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3話 「治療」
しおりを挟む「あ、はい、居ます」
返事をして、母さまの前に立つと、まっすぐに見つめられた。
「鈴ちゃんが怪我をしたみたい。離れに居ますから、行ってあげて」
「あ、はい。幸さん、ごめんなさい、行ってきます」
「いってらっしゃい、姫さま」
私は土間からあがって、廊下を急いだ。長く続く廊下の向こうから、楓花がこちらに向かって歩いてくる。
「姉さま、おはよう~」
「おはよう、楓花。朝食の準備、手伝ってあげてね」
言った瞬間、「えー」と、楓花のふにゃ、と眉が下がる。
「離れに行ってくるから。終わったらすぐ戻るからね」
「早くね、姉さま」
にっこり笑って手を振る楓花に微笑んで頷きながら、廊下を端まで進む。母屋から出て、渡り廊下を歩いて、離れに向かって急いだ。
小さな木造の小屋。近づくにつれ、女の子の泣き声が聞こえてくる。
扉を開けると、その声が大きくなった。鈴ちゃんのお父さんとお母さんが私を振り返った。とても焦った顔をしている。
「大丈夫ですよ、傷を見せてくださいね」
落ち着くように、冷静に簡潔に伝えると、鈴ちゃんのお父さんとお母さんが一歩引いた。膝をついて、傷口を見る。
「何があったんですか?」
「走っていて、木に引っかけてしまって」
右足のふくらはぎが縦に裂けて、血が流れていた。
「分かりました――鈴ちゃん、大丈夫。すぐに治してあげるから」
声をかけると、鈴ちゃんはポロポロ泣きながら、私を見つめた。
傷口に手をかざす。光が灯ってしばらく、痛みが和らいだ鈴ちゃんは、泣き止んだ。
じっと、自分の傷にかざされている光を見つめている。
たまにどうやって、治しているのか聞かれる。
……自分でも分からない。
とにかく手をかざすと、手の中に柔らかい光が灯って、そこから暖かい熱みたいなものが、相手にうつる。手の中だけじゃなくて、空間全体がほんのりと光る。
いくつかの決まりがあるのは、今までの経験で、分かってる。
目に見える傷は、治すことができる。外傷は、程度によって、なかなか治らないこともあるけれど、毎日続けていけば、完治させられる。あまりにひどいと、痕は残ってしまうこともある。
体の中から発生する病は治せないのだけれど、一時的に頭が痛かったり、腰が痛い、とかのひとつひとつの症状を和らげることは出来る。
ただ、私の力を信じてくれない人には、効かない。
ただ、信じていなくても、意識のない人には、効く。動物の怪我も、じっとしていてくれるなら、治すことはできる。
――つまり、疑う意識があると効かないってことなのかな、と思ってる。
家にある記録によると、能力がなくなったりということは無くて、持ってる人は一生使えるということだけど……正直、本当にそうなのか分からないので、頼り切られてしまうと無くなった時にこまるから、里の人達には、使えるうちだけの力だとは、伝えてある。それでも今のところは、なくなるとか弱まるとか、感じたことは無い。
里にはお医者様の診療所もあるし、診療所にも顔を出して協力しながら、里の皆の健康を守っている。
しばらく続けると、鈴ちゃんの傷はふさがっていった。
「――もう大丈夫」
私が言うと、鈴ちゃんは、満面の笑顔を見せて、私に抱き付いた。
「ありがとう、姫ちゃまー!!」
わぁん、と嬉し泣きみたいな笑顔が、とっても可愛い。よしよし、と頭を撫でる。
「明日、もう一度来てくださいね?」
鈴ちゃん一家にそう伝える。たくさんお礼を言われながら、門まで見送った。
「あ。鈴ちゃんが怪我をした枝は、どうなってますか? どこで怪我を?」
「うちの畑の奥の方、山の方に走っていってしまって……枝は、とりあえず折りました」
お父さんの言葉を聞いて、思い当たる、木の茂み。
「分かりました、あとで確認してみます」
三人を見送ってから、ほっとして、息をついた。
血は結構出ていたけれど、思ったよりは深くなくて、割と早めにふさがったけど、その後、傷を綺麗にする方が、時間が掛かる。これは、能力の強さの問題なんだろうけど。女の子だし、綺麗に治してあげたい。
――――そんな風に思うと、必ず思い出す、男の子の姿。
もう何年も前で、今更どうしようもないことなのに。あの子はどうしたんだろう、とまた思ってしまった。
ふ、と今度はため息をついて、少し乱れていた着物を整えた。
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