ユゼフたちは予定通りの行程で魔物討伐へ出発した。
朝早い時間で見送る人間はいない。
黒の森は国境付近ということもあって、あまり大規模な討伐は行わない。
下手に奥まで行けばノーグ側へ魔物が現れてしまうからだ。
「森の様子がおかしい。シグ、探索魔法を頼む」
黒の森へ何度も討伐で訪れているユゼフの第一声だった。
黒の森はここ数十年、魔物の種類や数は安定していた。
事前の調査でも異変を感じさせるものはなかった。
それがまだ森の入り口付近に居るのに、空気が淀み、まるで嵐の前の静けさのような沈黙を漂わせている。
馬が怯えて足並みが揃わない。
こんな事は一度も無かった。
「あんまイイ気分じゃねぇな」
残念ながらこういう勘を外した事はない。
年に数回とはいえ戦場へ身を置くと、培った経験が勘を磨く。
ユゼフは眉を顰めた。
そして、その勘は最悪の形で当たった。
「古種、だ。しかも名前付き」
「マジか!幻獣?竜種か?」
「竜種。近付いて来るスピードが速い。おそらく飛んでくる」
「くそっ!何が起こってんだよ」
ユゼフは馬から降りて戦闘態勢に入るよう討伐隊員へ指示する。
人を降ろした馬たちは、すぐに森から離れるように駆けて行った。
空気の中に殺気が混じり始める。
どんどん濃くなる殺気は、肌に痛みを感じる程になってきた。
ユゼフは双剣を、シグルドは大剣を手に構えた。
竜種が来るとなれば、他の魔物は一切出てこないだろう。
狙うは大物だけ。
この時点でユゼフの中での勝率は五分五分だった。
古種の、しかも名前付きが人を襲う事はあまりない。
名前付きは知性が高いので、理由がない限りは人間と関わらない。
それが真っ直ぐに人間がいる場所を目指している。
殺気から察するに、人間の方が彼の機嫌を損ねることをしたとしか思えなかった。
不意に陽の光が途切れた。
「来たぞっ!」
急降下してくる竜体の勢いを止める為に、シグルドが盾型の結界を投げつける。
それは音もなくぶつかり弾けた。
空中で動きを止めた竜は、ゆっくりと地上へ降りてくる。
赤い瞳と黒い巨体の持ち主で、人間を見定めるかのように縦目を向けていた。
怒りの所為か、口の端からは炎が漏れている。
「ファーヴニルか、随分怒ってんな。すぐブレス来そうだが、正面頼めるか?」
「俺とベティーヌで受ける。結界がいつまで持つか分からん」
「まぁ、頼むわ」
ユゼフは軽く首を鳴らす。
今にもブレスを吐きそうなファーブニルを見据えたまま、部下へ声を掛けた。
「シグが囮になっている間に行くぞ!」
魔力を纏わせた双剣を持ち直すと、ユゼフは一気に上空へと飛び上がった。
竜種で狙うのは首だ。
地上に二人だけを残し、残り全員がファーブニルの首へ剣を突き立てる。
硬い鱗に阻まれた者も多いが、数名は刃を肉まで食い込ませた。
だが致命傷には及ばない。
ブレスを吐きながらも、痛みに首を振るファーブニルに辛うじて喰らい付く。
ユゼフは刃が折れない限界まで魔力を注ぎ、首を何度も突き刺した。
隊員たちもファーブニルの暴れる背の上で、鱗の間の柔らかい場所を狙って攻撃していた。
「埒が明かねぇ」
手元にある得物では竜の首を切り落とせるだけの力はなかった。
こんな大物を相手にする予定はなかったので仕方ない。
彼は隣で同じように粘っているラルフへ声を掛けた。
「得意な属性は?」
「風です」
「うっし、じゃあ俺と一緒にこの傷へ攻撃魔法を叩き込むぞ」
鱗の間から見える深い傷を差し、ユゼフは指示した。
そろそろシグルドの結界が崩れそうなのは確認している。
隣に居るベティーヌの魔力が多いから何とか持っているが、一刻の猶予もなかった。
「魔力切れギリギリまでいけよ。後で高級ポーション使わせてやる」
「承知しました」
二人はタイミングを合わせ、傷口へ直接、風魔法を叩き込む。
ファーブニルはブレスと共に耳を劈くほどの咆哮を上げた。
首を振り上げ巨体を揺らし、隊員たちを身体から振り払っていく。
だが長くは続かず、ファーブニルは間もなく地響きと共に地面へ倒れ込んだ。
首は辛うじて繋がっているが、残っているのは皮一枚だった。
そんなファーブニルの身体は少しずつ砂の様な粒子になっていくと、さらさらと空気中へ舞い、最後に掌ほどの魔石だけが残された。
「うお、眩暈がする」
「私もです」
フラフラと地面を歩く二人に、額に汗を浮かべたシグルドとベティーヌが出迎えた。
彼らは彼らで結界一枚を隔てて戦っていた。
あと数秒で生死が変わっていたというギリギリの境界線だった。
ユゼフはシグルドへ赤く輝く魔石を放り投げる。
「随分デカい手土産になったなぁ、シグ。こんだけの魔石にゃ、なかなかお目にかかれねぇ」
「ああ、お前の思惑通り大将になってやる」
「頼むわ。ああ、マリウス・ベティーヌ少尉も良くやった。希望があれば出来る限り応えるつもりだ。帝都へ帰るまでに考えておけ」
「ありがとうございます、ミュラー中将」
感情をあまり表さない彼は、額の汗以外は疲れた様子もなく頭を下げた。
女性受けしそうな端麗な顔立ちなのに、他を寄せ付けない冷徹さを醸し出している。
ベティーヌ家はシグルドの生家であるファーレンハイトと同じ軍閥の家柄だ。
いずれシグルドの右腕になるつもりなのか、とユゼフは考えた。
少尉ならば、一階級飛ばして大尉まで出世させられるだろう。
馬が戻ってきたことを確認し、ユゼフは隊列を組み直す。
何とか定宿へ戻った討伐隊は、その日はそのまま解散した。
本来なら5日かけて行われる魔物討伐だが、ファーブニルというイレギュラーな存在によって計画が見直された。
ファーブニルを討伐したが、他の魔物が姿を見せる事はなかった。
一度帝都へ戻って、その後の状況次第では討伐隊を差し向けることで話が付いた。
予定よりも三日ほど早い帰還となった。
※
「は?今何て言った?」
剣呑な声色は殺気を含んでいた。
それに対して物怖じしないのはシグルドだからだ。
「クリスティーナ嬢にノーグ国から婚約の話が出ている、と言ったんだが」
「ふざけんな。俺は公爵から言質取ってんだぞ」
「小国とはいえ、あちらは王族だ。バーレ公爵とて無碍には出来ん」
「くそっ!」
ユゼフは執務机を力任せに叩く。
ここまできて邪魔が入るなど予想外だった。
討伐が終わり、穏やかな日々が戻って来た。
ユゼフは引継ぎが終わり次第、予定通り軍を辞めて宰相補佐官へ転身する。
シグルドは今回の討伐褒章で大将へ、ラルフは中将へ昇格が決まっていた。
マリウスは意外にもシグルドの元へ残らなかった。
彼は海軍を希望した為、大尉への昇進と共に異動することになっている。
「明後日の夜会は俺がエスコートする約束だ」
「無理だろうな。相手はもう帝国に入っている」
ユゼフは青筋を立てている。
拳を白くなるまで握り締めた。
「夜会で二曲踊ってくれると、ティナが言ってくれたんだぞ」
夜会でダンスを続けて踊るのは、婚約者か夫婦だけだ。
つまり婚約がまだでも周囲にはいずれ婚約するのだろう、と印象付けることが出来る。
付き合い始めた二人は、未だ夜会への出席はしていない。
観劇やお茶会で逢瀬を重ねており、少しずつではあるが距離を縮めていた。
この度ようやく夜会への出席まで漕ぎ付け、しかもユゼフが彼女へドレスを送ったばかりであった。
「……あれか?ノーグを征服すりゃあ後腐れもねぇな」
「軍を辞めるんじゃなかったか?」
「一日あれば終わるだろ」
シグルドは残念な子を見る感じでユゼフを見る。
「心配せずとも、バーレ公爵はあんな男の所へクリスティーナ嬢を嫁がせない」
「あんな男?」
シグルドは淡々と貴族の常識を教えた。
相手の男はアンドリューという現女王の義弟である。
例の王位を狙っているという俗物で、自国では結婚相手が見つからないほど女癖が悪い。
離婚したクリスティーナなら婚約が出来るだろう、という有体に云えば彼女を下に見てのことだった。
その上、帝国の後ろ盾が出来るという下心もある。
事実、クリスティーナはまだユゼフと婚約していない。
「頭も悪けりゃ、女癖も悪いって?」
「暗殺する、なんていうなよ。帝国で死なれたら面倒だ。それに」
「ん?」
「ファーブニルの件、どうもノーグが絡んでるようだ」
「あれの怒りの原因ってことか?」
「ファーレンハイトの影に調べさせているんだが、その馬鹿がやらかしたのかもしれない」
シグルドは声を落とす。
「奴の取り巻きが竜の卵を盗ったのではないかという疑いがある」
「はあ?」
「ファーブニルの卵かどうかは分からん。だが、竜の卵を見た者がいるらしい」
「飼い慣らすつもりか?戦力としては大きいが、だからこそ使役は難しいぞ。まさか帝国へ持ち込んでねぇだろうな?」
「それもまだ何とも言えん。もし帝国で卵が割れてみろ、それこそアンドリューの首だけじゃ足りない可能性もある」
もし卵が割れて、上手く使役できなければ、産まれてきたばかりの竜は暴れる。
たとえ小さくとも竜は竜だ。
下手をすれば死傷者が出る事態になる。
「卵は黒の森へ返したい。間に合わなければ、ノーグから取り上げ帝国で使役する。最悪、討伐だな」
「竜を使役って。出来る人間は限られるだろ?」
「俺かお前、後はマリウスぐらいか」
シグルドもユゼフも、苦い顔をする。
「「マリウス、だな」」
二人の声は重なった。
竜などという面倒なものを押し付けられるのは勘弁して欲しい、というのが本音だ。
文官に転身するユゼフには必要ない。
シグルドは何かに愛情を注いで育てることが出来ないタイプだった。
マリウスの気性は知らないが、仮にもベティーヌ家の人間だ。
上司権限で押し付ければ嫌とは言わない――言えない――だろう。
ユゼフとシグルドは揃って頷いた。
ユゼフが討伐隊を率い、往復の時間も含めて約三週間に及ぶ行程で計画された。
シグルドと打合せ、詳細に計画を練り上げていく。
通常の仕事に加えての作業なので、寝る時間さえ削られる。
ユゼフがクリスティーナへ会う時間はどこにもなかった。
討伐の件は手紙でクリスティーナへ知らせてある。
彼女から返信された手紙はユゼフの体調を気遣う言葉が綴られていた。
ユゼフはその手紙をいつも軍服の内ポケットへ忍ばせてある。
彼女から貰った唯一の品だ。
「よりにもよって一番遠い場所かよ」
今回は帝国の東側にある黒の森が討伐場所になる。
国境に近いその森は、帝都からかなり離れた場所にあった。
「それより、隣国のことを聞いたか?」
「ノーグの件なぁ」
討伐場所である黒の森はノーグ国と隣接している。
そのノーグ国は王が代替わりして内政が不安定な状況だった。
というのも、新しい王が女性であり、貴族からの反発が大きかったからだ。
彼女を引き摺り下ろす為に動いている勢力があり、帝国も何かしら巻き込まれる可能性があると宰相から忠告されている。
「帝国へちょっかい掛けたらノーグ自体がなくなるだろうに」
ノーグは小国だ。
もし戦争となれば、帝国は数日で陥落させることが出来る。
それだけの国力差があった。
「その王ってのは馬鹿なのか?」
「いや彼女の評判はいい。腹違いの弟がいるが、そっちは馬鹿だ」
「その義弟が王位を狙ってるって訳か」
シグルドの短い説明でユゼフは正しく理解した。
「どちらにしても俺らは討伐に尽力しなきゃな」
目の前にある分厚い書類へ目をやり、ユゼフは溜息を付く。
今から討伐隊の参加者を決めて、彼らに魔物の知識を叩き込まなければならない。
ユゼフはシグルドを伴って訓練場へ向かう。
すでに討伐希望者が集まっていた。
討伐を希望する者の中には見知った顔も多々あったが、知らない顔も混じっている。
シグルドが組み分けをさせ、試合形式で実力を確認していく。
こういった時にユゼフはあまり口を出さない。
ただ黒髪の青年を見た時に、シグルドへ声を掛けた。
「ラルフがいるな」
「ああ、彼の母親がノーグ出身なんだ。あちらの言葉も話せるんで参加させるつもりだ」
「用意周到なこって」
「この討伐が終われば、お前は大将になる。俺は中将だろう?ラルフには俺の補佐をさせるつもりでいるから、その理由にな」
「シグ」
ラルフの試合を見ながら、ユゼフは唐突に切り出した。
「俺は討伐が終わったら軍を辞める」
「は?」
「代わりにお前を大将職へ推す。ラルフが必要なら、そっちも一緒にな」
「俺はまだ少将だぞ?中将飛ばして大将なんぞ有り得ん」
「今回の討伐が手土産だ。大将と宰相にはすでに下話をしてある」
「ユゼフは、お前はどうするんだ?」
「宰相補佐官になる」
シグルドはユゼフの顔を見て冗談ではないと確認すると、彼の胸倉を掴み、珍しく声を荒げた。
「ふざけんな!俺はお前みたいに大将って柄じゃない!」
ユゼフは抵抗しなかった。
討伐参加者たちはシグルドの声に試合の手を止めて、二人を見ている。
「今更、文官に鞍替えするって?女の為に軍を辞めるのか?」
「否定はしねぇ」
「勘弁してくれ。お前が大将だ!分かったな」
シグルドはそう吐き捨てると、訓練場から出て行った。
それを見てラルフがユゼフへと歩み寄る。
「どうされますか?」
「シグの事は俺で何とかする。悪ぃが参加者の選抜、このままやってくれるか?」
「承知しました」
ラルフは頷いた。
彼――ラルフ・クライバー――は大佐で、シグルドの補佐をしている。
討伐希望者の中で一番階級が高く、新人教育の部署に在籍していることもあるので、ユゼフはラルフへ指示した。
そして彼へ断って訓練場を後にする。
シグルドが怒ることは分かっていた。
同期で、友人で、ずっとユゼフの右腕として働いてきたのだ。
ユゼフが辞めるという事よりも、相談もなく勝手に決めた事への怒りだ。
女の為に、とシグルドは言ったが、正確にはクリスティーナの為だ。
彼女との未来は確定していない。
それでもクリスティーナとの将来を見据えた時に、軍に所属しているよりか文官でいる方が都合が良い。
その理由は、貴族であるシグルドなら分かるはずだ。
惚れた女の為に、出来る事は全てやっておきたい。
ユゼフはそう決めていた。
※
怒ったシグルドを説き伏せるのに時間は掛からなかった。
きちんと筋道を立てて、説明したからだ。
とはいえ、最終的にクリスティーナを思ってのことなので渋い顔をされたが。
そんな討伐直前のことだった。
シグルドと共に討伐計画の最終確認を行っていたユゼフは、扉を叩く音に書類から顔を上げずに答えた。
「入れ」
許可を出すのはユゼフだが、来客の対応するのはシグルドだ。
この時期、ユゼフの執務室を訪れるのは部下しかいない。
ひたすら書類に目を走らせているユゼフは、いつもと雰囲気が違うことに気が付いた。
部下ならば軍用ブーツの足音がするが、それが無い。
「シグ、誰が来たん、だ」
カツン、と軽やかなヒールの音にユゼフは顔を上げる。
そして、ここへ居るはずのない人物に目を瞬かせた。
「ティナ……?」
「ミュラー中将、俺は今から一時間ほど休憩を頂きます。クリスティーナ嬢、お茶も出せませんが、その間ゆっくりされて下さい」
してやった、と口元を微かに上げたシグルドは執務室を出て行った。
残されたのは呆然としているユゼフと、困ったような笑みを浮かべているクリスティーナだ。
すぐに我に返ったユゼフは彼女へソファーに座るよう勧めた。
自分もクリスティーナの向かい側へ腰掛ける。
「ファーレンハイト少将には内緒にして欲しいとお願いしていましたの。ご迷惑なのは分かっていたのですけど、出発前にどうしてもユゼ様へお会いしたくて」
「ティナがこんな所まで足を運んでくれるとは思わなかった。軍本部なんてご令嬢の来るところじゃねぇし、んっ」
いつもの言葉遣いになってしまい、ユゼフは咳払いをした。
「わたくしは大丈夫ですわ、ユゼ様」
「だがな」
「お付き合いしているのに遠慮など必要ありませんし、普段どおりのユゼ様を知りたいの」
ユゼフは思わず唸った。
会いに来て貰っただけでも今日死ぬのかと思うぐらい舞い上がっている。
その上で、お付き合いしているとクリスティーナの口から聞けて、理性が崩壊しかけていた。
そんな自分を必死に抑え込む。
「それから、これをお渡ししたくて。受け取って頂けますか?」
テーブルの上に置かれたのは、小さな箱だった。
ユゼフはクリスティーナの許可を取って中を確認する。
そこには翡翠が嵌め込まれたピアスが一粒、天鵞絨の上に乗っていた。
ユゼフはすぐにクリスティーナの瞳の色だと分かった。
しかも金色の土台だ。
じわじわと歓喜が沸き上がる。
「先日、ユゼ様から頂いた指輪が嬉しかったので。わたくしも瞳の色にしてみましたの」
「……ティナ、付けてくれねぇか?」
「はい」
クリスティーナはユゼフの隣へ移動する。
彼の左耳のピアス――宝飾品ではなく魔道具――を外して翡翠のピアスへ付け替えた。
ユゼフはそっと彼女を腕の中へ引き寄せる。
「ありがとう、ティナ」
「ユゼ様」
「うん?」
「どうかお怪我などされずに帰ってきて下さいませ。このピアスには少しですけどわたくしの魔力を込めております。ユゼ様から頂いた指輪と同じですわ」
ささやかながら彼女の魔力がピアスからユゼフへ流れ込む。
クリスティーナの肩口に顔を埋め、彼は身体を震わせた。
「ティナの魔力が傍にある。すっげぇ嬉しい」
「ふふっ、わたくしだって、いつもユゼ様の魔力が近くにありますわ」
「こんな嬉しいプレゼントは初めてだ」
それなりに遊び相手がいたユゼフだが、一度も女性からプレゼントを受け取ることはなかった。
渡されても必ず断る。
相手の物は受け取らないし、自分もまた渡さない。
それが彼の遊び方だった。
「ユゼ様は女性にモテると父から聞いておりますわ」
「ぐっ!」
過去の自分が走馬灯のように甦る。
クリスティーナは真っ青な顔をしたユゼフを見て、笑いを溢した。
「でも、父が言うんです。今までユゼ様が関係を持った女性は遊びで、わたくしの事は本気なのだと。根拠もなしにそんな事を口にする父ではありませんけど、理由は教えてくれませんの。おかしいでしょう?でも過去はどうあれ、わたくしはユゼ様を信じたいと思っております」
「ティナ」
「わたくしのお願い、覚えていらっしゃいますか?」
ユゼフの髪を撫でながら、クリスティーナは問う。
「恋をおしえて欲しい、と」
「ええ。ですから、約束を守って頂く為にも、どうかご無事で」
クリスティーナは、そうっとユゼフの額に唇を落とした。
ユゼフは堪らなくなって、クリスティーナの唇を奪う。
触れるだけの口付けだったが、ユゼフは満たされた。
「ティナ、帰ってきたらデートしよう。どこに行きたいか考えといてくれ」
「はい。楽しみにしております」
ユゼフとクリスティーナは黙ったまま、シグルドが戻ってくるまで抱き締め合っていた。
※
ユゼフたちは予定通りの行程で魔物討伐へ出発した。
朝早い時間で見送る人間はいない。
黒の森は国境付近ということもあって、あまり大規模な討伐は行わない。
下手に奥まで行けばノーグ側へ魔物が現れてしまうからだ。
「森の様子がおかしい。シグ、探索魔法を頼む」
黒の森へ何度も討伐で訪れているユゼフの第一声だった。
黒の森はここ数十年、魔物の種類や数は安定していた。
事前の調査でも異変を感じさせるものはなかった。
それがまだ森の入り口付近に居るのに、空気が淀み、まるで嵐の前の静けさのような沈黙を漂わせている。
馬が怯えて足並みが揃わない。
こんな事は一度も無かった。
「あんまイイ気分じゃねぇな」
残念ながらこういう勘を外した事はない。
年に数回とはいえ戦場へ身を置くと、培った経験が勘を磨く。
ユゼフは眉を顰めた。
そして、その勘は最悪の形で当たった。
「古種、だ。しかも名前付き」
「マジか!幻獣?竜種か?」
「竜種。近付いて来るスピードが速い。おそらく飛んでくる」
「くそっ!何が起こってんだよ」
ユゼフは馬から降りて戦闘態勢に入るよう討伐隊員へ指示する。
人を降ろした馬たちは、すぐに森から離れるように駆けて行った。
空気の中に殺気が混じり始める。
どんどん濃くなる殺気は、肌に痛みを感じる程になってきた。
ユゼフは双剣を、シグルドは大剣を手に構えた。
竜種が来るとなれば、他の魔物は一切出てこないだろう。
狙うは大物だけ。
この時点でユゼフの中での勝率は五分五分だった。
古種の、しかも名前付きが人を襲う事はあまりない。
名前付きは知性が高いので、理由がない限りは人間と関わらない。
それが真っ直ぐに人間がいる場所を目指している。
殺気から察するに、人間の方が彼の機嫌を損ねることをしたとしか思えなかった。
不意に陽の光が途切れた。
「来たぞっ!」
急降下してくる竜体の勢いを止める為に、シグルドが盾型の結界を投げつける。
それは音もなくぶつかり弾けた。
空中で動きを止めた竜は、ゆっくりと地上へ降りてくる。
赤い瞳と黒い巨体の持ち主で、人間を見定めるかのように縦目を向けていた。
怒りの所為か、口の端からは炎が漏れている。
「ファーヴニルか、随分怒ってんな。すぐブレス来そうだが、正面頼めるか?」
「俺とベティーヌで受ける。結界がいつまで持つか分からん」
「まぁ、頼むわ」
ユゼフは軽く首を鳴らす。
今にもブレスを吐きそうなファーブニルを見据えたまま、部下へ声を掛けた。
「シグが囮になっている間に行くぞ!」
魔力を纏わせた双剣を持ち直すと、ユゼフは一気に上空へと飛び上がった。
竜種で狙うのは首だ。
地上に二人だけを残し、残り全員がファーブニルの首へ剣を突き立てる。
硬い鱗に阻まれた者も多いが、数名は刃を肉まで食い込ませた。
だが致命傷には及ばない。
ブレスを吐きながらも、痛みに首を振るファーブニルに辛うじて喰らい付く。
ユゼフは刃が折れない限界まで魔力を注ぎ、首を何度も突き刺した。
隊員たちもファーブニルの暴れる背の上で、鱗の間の柔らかい場所を狙って攻撃していた。
「埒が明かねぇ」
手元にある得物では竜の首を切り落とせるだけの力はなかった。
こんな大物を相手にする予定はなかったので仕方ない。
彼は隣で同じように粘っているラルフへ声を掛けた。
「得意な属性は?」
「風です」
「うっし、じゃあ俺と一緒にこの傷へ攻撃魔法を叩き込むぞ」
鱗の間から見える深い傷を差し、ユゼフは指示した。
そろそろシグルドの結界が崩れそうなのは確認している。
隣に居るベティーヌの魔力が多いから何とか持っているが、一刻の猶予もなかった。
「魔力切れギリギリまでいけよ。後で高級ポーション使わせてやる」
「承知しました」
二人はタイミングを合わせ、傷口へ直接、風魔法を叩き込む。
ファーブニルはブレスと共に耳を劈くほどの咆哮を上げた。
首を振り上げ巨体を揺らし、隊員たちを身体から振り払っていく。
だが長くは続かず、ファーブニルは間もなく地響きと共に地面へ倒れ込んだ。
首は辛うじて繋がっているが、残っているのは皮一枚だった。
そんなファーブニルの身体は少しずつ砂の様な粒子になっていくと、さらさらと空気中へ舞い、最後に掌ほどの魔石だけが残された。
「うお、眩暈がする」
「私もです」
フラフラと地面を歩く二人に、額に汗を浮かべたシグルドとベティーヌが出迎えた。
彼らは彼らで結界一枚を隔てて戦っていた。
あと数秒で生死が変わっていたというギリギリの境界線だった。
ユゼフはシグルドへ赤く輝く魔石を放り投げる。
「随分デカい手土産になったなぁ、シグ。こんだけの魔石にゃ、なかなかお目にかかれねぇ」
「ああ、お前の思惑通り大将になってやる」
「頼むわ。ああ、マリウス・ベティーヌ少尉も良くやった。希望があれば出来る限り応えるつもりだ。帝都へ帰るまでに考えておけ」
「ありがとうございます、ミュラー中将」
感情をあまり表さない彼は、額の汗以外は疲れた様子もなく頭を下げた。
女性受けしそうな端麗な顔立ちなのに、他を寄せ付けない冷徹さを醸し出している。
ベティーヌ家はシグルドの生家であるファーレンハイトと同じ軍閥の家柄だ。
いずれシグルドの右腕になるつもりなのか、とユゼフは考えた。
少尉ならば、一階級飛ばして大尉まで出世させられるだろう。
馬が戻ってきたことを確認し、ユゼフは隊列を組み直す。
何とか定宿へ戻った討伐隊は、その日はそのまま解散した。
本来なら5日かけて行われる魔物討伐だが、ファーブニルというイレギュラーな存在によって計画が見直された。
ファーブニルを討伐したが、他の魔物が姿を見せる事はなかった。
一度帝都へ戻って、その後の状況次第では討伐隊を差し向けることで話が付いた。
予定よりも三日ほど早い帰還となった。
※
「は?今何て言った?」
剣呑な声色は殺気を含んでいた。
それに対して物怖じしないのはシグルドだからだ。
「クリスティーナ嬢にノーグ国から婚約の話が出ている、と言ったんだが」
「ふざけんな。俺は公爵から言質取ってんだぞ」
「小国とはいえ、あちらは王族だ。バーレ公爵とて無碍には出来ん」
「くそっ!」
ユゼフは執務机を力任せに叩く。
ここまできて邪魔が入るなど予想外だった。
討伐が終わり、穏やかな日々が戻って来た。
ユゼフは引継ぎが終わり次第、予定通り軍を辞めて宰相補佐官へ転身する。
シグルドは今回の討伐褒章で大将へ、ラルフは中将へ昇格が決まっていた。
マリウスは意外にもシグルドの元へ残らなかった。
彼は海軍を希望した為、大尉への昇進と共に異動することになっている。
「明後日の夜会は俺がエスコートする約束だ」
「無理だろうな。相手はもう帝国に入っている」
ユゼフは青筋を立てている。
拳を白くなるまで握り締めた。
「夜会で二曲踊ってくれると、ティナが言ってくれたんだぞ」
夜会でダンスを続けて踊るのは、婚約者か夫婦だけだ。
つまり婚約がまだでも周囲にはいずれ婚約するのだろう、と印象付けることが出来る。
付き合い始めた二人は、未だ夜会への出席はしていない。
観劇やお茶会で逢瀬を重ねており、少しずつではあるが距離を縮めていた。
この度ようやく夜会への出席まで漕ぎ付け、しかもユゼフが彼女へドレスを送ったばかりであった。
「……あれか?ノーグを征服すりゃあ後腐れもねぇな」
「軍を辞めるんじゃなかったか?」
「一日あれば終わるだろ」
シグルドは残念な子を見る感じでユゼフを見る。
「心配せずとも、バーレ公爵はあんな男の所へクリスティーナ嬢を嫁がせない」
「あんな男?」
シグルドは淡々と貴族の常識を教えた。
相手の男はアンドリューという現女王の義弟である。
例の王位を狙っているという俗物で、自国では結婚相手が見つからないほど女癖が悪い。
離婚したクリスティーナなら婚約が出来るだろう、という有体に云えば彼女を下に見てのことだった。
その上、帝国の後ろ盾が出来るという下心もある。
事実、クリスティーナはまだユゼフと婚約していない。
「頭も悪けりゃ、女癖も悪いって?」
「暗殺する、なんていうなよ。帝国で死なれたら面倒だ。それに」
「ん?」
「ファーブニルの件、どうもノーグが絡んでるようだ」
「あれの怒りの原因ってことか?」
「ファーレンハイトの影に調べさせているんだが、その馬鹿がやらかしたのかもしれない」
シグルドは声を落とす。
「奴の取り巻きが竜の卵を盗ったのではないかという疑いがある」
「はあ?」
「ファーブニルの卵かどうかは分からん。だが、竜の卵を見た者がいるらしい」
「飼い慣らすつもりか?戦力としては大きいが、だからこそ使役は難しいぞ。まさか帝国へ持ち込んでねぇだろうな?」
「それもまだ何とも言えん。もし帝国で卵が割れてみろ、それこそアンドリューの首だけじゃ足りない可能性もある」
もし卵が割れて、上手く使役できなければ、産まれてきたばかりの竜は暴れる。
たとえ小さくとも竜は竜だ。
下手をすれば死傷者が出る事態になる。
「卵は黒の森へ返したい。間に合わなければ、ノーグから取り上げ帝国で使役する。最悪、討伐だな」
「竜を使役って。出来る人間は限られるだろ?」
「俺かお前、後はマリウスぐらいか」
シグルドもユゼフも、苦い顔をする。
「「マリウス、だな」」
二人の声は重なった。
竜などという面倒なものを押し付けられるのは勘弁して欲しい、というのが本音だ。
文官に転身するユゼフには必要ない。
シグルドは何かに愛情を注いで育てることが出来ないタイプだった。
マリウスの気性は知らないが、仮にもベティーヌ家の人間だ。
上司権限で押し付ければ嫌とは言わない――言えない――だろう。
ユゼフとシグルドは揃って頷いた。
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