俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

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クイオトコ

第九十四話 早鐘の如く

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 ノックして応接間に入ると、応接テーブルを囲みお茶を飲んで寛いでいる前埜他、キョウと時雨さんがいた。
「やあ、時間通りだね。
 ちょっと仕事が押してね、今は食後の休憩中なんだ」
 応接テーブルの上には高そうな白磁のティーセットとフルーツが置いてある。
 仕事の話をする場とは思えない、だが忙しい中無理を言って時間を作って貰った身だ文句は言うまい、言えない。
「それはいいが、二人は何でいるんだ?」
「ふふ~ん、ハーレムよハーレム。ハーレム要員。出来る男は美少女を侍らすものよ」
 キョウが前埜に枝垂れながら言い、それを見て時雨さんの目が少し険しくなる。
まあ確かにちょっとしたハーレムだな。旋律士であることを除いても弁護士で前埜ビルのオーナーで弁護士事務所警備会社探偵事務所と会社を三つほど経営している上でのハンサム、流行のチートを地で行く男だ、ハーレム程度は当たり前だと納得する。
「それをもてない貧乏学生に見せ付けるのは露悪趣味だな。そういうのは自宅かキャバクラで堪能してくれ」
 ついでに時雨には手を出すなと言いたいが、あんまり彼氏面して恋路を邪魔すると嫌われそうなので辞めておく。
 この胸にたまる痼りとモヤモヤ、このハーレム状態をネクタイピンに仕込んだ隠しカメラで取っておくことで気を紛らす、この写真が後日何かの役に立つことを祈って。
 そう言えば前埜に本命の恋人か奥さんはいるのかな?
「え~と、キョウの冗談を真に受けないでくれよ。
どうせ彼女達の力を借りることになるだろうと思ってね。説明をいっぺんに済ませられるように呼んでおいたんだ。
仕事の為だよ」
両手に華の状態で言われても説得力が無い。何か駄目な二代目ぼんぼん社長に商談を持ち込んだ気分になる。
「流石出来る男は言い訳も完璧だな。伊達に数々の修羅場を潜り抜けてきていない」
「その修羅場って魔との戦いのことじゃないよね」
「さあな」
流石出来る男は手回しが良いが、今回は気を利かせ過ぎたな。
「まあ、まずは君も座りなよ」
「では失礼する」
 応接テーブルの前埜が座る対面が空いているので歩き出すが、一歩二歩三歩と歩いたところで時雨さんが立ち上がった。
「君足を怪我したの?」
 警察署での反省から痛み止めを打って普通に歩いたつもりだったんだが、軽々と見破られた。流石奇跡を起こす舞いを踊る旋律士、挙止を見抜く目は神眼だな。
「昨夜、ユガミとやり合った際の名誉の負傷だ」
 ばれたのなら仕方ない。こうなったら下手な隠し事はしないで、俺の頑張りを少しはアピールしてポイントを稼ぐか。
 少しは俺のこと見直すかなと時雨さんを見れば。
「馬鹿っ」
 怒鳴られた。
「ユガミとやりあった!? どうしてっ、そんな無茶をするの。君何か思い上がっていない。君はあくまで普通の人なんだよ」
 音羽当たりが言うなら完全にこちらを見下した台詞なんだが、同じ字面でも時雨さんだと完全にこちらを心配しての台詞になってしまう。
「やり合う積もりなんて無かったんだ。事前調査に行ったら遭遇してしまって、やむなくなんだ」
 目尻を上げた時雨さんの顔が眼前まで迫ってくる剣幕に俺は押されてしまい、子供のように辿々しい言い訳を言ってしまう。
「ほんとう?」
 時雨さんの目がスーーと細められ、あんなに可愛い時雨さんが般若のように見えてしまう。ここまで怒られるとは予想外すぎる。
「本当だって。所轄に挨拶に行って現場を軽く見て帰るつもりだったんだって、・・・」
「むう。それならしょうがないか」
 やっとうっすらと見えていた角が引っ込んでくれた。
 次の日には一人で調査するつもりだったなんて慌てて呑み込んで良かった。
「ほら、ボクに寄りかかって」
 時雨さんが俺の横に来て俺を支えてくれる。
「いや大丈夫だって」
「いいから、恥ずかしがらない」
 なんか俺、子供扱い良くて弟扱いだな。年下の少女に支えられ忸怩たる思いのまま歩いてソファーに座る。時雨さんもそのまま横に座る。
「微笑ましいね」
「五月蠅い」
 にやにやとこちらを見る前埜が憎たらしい。
「仕事の話をするぞ」
「はいはい。
 それじゃ君が遭遇したというユガミの話を聞かせて貰おうか」
 ちっ完全にペースを向こうに持って行かれた。
「まかせて、君の仇はボクが取ってあげるから」
 横に座った時雨さんが小さく拳を握り締めている。
「いや、意気込んでいるところ悪いけど、時雨達に依頼する気はないぞ」
「えっそうなのか」
「それはどういうこと。ボクに不満でもあるというの?」
「いやそういうことじゃなくて。
 話を聞いて」
 また迫り来る時雨さんをどうっどうっと抑えて俺は説明を始めた。

「・・・っと言うわけで、狭い場所でも旋律を奏でられる人材を派遣して欲しい」
「確かに時雨やキョウじゃきついかもね」
 俺の話を聞いて前埜は冷静に分析する。
「そんなことない、狭くたって何とかなる」
 キョウの根拠の無い自信を生暖かくスルーして前埜が口を開く。
「しかし意外だね。君はてっきり時雨と一緒に仕事がしたいのかと思っていたよ」
 どこか挑戦的に聞こえる口調。前埜にしてみれば俺こそお邪魔虫で「俺の女に手を出すなと」俺に言いたいのかもな。だったら時雨さんも前埜を慕っていることだし、美男美少女でお似合い、何で二人は結ばれていないんだろうな? 結ばれても嫌だが。
 俺の知らない事情でもあるのか、俺が知らないだけで既に結ばれているのか知れない。
 まっそんな俺が知らない見えないことなんてどうでもいいか。
 大事なのは、目に見え触れる事実。
「その感情を否定はしませんが、仕事に私情は挟みません」
「そうなのかい」
 軽い口調ながらも念を押して聞いてくる。ファイナルアンサーか?
 確かに俺は時雨さんと一緒に仕事がしたい、魔との戦いでこそ俺が求める美、時雨さんの旋律を見ることが出来る、危険の中でこそ時雨さんの旋律は美しく輝く。
 だからといって大火事の中に放り込む一瞬の輝き、破滅美なんか求めてない。あくまでも計画的に理知的に出来うる限り危険を排除した上で純度を高めたリスク、避けようのない運命によるリスクで無くてならない。
「遊びじゃ無い、命が掛かっているんですよ。
退魔官として不利と分かっている旋律士を投入するわけにはいきません。わざわざ二人を呼んでおいて貰って申し訳ありませんが、他の適任者を推薦して貰えないでしょうか?」
「君は堅いね」
「褒め言葉だと思っておきますよ」
 正道から外れたら四方から背中を支える手が伸びるあんたと違って、正道から外れた瞬間から背中を押し倒そうと手が伸びてくるのが俺の人生、嫌われ者の歩む道。
「不利な条件を知恵と勇気と友情で覆す。その方が燃えない」
「少年マンガじゃ無いんです。どうしようもなく追い込まれれば仕方ありませんが、わざわざ不利な条件で戦う気はしませんね」
 現実は知恵と勇気と友情じゃ無い、周到な準備と計算高さ、そして資金がものを言う。
「君は軍人の方が向いているかもね」
「なら退魔官をクビになったら防衛省にでも入りますか」
 警察よりも階級が絶対の軍隊というのも合っているかもな。
「それは困るね。この業界も優秀な人材は是非確保したい」
 よく言うぜ。みんな優秀なので雑用をやらせる人材が欲しいだけだろ。
「なら紹介して下さい」
「いいけど、私が監督する旋律士じゃ無くなるから時間が掛かるかも知れないよ」
「そうなんですか、雰囲気的に関東の旋律士の元締めかと思ってましたが」
「そんなに私は大物じゃ無いよ。基本的に私が面倒を見るのは一人前になる前の旋律士だけで、その数もそんなに多くない。他の仕事のあるしね」
 前埜は時雨さん達旋律士を派遣するコーディネーター的立ち位置かと思っていたが、未熟な旋律士を導く昔の師匠みたいな存在だったのか。
 ん?
 スマフォが震えた、ちらっと取り出して見ると田口とあった。これは後回しにするわけには行かないか。
「すいません、少し中座します」
 席を立って応接室の端の方に行ってスマフォを取る。
「はい、果無です」
『警部か、写真の男な身元分かったぞ』
 どこか誇らしげな声が響いてくる。
「もう分かったんですか」
『伊達に長年刑事をやってない。
 男の名は「名井 佐枝」 40歳 会社員 独身。
 今回の事件が発覚した日から職場に行ってないようだな。アパートにも行ったが留守だった。
 これはどういうことなんだ?』
 ビンゴか。これなら上を説得できるな。
「良い仕事です、ありがとうございました。
 今日の夕方の捜査会議に伺いますので、返事をどうすかだけ決めておいて下さい」
『分かった』
 少し重苦しい返事と共にスマフォは切れた。

「すいせんでした。
 裏が取れました、俺を襲ったユガミと今回の事件のユガミは同じです。この後如月警視の所に行って今回の事件を俺の指揮下に置く許可を貰ってきます。
 ですので旋律士の方も出来るだけ早く派遣して欲しいのですが、どのくらい掛かりそうですか?」
「まあ思い当たる旋律士はいるから連絡は取ってみるが、みんな自立していて独自に仕事をしているから空いている奴がいるかどうかだな。
いなかった場合スケジュール調整から始まって、報酬の交渉もしなくてはならない。
そう言えば幾ら出せるんだい?」
「はっは、上司に伺っておきます」
 旋律士はボランティアや月給取りじゃ無いんだ、報酬がいるよな。確かユガミの危険度に応じて報酬が変わるらしいが、ここは俺の交渉能力次第か。
 出来るだけ報酬をふんだくって、出来るだけいい旋律士を揃えつつ、自分への取り分も残さないといけないのか。やることは山積み、しかも俺が苦手な交渉ばかり。
「まあ、報酬は何とかしてくれと信じたとして、まあ一~二週間は掛かるかな」
「そうですか。仕方ないですね」
 バイト学生じゃ無く、自立している自営業者を雇うと思えばそのくらいは当たり前か。暇でしょうが無い旋律士というのもあまり雇いたくないしな。
「仕方なくない」
 大人しく聞いていた時雨さんが割って入ってきた。
「えっ」
「そんな人を襲うユガミを半月近くも放置するなんてその間に犠牲者が出たらどうするんですか?
 ここに動ける旋律士がいるんですよ。ボクが行くべきです」
 時雨さんは前埜に必死にアピールする。なんだかんだで甘い前埜なら折れると思ってのことだろうが、前埜は俺に判断を任せるとばかりに俺の方を向いたまま。
「一般人が犠牲になるのが許せないからと、旋律士が犠牲になっていいわけじゃない」
 むしろ希少価値で言うなら、旋律士こそ犠牲になってはいけないと思うが、火に油を注ぐので言わない。
「そんなにボクは頼りないというの」
「頼りないというか相性が悪いと言っているんだ。狭いところで旋律を奏でられないんだろ。奏でられないなら、銃の方がよっぽど頼りになる」
「言ったなっ。
 もういい、君の仕事と関係なくボクが一人で退治する。当然報酬も君の援護も必要ないから、文句は無いよね」
 しくった。時雨さんの優しさだけで無くプライドも刺激してしまった。
「粋がっているが、どうやってユガミを見付けるんだ?」
 俺がいらないと言われて俺の口調も少し棘が出る。未熟な対応だと頭では判断出来るんだが、心を止められない。
「だいたいの場所はワイドショーを見て知っている。君でさえ見付けられたんだ、旋律士のボクが見付けられない道理がない」
 ちっ確か時雨さんなら見付けてしまいそうだな。そして利で動かない人間に対してどう交渉していいのか俺には全く分からない。よって、俺では時雨さんを止められない。
 唯一止められる男は、にやにやとことの成り行きを傍観しているのみ。
 コントロールできないなら、コントロールできる所で何とかするしかないか。
「キョウ」
「えっ私?」
 突然振られてリンゴを口からぽろりとキョウは落とす。この女完全に部外者気分でいたな。
「今日の夜は予定空いているか?」
「ええ、空いているけど」
 良し。元々この仕事を引き受ける予定で呼ばれているんだ前埜の許可はいるまい。
「報酬は50万で十分か」
 今の俺の貯金から出せる報酬。この金額なら万が一上司の許可が下りなくても支払うことが出来る。やはり資金は大事だな。
「ええ、まあ一日なら」
「なら決まりだ。ユガミ退治を依頼する。今日の夕方現場に来てくれ」
「そんなにボクを外したいの」
 一瞬泣きそうな顔に見えた時雨さんがそんなの俺の妄想だとばかりの顔で俺を睨み付けてくる。空気の読めない俺でも分かるほどに俺と時雨さんの空気は険悪だな。
「言っただろ、仕事に私情は挟まない。
 あんまりやりたくは無いが、キョウなら一つだけ思い付いた作戦がある」
「そう」
 その言った時雨さんの顔に、この俺が耐えられないとばかりに言う予定の無い余計なことを言い出してしまう。
「だが完璧じゃ無いんだ。
 時雨は万が一の為のフォローとして現場に、・・・来てくれないか」
 仕事に私情を入れてしまった。
 だが今はそんな慚愧より、まるで告白したかのように鼓動が早鐘を鳴らし俺は時雨さんの返事を待つのであった。
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