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偽善者と再憶のレイドイベント 十九月目
偽善者とレイドラリー後篇 その09
しおりを挟む《──というわけで、今は暇なんだよ》
《なるほど、それでまだメルとしての口調を維持し続けているのですね》
《そうだよ。ちょうど時間も空いてるし、状況を把握しておきたかったんだ》
脳内の思考加速空間でも、レイたちと邂逅する場所でも無い……ただただ昏い場所。
自分でも味気ないなと感じるその空間で、念話を用いてアンと話し合う。
《ニィナはどうなの?》
《どう、と申されますと?》
《いや、ほら、いろいろだよ。どんなことでも眷属に直接害をなさないなら気にしない気でいたし、確認したいんだよ。みんなにイジメられていないか心配だし……》
《そうですね──まず、土下座させました》
まず、思考が完全に停止した。
そのうえでゆっくりと再起動、それから少しずつアンの台詞を反芻させていく。
土下座、土下座かぁ……うん、俺もよくやるからそこはまだいい。
だが、したじゃなかったな……させたみたいだ──うん、決めた。
《内容に次第では、俺も相応の対応をしなければならなくなった。アン、ボケとかじゃないんだよな?》
《はい。『ザ・グロウス』ことニィナは償いがしたいと言いました。しかし、彼女の考える償いはどれも厳しいモノが多く……そこで土下座を提案しました》
《……まあ、土下座って結構キツいしね》
正座での謝罪に加え、頭を下げる行為そのもに屈辱を感じたりなどなど、嫌な奴にはとことん嫌に感じる行為だ。
……やっぱり、俺ってポンコツだな。
こういう時の思考が空回りするし、予想がだいたい外れてしまう。
コホンッ、と口調を戻して話を続ける。
《で、どうなったの?》
《どう、と申されましても……現在進行形ですので、変化はございません》
《…………ん?》
《あれから数時間経過しておりますが、自身の罪過は禊げないと粘っておりまして……》
いったいニィナに何があったのか、さすがに俺には分からない。
ただまあ、眷属たちは罪悪感を抱かせるほどのいい子たちだったってことだな。
《罪ねぇ……アン、本音で応えてくれて構わないんだけど、ニィナと私でどっちが悪行を重ねたと思う?》
《間違いなくメルス様ですね。仮に運営神の罪を百歩譲って加算するとしても、それ以上にメルス様は世界への干渉度が高すぎます》
《現人神(仮)なんだから、まあ別にいいんじゃないの?》
《いえ、メルス様の悪行は神となる前ですので……アウトですね》
ユウに確認したことがあるのだが、どうやら業値は人々が認識した罪の深さに比例して増加する傾向にあるらしい。
大衆が認める悪行であればあるほど、業値は加算されていく。
それは犯人が分からずとも、犯行があれば真犯人の業値に変動を生じさせる。
……要するに、祈念者に嫌がられることばかりしてきた俺は──ある種、世紀の大犯罪者といえるレベルの悪人なのだ。
《まっ、私の場合は業値だけはまったく変動しないからいいんだけどさ。お蔭で<大罪>と<美徳>のスキルが使えなくなったけど……まあそれはともかく、ニィナの土下座は教育に影響を及ぼしそうだね》
《彼女たちも、理解できる程度の学習能力は兼ね揃えておりますが?》
《それこそ、ニィナに一番気づいてほしいんだけどな……土下座で禊がれるよりも、もっと別の方法があるんだって》
けど、それを俺が教えることはない。
繋がりは深く、縁は多い方がいい……眷属との結び付きが、きっとニィナをより良い方向へ導いてくれるはずだ。
《上手く誘導してあげてね》
《はい、承りました》
《そろそろイベントも終わる。無事に密出国できればいいんだけどー》
《クラーレ様にお任せしましょう》
まあ、やることはさっきと同じだ。
……うん、ちょうど引っ張られる感覚が襲い始めてきた。
さて、どこに呼びだされるんだか。
◆ □ ◆ □ ◆
始まりの町 広場
「──って、これどういう状況?」
「見て分かりませんか? ──絶体絶命の危険な状態です!」
「うーん、理由はともかくますたーに害を加えるのは許せないね──“千剣弾幕”」
剣の壁によって防いでいる間に、改めて状況を把握しよう。
そこは始まりの町の中でも、血の気が多い者たちのために用意された──合法的に決闘することができる広場だった。
そして、すでに構築されている[PvP]用の空間。
取り囲まれている『月の乙女』たちは、身力値が枯渇状態だった。
「さて、これで時間が稼げたね……シガン、分かりやすく説明してくれるかな?」
「逆恨み、強制PvP、物量差……といったところかしら」
「ふむふむ、いろいろと突っ込みたいところが多いけど……まずはますたーたちをここから解放しようか。──“転移剣”」
逃走用に使った転移剣を渡しておく。
先ほどのPvPを観ていた者たちは、その効果を知っているので警戒し始める。
「何をしたって無駄だよ……さっきの四本の剣を使って──“四剣領域・封魔”!」
「ま、魔法が使えない!」「おい、誰か空間魔法を妨害しろ!」「そ、そうだその四本とやらを特定すれば……」「今さら間に合うわけねぇだろうが!」
「その通り──ますたー!」
「メ、メル……す、すみません!」
別にクラーレが俺を陥れようとしたわけでもないのに……とてもいい娘だよ。
頼って当然な状況なのに、それでもなお選択を後悔しているようだ。
「ううん、気にしないで。悪いと思ってくれるなら……そうだね、今度ますたーとやりたいことがあるんだ。それをいっしょにやってくれればいいよ」
「──ッ! わ、分かりました! 死なないでくださいね!」
「当然だよ。私はますたーの僕、死なないでと言われたら死なないよ」
ようやく転移剣が発動し、目的地──すでに上で不可視化設定でスタンバイしていた、彼女たちのギルドハウスへ転送された。
残されたのは、自分たちが用意した策に溺れた恨みを持つ者たち……そして俺だけ。
「……予定が狂ったがまあいい。俺たちはあの女どもだけじゃなく、テメェにもお礼がしたいと思っていたからな。ちょうどいい」
「へー、私にも?」
「テメェが来てからあのギルドは変わった。そのせいで被害を被った奴はこんなに居るってわけだ」
「それって……ただの自業自得だよね? 揃いも揃って、女の子に実績が足りなかった現実を突きつけられて逆恨み……ぷふっ、少し笑えるよね? って、どうしたの? 怒る要素なんて一つも無かったよね?」
いやいや、だからそんな顔を真っ赤にしなくてもいいって。
PK系の職業持ちは、禍々しい武技エフェクトまで用意しているし……どうしたんだ?
『殺せーーー!』
「なんでかなー? まあ、数の力で復讐しようとしたぐらいだし、頭の方もそこまでよくないみたいだね。とにかく、私も死ぬわけにはいかないんだ。だから覚悟してね、一瞬で終わらせるよ」
「はっ、この数相手に何ができるんだ!」
「百や千があるんだから、当然その上もあるよね? そして、再現するならやっぱりアレだよ──“万剣亜空”」
そして宣言通り──この場から俺以外の存在が、すべて消え失せた。
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