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〈成人編〉
38. 旅は道連れ 1
しおりを挟む乗り合い馬車二日目の旅。
ゴトゴトと揺れる馬車内で、ナギは暇を持て余していた。
隙だらけの一人(と一匹)旅を演出しているが、今のところは平和そのもの。
昼休憩の時間になると、ようやく生き生きと過ごすことができた。
ずっと座りっぱなしで固まっている背中や腰をこっそり【治癒魔法】で回復させ、深呼吸。
「疲れたー!」
背嚢から取り出した皮の水袋の中身を口にしていると、仔狼がさっそく獲物を仕留めてきてくれた。
丸々と肥えた、キジの魔獣だ。
これは美味しそうだと、目を輝かせたナギはさっそく炊事場の片隅で解体する。
こっそり持ち込んだ魔道具の肉屋ナイフで血抜きをして、さくさくと腹を裂いていく。
「今日はスープを作る時間もないし、串焼き肉でいい?」
『喜んで!』
焼き肉が大好きなアキラは大喜びだ。
手早く作った串焼き肉を美味しく食べた後は、ぼんやりと休憩場を行き交う人々を眺めて過ごした。
『乗り合い馬車って、退屈ですねー』
暇を持て余しているのは、仔狼も同じようで、ナギの足元で寝転がってあくびをしている。
『馬車を追い掛けて走ったほうが楽そう』
ポメラニアンそっくりの仔狼がその短いあんよで馬車と並走する姿を想像して、ナギはほっこりした。
てちてち、と懸命に馬を追い掛ける仔狼。かわいいが過ぎる。
「目に楽しそうだけど、周囲の人に虐待と疑われそうだから、やめとこうね?」
仔狼を抱き上げて、もふもふしながらそう囁くと、仕方ないですねーとため息を吐かれてしまった。ごめんね。
不満そうな仔狼を宥めるため、残りの串焼き肉すべてを進呈してあげた。
丸々と肥えたキジの魔獣肉は滋味たっぷりで、とても美味しい。
味付けは塩胡椒のみ、道の脇で採取した野草で臭みを取ったシンプルな料理だが、アキラは気に入ってくれたようだ。
うまうま、と幸せそうに頬張っている。
『はー。美味しかったです! キジ肉は鍋もいいけど、串焼きにしてもいいですねっ』
ぺろりと平らげると、口元を丁寧に舐めていく様はオオカミというより猫のよう。
黒い毛並みの仔狼は、黄金色の瞳でちらりとナギを見上げてきた。
『……で、センパイ。怪しげな連中はいましたか?』
「んー。今のところ人物鑑定に引っ掛かった人はいないかな」
乗り合い馬車で同乗している乗客の『色』は基本的に黄色を示していた。
敵意もないが、好意もない。いたって普通の反応である。
休憩場で見かける旅人や冒険者、商人のグループにも特に気になる人物は見当たらない。
たまに獣人の冒険者からは不思議そうな視線を向けられることはあったが。
それについては、エドが「たぶん、ナギの匂いが獣人らしくないのが気になるんだろう」と、夜のうちに教えてくれた。
(外見は変化したけれど、中身は変わっていないのと同じで、匂いもそのままなのね……)
なるほど、と納得したが、犯人側に獣人がいたら偽者だとバレるのが心配だ。
そう言うと、仔狼が『俺がマーキングするから平気ですよ!』と自信満々に身体をこすりつけてきた。
獣人の体臭よりも、仔狼の匂いのほうが強いので気にならなくなるはず、とのことで。
(半信半疑だったけど、たしかにアキラにスリスリされた後、獣人の人たちに不審そうな顔をされなくなったかも?)
オオカミ臭くなってしまったのだろうか。当の仔狼は干したてのお布団のような、いい匂いがするのだが。
たまに、相棒と仲がいいんだな、と微笑ましげな声を掛けられるようになったので、まぁ良しとする。
ともあれ、囮作戦もまだ二日目。
引っ掛からなかったとしても、ナギたちの所為にはならないとフェローも言ってくれたので、焦るのはやめた。
(何事もなかったとしても、オオカミの獣人になれたのは嬉しいし!)
ピョロロ、と独特な笛の音がする。
乗り合い馬車の合図だ。ようやく出発するらしい。
「行こうか、アキラ」
地面にへそ天姿で寝転がっていた仔狼に声を掛ける。キャン、と愛想よく応えると、起き上がって身震いした。
ナギは傍らに置いてあった背嚢を背負うと、仔狼とふたりで馬車を停めていた場所に向かう。
「おう、全員揃ったな。じゃあ、出発するぞ」
義足の男が馭者席に腰を下ろしたところで、焦ったような声が投げ掛けられた。
「待ってくれ! 追加で二人、席は空いているか?」
どうやら途中乗車を希望する客のようだ。大きく手を振りながら走ってくるのは長身の男性が二人。
「ほら、もっと早く走ってください! 貴方が寄り道したいと言ったんですよ?」
「っ、お前だって、あの村の宿屋で出される名物シチューが食べたいって言っていたじゃないか!」
息を切らしながら、大人げなく口喧嘩をしている男たちを周囲が呆れたように見やる。
気付いた片割れの黒髪の方が、こほんと咳払いをした。
「すみません。途中乗車になりますが、終点まで二人。席はありますか?」
「ああ、ちょうど二人分の席はある。料金はダンジョン都市発と変わらないが、それでもいいのか」
「もちろん。支払います」
黒髪の男性は懐から取り出した皮の財布からコインを取り出して、馭者の男性に握らせた。
一人、銀貨五枚。二人分として金貨一枚と迷惑料なのだろう、銅貨を数枚さりげなく手渡していた。
手慣れているな、と眺めていたナギはそう思う。
二人の男が荷台に乗り込んできた。
どちらも体格がいいため、座席が詰められる。
「すまない」
「失礼」
律儀に詫びながら、木製のベンチに腰を下ろした二人は、ちょうどナギと向かい合う位置になった。
黒髪と金髪の男性二人組は、冒険者風の衣装を身に纏っていたが、身のこなしや所作がどこか品がある。
(貴族……はこの国にはいないから、リリアーヌさんみたいに、どこか大きな商会の子息とその従者とかかな?)
金髪碧眼の男は、よく見ると、とても整った容貌をしている。
年齢は二十代後半くらいだろうか。苦労知らずのお坊ちゃんといった雰囲気があるから、見た目よりもう少し年上かもしれない。
(綺麗な顔。女の人が皆、見惚れちゃってる)
まるで絵本の中の王子さまのような、品のある美貌だ。
そして、まるで影のように、その金髪の男性の傍らに寄り添う黒髪の男の人も整った容姿の持ち主だった。
髪だけでなく、瞳も黒だ。前世日本人としては、とても馴染みやすい色彩。
ただし、顔立ちは彫りが深く、鼻筋もすっと通ったイケメンである。
(エドと服の趣味が合いそう)
黒髪の男性もまた、全身を黒でまとめた服装だった。
暑くないのかなぁ、なんて余計な心配をしてしまう。
と、ぼんやり二人を見つめていると、ふと金髪の男性が身じろぎして、足元で丸まっていた仔狼の尻尾を踏んでしまったらしい。
「ギャンッ!」
痛いっ、と悲鳴を上げる仔狼を、ナギは慌てて抱き上げた。
「大丈夫?」
『俺の自慢の尻尾っ!』
ううっ、と涙目で低く唸る仔狼に、金髪の男性が慌てて頭を下げる。
「すまない。うっかり踏んでしまった。怪我はないだろうか?」
「怪我はしていないと思います。大丈夫です」
わざとでないことは明白なので、ナギは素直に謝罪を受け入れた。
実際、仔狼は踏まれた程度で怪我をするほど柔な体はしていない。
「もう、そんなに大袈裟に痛がらないの」
『尻尾は繊細なんですっ。センパイ、冷たいっ』
ひんひんと嘘泣きをする仔狼を仕方なく、膝の上で抱えて「よしよし」と撫でてやる。
途端に上機嫌になるのだから、ちゃっかりしているワンコだ。
「本当にすまない」
「いえ、もう大丈夫です。甘えているだけなので」
「そうなのか? いや、でも可愛い子だね」
「ありがとうございます」
あらためて顔を見合わせると、金髪の男が笑みを浮かべる。
「僕はグレン。冒険者だ。こっちは相棒のオスカー」
「オスカーです。先ほどは相棒が失礼しました」
「私はナギ。こっちはアキラ。えーと、食材ダンジョンにお仕事を探しに行くところ、です」
ぺこりと頭を下げておく。
一般人の子供が一人旅をする理由を考えて、そんな風に設定してあるのだ。
念のため、人物鑑定の『色』を確認してみたが、どちらも悪意のない『青』が点滅していた。
(うん、悪い人たちではなさそうね)
何事もなければ、終点のハイペリオンダンジョン前の宿場町まで、あと八日。
人懐こく笑う金髪の男と寡黙な黒髪の男は未成年のナギが気になるのか、よく話しかけてくれる。
仔狼は尻尾を踏まれたことを根に持っているのか、少しだけ警戒しているようだが、旅は道連れというもの。
数日間の馬車旅を、ナギは無邪気な獣人の少女として存分に満喫することにした。
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