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偽善者と暗躍の日々 十八月目

偽善者と吸血潜伏 その08

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 吸血鬼ヴァンパイアと言えば……なんだろうか?

 不死の再生力、他者の血による生命維持、何より──多すぎる弱点。
 銀に弱く、流れる水に怯え、誘われなければ建物に入ることもままならない。

 こういった性質が後世に伝わったのは、逆であるという節がある。

 バレンタインが今やリア充御用達のイベントになったことと同様、吸血鬼という存在に後天的に付与された性質。
 強き者を貶めるため、弱体化の手段を複数用意したのではないかと。

 この世界には地球と通ずる存在が多い。
 聖剣や魔剣にそれっぽい名前があったり、地形なども一部が同じっぽい気がする。

 なので吸血鬼も、似たような理由なのかもしれない……つまりあえて弱体化された。

  □   ◆   □   ◆   □


 前に一度、調べたことがある。
 この世界だと吸血鬼とは、夜とか月関係の神が生みだした存在らしい。

 それが強すぎる存在となってしまったため制限を加え、地上に解き放ったんだとか。


「要するに、私は最強と言うわけだな」

「ぐはっ……!」

「吸血鬼とはその強さを懼れられた存在。君たちがどれだけ徒党を組もうと、圧倒的個の前に屈するしかない」

「まさか……高位の吸血鬼だったとは」


 上位の吸血鬼はその束縛を一部外され、さらに上──神祖や真祖は弱点らしい弱点が一つしか残っていない。
 日に対する耐性、それだけは製作者たちの問題なので突破できない吸血鬼が多数だ。

 吸血鬼がいっしょに引き連れていた、普人フーマンの兵士を吹き飛ばす。


「銀も聖水も十字架も効かんぞ。夜の王たる吸血鬼に挑む愚かさをその身に刻むがよい」


 特に能力を使ったわけじゃない。
 膂力を全開にして纏わりつこうとする男たちを振り払い、そのうえで壁に叩き付けて気絶させていただけだ。


「やれやれ、この程度の力だったとは。やはりどれだけ集まろうと、進化できない貴様らにはお似合いの格好だな」

「なんだと! この姿こそ、普人がもっとも愛されし種族であることの証! それを貴様は……その顔は記録した、帝国に喧嘩を売った貴様を逃しはしない!」

「……ふっ」


 それには答えず、ただ嘲笑を返す。
 吸血鬼を悪と判断し、殺そうとする者は大勢居る……だがそのすべてが、俺を殺せるだけの力を持っているわけじゃない。

 だが、その逆もまたしかり。
 主人公たちがその気になって俺を殺そうとするのであれば、世界の運命とやらが強制的に死ぬような命運を生みだすだろう。


「な、何がおかしい!」

「君たちの皇帝様とやらは、吸血鬼との間に娘を設けていたらしいが……そのことについてはどう考えているのだ?」

「……そんな事実は無い!」

「目を背けるのか……まあ、君たちのような下っ端たちには真実を伝えられないのか。とりあえず、君たちにもお呪いを掛けてやろうではないか。安心しろ、私は君たちの行動を肯定してやろう」


 瞳を爛々と輝かせ、男たちに近づく。
 ジリジリと迫る俺に恐怖する男たち、その光景がなんとも残念で儚い思いをしながら瞳と瞳を合わせた。

 次々と倒れていく普人の兵士。
 そのすべてが瞳に生気を宿しておらず、ただただ虚空を見つめている。


「……残ったのは君か、同種よ」

「そこに伏せる下等な普人どもの処理には感謝しよう。いつの間にやら流行りだした宗教が、ありもしない幻想をこやつらにもたらしたようでな」

「構わない。わざわざ自分を吸血鬼でないように苦労しているようだったのでな、それぐらいは大目に見ておこう」


 普人至上主義である男たちが、最初に話しかけてきた吸血鬼といっしょに居た理由……それはそもそも男が、吸血鬼であることに気づいていなかったからだ。


「だが、それでも返してもらおう。私の所有物だ、それに手を出すことは許さない」

「君にできるかな? 私の力はここまで知らしめてきたはずだが……」

「ふっ、君はまだ知らないのだな──吸血鬼の真の力を」

「真の力……?」


 いかにもなフラグを告げる吸血鬼。
 蝙蝠の飛膜を広げ、こちらへ勢いよく飛んでくる。


「魅せてやろう、これが爵位を持つ吸血鬼の力というものだ──!」


 そして、冷たく輝く月の下で──最後の戦いが始まった。


  ◆   □   ◆   □   ◆


「ずいぶんとまあ、人気者になったよ。名前も分かっていない、容姿は全然違う……こんな状態で何が分かるかはさっぱりだけれど」


 翌日、帝国中に手配書が出回る。
 現れた謎の吸血鬼を殺してもいいので連れてくれば、多額の褒賞金を授けると。

 ただし名前は分かっておらず、まったく異なる容姿が描かれている。


「いやー、どんだけ美化されているんだよ。うろ覚えだったから、この世界基準の平凡な容姿とやらで描いたのか」


 吸血鬼を描いたその絵には、俺とは似ても似つかないイケメンが描かれている。

 それを見る女性の一部は、なんだか熱い表情を浮かべているし……吸血鬼は顔はいいが悪人だと言うイメージでも付けたいのか?


「……しかしまあ、ほんの少しだけしか俺の要素が無いな。あとは……中性的な感じか」


 自意識過剰じゃ無ければ、本当に少しだけ輪郭やら一部分が俺のモノっぽい。
 残りは男というより女の子っぽい、説明しづらい不思議な相貌だ。


「っと、そろそろ動くか」


 ちなみに、現在の俺は吸血鬼因子を解除しているので怪しまれることはない。
 まったくのモブ、ほんの一部の相同点すらも似ても似つかなくなってしまった現状であれば、俺を吸血鬼とは思わないだろう。

 顔を晒していても、俺に向けられるのは懐疑心ではなく嫌悪感のみ。
 吸血鬼っぽいからという怪しむよな視線ではなく、コイツ気持ち悪いなという第一印象から生まれる軽蔑感だけである。

 変装とは偉大なモノだ。
 本来与えられた唯一の肉体を偽り、異なる自分になることができる。

 偽り装おう、それを『偽装』と呼び真実を隠すのはいつだって……人だけだ。


 閑話休題ごまかすこうい


 影に仕舞っていた奴隷に関しては、あの後送り届けた。
 先輩奴隷と優秀な眷属たちによって、何かしらの進路を見つけるだろう。

 血が欲しかったのは事実だが、別に俺が吸血鬼として欲していたわけじゃない。
 しいて言うなら──[不明]としての俺が、因子を集めるために欲していたのだ。

 なのでそれが済めば用済み……俺の配下になるわけでもないし、放置して自分たちのやりたいようにやってもらう。
 ……これが正解のはずだが、なぜか冷めた目で見られたことがあるのは何故だろうな。

 ──ともあれ、今回はこの程度だ。

 種は撒いた、いずれ動くであろう何者かによって吸血鬼は狙われる。
 暗躍は少しずつ、だが決してうわさが絶えることなくやり続けよう……幸いにして、ここは悪の巣窟──偽善はやりたい放題だな。


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