俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

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第319話 分かる

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 都心から少し外れた郊外にある一日市ホテル。
 ホテルの建屋はロの字型の10階建てとそう大きくないが、丘の上に築かれたこともあって見晴らしはいい。またホテルの建屋を中心に手入れの行き届いた広い西洋庭園が広がり、その庭園を高い塀が囲っているので西洋の城塞都市のような印象すら受ける。
 顧客用の正門には守衛が控え、予約した客以外はホテルの敷地内に入ることすら許されない。それは搬送や従業員用の裏門も同様で厳重な警備がされている。
 無粋なマスコミなどを寄せ付けない鉄壁の要塞、更には完全会員制で京都に劣らずどんなに金を持っていても一見さんはお断りで、利用するには必ず会員の紹介がいるらしい。
 徹底して顧客のプライバシーを守るところが受けたのか、HPもないが顧客は政府高官や経済界の重鎮からベンチャー企業の社長に芸能人が名を連ねているらしい。
 そこに裏門からとはいえ樹吊が出入りしたという。
 状況的に怪しいが、樹吊自身のカモフラージュの職業としてただ単に一日市ホテルに勤めている可能性もある。
 残念だが現状では弱すぎるな。一日市ホテルが犯罪組織のアジトだという証拠が欲しい。
 ホテルの中に入って調べれば分かるんだろうが、樹吊が出入りしていたという状況証拠では強制捜査の許可も下りないだろうし侵入しようにも鉄壁のガードがそれを阻む。
 一見手詰まりのようだが事件の本筋を丁寧に追えばそうでもない。
 そもそも俺が犯罪組織に狙われることになったのは、俺が魔の捜査で普通の警察を動かす為に架空の人身売買行組織をでっち上げたのが発端なのだろう。それだけなら動かなかったかも知れないが、捜査を命じた行方不明者のリストに人身売買組織が誘拐した人がいたんだろう。
 俺の目的は魔なので余計なことをしなければ波風も立たなかっただろうに、恐怖か焦ったのか短絡的に俺を消そうとした。
 つまりこれまで通りに行方不明者の行方を追っていれば組織に辿り着くということだ。
 幸い俺は傘の家に行き魔に誘拐された人達を見ている。リストから魔に誘拐された人達を除けば、組織に誘拐された人の可能性は極めて高い。
 ここで違和感を感じていた「黒羽 朱啼」が浮かび上がってくる。彼女は午後から雨が降り出した日に行方不明になり家族に捜索願を出されているが、あの傘の家にはいなかった。
 つまり傘とは関係無いことになり彼女が組織に誘拐された可能性は高い。誘拐をして身代金を要求しないんだ。組織の目的は彼女自身だろう。彼女から皮を剥ぎ取るのか内臓を取り出すのか変態の性奴隷にでもするのか分からないが、攫われた彼女はあの機密性の高いホテルに連れ込まれた可能性が高い。
 つまり今数名の行方不明者を捜させているリソースを彼女一人に集中させ足取りを追わせれば、遠からずあのホテルに辿り着くだろう。
 実に王道、法を守る警察のまっとうな手段。
「ねえ」
 だがこの王道にも懸念点が三つある。
 一つが一日市ホテルの顧客が上級国民であること。
 二つが極秘捜査の情報が流れたことから分かるように明らかに捜査情報を流したユダがいること。
 三つ目が・・・。
「ねえってば!!!」
 耳元で怒鳴られ思考から現実に戻れば目の前には無視され憤慨している鎖府の顔が合った。 
「それでどうするのよ?」
 鎖府が焦れたように聞いてくる。
 どうするか考えていたんだが俺には黙考する暇も許されないのか。
「殴り込みでも掛ける」
 鎖府が身を乗り出し笑顔で俺を嗾けてくる。
「この程度の情報で掛けられるか。
 まずは、ホテルの内部を調べる必要がある」
 怪しいからと勢い殴り込んでただのホテルだったら、流石の俺も心が痛む。
 それに悪党なら潰し切って仕舞えば後腐れが無いが堅気に手を出したらうまく隠蔽工作をしないと手が回ってしまう。
「はあ~少しは期待出来るかもと思ったけど、所詮あんたもお偉い官僚様って訳ね」
 鎖府は深呼吸でもしたような大きな失望の溜息をする。此方を見る目にありありとした侮蔑が表れている。
 勝手に期待して勝手に失望されても勝手にしろとしか思えないが、俺はそもそも此奴に期待されるようなことをしただろうか?
「証拠、証拠ね。
 証拠を手に入れれば強制捜査でもできると思っているの?
 甘いわね」
 得意気にご高説を述べて俺を見下してくるが、わざわざ言われなくなって分かっている。
「仮に内部で世間に公表出来ないようなことが行われていることが分かっても、顧客には上級国民が名を連ねている。
 確実に潰されるだろうな」
 これが王道を行った場合の第一の懸念点。
 真っ当に証拠を手にれても裁判所から強制捜査の許可は簡単には下りないだろうな。相当の根回しが必要で降りたころには稼がれた時間で証拠隠蔽されているだろう。
「分かってるじゃ無い。
 あんたは出世するための手柄を立てたかったんでしょうけど残念だったわね」
「確かに手柄には成らないな」
「クズが」
 あっさりした俺の返事に鎖府はゴキブリを潰すような声で俺を侮蔑するが、ここは雇用主の度量で聞き流してやろう。
「それで結局何が言いたいんだ?」
 鎖府は苛立っているようだが、この少女は俺に何を期待していたんだろう。
「もういいわ。
 これ以上は無駄でしょ、ここで手を引いてもいいかしら?」
「それは駄目だな。
 契約期間内はキッチリ働いて貰う」
 約束は破らないし約束を破らせない。これが仕事の鉄則。
「何のためにするのよ。
 ああお金が勿体ないと思っているのね。
 ヘタレでケチなんてこれが雇用主なんて悲しくなるわ。P.Tには後で何かしら償って貰うとして」
 さんざんな言われようだが、そうかP.Tが仲介するに当たって何か俺のアピールポイントを鎖府に吹き込んでいたのか。一体は鎖府はどんなアピールに引かれて俺に雇われる気になったのか後で聞きたいものだ。
「まあいいわだったらサービスよ。
 今まで働いた分だけの料金を頂戴、ユガミから助けた分もサービスにしてあげるわ。
 それなら文句は無いでしょ」
「いいわけないだろ、料金を勝手にサービスしてくれるのは構わないが、契約した仕事は果たして貰う」
「何のためによ。
 あなたみたいな上司のケツを蹴り上げることも出来ないヘタレには意味が無いでしょ」
「何で上司のケツを蹴り上げる必要がある?」
 契約を継続することと上司のケツを蹴り上げることの因果関係が分からない。
「ええ、そうでしょうね。精々出世の為に上司のケツでも舐めてれば」
 鎖府の嫌悪感に染まった顔。
 そして内容的に上司の顔色を伺わなければ何も出来ない嫌な中間管理職を罵倒する台詞。
「ああ、お前の苛立ちの原因がやっと分かった。誤解があったようだな。
 俺は人身売買組織を検挙したいわけじゃ無い、潰したいんだ」
「え!?」
 鎖府が心底意表を突かれたような顔をする。
 これは鎖府の問いに素直に答えたことで誤解が生じたようだが、根本は俺の目的を伝えず鎖府を道具として使おうとしたのがいけなかったのか?
 だが言い訳をすれば、鎖府が何処まで信用できるか分からないのに俺の目的を教えるのもリスクがあった。
 それに契約をした以上契約違反が無い限り仕事を果たすプロ意識が鎖府には足りないんじゃないか?
 言い分けか、鎖府が意外と精神的に幼いことに気付かず考慮しなかった俺のミスだ。
 こうなった以上信用しようじゃ無いか、そもそも告げてしまった以上信用する無い。
 とことん信用しようじゃ無いか、ここからは一蓮托生、裏切られたら相応の報いを受けさせればいいだけのことだ。
「誤解しているようだが、俺は退魔官、魔を捜査するのが仕事だ。
 人身売買組織なんぞ捜査する権限は元より無い。検挙しても何の手柄にも成らない。まあ精々騙して使っている警察官に体面が保たれるくらいだ。
 これは退魔官じゃない俺個人のビジネスだ。よって上司の許可は別にいらない」
「でも証拠がいるって」
「当たり前だろ、あれだけの情報じゃ一日市ホテルが俺を襲った組織かどうかなんて断言できないだろ。
 俺は疑わしきを片っ端から潰す狂人じゃ無いぞ」
「あっそう。
 つまり命を狙われた仕返しをするっていう、個人的復讐なのね」
「復讐なんてちんけな事言うな。
 ビジネスといっただろ」
「ビジネス?」
「組織の顧客名簿を奪取する。
 上級国民共の弱み、どれほどの価値があるか分からないぞ。
 あとはついでに彼奴等が必死に貯めた資金も頂く」
 これで彼奴等は信用も資金も失い、ただの不法武装集団になる。何の後ろ盾も無い不法武装集団など放っておいても消えて無くなり驚異で無くなる。
 そして俺に手を出したらどうなるかや闇の世界への威嚇にも成る。
「あなた悪党ね」
「失礼なことを言うな。
 悪の組織を潰すんだ、お前が期待する正義のヒーローだろ」
「正義のヒーローって顔かしら?」
「お前だって人のこと言える顔かよ」
「女の顔を貶すなんて最低ーーやっぱりクズね」
「失言だった。謝る。君は美しいよ」
 大人の小粋な軽口のつもりだったのに鎖府の本気の剣幕に俺は反射で謝ってしまった。
「ふんっ。まあいいわ許してあげるけど二度目は無いわよ。
 それで、私にも分け前あるのかしら?」
「契約以上を求めるのはプロ失格だぞ」
 やはり鎖府にはプロ意識が足りない。
「ボーナスが合った方がやる気が湧くわよ」
「何が欲しい?
 後で揉めるのはご免だからな、今希望を言え」
 もう人間関係のトラブルはご免だからな。
「そうね。顧客名簿にあるブタを三名ほど」
「それはいいが、脅迫でもするのか?」
 上級国民だ、上手くすれば億は引っ張れるだろう。
「まさか、そんな奴らの金なんていらないわ。
 私はね、自分が一番偉いとふんぞり返っている豚共を自分のしてきたことを後悔させながら屈服させるのが大好きなの」
 今までで一番いい顔を俺に見せている。
 その顔に天啓を得たように俺は鎖府 泉璃澄という少女のことが分かったような気がした。
 それなら誤解された俺にあれだけ苛立った理由も朧気に理解出来る。
「分かった。それで手を打とう。
 その代わりきっちり働いて貰うぞ」
「私を後悔させないでね」
「させないさ」

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