俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

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世界救済委員会

第二百九話 次期当主

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 シティホテルの朝は爽やかに。
 窓から差し込む朝日がテーブルに乗せられた料理を照らす。
 バイキングで選りすぐってきた逸品達。
 黄金色に焼けたトーストの上に乗せられたベーコンと卵とレタスの上に粉雪のように塩がまぶしてある。
 脇を固める透き通るコンソメスープに新鮮なフルーツ。
 出来る男の朝食はこうでないとな、忙しそうに道いく人々を眺めつつトーストにかぶり付き、爽やかに朝食を取る。
「随分と余裕じゃ無いか」
 折角の優雅な一時が流れる朝食だというのに俺の前に招かざる客雲霧が座る。
 何処ぞの山奥から徹夜で走ってきたかのように疲れ切り折角の黒のスーツもどこかよれている。
「随分と疲れた格好だな仕える主人の格が疑われてしまうぞ」
 対して俺は服を全て昨夜の内にクリーニングに出していてパリッとのりの効いたシャツと皺一つ無いスーツを纏って、どこから見ても出来る男を演出している。
「お前が言うなっ」
 雲霧は大声を出してしまい、レストランにいた周りの客から非難の目を浴びてしまう。俺はスッと立ち上がる。
「皆さんお騒がせしてすいませんでした。
 彼は徹夜仕事で少し気が立っているんです、私がよく注意しておきますので今回は大目に見てやって下さい」
 頭を下げて周りに謝り部下の失態を繕う出来る上司を演出する。
「たくっしょうがないな」
 などとぶつくさ聞こえてくるが場は収まり俺は席に座り直す。
「ぐっっぐぐぐぐっぐ」
 雲霧は俺に尻ぬぐいされて怒り心頭といった感じだが必死に堪えている。
 流石に同じ失敗を二度続けるほど馬鹿じゃない。
「一晩中俺を探していたのか?」
 俺は戦利品の車でアパートには帰らなかった。居場所がばれているんだ、いつ寝込みを襲われても可笑しくない家でゆっくり眠れるほど剛胆じゃない。
 都内のシティーホテルに直行して優雅に宿泊。上げ膳据え膳炊事洗濯人任せ、こんな生活してたら金が幾らあっても足りないが、一日くらいなら経費で落とすなどして何とかなる。なにより命には代えられない。
 しかし腐っても高級車レクサスなら百万単位の臨時収入になると浮かれた気分でビジネスホテルでなくシティホテルなんぞ取ってしまったが、あれはレクサスを元にした特注品と言ってもいい車だと気付いたのは、駐車場で降りて少し自分で鑑定した後だった。
 流石旋律士の名家御用達の車、内装が立派なだけじゃなかった防弾は当たり前の改造が至る所に施されていた。こんな車普通の中古ショップで引き取って貰えるか、裏のルートでもなければ売れやしない。
「小賢しい知恵だけは回る男だ」
「お褒めにあずかり光栄だね。
 お前達が相手するのはそういう奴らだろ」
 アパートにいない俺がここに宿泊していることを一晩で突き止めた情報力は侮れるものじゃない。
 正直まともに相手をしたら此方が負ける。
「なぜだ?」
 雲霧は苦々しそうな顔で尋ねてくる。
「何がだい?」
 答えて優雅にコンソメスープを飲む。
「なぜまだ五月雨様に告げ口をしていないと言っているんだ」
「されたいか?」
「ぐっ」
 その顔でお前達が五月雨さんには頭が上がらないことが丸わかりだ。こんなんで海千山千の利権に群がる山師達に対抗出来るのか?
 まあ年は俺とそう変わらない若造、見習いって事で雲霧の当主が後ろに控えているんだろうな。問題は俺の抹殺はそのでんと控える当主によるものか此奴の独断かだな。
 此奴ならまだ何とかなるが、雲霧家自体が敵に回るなら情けないが五月雨さんに泣きつくか、五津府に泣きつくか、最悪波柴に取り入るか。上に取り入って保護して貰うしか無くなるが、そうなると俺の自由は狭くなる。
 出来ればそれは避けたいな。
 首輪は俺に似合わない。
「お前は将来俺に仕える家臣になるかも知れないんだ、許してやるよ」
「何!?」
「若い家臣のやんちゃの一つくらい大目に見てやるのが次期当主の度量というものだろ?」
 まあ実際一度の失敗や敵対で切り捨てていたら人材は育たない。本気で強い組織を作るなら許すことも必要、それが帝王学。
 だと思う。帝王学など勉強したことも習ったことも無く学ぶ気もない。だが今この時だけは俺は次期当主としての貫禄で此奴を押さえ込まなくては成らない。
「お前が俺の主人だと、何の冗談だ」
「おいおい、騒ぐなよ。また俺に頭を下げさせたいのか」
 俺は吠える犬を宥めるようにスッと手を翳して控えさせる。
「一度俺を手玉に取ったくらいであんまり調子に乗るなよ」
「お前はその与えられた一度のチャンスを活かせなかったんだ、素直に諦めろ。
 男らしくないぞ」
「与えられたチャンス?」
 雲霧は訳が分からないと福笑いのような顔をする。
「人気の無い夜の森で俺とタイマン勝負出来たじゃないか。
 あれ以上の与えられた絶好のチャンスは無いと思うが?」
「その言い草、まるで気付いていたみたいだな」
「その言い草、俺がまるで気付いてなかったとでも言いたげだな」
 人の数だけ真実がある。俺の中では都合の良いようにストーリーが練られ、それを真実として採用した。
「馬鹿なお前は暢気に酔い潰れていたじゃないか?」
 それが此奴の中での真実。
「おいおい、俺が本当に酔い潰れていたと思っていたとはおめでたい奴だ」
 もはや確かめようも検証もしようが無いことに真実を求めてどうなるものでもない。
「法螺を吹くな。酔い潰れてなかったら何でのこのこ森まで連れてこられた。途中で抵抗すれば良かっただろ」
「俺のことを良く思ってない連中が居ることは察していた。
 だったら次期当主として家臣の痼りを解消してやるのも勤め。
 だったらいっそあの場で決着を付けた方がスッキリしてまだかまりもなくなるだろとの配慮だったのに、まさか雲霧がここまで女々しい奴だったとは計算外だっただな」
「嘘だっ。決着を付けるというならなぜ逃げた?」
「なぜお前を倒さなければならない?
 あの場は、排除しようとするお前と排除されまいとする俺の戦いであって、生死で優劣を付ける勝負じゃない。
 お前は俺を排除しようとして俺にまんまと逃げられたんだ。言い訳のしようが無いほどのお前の負けだろ」
「ぐうっ」
「俺には片付けなければならない事件があって色々と忙しいんだよ。お前にはこれ以上付き合ってやる時間は無い」
「はっ旋律も奏でられない小童役人の分際で」
「この小童役人が動かなければ、犠牲者が出るのを止められないんだ。
 そこをお前は理解しているのか?」
 此奴は何だかんだで少々堅いが真面目な奴と見て、ならばこういう搦め手には弱いはず。 まあ他人の犠牲など知ったことかと言い切れる俺と同タイプだったら、その時はその時だ。
「こんな所で暢気に朝食を食っていては説得力が無いぞ」
「お前は昭和の老害か? 
 徹夜メシ抜きで働くのが美徳か?
 よく寝てメシを食わなければ力を十全に発揮出来ない、俺達の仕事のミスは人の命に関わるんだぞ。
 更に言わせて貰えばここに追い込んだのはお前だろ」
「いつなら時間があるんだ」
 絞り出すように声を出して聞いてきて貰って悪いが、それ聞いちゃう時点でお前の負けは確定した。
 この場でなりふり構わず襲い掛かる狂気がないようじゃ、永遠にのらりくらりと躱し続けてくだけのこと。
「俺は五月雨さんの出す試練にも挑まないといけないんだ。どうしても俺と決着を付けたいのなら、俺が試練に敗れた後にしろ」
 俺が試練に敗れるイコール雪月家と縁が切れるだから、此奴が戦う理由は無くなるということだけどな。
「お前なんかに時雨お嬢様を任せるなんて出来るか」
 レストランに響く一喝と共に雲霧は席から立ち上がって身を乗りだしてきた。
 折角上手く行きかけていたのにしくった、雲霧に昨晩の狂気が蘇ってきている。まさかあれだけ忠義を尽くす武士のような態度を取っておいて演技だったとはっ!?
 この俺がすっかり騙された。
 俺はフルーツを食べてフォークを右手に握り込む。
「お前時雨に懸想しているのか?
 俺の邪魔をするのは嫉妬か」
 それならそうとさっさと言えってんだ、まどろっこしい。なら二人の間に和解は無い。どちらかが潰れるしか無い。
 だがこれでハッキリした、これは此奴の独断でバックに雲霧家は無い。
「それは違う。俺は時雨お嬢様が心配なんだよ。お前なんぞに任せてお嬢様に何かあったら後悔しきれない」
「失望だな」
 雲霧のここまで来て未だ繕う態度に、本当に煽りなしで軽蔑する。
「何だと」
「お前は俺と同じ土俵の上に立つ資格すら無い。俺と同じ土俵に立ちたかったら雲霧家を捨てて挑んで来るんだな」
「だから違うと言っている。
 幼い頃からずっと見守ってきたんだ、もう主家の人間というより妹なんだよ。
 時雨が不幸になる所なんて見たくないんだよ」
 本当なのか? 俺が時雨を抱くのが許せないじゃ無くて、名家のご子息じゃなくて無能な俺が時雨のパートナーになって危険な試練に挑むのが心配なだけなのか。
 その虚栄を捨てて晒された顔は苦悩に満ちていた。
 この男は試練の中身を知っている。少なくても時雨一人で挑めば命の危険があるほどの試練なのか。
「その気持ちがあるなら時雨が選んだ男を信じたらどうだ」
 この男から試練の情報は引き出す。時雨の安全を質に取ればしゃべらざる得まい。
 その上で俺はあらゆる手を打つぞ。それこそ金に糸目を付けないで旋律士を雇うことだってする。表だって許されないなら、影から護衛させる。
 俺はそういう事が出来る男だ。
 雲霧は永遠にも感じる時間俺の瞳を覗き込み、俺も逸らさず雲霧の瞳を覗き返す。
 やはり此奴は真摯だ。
 そして雲霧が折れた。
「いいだろう。一度だけ信じてやる、だが俺の信頼を裏切ったら俺がお前を絶対に殺す」
「肝に銘じておこう」
「なら返せ」
「何?」
 時雨のことじゃないよな?
「車だよ。返せよ」
「あれは俺の戦利品だろ?」
「巫山戯るな。あれが無いと呉様を送迎出来ないだろ」
「そう言われてもな、あれは戦利品だろ」
「家臣に寛大じゃ無かったのか?」
「だから罪は許したろ。許すと戦利品は別だろ」
「あれが無いと俺はこの件について追求されることになるぞ」
 試練の内容を此奴に聞き出す予定となった今、あまりこの件について雪月家に深く触れられたくない。
「はあ~しょうが無い。
 時給千円か」
 東京都の最低賃金より高い、俺は何て寛大なんだろうな。
「何がだ?」
「お前の立場はあるだろうから車は返してやるが、代わりに車の値段分体で返せ。
 時給千円で二千万円分働け」
 言うのを忘れたが、勿論利息は付く。二千万の利息、ニコニコの良心の10%でも大変だ。
「なっなっ」
「命を取り合ったんだ、けじめは付けて貰うぞ」
「分かった」
 本当に真面目な奴だ。此奴に人間の悪意から雪月家を守るなんて出来るのか? 心配になってくる。
「契約成立。早速契約書を作るからサインしろ」
 主従だからこそ契約内容は明確に。
 こうして俺はやっと脱線した仕事の本線に戻れるのであった。
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