ハラヘリヴィーナス

雅誅

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【24】2006年6月6日 19:17・浴室・大雨。浴室の天窓(レン視点)。

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「外の音が聞こえないから分からないけど雨はまだ降ってんのかな?」

浴室で耳を澄ましてみるが家の防音性能がしっかりしているおかげでまったく外の音が聞こえない。


「ふぅ~~」

私は湯船に浸かりながら天井を見上げた。

「低いなぁ、天井・・・」

この家で暮らすようになってからお風呂に入ると条件反射のようにこの文句が出てくる。この浴室もまた私のいくつかある悩みの1つだった。


本邸からこの家に引っ越してきて約9ヶ月ユアルやアイナとの同居生活にも何となく慣れてきたのは良いとして、この浴室だけはどうも好きになれないでいた。お祖父様が用意してくださったモノなので利便性・機能性に優れ、デザインもシャレていて普通にお風呂に入るのならまったく問題ない。


『普通に』入浴するのであれば・・・。



私がこの浴室を好きになれない理由―。
それは本邸にいた頃の浴室の方が何倍も好きだからというとてもシンプルなモノだった。


本邸では自分の部屋にも専用の浴室がありその浴室には大きな天窓がついていた。西冥家はいつの頃からか5歳になると部屋をもらう決まりがあるらしく、その時期に合わせて元々父が使っていた子供部屋をお祖父様の命令でリフォームしたときに造らせたのがあの浴室だったらしい。


天窓は外からは一切見られない仕様になっており、大きさは直径10メートルくらいだったような気がする。それに天井の高さも10メートルはあったと思う。この天窓が絶妙に計算された代物で毎日ではないが昼間には日光、月夜には月光が浴室に差し込む素晴らしいモノだった。


私が大嫌いな梅雨みたいに大雨の日でなければ大抵いつ入浴しても心地良かった。月夜の晩には浴室の明かりを消して心ゆくまで夜空を見上げていた。辛い日や悲しい日はアレだけが救いだったこともあった・・・。


そしてもう1つ個人的に欠かせないのがアロマだ。これは別に天窓のように備えつけではないので、引っ越しのときに持ってこられるだけ持ってきた。

しかし、アロマを焚いただけでは特に何の趣も感じられなかった。『天窓からの景色を楽しみながら好きなアロマを焚いて長時間入浴する』までがワンセットであって、あの時間はもう私の生活の一部と言っても過言ではないくらい唯一のストレス解消であり、どちらか一方が欠けてもダメなのだと改めて思い知らされた。


逆にこの浴室でアロマを焚くと何故か気分が悪くなってしまうことが分かり、最近は焚かずに入浴している。残ったアロマはもったいないが邪魔なので捨ててしまった・・・。


「はぁ~、狭い。天井が低い、空が見えない」

イヤ、この浴室も十分広い。浴槽なんて2~3人入っても余裕なくらいだ。

今の自分はまるで特殊仕様の送迎車に文句をたれているアイナと同レベルだという自覚はあるが、こればかりはどうしても本邸の方が良かったと未練たらしく嘆くしかない。ただただ、あの天窓の浴室が恋しい。


しかし逆を言うと、本邸の良さは大好きな浴室とあとは数える程度しかなかったので総合的に考えるとやはり本邸から出られて良かったというのは間違いなかった。




本邸を出られて真っ先に思いつく良かったことと言えば、メイドたちに囲まれない生活を手に入れたことだろう。私が女ということもあり、丹加部(にかべ)さんという例外を除いてお祖父様は執事たちに極力私に近寄らせないよう命令していた。それはお祖母様に対しても同様だった。なので、必然的にメイドたちが私の面倒を見るわけだが、基本的に365日24時間 どこへ行くにも何をするにも必ずメイドに尋ねられていた。



『レンお嬢様、どこへ行かれるのですか?』

『レンお嬢様、お体の具合はいかがですか?』

『レンお嬢様、お待ち下さい。永由(ながよし)様のお許しは頂きましたか?』

レンお嬢様、レンお嬢様、レンお嬢様、レンお嬢様・・・。

鬱陶しいことこの上ない。一時期、自分の名前が嫌で嫌で仕方なかった。



もちろんそれは彼女たちの仕事であり、世話役もとなれば彼女たちにもある程度責任が生まれるわけで、彼女たちはただ真面目に与えられた仕事を全うしているに過ぎなかった。


『お祖父様の命令である以上、仕方ない』

理屈では十分すぎるくらい分かっている・・・。

しかし、生きとし生ける者皆、理屈と感情が常に一致するとは限らない。ただでさえ、学園と習いごとで毎日クタクタなのにさらに周りの目を気にしないといけない環境というのは単純に辛かった。辛さ以外何もなかった。そして、ある日私は気づいてしまう。


『メイドとは言ってもただの他人でしかない』ということに・・・。

生まれてから当たり前のようにいた使用人たち。家族に似た存在だと思っていたが、それは自分が勝手にそう思い込んでいるだけだった。その自覚は辛い生活をより一層過酷なモノにしてしまった。


常に他人に生活を管理されているような感じが芽生え、息苦しくて仕方なかった。それは囚人と看守のような関係に思えてならなかった。地獄だった。


メイドたちが他人であると強く意識するようになってからの本邸での行動範囲はそれまでの1/10にも満たなかった。酷いときはメイドに声をかけられないようにずっと自分の部屋に引きこもり必要最低限のメイドとしか話さないようにしていた。


私が天窓の浴室を好きだった理由は誰にも干渉されない空間がそこだけだったからだ。ただ、それも1時間以上入浴していると、担当のメイドが心配して声かけられ煩わしい思いをした。


それに比べて今の生活は何よりも自由だし干渉もほとんどされないから、かなり気に入っている。
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