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3. 巻き添え召喚?
しおりを挟むまさか鷲掴みにされるとは思わなかったらしい。ケサランパサランはおぶおぶと身を震わせた。
『悪かったよ。でもでも、世界を越えて召喚するには、あのタイミングしかなかったんだ。だから君には悪かったんだけど、この世界を救うには仕方ない犠牲だと……ええと、その、ごめんなさい……?』
「ちゃんと謝れるのは良い子だと思うぞ?」
冷ややかに見下ろす俺の表情に気付いて、ケサランパサランはしおしおと毛玉を縮ませた。一応、反省はしているらしい。
「とにかく、大事な救世主として喚んだのなら、アイツらはこの世界で大切に扱ってもらえているんだな?」
『それはもちろん! 勇者と聖女、賢者の三人とも、神殿内で王族並みの待遇をさせることを約束するよ! ……うん、したんだけどねー…』
「なんだ? 大事にするんだろう? 勝手に未成年三人を誘拐しておいて、粗雑に扱うつもりなのか、この毛玉」
きゅっと力を込めて握りしめると、毛玉ははわはわと震えた。無駄に手触りが良いのが何となく腹立たしい。
『違うよ、ちゃんと大切にするってば! もちろん世界を救ってくれたら、ちゃんと元の時間、元の場所に戻してあげるし、お礼もたんまり用意するつもりでいたよ! でも……』
「でも、なんだ?」
『三人とも、君が死んじゃったことを知って激怒しちゃってね……』
「ああ……」
想像はつく。
何故だか、あの従兄弟たちは俺を慕ってくれているので、自分たちの召喚に巻き込まれて俺が死んだとなると、烈火のごとく怒り狂うだろう。
伊達家はスポーツや格闘技に特化した体育会系のエリート一族だ。
そんな一族に生まれ落ちた俺は、不幸なことに天才ではなかったのだ。
出来損ない、ではない。所謂、秀才型で器用貧乏な性質だった。
一度目にしただけで、大抵のスポーツをこなすことが出来る。球技でも格闘技でも、そつなく熟せた。
けれど、それだけだ。俺は、トップにはなれなかった。せいぜいが上の下、県で優勝出来ても国レベルでは相手にならない。
なまじ器用で要領が良いために、何でもそこそこ出来たのが、俺の不幸だったのかもしれない。
努力はした。血反吐を吐くほど頑張って、それでもようやく上の中ランク。
一般的には上出来だったかもしれないが、伊達の一族にとっては微妙な存在だ。
幸い、伊達家のエリート達はあっさりとしたもので、出来損ないの自分でも迫害することもなく適度に放っておいてくれた。
おかげで、今ではすっかり開き直って生きている。ひとつのことの頂点に立てなくても、自分は何でも出来るのだ。
広く浅く、楽しみを見付けていけば良い。
それからは興味を持った分野には、何でも手を伸ばしてみた。
従弟や従妹たちの中で一番年上だった自分は、必然的に彼らのお手本になり、手解きをしてやった。
口は悪いが、面倒見の良い優しい従兄。
一癖も二癖もある彼らは、何でも出来る「一番上のお兄ちゃん」を盲目的に慕ってくれた。
決して一番になれない器用貧乏な自分に劣等感があったけれど、どうやら他の教師やコーチよりも「教えること」が上手だったようだ。
(本人の資質と努力が身を結んだだけなんだろうけど、俺の助言のおかげだって感謝されていたもんなー…)
召喚された三人と俺は、特に仲が良かった。ちょうどそれぞれが名前に四季が入っていたので、四季カルテットだと親戚には揶揄われたものだった。
本当の兄のように慕ってくれて、鬱陶しいぞと文句を言いながらも、悪い気はしなかった。今回のキャンプだって、本当は楽しみだったのだ。
「自分たちの所為だと、余計に腹が立っているんだろうな。仕方ない。諦めて、アイツらを元の世界に返してやれば良い」
『だからダメなんだってば! 広い砂漠から一粒の砂を見つけるようにして、ようやく辿り着いた唯一の救世主なんだ。他の存在ではあの邪悪な竜は倒せない。せっかく創った世界が滅んでしまう……』
なんだか手の中のケサランパサランが湿っぽい。泣き落としか?
『彼らの怒りを鎮めるために、君を生き返らせたいんだ。元の身体はもう使えないから、まあ、こっちの世界で作り直すことになるんだけどね?』
「それは、転生というやつか?」
『そう、異世界転生! ワクワクするよね、新しい人生!』
「いや、不安でしかないが」
『えっ……』
なぜショックを受けている。
異世界転生とやらの知識は少ないが、例の従弟から聞いたところでは、大体が中世ヨーロッパもどきの不自由な世界。
現代日本人が暮らすには、かなり不便な文化だったと記憶している。
「剣と魔法の世界なんだよな? もしかして、魔物もいたりするのか」
『うん、いるね! 獣が変化した魔獣と魔物と人間は敵対関係にあるかな。あと中心的な四つの国が小競り合いを続けているかなー? 今は共通の敵がいるから、手を組んでいるけど』
「最悪じゃないか。ちなみに、生活環境はどの程度だ? 日本人は衛生面と食事にはうるさいぞ?」
『えっ……?』
なぜ、固まるんだ、毛玉?
とても怪しい反応だ。じっとりと睨み付けて問い質していく。
「風呂はあるのか」
『ない、です。基本は濡れた布で拭いたり、水浴びする程度……?』
「トイレはどんな形状をしているんだ」
『えっと、床に穴を開けてスライムで綺麗にしているかな……』
「ペーパーはあるんだろうな?」
『ないです……。身分のある者は布の端切れを使うけど、普通は水で洗うか、葉っぱを使うか、です……』
毛玉の声が段々か細くなってきた。
特に潔癖症でない自分でも、無理だな、と思う。現代日本で快適な生活に慣れ親しんだ身にはとても厳しい世界だ。
「今の話で期待はまったく出来ないが、これでは食事も微妙そうだな」
『そんなことないよ! 魔素がたっぷり含まれた食材はどれも最高に美味しいんだから! 魔獣の肉はもちろん、果物や野菜も絶品。君たちのいた日本と比べても遜色ない素材だよ』
意外な返答だ。だが、気になるのは「素材」や「食材」とわざわざ口にした点か。
「……もしかして、調味料や調理法がお粗末なレベルだとか?」
『ううう……』
再び湿っぽくなる毛玉。これは涙ではなく、汗だろう。
もちろん、しっかりと聞き出した。
調味料は塩胡椒程度。調理法も基本は焼くか煮るだけらしい。素材がどれだけ良くても、これではすぐに飽きそうだった。
「俺が言うのもなんだけど、アイツら箱入りのお坊ちゃん、お嬢さまなんだぞ? その環境じゃ、俺のことがなくてもハンスト起こしそうだな」
特に神経質で潔癖症な秋生はノイローゼになりそうだ。
唯一の紅一点、夏希だってキツいだろう。どっしり構えてマイペースな春人なら意外と笑い飛ばせそうだが、食べることが大好きな奴なので、食環境を知ると落ち込みそうではある。
『ううう…分かった! 分かったよ! ちゃんと対処するから!』
色々とダメ出しを続けたら、とうとう毛玉ーーもとい、創造神サマは自棄気味に、そう叫んだ。
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