197 / 313
〈冒険者編〉
263. エイダン商会ガースト支店
しおりを挟むエイダン商会のガースト支店は、ダンジョン都市にある本店の次に規模の大きな店だ。
獣人の街として栄えており、金払いの良い客が多くいる。
そのほとんどが、現役の冒険者や引退した元冒険者たち、その関係者だった。
獣人は身体能力が高く、冒険者向きの者が多い。パワー系の大型獣人はもちろん、身軽で小柄な獣人もその器用さ、気配に聡い性質を重宝されている。
適材適所で生きていける冒険者稼業は、多くの獣人たちにとって相性の良い仕事だった。
彼らは妻子を安全なこの街に残して、ダンジョン都市で稼いでくる。
家庭持ちの冒険者は意外と堅実だ。
大怪我を負わないよう注意を払いつつ、着実に儲けてくる。
無理をする新人冒険者とは心構えが違った。
目端が利くため、時に大きな稼ぎを得ることもある。
そんな彼らは、稼いだ金銭の使い方も派手で気持ちが良い。
「数年前までは、王国風のドレスが良く売れたようだけど……」
エイダン商会の秘蔵っ子として、今ではガースト支店の店長として辣腕をふるっているリリアーヌは過去の台帳を丁寧に読み解いている。
ちょうど三年ほど前。グランド王国で仕立てられた上質のドレスが何十着と、この街で出回ったのだ。
おそらくは、王国から亡命してきた貴族が売り払ったのだろう。
同時期に、王国風意匠の家具や美術品、宝飾品も多く出回ったそうだ。
それらはそのまま好事家の手に渡ったが、ドレスは買い取った仕立て屋がそのデザインを模倣して、王国風のドレスやワンピースを仕立てて一大ブームを作ったのだ。
「商才があるわね。さすが、アドリアーナ女史」
買い取ったドレスをそのまま販売しただけでは、それほど儲けることはできなかっただろう。
それを、王国のデザインを取り入れつつ、この国でも着こなせるドレスやワンピースに変貌させたのだ。
さすがにブームも落ち着いてはきているが、異国情緒溢れる『グランド』風シリーズの衣装は未だファンが多いドル箱商品らしい。
「クラシックで上品だから、人気が出るのは分かるわ」
リリアーヌも何着か、夜会用に設えてある。豪奢で美しいドレスは身に着けると、自然と背筋が伸びた。
「でも、働く女性には不向きね。息苦しくて、目が回りそうになるもの」
あれは所謂、女性の戦闘服なのだ。
騎士が纏う甲冑と似たようなもの。美しいが、あまり実用的ではない品だ。
ダンジョン都市で冒険者の勇姿を見てきたリリアーヌにとっては、彼らの機能的な装束の方が理に適って見えた。
「ドレスやワンピースも人気はあるけれど、やはり最近の売れ筋はダンジョン食材ね」
コツ、と爪先で帳簿をなぞる。
ダンジョン都市から運ばせている、魔獣肉に魔物肉。南の海ダンジョンから仕入れた魚介類を使ったレストランや屋台の売上が目立っている。
中でもずば抜けて業績が良いのは、菓子部門だ。
扱う商品は、二ヶ月前に顔見知りの冒険者から買い取った特別なもの。
「……琥珀糖。ナギさんが持ち込んでくれた品はどれも希少で、良い値で売れるわ」
未発見のダンジョンでドロップした、美しい甘味は宝石そっくりの見た目をしており、今やエイダン商会の売れ筋商品だ。
職人に作らせた宝石箱に詰めて売れば、店頭に並べる順から飛ぶように売れていく。
「おかげで、在庫が心許ないけれど。ナギさんに相談してみましょうか……」
彼女なら、ある程度の数を確保しているに違いない。
儲けを重視する冒険者と違い、ナギは美味しい食事にとても拘っていたので。
黒い毛皮の仔狼を連れた少女との旅は、とても楽しかった。
毎食、凝った食事を提供してくれて、その都度驚かされたものだった。
懐かしい思い出に耽っていると、執務室のドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼致します。リリアーヌお嬢さま、お客さまです」
ここでは支店長と呼ぶように、と何度も注意しているのだが、実家からついてきた侍女は頑なに「お嬢さま」呼びをやめない。
ため息まじりに、顔を上げた。
「予定はあったかしら?」
「いえ、旅の途中に寄ったようで……。先触れもなかったので、お約束だけでも取り付けたいそうです」
「随分と強気な方のようね。お断りを──」
「お嬢さま。ナギさんです」
「……え?」
「冒険者のナギさんが、例のダンジョン帰りに立ち寄ってくださったようで」
「それを先に言いなさい、メリー! 早くお通しして」
「かしこまりました」
くすりと笑う侍女を睨み付けて、リリアーヌは足取りも軽く、応接間へと向かった。
◆◇◆
「ナギさん! お久しぶりですわね。お元気でしたか?」
「おかげさまで。リリアーヌさんもお元気そうで良かったです」
応接間にはナギの他にも何人か、冒険者姿の者がいたが、リリアーヌは気にしなかった。
男性恐怖症を克服した彼女には、もう商談で怖気付くことはないのだ。
「急な来訪、ごめんなさい。お忙しいですよね?」
「ふふ。時間は作るものなのですわ。貴方と過ごす一刻の方が、わたくしには大切な時間です」
にこり、と微笑んでみせると、蕾が花開くような可憐な笑みが返された。
まるで妖精のように可愛らしい、この少女が冒険者だということが、たまに信じられなくなる。
(でも、彼女は立派な冒険者。それも凄腕の魔法使いですものね)
リリアーヌを貶めた元婚約者の男を圧倒的な力で捩じ伏せてくれたナギは、彼女にとっての恩人だ。
(わたくしの心を救ってくださった、英雄よ。それに、今はエイダン商会の良い取引先……)
優しい眼差しで促すと、ナギは何もない空間から、いくつかの品を取り出してテーブルに並べた。
収納スキル持ちの彼女が、商人としてはとても羨ましい。
「ハイペリオンダンジョンで採取した物です。これはシオの実、こっちはヒシオの実。あまり世に出回っていない、珍しい調味料です」
「調味料……。ナギさんが拘っているということは、相当美味しい物なのですね?」
ぷっ、とナギの背後に立つ白兎獣人の女性冒険者が笑う。すぐに隣に座る金髪のエルフの女性がそれを嗜めた。
「ラヴィ」
「ごめんなさい。この子のこと、よく分かっているなぁって感心したの」
「あ、えっと。すみません、気が急いてしまっていて紹介を忘れていました。彼女たちは今回の調査任務の護衛兼監視役の……」
「金級冒険者のラヴィルよ。よろしく」
「私は元金級ですが、調査隊のリーダーをしています。ミーシャと申します」
「わたくしはエイダン商会ガースト支店で長をしております。リリアーヌですわ。よろしくお願い致します」
上位ランクの冒険者がお目付け役とは、ナギの発見したダンジョンはかなりの『当たり』と見られる。
ナギが採取した品やドロップアイテムの買い取りついでに、査定額をギルドに報告したいようだ。
目利きを信用されているようで、少しだけ誇らしい。
商会の鑑定士を呼び寄せて、さっそく査定に取り掛かった。
◆◇◆
在庫が心配だった琥珀糖は大量に買い取らせてもらえた。
調査任務でパーティを組んだ冒険者たちも琥珀糖はたくさんドロップしたそうで、そちらも紹介してもらえることになった。
調味料だという、木の実にしか見えない物も気にはなったけれど、タンサンの実には飛び付いてしまう。
「これは、旅の途中でナギさんが飲ませてくださった、あのシュワシュワですわね⁉︎」
「あっ、はい。あの時の炭酸は別の方法で作った物なんですけど。この実はなんと、このまま飲み物に投入するだけで、炭酸飲料に早変わりするんですよー」
「素晴らしいですわ。あるだけ買い取ります!」
「お買い上げ、ありがとうございます!」
果汁はもちろん、ナギが教えてくれたデトックスウォーターにも合う炭酸。
ナギが言うには、ワインなどの果実酒に使っても美味しいのだとか。
(エイダン商会直営のレストラン、ホテルで出したいわ! うちだけで味わえる究極の贅沢と銘打って……)
商魂に火がついたリリアーヌの前に、次々と魅惑的な品が並べられていく。
希少で美味な果実、上質な薬草。スパイス類は見せてはもらえたが、売ってはもらえなかった。
どれも心躍る品々だったが、何よりもインパクトがあったのは、やはりナギが作った料理だった。
「シオの実とヒシオの実を使った料理です。まずは味わってみないと、その価値は分かりませんから」
自信満々に提供された料理の数々。
見たこともない、不思議なメニューばかりだったが、どれもとても美味しかった。
ご相伴にあずかった鑑定士は感動に打ち震えていたし、急遽呼びつけられた我が家のシェフも絶句していた。
「この調味料の実をレシピ込みで、買い取ってもらえませんか?」
可憐な笑顔で提案された内容に、リリアーヌが大きく頷いて握手を交わしたのは言うまでもない。
1,456
あなたにおすすめの小説
母は何処? 父はだぁれ?
穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。
産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。
妹も、実妹なのか不明だ。
そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。
父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。
母は、どこへ行ってしまったんだろう!
というところからスタートする、
さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。
変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、
家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。
意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。
前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。
もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。
単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。
また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。
「小説家になろう」で連載していたものです。
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
聖女を怒らせたら・・・
朝山みどり
ファンタジー
ある国が聖樹を浄化して貰うために聖女を召喚した。仕事を終わらせれば帰れるならと聖女は浄化の旅に出た。浄化の旅は辛く、聖樹の浄化も大変だったが聖女は頑張った。聖女のそばでは王子も励ました。やがて二人はお互いに心惹かれるようになったが・・・
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。