俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

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嫉妬の群衆

第百十七話 ざっざっざ

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 天に月、地に街灯。暗闇を払う光に溢れる運動公園、しかし光強ければ却って闇もまた濃くなる。なのに人はそんなことすら忘れ光に目が奪われ逆に闇から目が逸れてしまう、闇に一色なら警戒するが半端に照らされるから警戒心が薄れ、あちこちにぽっかり空いて待ち受ける落とし穴にうっかり嵌まってしまう。
 かくいう私も今までそんなことすら忘れていた。だが今の私は巧妙に張り巡らされた罠に無警戒に飛び込んでいく獲物じゃ無い、罠に挑み獲物を狩るハンター側。嗅覚を研ぎ澄ませストレッチをしている。
 服装は上は流石にやり過ぎだと思いジャージの上からウィンドブレイカーを羽織っているが、下は黒のスパッツにしている。
 自意識過剰と言われるかも知れないけど、こう見えて陸上部で鍛えた体は引き締まっていて、足つきなんか見る人が見れば垂涎の体付き。
 これなら変質者が食い付いてくる襲い掛かってくるはず。
 昼間雪月さんに心を癒やされて思考が戻ってきた、そして戻ってきた思考で考えれば何で私はじっと待ってなんかいたんだろう。
 行動こそが事態を切り開く。
 文香が確かに運動公園に来たまでは分かっている。彼女が走っているのを夜公園を走る顔見知りが目撃している。だが彼女はいつの間にかトラックから消えてしまい、その後の目撃者はいない。
 ここで何かがあったんだ。
 変質者は一度犯行をすると我慢が出来なくなり続けて同じ事をするという。
 なら私を囮にしてでも停滞した事態を打破して進めてやる。
 さあ、体は大分ほぐれた。
 キッと闇に侵食されていくコースの先を睨むと走り出した。
「はっはっはあはあ、はっ」
 このところ怠けたので体は錆び付き鈍り手足の連動は鈍く走りは鈍い。
 まるで自分の体じゃないようだ。
 だが一周二周することには錆は残るが油が回ってきたようで大分軽くなってきた。
 さあ、こんなおいしい餌が走っているんださっさと来い。
 今のところ怪しい動きは無いが怪しい奴はいた。
 ジョギングコースの少し膨らみつつ昇りになる箇所の右手の茂みにいた。
 コートを羽織った姿はここに走りに来たものでないと伺わせ、何より走る私を見たあの目に尋常じゃないものを感じた。
 部活でグランドを走っていればスケベな男子共が私の肢体にチラチラと視線を投げてくるを知っている。あのギラギラとしあからさまな劣情を滾らせた不快だが小馬鹿にも出来る視線、アレとは違う。此方を冷徹に値踏みし腹の底まで見抜こうとする鋭い視線。見られただけで体が身震いし凍えた。こんな経験は初めてだ。こんな夜に独り運動公園にいるのもそうだが、あの目絶対に普通じゃ無い。
 あの視線に恐怖を感じつつも、早くも手応えを感じて凍えた体も闘志で熱くなる。
 もう少し人気が無くなるのを待っているのか此方に何かアクションをする様子はない。それでもあの男は絶対に何かをやらかす。
 私はあの男を誘い出すためにいつもより遅く人気が無くなるまで走る。それまで私の引き締まりこの加速を生み出す黄金の体を存分に値踏みしているがいい。
 だが次に一周して戻ってくると男は消えていた。
 私の勘違い、いやきっと私を襲う絶好のポイントに位置を変えたんだ。
 走りながら私を襲うなら何処が良いだろうかと目星を付けていたポイントは幾つかある。 きっとそのどこかに潜んでいるはずだ。
 お誂え向きに人も減ってきた。
 動く時は近い。

「はっはっは」
 体の錆は完全に落ち滑らかに動き、意識せずしてスピードが乗ってくる。
「はっはっはっ」 
ざっざっざっざ。
 静寂に包まれつつある運動公園、私の呼吸音に合わせて背後からの足音が被さってくる。
 まずい、折角舞台が整いつつあったのに人目が増えたんじゃ諦めるかも知れない。
 振り切ってやる。
 負けん気からか先に行かせるという発想は私からは生まれなかった。
 錆が落ち油が十分に回った体のギアを一段上げるとあっという間に足音を置き去りにして静寂に追いつく。
 自分の吐息だけが夜空に吸い込まれていく。
 これだけ引き離せば、暫くは追いつかないだろう。それに次はちょうど私が目星を付けていたポイント。丁度カーブになってきてスピードを緩める右手には隠れやすい大木がある。
 呼吸を整えるため少し足を緩める。
「ふう~」
 本当の勝負はこれから。襲われた時に体力が切れていたなんてお笑いだ。
 ウィンドブレイカーの内には二段警棒が二本仕込んである。警察に通報なんてしない。文香がいなくなったのに本腰を入れて捜査をしない警察なんて信用できないし頼りにしないと諦めた。もし変質者が現れたらこの手で捕らえて、文香が今どこにいるのかこの手で吐かせてやる。尋問なんて手ぬるいことはしない、人権なんて知らない一刻も早く知りたいんだ拷問してやる。
 鍛えた体と運動神経があれば、どうせ家に引きこもってその手のビデオを一日中見ているような男に負ける気がしない。
 ざっざっざっざ。
 早く来いと願う私の背中に足音が追いすがってきた。
 ざっざっざっざ。
 うそ!? もう追いついてきた?
 この私にもう追いつくなんて誰と思い振り返れば、男女数名による集団が見えた。侮り過ぎていた。まさかこれだけのランナーをそろえた集団が夜の運動公園なんかで走っているなんて思わなかった。
 振り切れても一時、それじゃあ意味がない。
 先に行かせよう。
 私はランナーとしては悔しいがこれは大会じゃない、目的は別と言い聞かせ足を緩めていく。
 これならさっさと私を抜き去っていくだろうと思ったが、いつまでもいつまで足音は私の背中をノックする。
「えっ」
 振り返ればランナーの集団は私に合わせてペースを落としている。
 馬鹿にしているのかっ。
 ペースを一気に上げ再び足音を置き去りする。
 ぐんぐん流れる風景が加速して肌に突き刺さる風が鋭くなっていく。
 再び聞こえるのは自分の吐息と鼓動のみ。
 よし振り切れた。でも直ぐに追いついてくるだろう。流石の私のでもさっきのペースを長時間維持するのは難しい。
 何の嫌がらせか知らないが付き合っている暇は私には無い。
だから私は一時コースアウトしてあの集団をやり過ごすことにした。ちょうど隠れるのにいい茂みもある。私は方向を90°曲げて茂みに走り込んだ。
「えっ!!??」
 茂みは消え去り眼前には闇に溶けていくコースが真っ直ぐ延びている。
 何でと?泣き崩れたい思いに浸れる暇も無く、足音が背後に迫ってきていた。
 ざっざっざっざ。
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