異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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4巻

4-3

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「いい天気! お散歩日和ね」

 軽い足取りで街を闊歩かっぽするナギの前を颯爽と歩くのは仔狼アキラだ。艶を帯びた真っ黒の毛並みが美しい仔狼は、鉄級以下の冒険者や街の人たちの目には、可愛らしい子犬にしか見えない。


 さすがに銅級コッパーランク以上になると、彼がただの愛らしいポメラニアンもどきだとは思わないだろうが。

(ブラックウルフの子供だと聡い人にはバレちゃうかな? でもまぁ、従魔だし、問題ないよね)

 だってこんなに可愛いのだ。胸元のふさふさの毛は微かに銀色を帯びており、とても美しい。
 自慢の毛並みを風になびかせて胸を張って歩く仔狼の愛らしさは、すれ違った人々の胸をキュンキュンさせていく。その首にはシフォンジョーゼットに似た生地の水色のリボンが結ばれていた。
 特別なシルクで織られたリボンは透け感があり、重ねて結ぶとまるで妖精のはねのように美しい。
 同じリボンをナギも自慢の髪に結んでいる。両サイドをハーフアップにして、エドに整えて貰ったのだ。
 ちなみに、本日のナギの服装はリボンと同色の水色のワンピースに白のフリルエプロン姿。
 半袖部分はパフスリーブで、スカートの長さは膝丈でふわりと広がっている。
 白のレースのアンダースコートがちらりと覗く、愛らしいデザインだ。
 そう、目にした仔狼アキラが、少し呆れた視線を寄越してくるほどの、コスプレ風衣装である。

(一度着てみたかったのよね、アリス服。せっかく金髪碧眼美少女に転生したんだもの!)

 仕立屋にイラストを見せて説明して、わざわざ作ってもらったお気に入りのワンピースなのだ。
 普段、冒険者としてダンジョンに潜る際には背中半ばまでの長髪は邪魔になるので、ポニーテールにしている。
 たまの休日くらいは、ナチュラルに下ろして女子を楽しみたい。冒険者装備には地味にお金を掛けているので、見栄えは悪くないが、たまには可愛い服でいたいのが乙女心というもの。

『あんまり可愛くし過ぎたら、ボディガードが大変になるんですからねっ!』

 ぷりぷりと可愛らしくお尻を揺らしながら歩く仔狼が、何やら小声で愚痴っている。
 久々のお出掛けに浮かれるナギはそれを聞き流し、通りの雑貨屋に視線を向けていた。

『センパイ、そのお店に入りたいんです?』

 気付いた仔狼が、足を止める。こういったところは、エドよりも気がきくのだ。

「あ、ごめんね。気になるアクセサリーを見付けちゃって」
『じゃあ、入りましょう! 俺も見たいです。異世界の雑貨屋』
「う、うん。いいのかな、ワンコも」
『ワンコじゃないです! 俺は誇り高いブラックフェ……、んんっ』
「ん? なぁに?」
『……なんでもないです。俺は可愛いワンコ……センパイ、俺を抱っこしてください』

 しおらしく前脚を差し出す仔狼を抱っこして、雑貨屋のドアを開けた。中には入らずに、店の入り口でカウンターに座る男性の店員に「従魔もいっしょに入っていいですか?」と聞いてみる。

「小さくて可愛い子だね。中で暴れないなら問題ないよ。おとなしくしていてね」
「ありがとうございます!」

 おっとりとした店員さんは笑顔で受け入れてくれた。ナギも笑顔を浮かべてお礼を言う。アキラも小さくキャンと鳴いて感謝を伝えてみる。彼の笑みが深まったので、きっと伝わったのだろう。
 その雑貨屋は女性用のアクセサリーやリボン、くしなどがメイン商品のお店だった。
 ナギが気になったのは、銀細工のかんざし風のヘアアクセだ。
 花の形の飾りが付いており、花びら部分に小さな青い石がまっている。

『綺麗ですね。センパイの目と同じ色だ』
「うん、どうかな。家でくらいしか使わないだろうけれど」
『いいと思います! この世界にもかんざしがあるんですねー』
「ちょっと珍しいよね。こっちの世界、私たち以外にも転生者がいたりして?」
『まさかそんなー……まさか?』
「いやいや冗談……なんだけど……」

 思わず顔を見合わせてしまう。まさかね。まさかですよ。
 魔道具のトイレとか冷蔵庫とか冷凍庫が脳裏を過ぎるが、偶然だろうと無理やり納得する。
 雑貨店では銀細工のかんざしと仔狼用にこちらも銀のチェーンネックレスを買った。
 ペンダントトップが親指ほどの大きさの琥珀で、一目で気に入った。エドの瞳の色だ。
 次にお出掛けする時はリボンの代わりに、このネックレスを付けてあげよう。

「首輪より断然いいと思う」

 大森林でエドを拾った時に、首にめられていた隷属の首輪への嫌悪感は未だしつこくナギに残っている。あれはトラウマものだった。
 エドにもアキラにも──たとえ狼の姿の彼らでも、首輪をめる気はさらさらない。

『俺はどっちでもいいですけどね? リボン姿でもキュートだし!』

 誇らしげに上げられた顎を指先で撫でてやると、きゅううと声が出るところがじつにキュートだとナギも頷いた。
 雑貨屋を後にして、次に向かうのは馴染みの宿『妖精の止まり木』だ。


 宿ではナギの魔法の師匠、エルフのミーシャがカウンターで暇そうに本を開いていた。
 仔狼と連れ立ってお邪魔すると、なんとも言えない表情で黒い小さな狼を見下ろしている。

「……ナギ、は何でしょうか?」
「あ、えっと。私の従魔のアキラです。可愛くてとってもいい子なんですよ?」
「そう……従魔……。それが………」

 なぜ、遠い目に? どこか諦めたような、穏やかな眼差しがとても気になったが、とりあえず差し入れ用に作ってきたベビーカステラを渡すことにした。

「こっちのバスケットはミーシャさんに。これはラヴィさんに渡してください」
「今夜帰ってくる予定なので、預かります。とても魅力的な香りがしますね」
「ベビーカステラっていう焼き菓子です。蜂蜜味で食べやすいですよ」
「ありがとうございます。楽しみです」

 白銀色の美しい髪をさらりと揺らしながら微笑むエルフの麗人は相変わらず、夢のように美しい。
 生エルフを拝めて仔狼は猛烈に感動しているらしく、尻尾がビュンビュン回転していた。

「じゃあ、また遊びにきますね。ラヴィさんにもよろしくお伝えください」
「ええ。……くれぐれも、その子と仲良く」
「? はい、もちろん! 仲良しですから、私たち!」

 なにせ前世からの腐れ縁。心配性の魔法の師匠に手を振って、次に向かうのは冒険者ギルドだ。
 大量に作ったベビーカステラを差し入れついでに、アキラが掲示板を見たいらしい。

「そんなに面白い依頼はないと思うけど」
『だって、冒険者ギルドの掲示板ですよ? 冒険の始まり、最初は薬草採取から。巻き込まれるゴブリン退治。これぞ、ファンタジー世界の、お約束ロマン……!』
「まぁ、いいけど。遅くなるし、今日はお休みだから、依頼は受けないよ?」
『せめてスライム狩り……』
「だーめ。やりたかったら、また今度。ちゃんとエドにお願いして、OKをもらってからね?」

 愛らしい黒ポメにきゅうううんと哀しそうに鳴かれると弱いが、今日の予定はお散歩なのだ。

「さ、行こう。お楽しみの冒険者ギルドに」

 木製のスイングドアを目にした仔狼はぱっと顔を輝かせた。
 冒険者ギルドにアキラと一緒に来たのは初めてだ。
 大柄な冒険者たちにうっかり蹴飛ばされないように、そっと抱き上げる。不本意そうな表情をしているが、それよりも冒険者ギルドへの興味が勝ったらしい。
 仔狼は大人しく腕の中に収まり、キョロキョロと室内を観察している。
 緊迫感のない、のんびりとした空気だ。
 ちょうどギルドでも出入りが少なくなる時間帯で、受付カウンターも空いている。
 冒険者も数人ほどが待ち合わせをしていたり、併設している飲食スペースでエールを飲んでいるくらいで、殺伐さとは無縁な空間だ。

「ちょうどリアさんがカウンターにいるね。差し入れを渡しちゃおう!」

 馴染みの受付嬢の姿に気付いたナギが笑顔でカウンターに歩み寄る。

「リアさん、こんにちは」
「はい、こんにちは。ナギさん、今日はお一人……じゃなくて、可愛らしいワンちゃんと一緒なんですね? エドさんがいないなんて、珍しい」
「あ、ええと。エドは家でお留守番中です。この子は従魔のアキラっていいます。従魔というか、もう家族みたいな存在なんですけど」
「キャン!」
「ふふっ。ちゃんとご挨拶ができて、賢い子ですね。ナギさんも今日はお洒落をして、お出掛けでしたか? とても可愛らしいです」
「ありがとうございます」

 犬獣人のリアが仔狼を見てどんな反応をするか心配だったが、大丈夫そうだ。
 笑顔でお礼を言うと、【無限収納インベントリEX】からバスケットを取り出して、リアに手渡した。中身はミーシャに託したものと同じ、ベビーカステラだ。食べやすいよう、一個ずつ紙に包んである。

「新作の焼き菓子です。ギルドへの差し入れなので、皆さんでどうぞ」
「わぁ! ナギさんの新作ですか。それは楽しみです! お茶休憩の時間に頂きますね」

 ベビーカステラには粉砂糖をほんの少しまぶしてあるので、疲れた身にはちょうどいい。

「甘く仕上げてあるので、ギルド名物の濃いお茶にも合うと思います」
「あはは……。あれは、職員の眠気覚まし用にわざと濃く淹れてあるんですよ」

 初めて飲んだ時には、ナギもエドも涙目になって、そっとミルクと蜂蜜を足したほどだった。

「それはそうと、その子の従魔登録はもう済んでいるのかしら?」
「あ、まだです。……えっと、やっぱり登録はしておいたほうがいいんでしょうか」
「強制ではないわ。愛玩用や、商家や農家が仕事を手伝わせるために飼っている魔獣もいるし。でも、ナギさんは冒険者。そのうち、この子もダンジョンに連れて行くのでしょう? それなら、今のうちに登録しておいた方がいいわ」

 従魔専用のタグがあるらしく、それがないとダンジョンに連れて行けないらしい。どうしようかなと悩むナギに仔狼がキュンキュンと甘えたように鳴きながら、額を押し付けてくる。

『センパイ! 俺も冒険者ギルドのタグが欲しいですっ! 堂々とダンジョンに入りたい!』

 ぴすぴすと哀れっぽく鼻を鳴らされて、「毎回お留守番をさせるのは可哀想ですよ?」とのリアの一言で、心を決めた。

「従魔登録、お願いします」
「はい、うけたまわります。登録料は銀貨一枚です」

 にっこりと笑った受付嬢に、ナギは銀貨を差し出した。

『これが冒険者ギルドのタグ……! センパイのと、同じ色だ!』
「テイムした冒険者のランクに準じるみたい。これで一緒にダンジョンに潜れるね」

 雑貨屋で買った琥珀のネックレスに東の冒険者ギルド所属の従魔タグを通し、アキラはご機嫌で街を歩いている。胸を張って、小さなあんよでてちてちと進む彼の姿はとても可愛らしい。
 ほんのり銀を帯びたふかふかの毛皮の隙間から、ネックレスがちらりと覗く。ナギもエドも冒険者ギルドでタグを貰った時には、とても嬉しくて誇らしかったので、気持ちはよく分かる。

『そういえば、センパイ。書類には俺の能力のことも書いたんですか?』
「うん。簡単な内容だけね。名前と、種族はブラックウルフ(幼体)って書いておいたよ。スキルは【身体強化】で、【氷魔法】が使えることも」
『……なんで、それであっさり通ったんだろう……』

 仔狼が短い前脚で頭を抱えて低くうなっている。とても愛らしい。
 ここにスマホがあれば写真を撮ったのに、と少し残念に思う。

「従魔の中にはスキルや魔法持ちは結構いるみたいだから、リアさんも特に不思議には思わなかったんじゃないかな。レアな【氷魔法】には驚いていたけど」
『……まぁ、もうひとつの魔法がバレなかったのなら、べつにいいんですけどー』

 三年間、ひっそりと家の前の森や人気ひとけのないダンジョンフロアでレベル上げを頑張ったアキラは、なんと【闇魔法】を修得していた。
 これがかなり使える魔法で、魔物を眠らせ、暗闇に閉じ込めることができるのだ。最近はナギの影にひそみ気配を消して隠れる魔法を覚えた。影から護衛できると、アキラは大喜びだった。

「闇魔法はさすがに隠すわよ。光魔法と違って、縁起が悪いとか気味が悪いって言われることもあるみたいだし。でも、睡眠魔法とか、すごく便利だと思うんだけどな」

 今のところ自分には必要ないけれど、不眠症の人にはありがたい魔法だと思う。
 薬に頼るよりも体に影響がなく、依存性もないのだ。夢も見ずに、すとんと熟睡できるので、疲れも取れて爽やかな目覚めが堪能できると、自身で試してみたエドのお墨付き。

「お互いのスキルや魔法が共有できるのって羨ましい」
『まぁ、そうかも? オオカミなのに格闘技スキル使えちゃうし。蹴りはともかくパンチって!』

 しゅっ、と繰り出された前脚がもふっとナギのふくらはぎに当たる。
 うん、ふわふわの毛ともちもちの肉球の感触だ。ありがとうございます。

「ポメラニアンぱんち……」
『我、泣く子も黙る黒狼王ですよ?』
「うちの子、可愛すぎないかな」

 ぽふぽふと優しくぱんちを繰り返すも、ナギの目にはお手とおかわりを頑張って披露する愛犬にしか見えない。
 でれっと相好を崩して、いそいそと【無限収納インベントリEX】からボア肉ジャーキーを取り出して、可愛らしく拗ねた仔狼に捧げる。

『特製ジャーキー!』

 キャン、と可愛らしい声でお礼を言って、あぐあぐとジャーキーをかじる姿に通りがかりの街の人もほっこりと微笑んでいる。

『センパイ! 今日の夕食はテイクアウトにしましょう。お留守番のエドの分もたっぷりと!』

 ギルド内でしっかり聞き耳を立てて、冒険者に人気の店の情報を集めていたらしい。

『情報収集は冒険者の基本ですからね!』

 エールを飲んでいた冒険者やギルド職員、受付嬢がこっそりお喋りしていた内容をアキラは無害な愛らしい仔狼を装いながら、ちゃんと聞き取っていたのだ。
 リアは気付いていなかったが、高レベルの元冒険者の職員が「あれは特殊個体では? オーラが違う」などと、ひそひそ会話をしていたのもアキラは知っている。
 サブマスのフェローがちらりとナギとアキラを一瞥し、「あの子たちなら大丈夫でしょう」と流してくれたことも、きちんと把握しているのだ。
 センパイは愛されているなぁ、とアキラはしみじみ感心した。

(うん。センパイが言っていたように、東の冒険者ギルドは居心地がいいね)

 実際にこの目で見て、悪意を持つ相手もギルドにはいないと確信が持てたし、これで心配性のエドも安心してくれるだろう。

「おいで、アキラ。おすすめの屋台に行こう」

 のんびりと微笑む少女の腕にぴょんと飛びついて、アキラは「キャン!」といい子の返事をしておいた。





   第二章 護衛依頼


「護衛依頼? 私が?」

 東の冒険者ギルド、受付嬢のリアが依頼書を見せてくれた。
 エドと二人でその指名依頼書をテーブルの上に広げて、覗き込む。
 ここはいつもの受付カウンターではなく、ギルドの二階にある個室だ。テーブルとベンチタイプの長椅子が二脚向かい合わせに並べてあるだけの、シンプルな部屋。冒険者とギルド、依頼者とギルド、またはギルドが仲介して依頼者と冒険者が面談する部屋として使われている。

「求む、銅級コッパーランク以上の女性冒険者。年若く、威圧感のない少女が好ましい。依頼内容は商隊の護衛任務。特に商家の令嬢の身辺護衛に適した人材。……コレ、私で大丈夫なんですか?」

 つらつらと依頼書の内容を読み上げたナギは、顔馴染みの受付嬢を見上げた。
 顔を寄せるようにして確認したエドは、不機嫌そうにむっつりと押し黙っている。

「ピッタリだと思いますよ? ナギさんはその若さで銅級コッパーランクの有望な女性冒険者です。若いのに礼儀正しくて、我がギルドでも胸を張って推薦できる逸材です!」

 笑顔で断言されると、ナギも戸惑ってしまう。やたらと高評価なのは嬉しいが、依頼内容にどうしても引っ掛かってしまう。それは相棒である少年も同じようで。

「……なぜ、女性冒険者限定なんだ? その依頼を受ける場合、俺はどうなる」
「実は依頼主の方の問題でして……。男性の冒険者や威圧的な方はお断りとのことなのですよ」
胡散うさん臭い」
「あああ……そう思われますよねぇ……」

 頭を抱えてため息を吐く、リア。そこへ、ドアをノックする音が響いた。

「失礼。今回の護衛依頼についての補足説明をしよう。リア嬢は受付に戻って構わないよ」

 東の冒険者ギルド、サブマスターのフェローだ。軽く一礼すると、リアは部屋を後にする。
 向かいの席に座ったフェローにナギはグラスを手渡した。

「どうぞ、フェローさん」
「ああ、ありがとう。冷たくて、飲みやすいよ」
「レモネードは疲れが取れますから」

 ギルド名物の濃いお茶をそれとなく断り、持ち込んだレモネードを堪能する少女の姿に、フェローは微苦笑を浮かべる。
 珍しい氷魔法を惜しげもなく使って作られた、冷えたレモネードはとても美味おいしい。カラリ、と氷が涼しげな音を立てる。ついでに、とばかりに差し出されたのは、シンプルな焼き菓子だ。

「サブレです。甘さは控えめにしてあるので、食べやすいと思います。どうぞ」
美味おいしそうだ。ありがとう」

 この少女の作る焼き菓子に間違いはない。遠慮なく手を伸ばすと、さくりと噛み締める。
 ほろほろと崩れる食感が面白い。甘さは控えめだが、卵とバターの味が濃厚で物足りなさはない。
 思わず無言で次々と咀嚼してしまい、じっとりと琥珀色の瞳で観察されていたことに気付いたフェローは慌ててレモネードを飲み干した。小さく咳ばらいをして、ごまかす。

「……失礼。護衛任務の依頼についてだね?」
「どんな変態野郎が依頼主だ?」
「いや、そんな厄介な相手の依頼はちゃんと断るぞ? 安心してくれ、エド。依頼主は女性だ。成人を過ぎたばかりの年若い方で、極度の男性不信におちいっているため、護衛の冒険者には女性を指定されているだけだ」
「そうなんですね。男性不信か」
「不信というか、あれは恐怖症だろうね。家族以外の男性をひどく怖がっているらしい。だから、エド。妙な心配は不要だからな?」
「…………」

 とりあえず口をつぐんだエドだが、未だ胡散うさん臭そうにフェローを見つめる視線はそのままだ。

「その商人の女性の旅の護衛をすればいいんですか」
「ああ。商隊は別にあり、積荷は別の冒険者グループが護衛する。かなりの大店おおだなのご令嬢で、弟と侍女の三人の護衛を女性冒険者たちにお願いしたいとの依頼だ」
「女性冒険者たち? 私の他にもいるんですね」
「ああ。前衛が得意な女性冒険者グループが先に指名されてね。だが、彼女たちは物理攻撃に特化していて魔法職がいない。そこで君が抜擢された」
「ああ、なるほど。魔法なら得意です。後方からなら、支援もできます。でも、私の他にも魔法が得意な女性冒険者はいますよね? どうして私に声が掛かったんでしょう」

 エドと二人で三年間、こつこつと頑張ったおかげで、それなりの評価は得ているが、ナギはどちらかと言えば収納量の大きい【アイテムボックス】持ちとして名を馳せている。ポーターから冒険者へと昇格はしたが、昔馴染みの冒険者たちにはいまだにポーター扱いされていた。
 折れそうに細い手足の小さな子供というイメージがどうも強いらしく、女性らしく成長したナギを目にしても、まだ昔の姿が忘れられないようだった。
 エド坊にちゃんと守ってもらうんだぞ、と激励されつつ頭を撫でられたこともある。どれだけ子供扱いするのかと不本意に思うこともあるが、心配されているということはきちんと理解していた。
 また、それにエド本人が大真面目に頷くものだから、どうしようもない。 

「ナギが選ばれたのは、お察しの通り【アイテムボックス】のスキルをあてにしているのだろう。旅の間の荷物を収納してほしいとの要望がある。あとは、料理の腕前かな」
「料理の腕前?」
「ああ。商隊とその護衛の冒険者たちは男性ばかりだからね。休憩や野営時には離れた場所で休みたいそうだ。で、侍女は一人だけ。料理の得意な女性冒険者に三食世話になりたいらしい」
「……なるほど。それなら納得の人選ですね」

 料理が得意な冒険者はそう多くない。ダンジョンアタック中や護衛任務時の野営はたいていが携帯食で済ます。食用の魔獣肉が手に入った折に食べることはあるようだが、荷物を増やすことを嫌うため、木の枝に突き刺した肉をあぶるのが精々だと聞いたことがある。
 解体の手間を考えれば、持ち込んだ携帯食を粛々とかじる連中がほとんどだ。
 ダンジョン内なら解体は不要なので、セーフティエリアで簡単な調理をする者はいるが、ナギほどの腕前の料理人は滅多にいない。なぜかエドが誇らしげに頷いている。

「ナギなら食材どころか、調理器具も余裕で持ち運べるからな」
「護衛役の冒険者グループの連中が君の料理の腕前を知っていたようでね。依頼主の令嬢に話してしまったらしい」
「個人情報が紙より薄っぺらい……。まぁ、内緒にしていたわけでもないから、仕方ないか」

 ギルド職員や仲のいい冒険者にはたまにお裾分けをしていたので、知られていたのだろう。

「生活魔法が得意なのもありがたいと言っていたよ。女性にとっては死活問題だからね」
「ああ、浄化の魔法ですね。気持ちはよく分かります」

 前世日本人のナギとエドは綺麗好きだ。できれば、お風呂は毎日入りたい。それが難しい野営時にはせめて浄化魔法でさっぱりしたいと思っているので、納得した。

「料理や生活魔法で活躍してもらう分の報酬は当然、支払われる。指名依頼は何件か受けておいた方がランクアップの際には有利になるし、悪い話ではないと思うぞ?」
「うーん……。でも、ずっとエドと一緒に活動してきたので、一人だと不安かも。私、魔法は得意ですけど、物理的にはとっても貧弱ですよ?」

 ほっそりとした二の腕を見せつけると、フェローはなんとも言えない表情を浮かべた。

「大丈夫だ。君は後方支援員。表立っての戦闘は前衛の女性冒険者たちが請け負ってくれるよ」
「うーん、それならいいのかな……?」
「ナギ。アキラを連れて行くといい」
「エド? 何を……」
「ああ、そういえば従魔を飼い始めたんだったか。悪くない案だと思うぞ。オオカミ系の魔獣は気配に聡く、テイマーに忠実だ。従魔がそばにいるなら、エドも安心だろう?」

 やけに乗り気なフェローとエドに勧められるまま、気付けばナギはアキラとその護衛任務を受けることが決まっていた。


『俺がセンパイを守ります!』

 雄々しく胸を張って宣言する、仔狼アキラ。銀を帯びた黒い毛並みが美しい、仁王立ちの黒ポメラニアン──もとい、黒い仔狼の姿にナギは自然と微笑みを浮かべていた。うちの子、最高に可愛い。

『センパイ、聞いていますか?』
「あ、うん! もちろん聞いているわよ? 護衛依頼の手伝い、よろしくね、アキラ」

 じっとりと黄金色の瞳で見据えられ、慌てて笑顔で頷いておく。
 冒険者ギルドを後にして、我が家に帰宅するや否や、エドは【獣化】スキルを使い、アキラと入れ替わったのだ。おそらくは、自分で説明しろと丸投げしたのだろう。
 胡散うさん臭そうに見上げてくる仔狼アキラを抱き上げて、ナギはソファに腰掛けた。
 肉球をそっと指先で揉む。猫のそれよりも少し硬くて弾力はあるが、触り心地はとてもいい。
 仔狼の肉球の感触を堪能しながら、ナギはぽつりとつぶやいた。

「エドが反対しなかったのは意外だったかも。めったにソロで行動しないし、スカウトも全部断っていたでしょう?」

 この三年間でのエドの成長はいちじるしい。
 優秀な師匠の手ほどきを受けて、格闘術はすでに銀級シルバーランク冒険者並みだとの、お墨付き。魔力なしの獣人が七割のダンジョン都市で、それなりの魔力量を誇り、しかも希少な氷魔法の使い手なのだ。
 寡黙だけど働き者で、将来が有望な少年とパーティを組みたがる冒険者は大勢いる。
 ナギも込みで臨時のパーティを、と丁寧に頼み込んできた冒険者たちとはたまに協力をしたことはあるが、ソロでの引き抜きの話にはどれだけ好条件を提示されても、エドは頷かなかった。
 ポーターや後方支援役としてナギも声を掛けられることはあったけれど、どれも彼女が口を開く前にエドが断っていたほど、徹底している。
 大容量の収納スキルの持ち主で攻撃魔法を使えて、生活魔法も得意。さらに野営料理まで作れるとあって、即戦力となるエドほどではないが、彼女をスカウトする冒険者はそれなりにいた。

『センパイのスキルや魔法は規格外だから、バレないようにと気を張っていたんでしょうね』
「それは分かっているわ。すでに収納量が多いとは噂になっているみたいだし」

 なぜ、そんなに収納量が多いのかの疑問に対しては、魔法の師匠であるミーシャが、弟子の魔力がエルフなみに多いからだと説明してくれたので、それ以上は追及されなかった。
 おそらくは祖先にエルフの血が入っていたのだろう、とそれとなく誘導してくれたおかげだ。
 ナギが明るい金髪と空色の瞳の持ち主であったことから、なるほどエルフの先祖返りかと勝手に納得してくれたのは、冒険者ギルドのサブマスターであるフェローだ。
 かつて妖精姫と、その可憐な美貌で名を馳せた母に感謝する。可愛く産んでくれてありがとう。
 父親似で生まれていたら、ワイルドで雄々しいクマ姫と呼ばれていたことだろう。

『威力の強い攻撃魔法を使えることも、もう噂になっていますけどね』
「おかしいよね? なるべく人気のない場所で魔法を使っていたつもりなのに」
『いや、あれだけ爆音を響かせていたら、そりゃあバレるでしょ』
「鉱山ダンジョンなら、火魔法を使っても火事の心配がなかったから……」
『そんな軽い気持ちでアイアンゴーレムを爆発させるのは、センパイくらいですよ?』
「ごめんなさい、調子に乗りました」

 全力で放つ火魔法が楽しくて、やり過ぎてしまったのは反省している。

『まぁ、バレちゃったものは仕方がないです。攻撃魔法が使えると知れ渡った方が不埒な連中も手を出せないだろうし、ちょうど良かったかもしれません』
「不埒な連中?」
『こっちの話です。それより、エドがこの依頼を受けた理由は昇格狙いなんでしょうね』

 冒険者は銅級コッパーランクでようやく一人前だと認められる。護衛任務や指名依頼が受けられるのも、このランクからだ。見習いから冒険者へと最速で駆け上がったナギとエドはかなり優秀だと言える。

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