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4巻
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しおりを挟む第一章 あれから、三年
ダンジョン都市、東のギルドには年若い冒険者が多く所属している。
東西南北、四つからなるダンジョンの中でも、通称『東の肉ダンジョン』は低階層でルーキーが稼ぎやすいからだ。一階層に出現する魔物はホーンラビット、ラージマウス、コッコ鳥と見習い冒険者でも倒せる弱い魔獣ばかりだった。
ダンジョン都市の食料──特に肉類はほぼ東のダンジョン内でのドロップ品で賄われている。
万単位の住民の腹を満たすために、東の冒険者ギルドは魔獣肉の買い取りに力を入れていた。
弱い魔獣の肉は買い取り額もそれほど高くはないが、低レベル冒険者でも狩るのは容易い。
突出した攻撃用のスキルや魔法がないルーキーでも真面目に東のダンジョンに籠もれば、三日は余裕で暮らせるほどに稼げるのだ。
そんなわけで、他のギルドと比べてもルーキーが目立つ東のダンジョンだったが、その中でもひときわ目を引く二人がいた。
漆黒の髪と琥珀色の瞳をした黒狼族の獣人の少年と、見事な金髪と空色の瞳の少女とのコンビだ。
どちらも整った顔立ちをしており、ガラの悪い冒険者崩れに絡まれそうな二人だったが、冒険者ギルドに所属して三年、元気に活躍している。
不埒な連中は黒狼獣人の少年がこっそり排除しているらしい。特に、相棒である金髪の愛らしい少女に触れようとした輩は徹底的にぶちのめしていると噂だった。
その苛烈さには、さすが『戦闘狂ウサギ』の弟子だと、ギルド中が恐れ慄いた。
ちなみに少女の方も自分や連れの少年に悪意が向けられると、きっちり報復はしている。
多少過剰なところがあるかもしれないが、まぁ自衛の範囲内でしょう、と東の冒険者ギルドのサブマスター、フェローが涼しい顔で断言するので、特に問題になったことはない。
愛らしい容貌の少女は器用に魔法を操って、自分たちに絡む連中を絶妙な按配で撃退した。ちゃんと自分たちが被害者の立場でいられるように根回しをした上で、だ。
成人前の少女にあっさり倒された連中は復讐を誓う前に、大抵が誰かから親切に教えてもらえた。
あの子は『暴虐のエルフ』の愛弟子だよ、と。
耳元で囁かれた連中は尻尾を巻いて逃げ出すので、東地区の治安に地味に貢献していた。
「リアさん、こんにちは。依頼の品を十階層で手に入れてきました」
期待の若手冒険者のうち、ポーターを兼任している少女、ナギが受付カウンターに現れた。やわらかな金色の髪は背中半ばまで伸びており、綺麗に結われている。背後にひっそりと立つ黒衣の少年は、その相棒のエドだ。ぴんと立った獣耳と尻尾から、彼が黒狼族の獣人だと分かる。
「まぁ、さすがナギさん! ドロップ率がかなり低いレアな素材なのに。見事ですね!」
「運が良かったみたいです」
東の冒険者ギルドのベテラン受付嬢、犬獣人のリアは興奮で尻尾が揺れた。
カウンターに依頼の品を持参してきた二人組の手にあるのは、ゴブリンキングの錫杖なのだ。
東のダンジョン十階層のボス、ゴブリンキングは中堅冒険者グループなら倒せる魔物ではあるが、そのドロップ率は低い。黄金の王冠と錫杖を持ち、ゴブリンを召喚するキングのドロップアイテムは魔石と錫杖、王冠のいずれかだが、大抵は魔石だけドロップする。
錫杖と王冠は滅多にドロップしないレアなお宝だ。とある冒険者グループが百回近く十階層のボスに挑戦し、ようやく錫杖を手に入れることができたという記録がかろうじて残っている。
百分の一の確率のレアドロップを求めるよりも、下の階層に潜った方が効率よく稼げるため、今では挑戦する冒険者もいない。そんなお宝の、錫杖だった。
「召喚魔法の能力を底上げするゴブリンキングの錫杖! なかなか市場に出回らなかったので、依頼主の方も喜ばれますよ」
「役に立てたなら嬉しいです。ほんと、今日はラッキーだったね、エド」
「……そうだな。ナギは運がいい」
にこりと快活に笑う少女を、無口な少年は眩しそうに見つめている。
リアはそんな二人を微笑ましく眺めながらも、すばやく換金手続きを取った。
『ゴブリンキングの錫杖求む』の依頼書にポン、と達成の判を押して、依頼主から預かっていた報奨金を渡す。金貨十五枚、適正価格だ。皮袋の中身を確認すると、二人は笑顔で受け取った。
ナギが手にした報酬はリアの目の前でぱっと消える。彼女のスキルである【アイテムボックス】に収納したのだ。
三年前に彼らがこのカウンターで冒険者になりたいとやってきた時のことを、リアは昨日のことのように思い出せる。それほどに印象深かったのだ。
対応したのは、今はサブマスターに昇進したフェロー。当時は事務方の主任だった。
二人とも成人年齢どころか、十歳になったばかりの子供で。訳ありなのはすぐに分かったが、特に追及はしないのが暗黙の了解。犯罪者ではなく、レベルも規定に達しているならば、冒険者ギルドへの加入は自由なのだ。
幸い少年は規定レベルを超えていたので、加入できた。少女のほうはレベルが足りなかったが、ポーターとして見習い冒険者を希望していたので、少年とのコンビ限定で活動を認められた。
期待の新人だよ、とフェローは冗談めかして笑っていたが、実際その通りとなった。
「今じゃ、二人とも立派な銅級の冒険者だものね」
「はい! この前見習い冒険者から昇格して、銅のタグをもらえました」
ナギが嬉しそうにギルドのドッグタグを取り出した。チェーンネックレスに通して持ち歩いているようだ。誇らしげに掲げている少女の笑顔が眩しくて、リアは微笑ましく見守った。
冒険者ランクはレベルと実績、ギルドへの貢献度によって昇格する。
なりたてのルーキーは木製のタグ。昇格すると、鉄級──鉄製のタグが貰えるのだ。
さらに、銅、銀、金の順にランクアップする。
もっともほとんどの冒険者が銅級に甘んじているのが現状だった。
「成人前の子が銅級になるのは、なかなか優秀よ? この調子で銀級を目指してね」
「はい、がんばります!」
こくりとエドも頷く。昔からランクアップについてはどちらかと言えば、この少年のほうが乗り気なことをリアは知っていた。二人を眺めていると、つい三年前のことを思い出してしまう。
(そういえば、初めて冒険者ギルドを訪れた時、ナギは男装していたのよね。懐かしいわ)
あんなに愛らしい顔をしているのに、どうして男の子の服を着ているのだろう。もったいない、としみじみ思っていた。鼻のきく犬族の獣人で、しかも同じ女性なのだ。リアはナギの性別にすぐに気付いた。だけど、何か理由があるのだろうと考えて、ずっと口を噤んでいたのである。
育ちの良さそうな所作から、それなりの生まれ育ちなのは分かっていた。そういった子供たちが家の事情で冒険者を目指すことは、べつに珍しくもなんともない。
二人とも遠くからダンジョン都市を目指して旅をしてきたと言っていたし、自衛のために男装をしていたのだろう。残念ながら、年若い少女が危ない目に遭うことは多い。
(あんなに綺麗な子だもの、自衛が必要なのは当然だわ)
あれから三年。十歳だった少女は十三歳に成長した。いつからか、ナギは男装をやめていた。
肩口のあたりで切り揃えられていた髪も、今では背中を覆う長さまで伸びている。
少年の服を脱ぎ捨てたナギが可愛らしい女の子の服を堂々と身に纏うようになって──そこでようやく彼女の性別に気付いた連中の驚愕の表情を思い出して、リアはくすりと笑った。
ある程度の年齢の女性や獣人の冒険者たちはほぼ気付いていたが、人族の男性は鈍感だ。
ナギは十歳の頃から可愛かったが、十三歳となった今、すらりと四肢が伸びて、それは魅力的な少女へと成長していた。
成人前後のルーキーたちは目の色を変えて少女に群がろうとしたが、相棒の少年に容赦なく排除された。彼らの師匠たちも悪い虫の撃退をこっそり手伝っていたようだが、受付嬢は知らないふりを通している。リアだって、ずっと見守っていた少女のことを妹のように可愛がっていたので。
「あ、これはギルドへの差し入れです。皆さんでどうぞ」
「まぁ。いつもありがとう、ナギさん」
リアを筆頭にサブマスターとなったフェロー、主任のガルゴ。受付嬢から一般職員まで、ナギが差し入れてくれる菓子の大ファンなのだ。
きらっきらの愛らしい笑顔で手を振る少女に見惚れたルーキーがふらふら寄っていこうとするのを、太い腕ががっしり首根っこを掴んで引き止めている。ナギ特製の蜂蜜菓子にすっかり懐柔されているクマ獣人のガルゴだ。ギルド裏でしっかり『教育』をしてくれるのだろう。
不埒な気配に気付いていた少女の相棒がそっと目礼している。オオカミの尾を踏むバカは未然に防がれたようだ。中堅冒険者たちはいつものことだと苦笑交じりに見守ってくれている。
本日も、東の冒険者ギルドは平和だった。
* * *
「ナギちゃん! 新米が入荷しているよ!」
「あら、エド。ちょっとこっちでバイトして行かないかい?」
冒険者ギルドからの帰り道。市場を冷やかしていると、賑やかな声に呼び止められる。
慣れたもので、二人はそれぞれ呼び止めてくれた屋台へと向かった。
ナギを呼び止めたのは、穀物を扱う商人だ。目利きの腕が良く、良心的な商売をしているため、ナギはお得意さんとして通っている。
ダンジョン都市に流通しているタイ米風の細長い米ではなく、もっちりとした米を好むナギのために、似た米を探し出してくれた恩人だ。
ほぼ日本米に近い味と食感の米に出会えた際に、ナギとアキラが嬉し泣きしたのは言うまでもない。当然、在庫をあるだけ買い占めたし、次回出店時の購入予約もしてある。
特別な米作りには苦労したようで、価格は他の米よりも高かったが、ナギは言い値で購入した。
「新米……! 炊き立てご飯で焼き肉を堪能するのもいいけど、シンプルに塩にぎりも美味しいよね。卵かけご飯はもちろん、サンマの塩焼きも食べたいし、おかずに悩むわ……!」
身悶えしながらも、店頭に並ぶ新米はすべて購入した。金貨を差し出す手に迷いはない。
ずっしりと重い米袋をナギは【無限収納EX】に収納する。
収納スキル持ちなことは市場でも知れ渡っているので、気にせずに買い物を楽しんだ。
「まいどあり!」
穀物商人のおじさんに手を振って、エドを探す。先ほど彼に声を掛けていたのは、牛乳屋だ。
牧場の女将さんで、エドを見掛けると氷魔法でのバイトを頼んでくる女傑である。
「あ、いたわね」
牛乳屋の屋台を見つけて、のんびりと足を向ける。
大樽いっぱいの氷を作らされた駄賃なのだろう。エドがフルーツ牛乳を飲んでいた。
「こんにちは。美味しそうですね、それ」
「いらっしゃい、ナギちゃん。アンタも飲んでいきな。ほら!」
「ありがとうございます。バナナ味ですね。いい香り」
手渡された木製カップの中身は牛乳とバナナを魔道具のミキサーで加工したフルーツ牛乳だ。
いちばん人気がこのバナナ味。こっそり生活魔法で中身を冷やして、美味しく飲み干した。
「フルーツ牛乳の種類、あれからまた増えたんですね」
「そうなんだよ。ナギちゃんのレシピを参考にして作ったのが、このマンゴー味! パインとオレンジ、桃も人気があるけど、甘みが強いバナナやマンゴーがやっぱり強いねぇ」
「どれも美味しいのに。でも、マンゴー味は女の子が好きそう」
「でしょ? これはイケると思ったのよ!」
フルーツ牛乳のアイデアは、ナギがこっそり教えてあげたのだ。いつも牛乳や乳製品をおまけしてくれる女将が、屋台ではあまり売れないのだと落ち込んでいたため、それとなく提案した。
ちょうどドワーフ工房のミヤが作ってくれた魔道具のミキサーの大量生産が可能になった頃で、手に入りやすくなっていたのもある。
ナギのアイデアに勝機を見出した牛乳屋の女将とお隣の果樹園オーナーが手を組んで、フルーツ牛乳の屋台を始めたのだが、これが大当たり。今では、市場の大人気商品だ。
「フルーツ牛乳ついでに他の乳製品も売れるようになったのよ。ナギちゃんとエドには感謝だよ!」
「俺も氷魔法の練習になるし、バイト代ももらえるから、感謝している」
「ありがとねぇ。二人とも本当にいい子だよ。ほら、チーズとヨーグルトも持っておいき。すぐに食べなきゃダメなやつで悪いけど」
「大丈夫です。私たち育ち盛りなので! ありがとうございます」
にっこり笑って、乳製品をゲット。すかさず収納する。マジックバッグと違って、ナギの【無限収納EX】スキルは収納した物の時間を止めることができるので、問題ない。
元日本人の彼女が『アリア』として転生し、虐待していた実家から出奔して、冒険者になった。
あれから、三年。あっという間だったな、とあらためて思う。
ナギは十三歳になった。あと二年で成人だが、我ながら変わりようがすごい。さすが成長期。
だが、エドの成長ぶりには敵わない。
(身長がすごく伸びたのよね……。しかも、二の腕や肩のあたりの筋肉も育ったし)
ナギの目からしたら、もう立派な大人だ。年若く見えがちなアジア人からは、西洋人は大人びて見えるものだが、それにしても十三歳には見えない外見だった。
(私も十センチは身長が伸びたはずなのに、エドの隣じゃ全然目立たない……)
身長百六十センチ。この世界では小柄だったナギも成長したのだ。
痩せこけていた『アリア』からは想像がつかないほどに、健康的に育ったと思う。
冒険者になって、しっかり運動をして、お腹いっぱい食べて、よく眠った成果であろう。
(眠る前に【治癒魔法】の習慣は続けているから、お肌はすべすべで髪もさらさらよ!)
覚悟を持って切り落とした髪も、今では背中が隠れるほどの長さを誇っている。
成長していく中で、肉体の変化もあり、いつまでも男装で隠し通すことは無理だと判断したナギは、ある日ワンピース姿でギルドを訪れてみたのだ。
物凄く緊張したが、意外とあっさりと受け入れてもらえた。
(獣人族の冒険者さんたちや、勘のいいお姉さま方にはバレていたみたいね。それにしても、皆は気にしなさすぎ! 気付いていたなら、突っ込んでくれたらいいのに)
自分たちが考えるほど、他人はそこまで人に興味を持たないのだと知った。
三年間、王国からの追手らしき気配をまったく感じなかったのも、男装を止めた理由のひとつだ。
週休二日でダンジョンに挑み、積極的に魔獣や魔物を狩り、ナギのレベルは七十を超えた。
エドなどはレベル八十六だ。レベルだけでいえば、銀級でもおかしくない。
一般的な銅級冒険者の平均レベルが五十と聞いたことがあるので、転生者特典があるとはいえ、自画自賛してもいいと思う。二人とも、頑張った!
そこまで己を鍛え上げて、ようやくナギは心の鎧をひとつ脱ぎ捨てることができたのだ。
名前はそのまま、ただのナギ。銅級の冒険者で、趣味は料理。美味しい食べ物に目がない。魔法が得意で、ドロップ運のいい冒険者として、これからもダンジョン都市で生きていく。
こそこそと隠れず、胸を張って生きていこうと、エドと二人であらためて誓った。
それに、もしも追手が現れたとしても、隠れてやり過ごすスキルはあるのだ。
(いざとなったら屋敷を【無限収納EX】に収納して、ダンジョンか大森林に逃げ込もう。数年ほど雲隠れすれば逃げ切れるだろうって、エドも言ってくれたし)
それは、とても心強い提案だった。ダンジョンはともかく大森林については、自殺願望でもあるのか、と正気を疑われそうな逃亡先だが、二人ともその暮らしを満喫できる自信がある。
自由に生きることを決めてから、ナギはこれまで以上にせっせと備蓄を【無限収納EX】内に溜め込んでいた。肉は魔獣を狩ればいい。果物は森で採取できる。必要なのは、調味料と穀物類。そして、新鮮な野菜だ。もちろん、卵と牛乳、乳製品もたくさん備えておくべきだが。
収納物に時間経過がない収納スキルのおかげで、大量の備蓄も余裕で管理できる。
暇さえあれば市場や商店で買い溜めしていたおかげで、二人が二年以上食い繋げるくらいの食糧を【無限収納EX】内に確保できていた。
(塩は海で大量に作ったし、蜂蜜はダンジョンで手に入れることができる。シオの実は大森林はもちろんだけど、ダンジョンの下層でも採取できるみたいだから、食べていけるわよね、普通に)
十五歳。この世界での成人年齢になれば、もう追われることもないだろうと、師匠であるミーシャが助言してくれたのだ。
成熟した人格として認められる成人年齢になれば、生家に縛られることはなくなるのだ、と。
(家財を持ち出して辺境伯家から逃げたのは、証拠不十分のはず。『アリア』は誰も傷付けてはいない。高価な魔道具は放出していないから、バレることはない……うん、きっと大丈夫)
唯一の気掛かりは、成長するごとに『妖精姫』ともてはやされていた母に似てきたことだろうか。
本邸にあった母の肖像画はすべて回収してあるし、バレないとは思うのだが──
「どうした、ナギ?」
ふ、と顔に影が掛かる。エドが心配そうな表情で覗き込んでいた。なんでもない、と微笑む。
「今日の新米をどうやって食べようかなって、考えていただけよ」
「そうか。俺は角煮丼がいいと思う」
「エドは本当に好きよね、角煮」
考えても仕方ない。今は新米を楽しむ方法をエドと語り合うことの方が、よほど大事だ。
「どうせなら、それぞれがお米に合う料理を持ち寄って、新米パーティをしてみない?」
「なんだ、それは。楽しそうだ」
「でしょう? 心ゆくまでお米を味わっちゃおう!」
そう、美味しいご飯に心を弾ませているのが、自分たちらしい。
新米の季節は心が弾む。日本の米と遜色ない味のお米──しかも、その新米が手に入ったのだ。
ナギはこの時期、冒険者ギルドに預けている資金から『ごはん代』として、かなりの金貨を引き出して、大量の新米を購入するようにしている。
「持っていて良かった【無限収納EX】スキル……!」
大量に購入しても劣化せず、いつでも美味しい新米を食べられるなんて幸せすぎる。
とはいえ、育ち盛り食べ盛りの少年少女が美味しく消費していれば、いずれ在庫も尽きるもの。
大抵は半年ほどで食べ尽くしていた。なので、二人が新米を口にするのはじつに半年ぶり。
「楽しみ過ぎる……!」
夕食は何にしようか、と浮き立つ心のままマイホームに帰宅した。
東と南の砦のちょうど真ん中あたりの土地を購入し、エドとの拠点にした地には、王国様式の瀟洒な屋敷が建っている。大森林で手に入れた果樹はこの庭に見事に根付き、豊かな実りを二人に与えてくれていた。新鮮な葉物野菜を食べたいと作った畑には、美味しい野菜が実っている。
「水蜜桃の苗木もちゃんと根付いて、嬉しいな。果実も収穫ができたし」
「去年は四個だけ実っていたな」
「そうね。私たちと師匠二人で、ひとつずつ食べて終わりだったね」
移植した大森林産の果樹は土が合ったのか、ナギの魔力をたっぷり浴びているのが良かったのか。すっかり我が家の庭に根付いて、毎年立派な果実を提供してくれている。
「林檎と柿と梨、たくさん収穫できて嬉しいわ」
「知り合いに配っても、まだたくさん余っていたな」
「それはうちで美味しく消費しちゃおう。アップルパイもたくさん焼いておきたいわ」
柿と梨は水分がたっぷりで甘味も強いので、そのまま食べても美味しい。
もっとも、せっかくなのでいくつか覚えていた前世のレシピで柿料理には挑戦していた。
柿と大根のサラダ、柿プリン、柿羊羹にカプレーゼ。思い出して、うっとりする。
「モッツァレラチーズをサンドした柿のカプレーゼは美味しかったよね」
「ああ。トマトもチーズと相性は良かったが、まさか柿とチーズがあんなに合うとは思わなかった」
特に女性受けがいいようで、師匠たちは柿のカプレーゼを肴に、一晩中飲み明かしたらしい。
「梨はコンポートやゼリー向きだったね。美味しかった」
「俺は梨のチーズケーキが斬新だったと思う」
他愛ない会話を交わしながら、我が家へ足を踏み入れる。
交代で汗を流し、冒険者装備から部屋着へと着替えた。小花柄のカシュクールワンピースはナギのお気に入りだ。上品なミモレ丈の薄青いワンピースに白い刺繍糸で花を咲かせている。
せっかくのワンピースを汚したくはないので、エプロンは忘れずに装備した。
エドがシャワーを浴びている間に、新米を仕掛けておこう。
ザルに入れて米をざっくりと洗っていく。土鍋にお米をセットして、三十分ほど浸水させている合間に、おかずになる料理を仕込んでおくことにした。
「焼き魚は絶対に食べたいよね。やっぱりサンマ? サバは味噌煮が好きなんだけど……」
残念ながら、まだこの世界では味噌を見つけていないのだ。
鮎の塩焼きも好物だが、ここでは海の魚しか手に入らないので、やはりサンマの塩焼き一択か。七輪でじっくりと焼き上げたいので、そっちはお風呂上がりのエドに任せることにした。
白飯と言えば、生姜焼きだ。これは恐ろしくご飯がすすむメニューでもある。前世の我が家では白飯泥棒と呼ばれていた。
三食そぼろ丼も捨て難いが、今日は新米を楽しむための夕食。色々な種類のおかずを少しずつ摘んで楽しむのが目的なので、シンプルなそぼろオンリーでいこう。
魔道コンロをフルで使い、オーク肉を調理していく。そぼろは作り置き用にたくさん作ることにした。オムレツや炒飯、煮物に炒め物など、アレンジ料理に使えるので地味に便利なのだ。
「ナギ、サンマが焼けたぞ」
「お、いいところにエド。……あーん?」
「あー……ん? んまい」
オーク肉の生姜焼きは彼の口に合ったようだ。エドから手渡されたサンマを皿ごと収納して、次はそぼろの味見をお願いする。こちらはスプーンですくって、ぱくり。
「少し甘めな味付けなのがいい。もっと食いたくなる」
「あと少しだけ我慢してね。エドは新米に合う料理、何を用意するの?」
「今から角煮を作るのは大変だから、シンプルにいくつもりだ」
時間があったら、角煮を作る気だったのだろうか。エドの本気度が怖い。
一時間後、無事に新米が炊き上がった。『新米に合う料理』もそれぞれ準備できたようだ。
テーブルいっぱいに料理皿を並べ、中央に土鍋を配置する。
新米特有のほのかに甘い香りが漂ってきて、期待に胸が震えた。
「エドが用意してくれたのは、サンマの塩焼きと生卵に海苔の佃煮?」
「卵かけご飯は正義だと思う」
「分かる。炊き立ての新米で卵かけご飯だなんて、最高の贅沢よね」
さすがエド。他のチョイスも渋いが、外れはない。温かいうちに食べることにした。
「卵と醤油だけのシンプルなTKGが美味しい……」
「ナギ、ナギ。醤油の代わりに海苔の佃煮で味変しても旨いぞ?」
「本当だ、海苔の香りがいいね。大葉もどきハーブとネギに味付け海苔を散らしてもいいと思う」
「オーク肉のそぼろと生卵も合うと気付いてしまった。これは止まらない……!」
卵かけご飯だけで、何度もお代わりしてしまった。麦茶を飲んで、いったんリセット。
「サンマの塩焼きはシンプルでいいね。脂がたっぷりのっていて絶品! 新米ご飯とお互いに引き立て合って、これ以上高みを目指してどうするのって思っちゃうくらい美味しい……」
「オーク肉の生姜焼き、これも文句なしに米と合う。茶碗じゃ足りないから、丼鉢で食おう」
生姜焼きをご飯にのせて、口の中に掻き込んで食べる様は何ともワイルドだ。
だけど、最高に美味しい食べ方だと思う。我が家だもの。マナーはいったん忘れよう。
エドの真似をして、ご飯に肉を載せて頬張った。ああ、ダメだ。たしかに、これは丼が必要。すごく美味しい。お腹をコレで満たしたくなるが、今日はとっておきのアレがあるのだ!
「イクラの醤油漬けもいこう、エド。薬味と一緒に食べれば、きっと最高よ」
「ん、試してみよう」
イクラは南の『海ダンジョン』で手に入れた。シーサハギンの宝箱に、稀に入っているらしい。
市場で見かけて、大喜びで購入した。醤油漬けにしておいたイクラなら、新米と合うはず。
ピカピカに輝く海の宝石をご飯ごとスプーンですくって口に入れる。噛み締めると、芳醇な海の香りが口いっぱいに広がった。磯の香りが脳を甘やかに支配していくようで、うっとりする。
「んんん……! 絶品! すっごくおいしい!」
「珍味だな。だが、癖になる。これはサーモンの刺身と一緒に食っても美味いんじゃないか?」
「エド冴えているね? それを日本では、鮭の親子丼と言います」
お互いに感想を口にしながらも、料理を口に運ぶスピードは衰えない。
夢中になって、新米とテーブルいっぱいの料理をあっという間に完食した。
「土鍋で三合は炊いたつもりだけど、食べきっちゃったね。満足したー」
「ああ、旨かったな。さすが新米。大抵の料理に合うし、引き立ててくれるのがすごい」
新米をおかずに米が食える、と冗談を言ったのは誰だったかな。
それも納得だと思うくらいに、今年の新米の出来は素晴らしかったように思う。
「ミーシャさんたちにも新米のおにぎり、差し入れてあげようか」
「そうだな。あと、ドワーフ工房に土鍋開発の礼を伝えたい」
「いい考えね。私もミヤさんにお礼を言いたいわ。きっと、新米も気に入ってくれるはずよ」
だって、美味しい食べ物は皆を笑顔にしてくれる力があるのだから。
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