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無限エスカレーター
第百五十九話 責任
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翌朝天空のエスカレーターの入口付近に行くと、既に何やら作業着に身を包んだ者達が動き回っていた。午前様からの早朝出勤をする俺も大概だが、上には上がいる。
彼等は野次馬が立ち入らないようにカラーコーンで柵を作り、カメラやレフ板などを設置したりと、まるで映画か何かの撮影のようである。有名な俳優は居ないようで、野次馬達もチラッと視線を向けては足早に去って行く。俺はスタッフの中に見知った顔を見付け柵を乗り越え近寄っていく。
「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう」
俺の挨拶に軽く挨拶する影狩にビシッと敬礼を返してくる大原。軍や警察なら大原が正解だが、ここは影狩が正解。
「軍隊じゃ無いんだ敬礼は辞めろ」
俺は大原の方を軽く窘める。
当初は警察官を動員してここを封鎖するつもりだったが、開業早々そんな事をされたら今後の営業に響くから辞めてくれとビルのオーナーに泣き疲れて、急遽CMの撮影という態で封鎖する事になった。まあ公安の力でごり押しをしても良かったんだが、それはそれで如月さんの業務が悪化しそうなので今回は辞めておいた。
「すっすいません」
大原は俺の注意に素直に謝ってくる。とても俺に銃を向けた女とは思えない。ここにいるということは鈴鳴の検査でシロと判断されたということだが、それでも恋人を失ったというのにもう仕事に復帰しているのか。
強い人なのか働いてないと潰れそうになる弱い人なのか。まあ俺にとってはどっちでも関係ない、暴走さえしなければ。
「なっ俺の言った通り早くも再会しただろ」
「そうだな。お前等今は何処の所属になっているんだ?」
「現在は無所属、お仕事は無し。流行の言葉でニートって奴」
あの事件で影狩の所属していた部隊は維持するのは困難になるほどの死傷者が出た。解散されてどこかの部隊に再配置されているだろうと思っていたが、意外と仕事が遅い。自衛隊もお役所という事か。それても隊員の心理的外傷を鑑みての休息期間なのだろうか。
「違うだろ。そういうのは昔からの言葉で窓際族って言うんだ」
「まっ暇だろうということで、ここの作業の手伝いに借り出されたんだよ。しかし酷いだろ、昨日の定時間際に言われてそれから深夜まで準備して早朝から作業だぜ」
さっきの話が本当なら同情はしない、国家公務員給料分は働け。同情するのは他の国立能力開発メンバーの皆さんだ。現在ここの封鎖作業を行っているのは警察じゃ無い、封鎖するための偽装メンバーをどうやって揃えようか悩んでいたところ、協力を申し出てくれた国立能力開発センターの職員達だ。俺にとってはありがたかったが所長の鶴の一声は迷惑だったろうが、俺が命じたことじゃない気にしない。
「お前の貢献に報いるためにも無駄話はしてられないな。
それで頼んだものは準備で来たのか?」
「あちらで桐生しょ・・監督が最終チェック中です」
「桐生監督自ら来たのか」
桐生監督ならぬ国立能力開発センター所長自らお出ましか。事件の後は色々とばたばたして直接会った事は無いが、昨日電話で話しはした。俺の頼みに乗り気で応じてくれたが、まさか自ら乗り込んでくるとは予想外にフットワークが軽い。
「オッサン、生でユガミが見られると張り切ってるぜ」
「そうか。案内してくれ」
これからの事も考えれば、会って挨拶をして名刺交換はしておいて損は無い相手。退魔官を続ける上だけで無く、辞めてエンジニアになったとしても役に立ちそうなコネ。
「了解です」
影狩に頼んだつもりだったのだが返事を返したのは大原で影狩は一瞬目を離した隙にどこかに去って行く。
ちっこの女だとどこか緊張するんだよ。銃口を向けられた人間に寛大になれるような大きな器は持ってない。どちらかというといつまでも恨みに思うタイプ。どうにも心のどこかで身構えてしまう。それでも下手な対応をすればパワハラセクハラで訴えられるのが世知辛い世の中。俺は平然を装い頷く。
大原の後を付いていくと簡易テントの下でハンガーにぶら下がった三着の潜水服や宇宙服のような円筒形のごつい服の調整をしている白衣の男がいた。まあ白衣も作業着と言えば作業着だが、この中では異様に浮いている。
白衣の男に大原が背中から声を掛ける。
「桐生監督、果無さんを連れてきました」
「やあ、君が果無君か一度君とはゆっくり話したいものだな」
振り返り立ち上がると意外と長身だが痩身、此方を分解されそうな研究者の鋭い眼光を向けつつ桐生は右手を出してきた。
「いいですね。いい刺激になりそうです」
漂う雰囲気は俺の好み、自分の目的の為には手段を選ばないタイプ。俺も悩まず差し出された右手を握った。
「ふむ。君から依頼された物はばっちり調整しておいた。本当に宇宙に行っても大丈夫だ」
「ありがとうございます」
「こっちこそ、ユガミのデータを取れるまたと無い機会だからね」
頼んだ服にはデータ収集用のセンサーが埋め込まれている。最悪でもそのデータを持ち帰る事が今回の取引の条件。今後もこの博士と友好で有効な関係を構築していくためにも、初手でしくじるわけにはいかない。
「それと頼んでいたもうひとつのものは?」
「それなら」
桐生が向ける視線の先を見れば燦がいた。
「おはようございます、兄さん」
ちゃんと頭を下げて挨拶をする、傍目には礼儀正しい女の子。
「おはよう」
「早々のご指名ありがとうございマース」
こういう誤解を招く茶目っ気を真顔で言うのが玉に瑕。
「うわっ本当に趣味で選んでいるのね」
「お前も居たのか」
俺を汚物でも見るような顔をする六本木も居た。この女も自分に後が無い事を自覚しているのか遅刻しなかったようだ。そして六本木の後ろには影狩、気を利かして先に来ていた燦と六本木を呼んできてくれたようだが、後一歩気を利かして六本木は放置しておいて欲しかった。
「ロリコン? どうりで私のナイスボディに反応しないわけだ」
何したり顔で解説しやがる。
「兄さんこの失礼な人は?」
「今回を限りに縁が切れる奴だ。お前が覚える必要は無い」
俺は燦の頭を撫でながら優しい顔で言う。
「分かったわ、兄さん」
言っておいて何だがしれっと返答できるお前も凄いな。
「あんたも涼しい顔していて、いい性格してるわね」
「そうでなければ兄さんと付き合ってられないわ」
今の台詞は聞こえなかった事にして、メンバーは揃ったようだな。
「良し時間が惜しい、早速準備に取りかかろう」
「えーーこんな服着るの? こんなんじゃ私の美しいくびれ見せられないじゃん」
「兄さん、私もこの服着るの?」
「えっ!?」
「そうだ。
桐生さん」
こんな宇宙服もどき一人じゃ切れない、特に燦の場合は低い背に会わせた特殊仕様になっている。
「ああ、燦君の着付けは私が行おう。影狩は果無君を手伝ってやってくれ」
「了解。安心しろ一応昨日レクチャーを受けている」
「そうか」
今一心配だが、ここは影狩で無く指示をした桐生所長を信じよう。
「ちょっとまって」
「なんだよ」
「本気でこんな小さい子を戦わせる気」
「そうだ」
でたな此奴の厄介な中途半端な常識人。
「まるで動揺しないのね。
言っておくけど、こんな服着たら旋律奏でられないわよ」
「分かってる」
この女俺がお前に期待していると思っているな。残念ながらお前には全く期待していない。主戦力は燦、補助戦力が俺だ。
「分かってるって、じゃあどうやってユガミを倒す気なの? 旋律無しじゃ守ってあげることも出来ないわよ」
なるほどな。自分が旋律でユガミを倒し、それを俺が後方から眺めている。退魔官と旋律士のオーソドックスな連携を想定しているのか。それだと俺は何のために燦を呼んだと思ってるんだ? 本気俺がロリコン趣味で呼んだと思っているのか?
「何もユガミに対抗できるのは旋律だけじゃ無い」
「えっそれって?」
「毒も持って毒を制す。察しが悪いようだが燦は魔人だ。
ユガミは燦が倒す」
「貴方最低ね。燦ちゃんが魔人だろうが年端もいかない少女には違いないでしょ」
意外な事に旋律士なのに魔人に対する忌避感はないようだが、代わりにもっと厄介なこんな少女を戦わせる事に対する正義感が燃えている。
小学生高学年くらいの少女を命懸けの戦いに投入する。物語の悪役がやることでいい大人がやることじゃないことは分かる。だがここに居る連中はそんな感覚麻痺して誰一人俺に反対しないというのに、なんで此奴はこういう部分だけ正常なんだよ。
「だが魔人であり、ユガミに対抗できる力を持っている」
俺が知る限りの旋律士では出し惜しみも打算も無しで、このユガミには勝てない。俺は俺の打てる限りのベターの布陣を敷いた。次策としては天空のエスカレーターの永久封鎖というのもあるが、何もしない内のその手は誰も納得すまい。
それとも俺には出来ませんと仕事を放り投げて、前埜に泣きつけば良かったとでもいうのだろうか。前埜ならあの空間ごと葬れる旋律士を手配できるかも知れない。
俺の所為で犠牲者を出すくらいならその方が良かったのかも知れない。
だが俺が楽になると救われない者もいる。俺を信じて希望を賭ける者もいる。
なら俺も俺を信じなくてどうする。一生責任から逃げてはいられない。
「それがどうしたの、おにーさん何でしょ、貴方が燦ちゃんを守ってあげるんでしょ」
「残念だが俺にユガミを倒す力は無い」
ついでに血の繋がりも無い、そういうプレイと言ったらもっと拗れるだろうからそれは黙っている。
「うわっ開き直った。最低」
周りに居る連中はそのことに異議を唱えない外道ばかり。外道ばかりの中で一人まともなら、その一人が狂っている事になるというのに、恐れる事なく喚けるのはなかなかと尊敬できるが、偽善は反吐が出る。
「ならどうする? 燦は望まずして魔の力を手に入れた。自分で自分の有能性を示さなければ一生研究室のモルモットだ。
俺は別に強制はしていない、モルモットで終わるか俺の道具になるか選ばせている」
「あんたって本当に最低なのね」
「心外だな。別に俺が閉じ込めているわけじゃ無い、燦に力を与えたのはシン世廻、閉じ込めているのは国だ。俺はそんな燦に道具になる代わりに僅かな自由を与える取引をしただけで、シン世廻や国と違って何一つ強制はしていない、一番人道的だぞ」
「真の最低の男」
六本木の俺を見る目が虫螻を写しているようになる。
何で仕事も私生活もいい加減なこの女が、こういう時だけまともになる。まるで俺の邪魔するためだけに、まともになっているようだ。
「ならお前が燦を自由にしてやれるのか?
俺は別に邪魔はしないぞ。国と交渉するも良し、燦を説得してシン世廻に行くも良し」
そう言い切った俺の服の裾が掴まれるのを感じた、燦か。チラッと見れば無表情ながら心細いような寂しいような感情が込められている。先程の台詞、俺が燦を突き放したように感じたのだろうか。自分からグイグイ押しかけておいて今更だろ。俺は取引は守るが取引以上のことはしない。
お前が有能性を示す限り、俺も取引通りお前を保護するだけだ。
「着るわよ。着てやるわよ。そして旋律を舞ってやるわ」
いや無理だろ。こんな服を着ていたらどんな旋律士だって世界に干渉するコンマ何秒のズレも許されない旋律なんて舞えやしない。だから俺は最初に旋律士は向かないと言ったんだが。
「正直足手纏いだから、ここで待機して居てくれないか」
燦の護衛対象が増えるだけのような。
「うるさいっ」
六本木は釣り目を釣り上げて怒鳴ってくる。
「後疑問なんだが、そんなに嫌なら着なければいいじゃないか?」
命令無視はいつもの事だろうに。
まあ着ないと大変なことになるのだが、そんなことこの女には分からない。なのになぜ従う? この女が上官の命令だからと素直に従う女か?
「それもうるさいっ。あんたは嫌な奴だけどど、嫌がらせでこんな服を着せる腐った奴じゃ無い事も分かってるわよ。
ちょっと、あなたも私を手伝いなさいよ」
「はっはい」
大原は六本木に八つ当たりされ慌てて服を着るのを手伝いだす。
「ふう~」
まあいい、当初の予定通りになっただけだ。
だがどうせ予定通りになるなら、トラブル無しで進まないものかね。
彼等は野次馬が立ち入らないようにカラーコーンで柵を作り、カメラやレフ板などを設置したりと、まるで映画か何かの撮影のようである。有名な俳優は居ないようで、野次馬達もチラッと視線を向けては足早に去って行く。俺はスタッフの中に見知った顔を見付け柵を乗り越え近寄っていく。
「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう」
俺の挨拶に軽く挨拶する影狩にビシッと敬礼を返してくる大原。軍や警察なら大原が正解だが、ここは影狩が正解。
「軍隊じゃ無いんだ敬礼は辞めろ」
俺は大原の方を軽く窘める。
当初は警察官を動員してここを封鎖するつもりだったが、開業早々そんな事をされたら今後の営業に響くから辞めてくれとビルのオーナーに泣き疲れて、急遽CMの撮影という態で封鎖する事になった。まあ公安の力でごり押しをしても良かったんだが、それはそれで如月さんの業務が悪化しそうなので今回は辞めておいた。
「すっすいません」
大原は俺の注意に素直に謝ってくる。とても俺に銃を向けた女とは思えない。ここにいるということは鈴鳴の検査でシロと判断されたということだが、それでも恋人を失ったというのにもう仕事に復帰しているのか。
強い人なのか働いてないと潰れそうになる弱い人なのか。まあ俺にとってはどっちでも関係ない、暴走さえしなければ。
「なっ俺の言った通り早くも再会しただろ」
「そうだな。お前等今は何処の所属になっているんだ?」
「現在は無所属、お仕事は無し。流行の言葉でニートって奴」
あの事件で影狩の所属していた部隊は維持するのは困難になるほどの死傷者が出た。解散されてどこかの部隊に再配置されているだろうと思っていたが、意外と仕事が遅い。自衛隊もお役所という事か。それても隊員の心理的外傷を鑑みての休息期間なのだろうか。
「違うだろ。そういうのは昔からの言葉で窓際族って言うんだ」
「まっ暇だろうということで、ここの作業の手伝いに借り出されたんだよ。しかし酷いだろ、昨日の定時間際に言われてそれから深夜まで準備して早朝から作業だぜ」
さっきの話が本当なら同情はしない、国家公務員給料分は働け。同情するのは他の国立能力開発メンバーの皆さんだ。現在ここの封鎖作業を行っているのは警察じゃ無い、封鎖するための偽装メンバーをどうやって揃えようか悩んでいたところ、協力を申し出てくれた国立能力開発センターの職員達だ。俺にとってはありがたかったが所長の鶴の一声は迷惑だったろうが、俺が命じたことじゃない気にしない。
「お前の貢献に報いるためにも無駄話はしてられないな。
それで頼んだものは準備で来たのか?」
「あちらで桐生しょ・・監督が最終チェック中です」
「桐生監督自ら来たのか」
桐生監督ならぬ国立能力開発センター所長自らお出ましか。事件の後は色々とばたばたして直接会った事は無いが、昨日電話で話しはした。俺の頼みに乗り気で応じてくれたが、まさか自ら乗り込んでくるとは予想外にフットワークが軽い。
「オッサン、生でユガミが見られると張り切ってるぜ」
「そうか。案内してくれ」
これからの事も考えれば、会って挨拶をして名刺交換はしておいて損は無い相手。退魔官を続ける上だけで無く、辞めてエンジニアになったとしても役に立ちそうなコネ。
「了解です」
影狩に頼んだつもりだったのだが返事を返したのは大原で影狩は一瞬目を離した隙にどこかに去って行く。
ちっこの女だとどこか緊張するんだよ。銃口を向けられた人間に寛大になれるような大きな器は持ってない。どちらかというといつまでも恨みに思うタイプ。どうにも心のどこかで身構えてしまう。それでも下手な対応をすればパワハラセクハラで訴えられるのが世知辛い世の中。俺は平然を装い頷く。
大原の後を付いていくと簡易テントの下でハンガーにぶら下がった三着の潜水服や宇宙服のような円筒形のごつい服の調整をしている白衣の男がいた。まあ白衣も作業着と言えば作業着だが、この中では異様に浮いている。
白衣の男に大原が背中から声を掛ける。
「桐生監督、果無さんを連れてきました」
「やあ、君が果無君か一度君とはゆっくり話したいものだな」
振り返り立ち上がると意外と長身だが痩身、此方を分解されそうな研究者の鋭い眼光を向けつつ桐生は右手を出してきた。
「いいですね。いい刺激になりそうです」
漂う雰囲気は俺の好み、自分の目的の為には手段を選ばないタイプ。俺も悩まず差し出された右手を握った。
「ふむ。君から依頼された物はばっちり調整しておいた。本当に宇宙に行っても大丈夫だ」
「ありがとうございます」
「こっちこそ、ユガミのデータを取れるまたと無い機会だからね」
頼んだ服にはデータ収集用のセンサーが埋め込まれている。最悪でもそのデータを持ち帰る事が今回の取引の条件。今後もこの博士と友好で有効な関係を構築していくためにも、初手でしくじるわけにはいかない。
「それと頼んでいたもうひとつのものは?」
「それなら」
桐生が向ける視線の先を見れば燦がいた。
「おはようございます、兄さん」
ちゃんと頭を下げて挨拶をする、傍目には礼儀正しい女の子。
「おはよう」
「早々のご指名ありがとうございマース」
こういう誤解を招く茶目っ気を真顔で言うのが玉に瑕。
「うわっ本当に趣味で選んでいるのね」
「お前も居たのか」
俺を汚物でも見るような顔をする六本木も居た。この女も自分に後が無い事を自覚しているのか遅刻しなかったようだ。そして六本木の後ろには影狩、気を利かして先に来ていた燦と六本木を呼んできてくれたようだが、後一歩気を利かして六本木は放置しておいて欲しかった。
「ロリコン? どうりで私のナイスボディに反応しないわけだ」
何したり顔で解説しやがる。
「兄さんこの失礼な人は?」
「今回を限りに縁が切れる奴だ。お前が覚える必要は無い」
俺は燦の頭を撫でながら優しい顔で言う。
「分かったわ、兄さん」
言っておいて何だがしれっと返答できるお前も凄いな。
「あんたも涼しい顔していて、いい性格してるわね」
「そうでなければ兄さんと付き合ってられないわ」
今の台詞は聞こえなかった事にして、メンバーは揃ったようだな。
「良し時間が惜しい、早速準備に取りかかろう」
「えーーこんな服着るの? こんなんじゃ私の美しいくびれ見せられないじゃん」
「兄さん、私もこの服着るの?」
「えっ!?」
「そうだ。
桐生さん」
こんな宇宙服もどき一人じゃ切れない、特に燦の場合は低い背に会わせた特殊仕様になっている。
「ああ、燦君の着付けは私が行おう。影狩は果無君を手伝ってやってくれ」
「了解。安心しろ一応昨日レクチャーを受けている」
「そうか」
今一心配だが、ここは影狩で無く指示をした桐生所長を信じよう。
「ちょっとまって」
「なんだよ」
「本気でこんな小さい子を戦わせる気」
「そうだ」
でたな此奴の厄介な中途半端な常識人。
「まるで動揺しないのね。
言っておくけど、こんな服着たら旋律奏でられないわよ」
「分かってる」
この女俺がお前に期待していると思っているな。残念ながらお前には全く期待していない。主戦力は燦、補助戦力が俺だ。
「分かってるって、じゃあどうやってユガミを倒す気なの? 旋律無しじゃ守ってあげることも出来ないわよ」
なるほどな。自分が旋律でユガミを倒し、それを俺が後方から眺めている。退魔官と旋律士のオーソドックスな連携を想定しているのか。それだと俺は何のために燦を呼んだと思ってるんだ? 本気俺がロリコン趣味で呼んだと思っているのか?
「何もユガミに対抗できるのは旋律だけじゃ無い」
「えっそれって?」
「毒も持って毒を制す。察しが悪いようだが燦は魔人だ。
ユガミは燦が倒す」
「貴方最低ね。燦ちゃんが魔人だろうが年端もいかない少女には違いないでしょ」
意外な事に旋律士なのに魔人に対する忌避感はないようだが、代わりにもっと厄介なこんな少女を戦わせる事に対する正義感が燃えている。
小学生高学年くらいの少女を命懸けの戦いに投入する。物語の悪役がやることでいい大人がやることじゃないことは分かる。だがここに居る連中はそんな感覚麻痺して誰一人俺に反対しないというのに、なんで此奴はこういう部分だけ正常なんだよ。
「だが魔人であり、ユガミに対抗できる力を持っている」
俺が知る限りの旋律士では出し惜しみも打算も無しで、このユガミには勝てない。俺は俺の打てる限りのベターの布陣を敷いた。次策としては天空のエスカレーターの永久封鎖というのもあるが、何もしない内のその手は誰も納得すまい。
それとも俺には出来ませんと仕事を放り投げて、前埜に泣きつけば良かったとでもいうのだろうか。前埜ならあの空間ごと葬れる旋律士を手配できるかも知れない。
俺の所為で犠牲者を出すくらいならその方が良かったのかも知れない。
だが俺が楽になると救われない者もいる。俺を信じて希望を賭ける者もいる。
なら俺も俺を信じなくてどうする。一生責任から逃げてはいられない。
「それがどうしたの、おにーさん何でしょ、貴方が燦ちゃんを守ってあげるんでしょ」
「残念だが俺にユガミを倒す力は無い」
ついでに血の繋がりも無い、そういうプレイと言ったらもっと拗れるだろうからそれは黙っている。
「うわっ開き直った。最低」
周りに居る連中はそのことに異議を唱えない外道ばかり。外道ばかりの中で一人まともなら、その一人が狂っている事になるというのに、恐れる事なく喚けるのはなかなかと尊敬できるが、偽善は反吐が出る。
「ならどうする? 燦は望まずして魔の力を手に入れた。自分で自分の有能性を示さなければ一生研究室のモルモットだ。
俺は別に強制はしていない、モルモットで終わるか俺の道具になるか選ばせている」
「あんたって本当に最低なのね」
「心外だな。別に俺が閉じ込めているわけじゃ無い、燦に力を与えたのはシン世廻、閉じ込めているのは国だ。俺はそんな燦に道具になる代わりに僅かな自由を与える取引をしただけで、シン世廻や国と違って何一つ強制はしていない、一番人道的だぞ」
「真の最低の男」
六本木の俺を見る目が虫螻を写しているようになる。
何で仕事も私生活もいい加減なこの女が、こういう時だけまともになる。まるで俺の邪魔するためだけに、まともになっているようだ。
「ならお前が燦を自由にしてやれるのか?
俺は別に邪魔はしないぞ。国と交渉するも良し、燦を説得してシン世廻に行くも良し」
そう言い切った俺の服の裾が掴まれるのを感じた、燦か。チラッと見れば無表情ながら心細いような寂しいような感情が込められている。先程の台詞、俺が燦を突き放したように感じたのだろうか。自分からグイグイ押しかけておいて今更だろ。俺は取引は守るが取引以上のことはしない。
お前が有能性を示す限り、俺も取引通りお前を保護するだけだ。
「着るわよ。着てやるわよ。そして旋律を舞ってやるわ」
いや無理だろ。こんな服を着ていたらどんな旋律士だって世界に干渉するコンマ何秒のズレも許されない旋律なんて舞えやしない。だから俺は最初に旋律士は向かないと言ったんだが。
「正直足手纏いだから、ここで待機して居てくれないか」
燦の護衛対象が増えるだけのような。
「うるさいっ」
六本木は釣り目を釣り上げて怒鳴ってくる。
「後疑問なんだが、そんなに嫌なら着なければいいじゃないか?」
命令無視はいつもの事だろうに。
まあ着ないと大変なことになるのだが、そんなことこの女には分からない。なのになぜ従う? この女が上官の命令だからと素直に従う女か?
「それもうるさいっ。あんたは嫌な奴だけどど、嫌がらせでこんな服を着せる腐った奴じゃ無い事も分かってるわよ。
ちょっと、あなたも私を手伝いなさいよ」
「はっはい」
大原は六本木に八つ当たりされ慌てて服を着るのを手伝いだす。
「ふう~」
まあいい、当初の予定通りになっただけだ。
だがどうせ予定通りになるなら、トラブル無しで進まないものかね。
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