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〈成人編〉
54. 移送
しおりを挟む「グレンさんだけ、先に逃げ出したほうがいいかもしれませんね」
ぽつり、とナギがつぶやいた途端、グレンがすごい勢いでこちらを振り向いた。
「嫌だ」
「え……」
「僕は絶対にナギを置いていかない」
「えー……」
まるで子供のように、機嫌を損ねてしまった。
「でも、危険ですよ? たまたま殺されずにここに連れてこられたのは、運が良かっただけかもしれませんし」
「そう、僕は運がいい。幸い、外見も頭も悪くはないから、自分を高く売り付けることもできる」
とんでもない主張に、ナギは唖然とした。
『すっっごい自信家ですね』
一周まわって感心したようで、仔狼が尊敬の眼差しを向けている。
たしかに、すごい自信だ。
(でも、不思議と説得力があるのよね……)
カリスマとまではいかないが、育ちの良さからか、彼の真っ直ぐな性質は分かりやすく、裏表のなさは心地よい。
素直すぎて騙されないか心配になるが、そこはしっかり者の相方がフォローするのだろう。
(グレンさんが賢くて有能なのは、たしかよね。厄介な書類をひとめで解読していくんだもの)
はぁ、とナギはため息を吐いた。
「……分かりました。でも、危ないと判断したら、問答無用で撤退してもらいますからね?」
「うん。引き際は心得ているから安心してほしい。君たちの足手まといにはなりたくないからね」
「いざとなったら、アキラに眠らせてもらうので」
「う……それはその、お手柔らかに頼むよ……?」
仔狼の闇魔法の実力を知るグレンはそっと両手を上げてみせた。
◆◇◆
そんなやりとりがあった、翌日。
屋敷内が騒がしくなり、ナギは横たわっていたベッドから起き上がった。
気配を探ると、いつもより人数が多い。
「動きがありそうだな」
「そうですね」
狭い地下牢の中で運動不足にならないよう、こっそり鍛錬を重ねていたグレンが汗を拭う。
さすがに剣を振るうことは無理でも、体が鈍らないように腹筋や腕立て伏せを頑張っていた。
『ちょっと見てきます!』
「うん、お願い」
影から這い出た仔狼が偵察に出向いてくれた。
その間、ナギは快適に過ごせるよう【無限収納EX】から取り出していた品を回収していく。
「ふかふかのブランケットと枕。食器やカトラリーも隠さないと」
提供されている最低ランクの品を元に戻し、素知らぬ顔をする。
「あ、テントも回収しなくちゃ」
トイレの目隠し用に使っていたテントも【無限収納EX】にしまう。
空間拡張が付与されている魔道テントなため、中はゆったりとしており、個室気分を味わえる。
トイレだけでなく、ソファも設置しておいたので、一人になりたい時にはここにこもって気分転換をしていた。
「このテントには世話になった」
しみじみとグレンが言う。
囚われの身なため、着替えやシャワーは許されていないが、病気にならないよう体を拭うための湯だけは定期的に差し入れされていたのだ。
(攫われてきた獣人の子はみんな女の子だけど、私はグレンさんと同室なんだから、もっと気を使えっての!)
地味に恨んでいるナギ。
幸い、特別な収納スキルがあってテントを出せたが、そうでなければ恥ずかしい思いをしたところなのだ。
(まぁ、グレンさんは紳士だから、背中を向けてくれただろうけど)
牢内で快適に過ごしていた痕跡を消したところで、仔狼が戻ってきた。
『センパイ、また追加で二人攫われてきたみたいです』
「また二人……」
嫌な報告にナギが顔をしかめた。
慰めるように、仔狼が手の甲をぺろりと舐めてくれる。
『で、今日中に動きがあるようですよ。国境手前に船が用意されているそうです』
「分かった。ありがと、アキラ」
褒められ待ちの黒ポメもどきをよしよしと存分に撫でて労ってやる。
(ギルドには通信の魔道具で連絡してあるけど、念のためにアキラに詳しい手紙を託しておいたほうが良さそうね)
杜撰な誘拐犯たちは、ナギたちを地下牢に閉じ込めてから、身体検査などはまったく行っていない。
なので、秘密の隠し場所から取り戻したグレンの荷物も、ナギが服の下に装着した魔道具の存在にもまったく気付いていなかった。
「グレンさんはGPSじゃなくて、追跡できる魔道具? を今も装着しているんですよね?」
「ああ、もちろん。ナギが取り返してくれて、すぐに魔力を通してある」
「ということは、オスカーさんはちゃんと無事を確認して待機してくれているんですね」
「そうだな。アキラが手紙を運んでくれたおかげだ。僕の直筆でなければ、どうにかしてここを探り出して、突撃していただろうな……」
「わー……」
自力で探り出せるのか。
冒険者ギルドを悩ませていた事件も、もしかして彼が采配を奮ったら、さっさと片付いていたのかもしれない。
「じゃあ、途中で助けに入ることもないんですよね?」
「うん。よほど僕が危険な目に遭わなければ大丈夫だと……たぶん……?」
信頼されているのか、信用されていないのか。
自信なげに頭をかくグレンをナギはじとっと見やる。
「ともあれ、隣国行きの船まで運ばれたところで、ギルドの腕利きが助けに入ってくれる予定なので」
「分かった。僕も自分を高く売り付けることにするよ」
嬉々として自分を奴隷商に高く売り付けようと張り切るグレンを前に、ナギはほんのちょっとだけ、その相棒のオスカーに同情した。
◆◇◆
プレゼンが効いたのか、グレンは睡眠薬入りのワインを与えられて、ナギたち獣人の少女たちと同じ荷馬車で運ばれている。
ちなみに獣人の少女たちも皆、意識はない。獣人のみに効果のある薬草を使われているのだ。
なので当然、ナギは何ともない。
先に【鑑定】をしておいたので、特別な薬草を乾燥させた香を焚かれた際に、眠ったふりをした。
グレンの睡眠薬にも気付いていたが、あえて黙っておき、眠ってもらっている。
(何かあった時に、魔法が使えないと困るから。ごめんね、グレンさん)
共に過ごした濃密な日々のおかげで、ナギはすっかりグレンに親しみを覚えていた。
友人とまではいかないが、歳の離れた親戚のお兄さん、くらいの感覚だ。
実年齢からすると、おじさんが正しいのかもしれないが、前世アラサーOLだった記憶があるため、さすがにおじさん呼びは遠慮している。
ゴトゴトと揺れる荷馬車の寝心地は最悪だ。しかも、匂いがキツい。
商隊を偽装しているため、輸出用の商品と共に詰め込まれているのだ。
匂いがキツい原因は、薬草や香辛料。
スパイス類はもともと風味や匂いが強いものが多いが、積荷の薬草の香りもかなり刺激的だった。
心配して寄り添ってくれていた仔狼が前脚で鼻を押さえて悲鳴を上げた。
『センパイ、ごめんなさい。これ無理!』
「分かってる。影の中でも厳しいよね。私のスキルの小部屋に送るから」
グレンや獣人の少女たちが眠っている間に、仔狼を【無限収納EX】スキルの小部屋へ収納した。
完全にこことは切り離された亜空間なので、あの場所なら匂いも届かない。
「臭いはずよね。運んでいる薬草やハーブの中に、獣人が忌避する香りのものがたくさん入っているもの」
念のために【鑑定】スキルで確かめておいたのだ。
「刺激臭があるもの、こっちは獣人が摂取すると感覚が鈍麻するもの。これはマタタビに似た効果のあるハーブか」
どれも薬草として登録された植物なため、輸出入の規制はない。
香辛料を使った料理を食べ慣れたエドでさえ、これだけの量を木箱いっぱいに詰められたものを前にすると、顔をしかめるに違いない。
「おまけに頭がぼんやりして、鼻が利きにくくなったら、獣人の女の子たちが荷物に紛れていることも判断できないよね」
国境で止められたとしても、匂いで禁制品を嗅ぎ分けられるはずの獣人が牙を抜かれた状態になり、すり抜けてしまったのだろう。
(まぁ、確実に国境の関所にも『クロ』がいるんだろうけど)
それを取り締まるのは、冒険者ギルドや国のお偉いさんたちだ。
「私にできることは、おとなしく捕まったふりをして船まで運ばれること」
休憩のたびに、荷馬車の中を確認されるので、ナギはブランケットにくるまって眠ったふりをした。
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