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偽善者と獣たち 二十七月目
偽善者と飽くなき徒労 その15
しおりを挟む転移による攻撃は消耗が激しい。
入れ替える座標を剣に限定することで抑えているが、それでも膨大な量の魔力は一気に減っていく。
思いのほか戦闘能力が高い……というか、異様なほど防御技術が高かったため、なかなか隙を突けずにいる。
まるで死角を見る目があるように、ことごとく攻撃が防がれるのだ。
……まあ、それのネタはなんとなく分かるのだが、対策が無い以上ゴリ押ししかない。
「物理と魔力を無効化する盾か……なかなかに厄介だな。それに、長持ちし過ぎでは?」
「才能の差だろう」
「大方、防御に関する能力に限り、補正でも掛かっているのだろう。それにしても……」
「ハッ! 貴様、先ほどから集中できていないのでは? 隙が多くなっているぞ!」
少しずつ飢えが意識にチラつきだす。
渇望しているのだ、目の前にいる存在を喰らい尽くしたいと。
ただ食べていないのではない。
好きな物を食べられるようになり、さまざまなモノを喰らってきたうえで、お預けをくらっている……なるほど、そういうことか。
展開していた無数の剣を解除し、ダラリと力を抜く。
突然動きを止めた俺に警戒し──それでも盾を構えて突っ込んでくる。
「──ガフッ!」
「なんのつもりだ!」
俺はその攻撃を、受け止めた。
衝撃に耐えることができなかったので、弾き飛ばされたわけだが……うん、再生系のスキルは最初から使えないので体は癒えない。
体を治すためには、新陳代謝を高めて自然治癒に頼るしかないのだ。
しかしそれでは、激しくエネルギーを──満腹度を消耗するわけで。
「──“剣器創造”」
「はっ、今度はどんな玩具を──ッ!?」
「これまでの物とは違うと思え。油断をすれば、それだけで死ぬぞ──『喰牙剣』」
ただ魔法で剣を創り上げるのではなく、脳裏で俺を駆り立てる衝動に手伝わせた。
短く鋭い、獣の歯や牙といった器官を模した刃が俺の両手に握られている。
故にこの剣は【暴食】とリンクしており、喰らったモノを勝手に扱う。
それがどういったものか……まあ、今は飢えているからそういうことだろうな。
「だ、だが、リーチの短いその短剣ならば、相応の戦い方をすればいい」
「やってみろよ」
俺はただ立っているだけでいい。
その場で牙の一本を振るい、もう片方を前に押し出すだけ。
「──な、なぜだ……」
「子の牙は望むモノを喰らう。どうやら、今は空間をご所望だったようだ……ああ、貴様の肉もな」
「ごほっ……」
一本目の軌跡は裂け目となり、そこから突如としてゲンブが現れる。
前に突き出していた牙は、自然と奴の体に溶け込むように入っていく。
盾にいろいろと仕込んでいたようだが、俺には戦う意志が無かった。
そして、危険を察知しようにもあまりに一瞬過ぎた……それゆえに起きた事象だ。
「嗚呼! ナニカが満たされる、これこそが食事の本懐だ。いいなぁ、この味……やっぱり神族の力が混じってやがる」
「…………」
「原因はこれか? ……盾神、防御性能の強化と一度限りの自動完全防御。そして無数の上級神による、その回数無限化。ハッ、ずいぶんとつまんない絡繰りだったぜ」
「──ッ!?」
メインの加護を中心に、他の神の加護の効果をいっさい無くし、その恩恵をすべて盾神の加護に集中させていた。
計画的なやり口だ。
そもそも神々が祝福を与えるのは、自分の祝福でいい結果を出させることで、感謝や畏敬の念などを回収するためである。
しかしこのやり方では、まったくと言っていいほどにサブの加護が活躍していない。
……というよりも、今の時代でそこまで多様な加護を貰っていること自体が異常だ。
「スポンサーはただの名無しの神だけじゃなく、もっと上だったわけだ……」
「何を言っている」
「傷も癒えたか? さすがは魔人、そして魔獣ゲンブ。体を千切って不再生を突破するとはな……なるほど、タイプを別にしたのか」
「だから、何を言っているのだ!」
肉を喰らった【暴食】は、意外にも俺へとゲンブの情報を提供してくれた。
まだ知らない蛇の部分、そして目の前で見ている亀の部分がどういう繋がりかを。
「貴様が知ってどうするんだ? 俺様に喰われるんだ、そろそろ解放しろよ」
「…………貴様、なぜそれを」
「だから、貴様が知ってどうするんだ? そろそろまた飢えてきたんだ。今度はもっと、上等な部位を貰うぞ」
「ッ──“反物防盾”、“反魔防盾”!」
先ほどまでの無効化ではなく、攻撃の反射へ切り替えた様子。
どうやらそれでも、もう一人を出す気は無いようだ……それならそれでいいけど。
何をしてむ無駄だと言ってやりたいが……語るよりも、行動で見せた方がいいか。
「今度は先に、盾を貰おうか」
「ぎゃぁあああ!」
必死の形相で盾を構えるゲンブ。
俺が牙を振るうタイミングから、攻撃をどうにかするつもりなのかもしれない。
だが、無駄であろう。
そもそもその動きは、牙が食べたいモノを喰らうこととはまったく関係ないのだから。
いつの間にかゲンブの姿は、俺が下げていた牙のすぐ横に。
あとは意識して牙を振るうだけでいい、自動的に盾から牙に吸い込まれる。
「ぎゃああ……って。なるほど、生体武具の一種だったか。加護で性能が強化されていることに加え、それ自体も神器と化すレベルの強化。うん、飢えが満たされる」
「ぐほっ、い、痛い……なんでだ、なぜこんなことになった!」
「知らねぇ。俺様は食べたい、だから食べただけ。この世は弱肉強食……いや、正しくは万物共食。食べたいと思えば、なんだって食べられるよな。そして今回、貴様は俺様の糧になった……それだけだ」
空腹も満腹も、関係なかったのだ。
何かを渇望する──足りないモノを補い、繕い、埋め合わせる。
少なくとも本来の意味とは違うだろう。
そして何より、ローペの求めた結論とも、名も知らぬ神が告げた神託とも違っている。
だがこれでいい、俺とはそういうもの。
正統派主人公のように望まれた未来を行くわけでも、悪役系主人公のように我道を貫くわけでもない。
のらりくらり、なんだかんだと言いながら道に迷い、いつの間にか辿り着く。
なんとなく、急に意識できた──うん、食べたい物があるなって。
「だからこそ食うんだ。いただきますって、ごちそうさまって偽善の感謝を籠めてさ。俺様が全部喰った、だからさっさと死んでくれと伝えるために」
「ふ、ふざけるな! そんなことのために、私の計画を──!」
「だから、食べるってそういうことだろ? つまりさ、【暴食】ってのはその極み。全部に感謝して、全部を食べる。人よりも食べたいならたくさん食べて、その分感謝すればいい──ほら、これで充分だ」
どこかで呆れた声が聞こえてきた気もするが、それでいいのだ。
手を合わせ、目を瞑る……足音が近づいてくるが、それでも念じる。
どうかこの食事が、何かをより良くしてくれると信じて。
「──いただきます」
そして、音は消える。
皿に乗った料理は、奇麗に平らげるのがマナーだからな。
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