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〈成人編〉
55. 混乱
しおりを挟む二時間ほど運ばれたところで、馬車がゆっくりと止まった。
ナギは耳元に魔力を集中させて、外の気配を探る。
ちなみにグレンは睡眠薬がよく効いているようで、ぐっすりと眠っていた。
馬車は三台。気配を探ってみたところ、誘拐された少女たちはそのうち二台の馬車に振り分けられて運ばれているようだ。
グレンを入れて十四人。隣国であるシラン国へ移送されている。
商隊を偽装して荷を運んでいる連中たちの会話から、海辺へ到着したようだ。
ある程度、整備された街道を外れて馬車を走らせていたため、身体中が軋んでいる。こっそりと【回復魔法】を使って、ダメージを軽減させた。
(うん、マシになった! 特に腰に響いていたんだよねー)
一応、最低限の温情なのか。薄手のブランケットが敷かれていたが、その程度では馬車の振動は防げない。
魔道具で拘束された状態で眠らされている獣人の少女たちも、意識はなくとも感覚は伝わっているようで、不快げに眉を寄せている。
(辛いよね。ちょっとだけ、【回復魔法】をかけてあげよう)
地下牢で衰弱していた子には、仔狼がポーションを運んでくれたが、今は薬の影響もあって、相当気分が悪いのだと思う。
完全に意識が戻って暴れられると困るので、ほんの少しだけ。
背中や腰のダメージと馬車酔いがちょっぴりマシになる程度の、軽い【回復魔法】をこっそりと使った。
目の前で横たわっていた、ネコ科らしき獣人の少女の表情がやわらかくなる。
(少しはマシになったかな?)
事件が無事に解決したら、すぐさまポーションを飲ませてあげよう。
(ミーシャさんから貰った、状態異常を回復させる特製ポーションはたくさんあるから)
心配性の師匠が、エルフ特製の薬をせっせと貢いでくれるのだ。
光魔法が使えるナギは【回復魔法】や【解毒魔法】も得意なので、自分たちではほとんど使ったこともなく、【無限収納EX】にたっぷり在庫がある。
ちなみに、エドの師匠であるラヴィルはその薬の材料となる薬草やダンジョン素材を採取してミーシャに手渡す担当だ。
エドと二人で『師匠たちに愛されちゃってるね』と苦笑し合ったのは内緒である。
(まぁ、愛されているだけじゃなくて、薬のお礼にプレゼントしているお菓子やパンも目当てなんだろうけど)
ナギが焼き上げた甘いお菓子に、市販されていないエド特製の惣菜パン。
どっちも師匠たちのお気に入りなのだ。
(その下心のおかげで、薬には困らないんだから結果オーライね)
人身売買組織だったガズール商会。
隣国のそれなりの地位にいる連中も関わっているようだが、我が国では奴隷制度は禁止されている。
しかも、身寄りのない獣人の少女たちを誘拐して売り付けているのだ。
港は使えないため、船までボートで荷を運ばなければならない。
それなりの大きさの帆船だ。
水深より喫水が深いと、海底に船底がつかえてしまう。
耳を澄まして仕入れた情報によると、ここは崖の上。
細い獣道のような場所を荷物を抱えて降りていく必要があるようで、商会に雇われた男たちは不満そうに愚痴っていた。
(そんな危険な場所だと、ギルド側も動きにくくないかな?)
心配ではあるが、彼らを取り締まるのは自分の役割ではない。
通信の魔道具でこっそり連絡を入れていたので、あとは寝たふりをして待機するだけ──そう考えていたのに。
一台目の馬車の荷下ろしが始まる気配を、二台目の馬車で横たわりながら、ナギはそわそわと落ち着かない気持ちで探る。
まずはカモフラージュ用の木箱が運び出され、本命の少女たちを抱えて崖下へ降りようとしているのだろう。
帆船に逃げられたらアウトなので、おそらくギリギリまで引き付けるはず。
祈るような気持ちで、ギルドの介入を待っていたナギだったが。
「っしゃ!」
すぐ背後から荒々しい気配を感じて、ぎょっとする。
慌てて振り返ると、意識を失っていたはずの少女が雄々しく立ち上がっていた。
豪奢な金髪を棚引かせ、怒りに顔を歪ませながら手首をさすっている。
「え、魔道具は……」
魔力封じの拘束を兼ねた鉄製の手枷は真っ二つに割れて床に転がっている。
驚愕するナギに気付いた少女はニヤリと笑った。
「壊した。食事に出されていたスープを掛けて劣化させておいたんだ」
錆が浮き、腐食した手枷を力任せに引きちぎったらしい。
先端が丸い獣耳、フサのある特徴的な尻尾から、彼女が獅子族の獣人であることに気付いた。
擦れて痛々しい様子の手首を舐めると、獅子族の少女はすぐ傍らで横たわる少女の手首の枷を【身体強化】スキルを使って、引きちぎる。
「ありがとう」
「意識は?」
「不思議とはっきりしている」
「じゃあ、ヤれる?」
「もちろん」
獰猛に笑い合う少女たち。
呆然と見守っていたナギは慌てて制止しようとしたのだが、その前に彼女たちは荷台の壁を力任せに破壊した。
「ちょっ、待っ……!」
「さぁ、暴れるよ!」
「きっちり仕返ししてやる!」
ドガァァァン!
分厚い木製の壁に大穴を開けると、彼女たちは男たちに襲い掛かっていく。
「あああ……ッ、もう!」
頭を抱えていても仕方ない。
ナギは拘束の魔道具を【無限収納EX】に収納すると、すばやく立ち上がった。
グレンや他の獣人の少女たちに次々と触れていき、【無限収納EX】スキルの小部屋へと送っていく。
「あ、アキラはこっちに!」
きつい匂いを放つ荷物は目視でさっさと収納しておく。
スキルの小部屋から呼び戻した仔狼が鼻先を押さえたので、風魔法で匂いを散らした。
「ごめん、アキラ! 獅子とシロクマの子たちが暴れているから、フォローをお願い!」
『了解です!』
無駄なやり取りで時間を消費することもなく、仔狼は壁に開いた穴からぴょんと飛び降りた。
『センパイもスキルの小部屋に避難しておいてください!』
仔狼にはそう忠告されたが、もう一台の馬車も気になる。
三台目の馬車に乗っていた男たちが、縦横無尽に暴れる二人と一匹を制圧しようと駆け寄ってきた。
そこへ、新たな一団がやってくる。
「段取りはめちゃくちゃになりましたが、ここで確保しましょう!」
聞き覚えのある声。
そっと穴から外を覗き見ると、東の冒険者ギルド、サブマスターのフェローだ。
「チビオオカミくんもいたのね! そっちの連中、よろしく」
「キャン!」
一際張り切って男たちを一撃で地面に沈めていく、あれは──
「ラヴィさん!」
頼れる金級冒険者が応援に駆けつけてくれるとは教えられていたが、まさかラヴィルのパーティだったとは。
そして、商会とその雇われの男たち、冒険者ギルドと被害者だったはずの獣人の少女たちの三つ巴状態の中。
「グレン! どこにいるんですか⁉︎」
「オスカーさん……」
物凄い形相でグレンを探している。
GPS魔道具があるはずなのに、と考えて、はっとした。
「あ、そうか。【無限収納EX】の小部屋に送ったから、魔道具で位置が分からなくなったんだ……」
すぐにでも無事だと伝えたかったが、スキルの詳細がバレるのは困る。
「ごめんなさい、オスカーさん。あとでこっそり出してあげるので!」
混戦状態だが、この隙に隣国の船に逃げられたら困る。
念のため【隠密】スキルと姿隠しのローブを纏い、荷台から抜け出した。
二台目の馬車の影に隠れて、今にも動き出そうとしている帆船を睨み付ける。
「逃がさないから!」
魔法だと加減が難しいため、選んだ方法は【無限収納EX】スキルを使った足止めだ。
(帆船の真上から収納してあった大岩を落とす──!)
レベルが上がり、スキルの習熟度もMAXに近いナギにとって、二百メートル先に収納物を取り出すことは容易い。
ドンッ!
船が潰れる音と共に海水が噴水のように巻き上がる。
思ったよりも激しい攻撃に動揺した商会の連中が一台目の馬車を無理に動かそうとしたため、怯えた馬が暴れ出した。
荷台が蹴り上げられ、崖から落ちそうになっていることに気付いたナギが慌てて手を差し出した。
(間に合え……ッ!)
連結が外れた荷台部分と共に、ナギは崖に身を投げ出した。
◆◆◆
いいね、ありがとうございます!
おそらく本日あたりから書店に4巻が並ぶ頃だと思います。
よろしくお願いします!
◆◆◆
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