俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

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第十話 ただのモブじゃいられない

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「ふう」
タナトスに浸っている場合じゃ無いか。これも歪になった心故か時々破滅感に浸ってしまうことがある。いけないいけない俺は時雨さんの美しさの先を見極めたい、まだまだ終わるわけにはいかない。
となると時雨さんに頼まれたこともしておかないとな。でないとますます嫌われる。これ以上嫌われて時雨さんの限界値は超えないようにしないと。そんなことになったら、時雨さんはプライドも優しさもかなぐり捨てて俺を捨ててしまうかもしれない。逆鱗に触れて時雨さんにあの旋律で殺されるならまだしも、そんなことになったら絶望で俺は気が狂ってしまう。
 とは言え時雨さんもモブの俺に無理を言ってくれる。体は先程の無茶の反動で鉛のように重く、水嵩は既に膝まで来ている。まだ溺れるような量じゃないが疲労していれば話は別、人間は水たまりでだって溺れられる。
それでも時雨さんの傍にいる為、俺は動くしかない。
ただのモブにじゃ傍にいられない。
「さてと」
俺はざっと見渡して必死になって水の中に手を入れて泣き叫んでいる少女の側に、泥に取られる足を必死に動かし、ざぶざぶ水を掻き分け突き進む。
「んっ」
 近寄った俺を血走った目で少女は見るが構わず、おもむろに水の中に手を突っ込み男を一人引き上がる。
 ぐったりしている男の胸に一発掌底を叩き込む。
「ごほげほがふ」
「雅ちゃん」
 男は水を吐き出し、少女の顔に喜色が浮かぶ。 
「立てるか」
「ああ」
 男の返事を聞いて俺は男から手を離すとストンと男は膝立ちとなり、直ぐさま女が傍に寄って支える。
「すまない助かった」
「いいからさっさと立て、また溺れるぞ」
「ああ」
 男は女に助けられ何とか立ち上がってくる。こっちはもう大丈夫として、他は?と周りを見渡すべく首を回して逆さまになった女と目が合った。
「くっ」
 女はガラスを隔てた向こう側にいる。
 そこで恐怖に固まった顔で振り子の如く逆さになってぶーらぶーら揺れている。服は引き剥がされたのか、はだけた白い胸もゆらゆら揺れている。最初に見た女達のと違い肌がまだ死蝋化してないことから、ここに一緒に閉じ込められたカップルの一人だろう。
 まさか、もう犠牲者が出ているとは思わなかった。水の手は簡単に倒せるが、数は多く休むこと無く襲いかかってくる。疲れ果てた獲物から向こう側に引きづり込んでいく。もしかしたら、獲物をじっくりいたぶる為に弱いのかも知れない。よく知る悪意の深さに身震いする。
 そういえば相手の男はどうしたと探そうとしたところで悲鳴が聞こえた。
「お願い、助けて助けて」
 派手なピンクに染めたパーマにでかいイヤリング、ハデ目に飾る少女が水に手に捕まり水槽の縁の辺まで引きづり上げられている。少女は必死になって手を伸ばして助けを求めている。普段なら近寄りたくないギャル系の少女だが、その必死に助けを求める顔は年相応の少女の顔だった。
 水槽の高さは4メートルくらい、まともにジャンプしても届かないに、今は足は泥に取られ、水も膝まである。
無理だな。見切りを早くも付けた俺の肩に手が乗った。
「おい、果無どうする?」
「ん?」
 さっき助けた男に名前を呼ばれたが名乗ったか?
「おいその顔は何だよ。同じ大学で一般教養同じクラスだっただろ」
「そうだっけ」
 用の無い他人に興味の無い俺には記憶に無い。
 見た目中々顔は良く、明るいチャラ男タイプ。さっきまで自分も死にかけたクセに他人を助けようとするとは。
「俺は西村。ったく。教室じゃあんなに愛想良さそうだったのに。っが今はそれどころじゃ無い。助けなきゃ」
 早々に計算して諦められる俺と違って心が歪んでないんだな。その人間らしい真っ直ぐな心は人を助けようとする。
 俺一人なら無理だが、いい人がいるなら何とかなるか。
「それには同感だが、協力してくれるか?」
「おう任せろ」
「言質は取ったぞ」
 言った瞬間に俺は西村の肩をぐいっと引っ張り、どんと背中を前に突き押すと、尻を蹴り飛ばした。
「うわっ」
 西村は蹴られて倒れそうになり、バランスを取ろうと前屈みになった。前屈みとなったその背中をジャンプ台にして、俺は少女に向かって飛んだ。
「手を伸ばせっ」
 俺の叫びに蜘蛛の糸を見つけた少女は必死に手を俺に向かって伸ばす。
 掴めた。
 運の無い俺が掴んだというより、少女の持つ天運が俺にその手を掴ませたのだろう。
 届いて少女の手を掴めた、ここまでは運だが。その先は実力。
 掴んだ手をぐっと引っ張り、俺が水槽に向かって引っ張られる。水槽にぶつかる瞬間腰を浮かして足でガラスを受けると、その反動を利用して一気に足を伸ばしてガラスを蹴った。
 バシャと少女を掴む水の手は引き千切れ、抵抗がなくなったと思った瞬間俺と少女は真っ逆さまに落下する。普通なら受け身をとっても大けがをするが、幸いにも水が溜まっている。
 ウォータースライダーで着水したような衝撃で済んで、俺は直ぐさま立ち上がる。
「おい、大丈夫か」
 西村が心配そうに駆け寄ってくる。蹴り飛ばしたことは気にしてないようだ。
「ああ」
 それにしてもまずいな、立ち上がって水嵩が腰までに増えていた。
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