異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

文字の大きさ
275 / 276
〈成人編〉

55. 混乱

しおりを挟む

 二時間ほど運ばれたところで、馬車がゆっくりと止まった。

 ナギは耳元に魔力を集中させて、外の気配を探る。
 ちなみにグレンは睡眠薬がよく効いているようで、ぐっすりと眠っていた。

 馬車は三台。気配を探ってみたところ、誘拐された少女たちはそのうち二台の馬車に振り分けられて運ばれているようだ。
 グレンを入れて十四人。隣国であるシラン国へ移送されている。

 商隊を偽装して荷を運んでいる連中たちの会話から、海辺へ到着したようだ。

 ある程度、整備された街道を外れて馬車を走らせていたため、身体中が軋んでいる。こっそりと【回復魔法】を使って、ダメージを軽減させた。
 
(うん、マシになった! 特に腰に響いていたんだよねー)

 一応、最低限の温情なのか。薄手のブランケットが敷かれていたが、その程度では馬車の振動は防げない。

 魔道具で拘束された状態で眠らされている獣人の少女たちも、意識はなくとも感覚は伝わっているようで、不快げに眉を寄せている。

(辛いよね。ちょっとだけ、【回復魔法】をかけてあげよう)

 地下牢で衰弱していた子には、仔狼アキラがポーションを運んでくれたが、今は薬の影響もあって、相当気分が悪いのだと思う。

 完全に意識が戻って暴れられると困るので、ほんの少しだけ。
 背中や腰のダメージと馬車酔いがちょっぴりマシになる程度の、軽い【回復魔法】をこっそりと使った。

 目の前で横たわっていた、ネコ科らしき獣人の少女の表情がやわらかくなる。

(少しはマシになったかな?)

 事件が無事に解決したら、すぐさまポーションを飲ませてあげよう。

(ミーシャさんから貰った、状態異常を回復させる特製ポーションはたくさんあるから)

 心配性の師匠が、エルフ特製の薬をせっせと貢いでくれるのだ。
 光魔法が使えるナギは【回復魔法】や【解毒キュア魔法】も得意なので、自分たちではほとんど使ったこともなく、【無限収納EX】にたっぷり在庫がある。

 ちなみに、エドの師匠であるラヴィルはその薬の材料となる薬草やダンジョン素材を採取してミーシャに手渡す担当だ。

 エドと二人で『師匠たちに愛されちゃってるね』と苦笑し合ったのは内緒である。

(まぁ、愛されているだけじゃなくて、薬のお礼にプレゼントしているお菓子やパンも目当てなんだろうけど)

 ナギが焼き上げた甘いお菓子に、市販されていないエド特製の惣菜パン。
 どっちも師匠たちのお気に入りなのだ。

(その下心のおかげで、薬には困らないんだから結果オーライね)

 人身売買組織だったガズール商会。
 隣国のそれなりの地位にいる連中も関わっているようだが、我が国では奴隷制度は禁止されている。
 しかも、身寄りのない獣人の少女たちを誘拐して売り付けているのだ。

 港は使えないため、船までボートで荷を運ばなければならない。

 それなりの大きさの帆船だ。
 水深より喫水が深いと、海底に船底がつかえてしまう。
 
 耳を澄まして仕入れた情報によると、ここは崖の上。
 細い獣道のような場所を荷物を抱えて降りていく必要があるようで、商会に雇われた男たちは不満そうに愚痴っていた。

(そんな危険な場所だと、ギルド側も動きにくくないかな?)

 心配ではあるが、彼らを取り締まるのは自分の役割ではない。
 通信の魔道具でこっそり連絡を入れていたので、あとは寝たふりをして待機するだけ──そう考えていたのに。


 一台目の馬車の荷下ろしが始まる気配を、二台目の馬車で横たわりながら、ナギはそわそわと落ち着かない気持ちで探る。

 まずはカモフラージュ用の木箱が運び出され、本命の少女たちを抱えて崖下へ降りようとしているのだろう。

 帆船に逃げられたらアウトなので、おそらくギリギリまで引き付けるはず。
 祈るような気持ちで、ギルドの介入を待っていたナギだったが。

「っしゃ!」

 すぐ背後から荒々しい気配を感じて、ぎょっとする。
 慌てて振り返ると、意識を失っていたはずの少女が雄々しく立ち上がっていた。
 豪奢な金髪を棚引かせ、怒りに顔を歪ませながら手首をさすっている。

「え、魔道具は……」

 魔力封じの拘束を兼ねた鉄製の手枷は真っ二つに割れて床に転がっている。
 驚愕するナギに気付いた少女はニヤリと笑った。

「壊した。食事に出されていたスープを掛けて劣化させておいたんだ」

 錆が浮き、腐食した手枷を力任せに引きちぎったらしい。
 先端が丸い獣耳、フサのある特徴的な尻尾から、彼女が獅子族の獣人であることに気付いた。

 擦れて痛々しい様子の手首を舐めると、獅子族の少女はすぐ傍らで横たわる少女の手首の枷を【身体強化】スキルを使って、引きちぎる。

「ありがとう」
「意識は?」
「不思議とはっきりしている」
「じゃあ、ヤれる?」
「もちろん」

 獰猛に笑い合う少女たち。
 呆然と見守っていたナギは慌てて制止しようとしたのだが、その前に彼女たちは荷台の壁を力任せに破壊した。

「ちょっ、待っ……!」
「さぁ、暴れるよ!」
「きっちり仕返ししてやる!」

 ドガァァァン!
 分厚い木製の壁に大穴を開けると、彼女たちは男たちに襲い掛かっていく。

「あああ……ッ、もう!」

 頭を抱えていても仕方ない。
 ナギは拘束の魔道具を【無限収納EX】に収納すると、すばやく立ち上がった。
 グレンや他の獣人の少女たちに次々と触れていき、【無限収納EX】スキルの小部屋へと送っていく。

「あ、アキラはこっちに!」

 きつい匂いを放つ荷物は目視でさっさと収納しておく。
 スキルの小部屋から呼び戻した仔狼アキラが鼻先を押さえたので、風魔法で匂いを散らした。

「ごめん、アキラ! 獅子とシロクマの子たちが暴れているから、フォローをお願い!」
『了解です!』

 無駄なやり取りで時間を消費することもなく、仔狼は壁に開いた穴からぴょんと飛び降りた。

『センパイもスキルの小部屋に避難しておいてください!』

 仔狼アキラにはそう忠告されたが、もう一台の馬車も気になる。

 三台目の馬車に乗っていた男たちが、縦横無尽に暴れる二人と一匹を制圧しようと駆け寄ってきた。

 そこへ、新たな一団がやってくる。
 
「段取りはめちゃくちゃになりましたが、ここで確保しましょう!」

 聞き覚えのある声。
 そっと穴から外を覗き見ると、東の冒険者ギルド、サブマスターのフェローだ。

「チビオオカミくんもいたのね! そっちの連中、よろしく」
「キャン!」

 一際張り切って男たちを一撃で地面に沈めていく、あれは──

「ラヴィさん!」

 頼れる金級冒険者が応援に駆けつけてくれるとは教えられていたが、まさかラヴィルのパーティだったとは。

 そして、商会とその雇われの男たち、冒険者ギルドと被害者だったはずの獣人の少女たちの三つ巴状態の中。

「グレン! どこにいるんですか⁉︎」
「オスカーさん……」

 物凄い形相でグレンを探している。
 GPS魔道具があるはずなのに、と考えて、はっとした。

「あ、そうか。【無限収納EX】の小部屋に送ったから、魔道具で位置が分からなくなったんだ……」

 すぐにでも無事だと伝えたかったが、スキルの詳細がバレるのは困る。

「ごめんなさい、オスカーさん。あとでこっそり出してあげるので!」

 混戦状態だが、この隙に隣国の船に逃げられたら困る。
 念のため【隠密】スキルと姿隠しのローブを纏い、荷台から抜け出した。
 二台目の馬車の影に隠れて、今にも動き出そうとしている帆船を睨み付ける。

「逃がさないから!」

 魔法だと加減が難しいため、選んだ方法は【無限収納EX】スキルを使った足止めだ。

(帆船の真上から収納してあった大岩を落とす──!)

 レベルが上がり、スキルの習熟度もMAXに近いナギにとって、二百メートル先に収納物を取り出すことは容易い。

 ドンッ!

 船が潰れる音と共に海水が噴水のように巻き上がる。

 思ったよりも激しい攻撃に動揺した商会の連中が一台目の馬車を無理に動かそうとしたため、怯えた馬が暴れ出した。
 荷台が蹴り上げられ、崖から落ちそうになっていることに気付いたナギが慌てて手を差し出した。

(間に合え……ッ!)

 連結が外れた荷台部分と共に、ナギは崖に身を投げ出した。



◆◆◆

いいね、ありがとうございます!
おそらく本日あたりから書店に4巻が並ぶ頃だと思います。
よろしくお願いします!

◆◆◆
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです

天宮有
恋愛
 子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。  数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。  そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。  どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。  家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。