奪われし姫、 鬼の溺愛に 包まれて

星井 悠里

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2話 お姉さんみたいな人

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 朝の日課をこなしてから、部屋を出て、台所へと向かう。

「おはよう、さちさん」
 土間に降りながら言うと、幸さんが笑顔で振り返った。着物は藍色の縞模様。少し長い髪を綺麗に後ろに束ねている。

「姫さま、おはようございます」

 吉野家は何人かお手伝いの人を雇っていて、その内の一人、住み込みで居てくれる幸さんは、いつも朝食を作ってくれているので、なるべく手伝うようにしている。

 ちなみに、「姫さま」は、里の人が私を呼ぶ呼び方。
 里長の娘で、且つ、力のあるものを、そう呼ぶ風習があるので、私を名前で呼ぶ人は、限られている。家族とか、すごく仲の良い友達とか、幼馴染、とか―――。

「何度も言ってますけど、姫さま、もっとゆっくり寝てらしてくださいね。朝は私一人でも」
「いいの、幸さん。料理は覚えたいし。それに、幸さんともお話できるから」
「私も、お話できてとても楽しいですけれど」

 幸さんはふふ、と笑顔を返してくれる。
 年上の幸さんは、お姉さんみたいな存在。一緒に朝食の支度をするのは、いつも楽しい。
 朝は、味噌汁と焼き魚、お豆腐、たまに卵焼きと、煮物など、料理を教えてもらえるし。

「姫さま」

 不意に呼ばれて、ん? と振り返ると、幸さんが何だかとっても微笑んでる。

「何ですか??」
「もういつ嫁がれても大丈夫だと思いますよ?」

 うふふ、とにんまり笑う幸さんに、少し慌てる。

「そ、んなつもりじゃ……それに、まだ、ちゃんと決まった訳じゃ……」
「明日にでも大丈夫ですよ、総司そうじさまと姫さまのご結婚、里の皆が楽しみにしてますし」
「……っ」

 不意に出てきた幼馴染の彼の名前と、結婚という言葉に、かぁっと赤くなると、幸さんは口を押えて微笑んだ。

「姫さまってば、本当に可愛らしいですね」
 もう何も言えず、お味噌汁をかき混ぜていると、「本当に素敵だと思います」と幸さんは言った。

「里長さまのご長女と、この里で一番の商人のご長男ですから、お見合いが組まれそうなお話ですのに、それが、元々幼馴染で仲が良くて、初恋のお相手、なんて」
「もう、幸さん……」

 耳まで熱くなってきて、小さく首を振ると、幸さんはまた、ふふっと微笑んだ。

「姫さまと、総司さま。お似合いですから」
「まだ、ほんとうに、そんな、正式の話じゃないので……」
「すぐだと思いますよ」
「――私のことより、幸さんの方がもう、すぐですね」
「そうなんです。準備が忙しくて」

 そう。幸さんの結婚はもうすぐ。幸さんも、昔からの恋を実らせた結婚。結婚をお祝いする宴は吉野の家の一部屋で行うことになっている。幸さんは遠慮してたけど、長く勤めていてくれる家族みたいな人だからと、父さまも了承してくれて、決まった。

「幸さんの花嫁衣裳、楽しみです。手伝うことあったら、言ってくださいね」
「ありがとうございます」

 うふふ、と楽しそうに笑って、幸さんは忙しく動き出した。

 幸さんは、恋の話が好きなので、思い出したようにこの話になるのだけれど。そのたび、同じようにいつもからかわれている気がする。私が幸さんの結婚が楽しみなのと同じように、私の結婚も楽しみにしてくれているのは分かっているのだけれど。私はまだ、すごく照れてしまう。

 
 ……総司さんと、結婚。
 本当に、そうなったらいいな。

 優しい彼の人を思い出して、ふ、と微笑んだ。
 その時。


「紗月、ここに居ますか?」

 母さまが急いだ様子で台所にやってきた。




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