20 / 203
19. 大森林へ 1
しおりを挟む緑の匂いが濃い。
鮮やかな緑陰に瞳を細めて、木々の隙間から覗く青空を仰ぎ見る。
魔素が濃い地だと創造神から教えられていたが、大森林に足を踏み入れてから、その意味が痛いほど良く分かった。
「うん、文字通り痛いな。肌がピリピリする」
魔力に鋭敏なハイエルフの特性か、魔素の流れが全身で感じ取れた。
それは、奥に進むほどに濃くなる。
(でも、俺にとっては悪くないな)
魔法を使っても、草原を歩いていた時よりもMPの回復が早いのだ。
茂みから現れるホーンラビットを水魔法で何度か倒して、それに気付いた。
(消費した魔力を、周囲の魔素を取り込んで回復している……?)
身体の中を魔力が循環しているのが分かる。細胞のひとつひとつに力が行き渡り、活性化しているような。
それは、不思議な感覚だった。
ようやくまともに息が出来た気分になり、混乱する。草原にいた時の自身の状態が万全ではなかったのだと、気付かされた。
「なるほど、森のひとの意味が良く分かった」
やはり、エルフは緑豊かな森林の中でこそ実力が発揮出来るのか。肉体も精神もやけに浮かれている。思い切り周囲を駆け回りたいのをどうにか我慢した。
「今はまだ森に入ったばかり。もっと奥へ、人が入らない領域に行ってからのお楽しみだな」
足取りが軽い。疲れ知らずで森を歩ける。前世の日本での山キャンプでは、森は歩きにくかったはずなのに、倒木や木の根を身軽く越えて行けた。
何より驚いたのは、森の声が良く聞こえることか。大森林に棲む動物や魔獣の気配が、離れた位置からでも察知できた。
「おかげで難なく倒せるようになって、ありがたいけど」
魔獣に気付かれる前に、水魔法を駆使して倒していく。珍しい草花を採取したい気持ちをどうにか抑えて、倒した魔獣だけを粛々と【アイテムボックス】に収納していった。
「……何だか、魔獣に気付かれにくくなっていないか?」
不思議に思って、ステータスを確認してみると、いつの間にか【気配察知】と【隠密】スキルを取得していた。
(これもハイエルフ補正なのか? ありがたいスキルだけども!)
あって困るスキルでもないので、活用することにした。実際、魔法を中心に魔獣を仕留める自分には【気配察知】と【隠密】スキルの相性はとても良い。
魔素の濃い方向を目指して、森の奥へと進むと、遭遇する魔獣が変化してきた。
「ホーンラビットを見かけなくなったな。代わりにグリーンフォックスが増えてきた」
森狐は文字通り、淡い緑の毛皮を纏った魔獣だ。
小柄な個体が多いが、気配に聡く、すばしっこい。何よりも風魔法を使って攻撃してくるのが厄介だった。
「まぁ、それもこっちから先制攻撃を仕掛けたら楽勝なんだけどな」
森に溶け込む色彩のキツネの魔獣だが、どうやらハイエルフの隠密スキルの方が優秀だったらしい。
こちらに気付いた様子もなく、キノコを齧っているグリーンフォックスをあっさり水魔法で仕留めていく。
「さすがにキツネの肉は食用不可だよな」
気になったので、その場で収納し、ポイント化してみた。魔石と毛皮のみが買い取り対象で、5000Pが付与される。
「マジ? 魔石が1000Pで毛皮が4000Pなのか。かなり美味しいな……」
グラスマウスが250P、ホーンラビットの1200Pと比べても、かなりの高ポイントだ。
先に向こうに気付かれると厄介だが、魔獣自体はそれほど強くないので、充分対処出来そうだった。
「よし、しばらくはキツネで稼ごう。あいつらへ物資も送らないといけないしな」
毎日三万Pほどの召喚を頼まれているのだ。自分も欲しい物があるので、なるべくポイントを稼いでおきたい。
「ホーンラビットの肉は美味かったから、ポイントにせずに確保しておこう」
ウサギ肉は300ポイント。それなら、ポイントに交換せずに自分で食べる方がずっと良い。その代わり、キツネを【気配察知】スキルで探して積極的に狩っていこう。
方針が決まれば、後は無心でこなしていくだけだが、先に進む前にどうしても気になっていたキノコを鑑定してみる。
グリーンフォックスがあれほど夢中になって食っていたのだ。
どんなキノコなのだろう?
「お、マッシュルームか。ホワイトとブラウンがあるな。食用可、美味。よし食おう」
さくさくと採取していく。
群生地だったのか、キツネに少し齧られてはいたが、そこかしこに生えていた。
ちなみにポイントは一本100Pだった。
魔素が濃いおかげで、魔力を使っても昨日ほど空腹を覚えることはない。
先を急ぐ身には、地味にありがたい。
魔力使用過多による空腹は、何かを腹に収めない限りはキリキリと身を苛むので、数時間ごとに足を止めて間食を摂る必要があった。
「水分補給と飴を舐めるだけで済むのは、かなり楽だな」
ステンレスマグで水を飲み、飴を口に放り込む。ころころと甘い飴を舌で転がしながら、森の中を歩いて行く。
十二時にアラーム設定したスマホが時間を知らせてくれるまで、黙々と奥を目指した。
「昼か。休憩場所を探さないとな」
アラーム音をタップで消して、周囲を見渡した。テントを張れるような広い場所が見当たらない。
10メートル四方の結界付きテントが無いと落ち着いて食事も取れないので、良さそうな場所を探すことにした。
「登るか」
荷物は全て【アイテムボックス】内、無手で歩いていたので、そのまま枝の太い大木を選び、登ることにした。
ボルダリングとパルクールを趣味にしていたので、木登りは得意だ。
するすると高所まで登ることが出来た。
「おお。見渡す限りの樹海だな」
ヒュウ、と思わず口笛を吹きたくなった。
どこも木々が密集しているように思えたが、ところどころ空白部分があるようだ。
「とりあえず、そっちを目指してみるか」
向かった先には、小さな泉があった。
どうにかテントを張れる広さだったので、泉の横に設置することにした。
「さて、昼飯は何にしようかな」
調理台とコンロを出して、しばし【アイテムボックス】の中身と相談する。
「よし、炒飯とウサギ肉のソテーにするか」
まずは炒飯を作ろう。
フライパンにマヨネーズを投入し、コンロに火を点ける。細切れにしたウサギ肉を炒め、スライスしたマッシュルームも追加した。火が通ったところでパックご飯を投入して炒めていく。
卵はもったいないので使わない。
ガーリックスライスをまぶし、塩胡椒で味付けし、乾燥ネギも振り掛けた。
最後に醤油をひと回しで、炒飯の完成だ。
深めの平皿に盛り付けて冷めないように収納しておく。
「ソテーはホットサンドメーカーで作るか」
キャンプ御用達の愛用品だ。
ホットサンドだけでなく、色々な調理に使えるので重宝している。
冷凍餃子を焼いたり、肉まんを焼いてオヤキにしてみたりと、楽しく調理出来るのが良い。特によく作ったのが、チキンソテーだ。
同じ調理法で今回はウサギ肉を料理する。
「味付けはマジックソルトでいいか。塩胡椒ハーブにガーリック入り、うん完璧。先に味付けをしておこう」
オリーブオイルを敷き、ホットサンドメーカーを温める。鶏肉と違ってウサギ肉はそれほど脂が出ないので、オリーブオイルは少し多めにした。片栗粉を薄くはたいて、ウサギ肉を焼いていく。
ジュワッと耳に心地良い音が響いてくる。
両面をまんべんなく焼いて、少し焦げ目がついたところで取り出して、食べやすいように切り分けた。
「炒飯の上にソテーした肉を載せて、さぁ食うぞ!」
名前なんてない、適当な男飯だったが、これがすこぶる旨かった。ホーンラビットのソテーは柔らかく、パラパラ炒飯は卵なしでもマヨネーズのおかげで違和感は少ない。
何よりマッシュルームが美味しかった。
「この世界のキノコ、すげぇな」
嫌いではないが、特別美味しいと感じたことのなかったマッシュルームが癖になる旨さで。これは是非ともたくさん採取しておかなければ、と思う。
(これも魔素が多い地の恩恵か?)
キノコでこの味なら、きっと他の植物も美味に違いない。食後のコーヒーを味わいながら、採取の楽しみに目覚めた俺は期待に胸を膨らませていた。
388
あなたにおすすめの小説
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい
あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。
誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。
それが私の最後の記憶。
※わかっている、これはご都合主義!
※設定はゆるんゆるん
※実在しない
※全五話
兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?
志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。
そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄?
え、なにをやってんの兄よ!?
…‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。
今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。
※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~
白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」
マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。
そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。
だが、この世には例外というものがある。
ストロング家の次女であるアールマティだ。
実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。
そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】
戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。
「仰せのままに」
父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。
「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」
脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。
アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃
ストロング領は大飢饉となっていた。
農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。
主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。
短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる