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【52】2006年6月8日 1:17・八恩慈駅周辺・晴れ。中年の価値(レン視点)。
しおりを挟む「ちょっとそんなに叫ぶことある?オジサンさっきまでそんなイカツイナイフを振り回して私を刺し殺そうしてたんだよね?しかも何度も。フゥゥゥ。結果的に刺すことができなかったけど、まさかタダでチャンスを与えられていたとでも思った?さすがにそれは思い上がりが過ぎるんじゃない?」
「痛ぇッ!腕ッ!腕がぁああ!!」
クズ中年は私の話なんて聞く余裕が皆無なくらい地面に転がりのたうち回っていた。しかし私は根気強くクズ中年に話かける。
「その・・・何ていうか、回りくどいのが嫌いだからもう率直に言っちゃうんだけどさ、フゥゥ。『代償』をそろそろ払ってほしいんだよね?」
「ヒィッヒィッ!ヒィッ!!」
腕の骨をへし折られたショックと中年に見合わないアグレッシブな素振りの疲労のせいかクズ中年はさっきまでの勢いを完全に失ってしまい、すっかり意気消沈してしまった。
「あ、でもその前に。ちょっとこれ貸して」
私は地面に落ちたナイフを拾い上げた。
「ヒッ!?」
クズ中年は恐怖のあまり折れてない左腕で顔をガードする。
「あははッ!オジサン、べつに顔なんか刺さないから安心してよ。フゥゥゥ」
私は拾い上げたナイフをじっくり観察した。
「にしても、傷すらつけられないっていうのは実はこのナイフ、エアガンみたいな偽物なんじゃ?フゥゥ」
私はナイフを一瞬宙に浮かせて逆手に持つと、試しにほんの一振りクズ中年の太ももにナイフを突き立てた。
――ヒュッ!ズブゥッ!
「ウギャァァァァァアアアアアアア!!!」
クズ中年の心地良い叫び声がユアルの張った結界内に響き渡る。
「あれ?本物だったんだ。何か、ごめんね。でもうんうん、なるほどねぇ。フゥゥゥ。やっぱり私の防御力が凄かったんだね。これも貴重な情報か、フゥゥゥ」
もしかしたら子供のオモチャなのかもしれないと思っていたが、どうやら私の勘違いだったらしい。心なしか少しだけ申し訳ない気持ちになった。
ブシュゥウッ!!
「イ゛イ゛イ゛ィィィ!!!」
せめて痛くないように一気にナイフを引き抜いてあげたのだが残念な結果になってしまった。クズ中年の太ももから血がドバドバ流れ出す。
「仰々しい形状はお飾りじゃなかったということか。さすがアーミーナイフ?・・・オジサンこれってアーミーナイフで間違いないんだよね?あッ!?」
ナイフを太ももから引き抜いた際に返り血を浴びたらしく右腕にクズ中年の血がべっとりとついていた。
「ちょっともーオジサンのせいで血がついちゃったじゃんッ!フゥゥゥ」
もう転がる気力すらないのかクズ中年は倒れたままピクピク痙攣を起こしていた。地面には太ももから垂れた血が拡がって私の靴まで血まみれになっている。
「ゲッ!うわぁ 、マジで最悪なんですけど」
「大丈夫ですよ、レン。あとで私が浄化してあげますからね?」
「ホント?この血、どうにかなるの?フゥゥゥ」
「はい、私を信じてください。それから『試したいこと』というのが済んだのならどうでしょう?そろそろ」
ユアルが手を差し出すと赤黒い輝きが手の平に現れ、何かの形状に変化し始めた。
私はこれを知っている。
ゴクリゴクン―――。
《いよいよだ。数カ月間ずっとこのときを待っていた。頭がどうにかなりそうなくらい待ちわびた瞬間だ》
ユアルの手の平に現れた輝きが不思議な形をした短刀に姿を変えた。
「どうぞ、レン」
「はぁぁぁ、はぁぁ、はぁぁ・・・フゥゥゥ」
私は数回荒々しく深呼吸をするとユアルから短刀を受け取った。あまりにも待ちわびすぎて、短刀を持つ手が少し震えている。
「な・・・なぁ、おい。今日のことは無かったことにしてやるから・・・見逃せ。お、俺が死んだらきっと俺の仲間に殺されるぞ?良いのか?あぁ?」
私が短刀を持って喜ぶ姿を見て怖くなったのかクズ中年が最後の力を振り絞ってずいぶん上から目線でよく分からない申し出をしてきた。
「その謝罪にも命乞いにもなってない無知で愚かな珍言がいったい誰に向けられたモノなのか知らないけど、立ち上がることすらできないくせに威勢だけは良いね?フゥゥゥ」
《ホント、威勢だけだけど》
「ところでオジサン。ヤニ臭くて、毎日結構な量のお酒を飲んでそうだけど大丈夫?フゥゥゥ」
「あ?」
私がいったい何の話を始めたのか理解できないクズ中年の顔がしかめっ面になる。
「だから、不健康そうだねって話、フゥゥゥ。肝臓や肺はもう売り物にならないんじゃない?」
「なにッ?」
今度は中年のしかめっ面が徐々に絶望に染まり始めた。威勢すら張れないほどの放心状態というヤツだろうか。
「200万の価値はなさそうだけど、オジサンを殺したら誰に200万を請求すれば良いのかな?」
「ッ!!!」
中年は首をあらん限り伸ばしてこちらを見ている。
《まったく驚きを隠そうとしない、純度100%驚愕の表情。・・・面白い》
「テメェ社長の回し者か?」
どうやらクズ中年は私のことを口封じのために雇われた殺し屋だと思っているみたいだった。自分で黒幕を吐くというとんでもない大失態に気づけないほど、このクズ中年もいよいよ余裕がなくなってきたらしい。
「なるほど、『社長』ってヤツに請求すれば良いんだね?」
《恐らくタサキを殺すように指示したのもそいつだろう》
「そもそも何で俺らの裏稼業知ってんだ。社長とどんな関係・・・いや、違う。俺は裏切られたのか?捨てられたのか?ダメだ力が入らねぇ。こんなに尽くしてきたのに。俺は、俺は俺は・・・・・・」
「オジサン?」
もう私の声が届いてないのか、クズ中年の口からはピントがズレまくった疑問がとめどなく溢れていた。何よりもまず私たちが『人間か?』というシンプル且つとても重要な疑問が出てこないあたり大量出血で意識が朦朧としているのかもしれない。もしくは、先程ユアルに吐いた暴言を考えるとタダのバカという可能性も捨てきれないが。
《ま、どっちでもイイや》
クズ中年は余程ショックを受けたのか独り言をブツブツつぶやき続け、まったく動かなくなってしまった。その様はまるで死肉。まな板の上で調理されるのを待っているだけの食材。
「レン?ヨダレ出てますよ?」
「っと、ごめんッ」
私は慌てて口を拭った。
「それじゃ、そろそろ。えっと、半径50メートルだっけ?結界」
「はい、だいたいそんな感じです」
私はゆっくり中年の脚を持ち上げた。クズ中年はもう抵抗すらしなかった。
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