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聖女捕獲

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☆☆☆

「よぉ、カタリナ」
「──ッ……ケイオス様」

 次の浄化の日、俺は教会の外で彼女と対面した。
 俺の姿を見たカタリナはビクっと肩を跳ねらせると、たたらを踏む。

「まだ、捕まっていなかった……のですね」
「残念だったな、生きていて」

 冷たい風が頬を刺し、二人の間に乾いた緊張感が走る。
 戦闘の前の空気、といえばいいのだろうか。
 下唇を噛み締めるカタリナとは対照的に、俺は飄々とした態度で話し続けた。

「流石に指名手配された時は、ショックだったぜ」
「貴方は……危険な人間です……だから、当然の処置……かと」
「おいおい、俺が今までどれだけパーティーに尽くしてきたと思ってるんだ?」
「たとえ、正義の心を持っていたとしても……堕落することは、ありますから」
「道を踏み間違えたと?」
「……復讐にでも……来たのですか?」

 質問に答える気はないってことか。

「ま、そういうことだ。お前が一番『簡単』そうだったからな」
「確かに戦闘能力はありません……気だって弱い、です──がッ!」

 カタリナは自身の首から下げた十字架を握りしめる。
 刹那、金色の閃光が視界を塞いだ。聖女の力を解放した証拠だ。

「本当に、復讐に来たのなら……覚悟、してください……」
「あぁ、わかっているさ。救援を呼ばれたら面倒だ……行くぞ!」

 十字架を正面に出し構えるカタリナ。
 俺は腰から短刀を抜くと、地面を蹴り飛ばし一気に接近した。

「死ねッ!!」
「そんな……武器、で!」

 カキンッ!
 真正面から突き出した刃は、彼女の身体に触れる前に半分に割れた。
 防御されたわけではない。彼女の身体に凶器が近づいた瞬間に、勝手に折れたのだ。

「ちッ! まだまだぁ!!」

 役立たずの短刀を投げ捨て、カタリナの顔面に向け拳を一突き。
 しかし、俺の意思に関係なく軌道は顔を逸れていく。
 勢いで体制を崩したまま、強引に左足で腹部に蹴り上げようとする。
 だが、急に襲い掛かる突風が身体を押し尻もちをついてしまった。

「無駄ですよ……貴方程度の攻撃では……」

 これが、神の加護、奇跡の力。
 殺意の乗った攻撃は、彼女の身体……いや、服に触れることすらできない。
 不思議な力で避けていくのだ。

 因みに、俺の能力はこれ。

 ===========
 名前:ケイオス・ヘルム
 種族:人間?
 性別:雄
 状態:空腹
 スキル:完全解明
 HP:1200
 MP:70
 攻撃:215
 防御:93
 速度:90
 魔法:50

 ※裏
 =========== 

 速度と攻撃はカタリナを上回っているのだから、普通ならダメージを与えられないまでも触れることくらいはできる筈だ……というか、改めてみると貧弱で泣きたくなるな。

「……俺の攻撃が当たらなくても、お前だって俺に攻撃するような力はないだろう?」
「そうですね……でも、時間が経てば人が来ます……勇者様が助けに来るのも……時間の問題です」

 この夜に決着を付けなければ、終わりと言いたいのか。
 けど、俺にも策がある。
 そのまま地面に胡坐を掻き、カタリナを見上げながら諦めたように「はぁ」と息を吐く。

「知らなかった、カタリナのような女性がアルフレドと関係を持っているなんて」
「鈍感、ですね……」
「なぁ、聞かせてくれよ、本当にお前は昔から俺の事を『気持ち悪い』と思っていたのか?」
「──ッ……それは……」

 表情に動揺が見える。まだ、小さい揺れだ。

「俺は、本当に尊敬している。慈悲深き聖女、カタリナ・カルロッテ……他者を助ける為には自己犠牲も厭わない。そんな君が、気持ち悪いから犯罪者にしようだなんて……今でも信じられない」
「……」
「これ以上抵抗しても無駄なことは分かってる。君に会いに来たのは……最後に、真実を知りたかったんだ……どうして、ぅ、ぅ……」

 頬から涙が伝い落ちる。
 地面に頭を擦り付け、すすり泣きながら唸った。
 すると、カタリナの声に更に揺れが混ざり始める。
 圧倒的な力の差は、最初から彼女も理解しているのだ。
 今、俺がしている発言こそが真実だと思って当然だろう。

「なぁ、どうせ俺は捕まるんだ……教えてくれよ、カタリナぁ!!」

 足にしがみ付き、顔を見上げる。
 彼女の表情はというと、酷く悲しそうで、後悔をしているような、そんな顔だった。
 感情を読めない俺でも、そう分かるくらいに歪んでいたのだ。

「私に触れられる……ということは……攻撃の意思は無い、ということですね……」
「俺はもう攻撃なんてしない……神に誓う……だから、真実を……」
「……私は、貴方が思っている程……自己犠牲の精神があるわけではありません」

 遠い眼差しで、自身の行いを悔いるように歯を噛み締めると、彼女は重い口を開き真実を語り始める。

「仕方ないですね……あれは、初めて勇者様と出会った日まで遡ります……その日、私は────」
「今だぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

 刹那、俺はポケットに忍ばせておいたある物を取り出しカタリナの顔に向かって投げた。

「──ッ、ひいいいッ!! な、んでぇ!?」

 口を大きく開き絶叫する。彼女の前に投げた物、それは決して攻撃ではない。
 大自然の中ですくすくと育った緑色の可愛らしい毛虫だ。

 カタリナ・カルロッテは、大の虫嫌いだ。
 どれだけ慈悲深い彼女であっても、虫だけは拒絶反応を見せる。
 昔、ダンジョンの最深部、瀕死の重傷を負ったレックを回復する際、大量の虫が発生。
 苦しむレックを他所に、カタリナは大パニックになり俺達が虫払いをしなければ完全に死んでいた。
 あの日、カタリナとレックがめちゃくちゃ気まずそうにしていたのを今でも覚えている。
 それくらい虫が苦手なのだ。

「浸り過ぎだ、カタリナ!」
「や、やだぁ!! どっかいって、ひぃぃぃいい!!」
「腹減ってないかぁ? これでも喰っとけっ!!」
「んぐッ!?」

 更に、開いた口にしっかりと焼いた肉を放り込んだ。
 これは攻撃ではない……食事だ!
 混乱した彼女はゴクリと美味しいお肉を飲みこむ。
 と同時に俺が合図を出すと木陰からメメが飛び出しカタリナの背中に抱き着いた。

「なッ、貴女はこの間の!?」
「この距離なら、バリアは張れないなッ!!」
「えッ──ぁ……」

 メメがグッと力を込めた瞬間、糸の切れた人形のようにカタリナから全身の力が抜ける。
 俺は手際よく腕を首の後ろに回し、その身体を支えた。

「ナイスタイミング、メメ」
「上手くいきましたね、ケイオス」

 グッと親指を向けると、満面の笑みをメメが返す。

 メメの能力、淫夢。
 人を夢の中へと導き、自らも夢へと入る。
 そして、二度と日常に戻れないくらいの快楽を刻むのだ。
 まぁ、メメの場合は半魔、それも性行為に対し拒絶反応があるからできないのだけど、夢落ちさせるだけでも十分な能力だ。

「早く森へ帰ろう、誰にも見つからないようにな」
「はい、愉しみですねぇ……煮たり、焼いたり、へへ」
「お前、やっぱり趣味が悪いぞ」
「そりゃぁ半分は魔族ですから」
「クク、そうだったな」

 作戦が上手くいってメメもご機嫌な様子。
 俺も正直満更でもなかった。
 力なく瞳を閉じるカタリナを横目に、俺もニヤリと笑った。

 お楽しみの時間だ。
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