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72.〈幕間〉秋生 4
しおりを挟むトーマに頼まれた空樽は二つ手に入れた。
一つは自分たち用に使うつもりだ。
雑貨屋では扱っていなかったので、わざわざ工房まで出向いて新品を購入した。
未成年なのもあるが、ワインの香りが染み付いた酒樽の匂いがキツかったので。
「匂いだけで酔っ払いそうだもんな」
「日本酒の入浴剤は体に良いって聞いたことがあるけど、たしかにコレはちょっと頭がくらくらする。無理」
ハルもナツも賛成してくれたので、木の匂いのする新品の空樽を手に入れた。
どうするのか、と不思議そうな表情をされたので、水を持ち歩くためだと適当に誤魔化しておく。
水魔法の使い手がいない冒険者は飲み水に苦労するらしく、工房主に同情されてしまった。
念のために、魔道具のトイレルームを設置して、バスタブ代わりに樽を使ってみたが、水漏れも無く、快適だった。
浄化で汚れは落とせるが、肉体に溜まった疲れは取れない。
凝り固まった筋肉がほどよく解れていく感覚は何物にも替え難く、その気持ち良さは格別だった。
「お風呂がこんなに気持ちの良いものだったなんて……」
「トーマ兄に感謝だな!」
「そうだな。バストイレに日本製の上質な寝具が揃った今、気力も体力も最高に充実している」
家具店で召喚してもらったルームウェアも快適だ。
この最高のコンディションのまま、三人でダンジョンアタックに再挑戦することにした。
美味しい食事に、温かいお風呂、柔らかな上質の寝具のおかげで、ダンジョンキャンプは捗った。
スキルも魔法も自在に操れるようになり、レベルは85を越えた。
冒険者ギルドのマスターが、金級が八人は揃った冒険者グループでないと攻略は難しいと言っていた中級ダンジョンを、三人で容易く制圧して行き、最下層のダンジョンマスターまで到達した。
「これって、キマイラってヤツか」
「三つ首それぞれに違う動物の頭が付いているのね。気持ち悪い」
「油断するなよ、ハルナツ兄妹。こんなでも、ダンジョンボスだ。強いぞ」
「わーってるっての!」
「全力でぶちのめすわよ」
「心強いな」
キマイラは獅子の肉体に蛇と大蛇の尻尾、獅子と山羊の双頭がある4トントラックサイズの魔獣だ。
攻撃力の高い獅子の頭と太い蛇の素早い攻撃は危険だが、いちばん厄介なのは山羊頭かもしれない。
なにせ、山羊のくせに魔法を使う。
「山羊というより、悪魔の一種なのかもしれないな。無詠唱でないだけマシか」
ハルが固有ギフト【滅魔の拳】を使い、山羊頭の顎を砕く。獅子頭がハルに噛みつこうとするのをナツの【聖なる盾】が防御した。
ずっと一緒に過ごしてきた三人なので、連携は容易い。
「聖剣、召喚。塵となれ」
詠唱は恥ずかしいが、威力は桁外れだ。
賢者の固有ギフト【聖剣召喚】により、滅魔の光を纏った聖剣がこの手に顕現される。
──アキ、思いっきり脳天にぶちかましてやれ!
初めて竹刀を握った俺に、ニヤリと笑ったトーマが唆したことを思い出していた。
その声に背を押されて、力一杯振り下ろした竹刀が、気持ちの良い音を立てたのを覚えている。
何度も肉体に刻み込んだ動きを、自然とトレースするように、煌めく剣が獅子を模した魔獣の頭上に真っ直ぐ振り下ろされた。
悲鳴を上げることもなく、キマイラは絶命する。
「よし、やったな、アキ!」
「ダンジョンクリアね! レベルも一気に上がったみたい」
「……意外と、呆気なかったな?」
「それだけ真面目に私たちが頑張ったからでしょ? ほら、宝箱の中身を確認するよ!」
ナツに腕を引かれて、ダンジョンボスのキマイラがドロップした宝箱に向かった。
「黄金の延べ棒が十本、ブルーダイヤ付きのティアラ。金貨がごっそり詰まった皮袋まであるな」
「あとはこの漆黒の短刀? 見るからに禍々しい造形だけど……」
「おお、すげぇなコレ。鑑定したけど、これで切り付けられると魔力を吸われるみたいだぞ?」
「それは呪いの短刀なんじゃ……」
宝箱はかなり大きく、ぎっしりとドロップアイテムが詰まっていた。
さすが、ダンジョンボス。豪奢な宝物を落としてくれたものだ。
黄金のインゴットに宝飾品、古金貨に魔道具の武器など、物珍しいものある。
「敵の魔力を削げるなら、結構良い武器だと思うぞ? それは売らずに持っておこう」
「じゃあ、他のアイテムは売っちゃう?」
「他の魔道具は何だった?」
「えーと、魔道コンロと魔道冷蔵庫かな?」
「ダンジョンキャンプに使えそうだから、それも確保しておこう」
「そうだね。自炊にも慣れてきたし、魔獣肉料理を作る時に使おうか」
コンロや冷蔵庫の魔道具は地味にありがたい。燃料として魔石は必要になるが、自炊時にはとても役に立つ。
(これも、創造神からの贈り物なのかもしれないな)
トイレルームは素晴らしいドロップアイテムだったが、魔道コンロや冷蔵庫は今後もよく使うことになるだろう。
自炊の度に、土魔法でカマドを作るのは面倒だったし、現代っ子的には直火よりコンロが使いやすい。
「お、帰還用の魔法陣が現れたな。帰るか」
「最後は扉じゃないのが不思議よね」
「魔法陣の方がそれっぽくてカッコいいじゃん」
軽口を叩きながら、魔法陣に足を踏み入れる。行くぞ、と声を掛けて、アキは陣に魔力を流した。
「レベルは88か。金級冒険者がレベル60からと聞いたし、結構良い方だよな?」
ハルは能天気に笑っているが、あまり楽観視はできない。
勇者のレベルがカンストするのは、幾つだ? 99や100が限界なのか、それとも上限はないのかさえも分からない。
「中級ダンジョンを攻略したくらいじゃ、まだまだ自信を持てないね」
「なら、次は上級ダンジョンだな」
「上級ダンジョンと特級ダンジョンをクリアしたら、邪竜に挑戦してみるか」
創造神曰く、彼と対をなす破壊の神、邪竜は特級ダンジョンのひとつを占拠し、力を蓄えているところらしい。
「ドラゴンか……。やっぱり強いんだろうな」
「ナツ、怖いのか?」
「当たり前でしょ。怖いに決まっている。でも、ソイツを倒さないとこの世界からトーマ兄さんを連れて一緒に帰れないもの。頑張るしかないわ」
「そうだな。トーマ兄のためにも頑張ろうぜ! それにドラゴン肉はめちゃくちゃ美味いらしいし、楽しみだよな!」
「切り替えが早すぎないか、ハル。それに、本当に美味いのか、ドラゴンが?」
「これまで読んだラノベや漫画では、めちゃくちゃ美味いっぽいぞ?」
魔獣肉が美味しいことは確かだが、本当にドラゴン肉は絶品なのだろうか。
爬虫類が進化した生き物にしか見えないので、どうしても懐疑的になる。
蛇やカエルの肉にも食用はあるが、哺乳類の肉の方が断然美味しいと思う。
「俺はドラゴンよりも牛の魔物が美味そうに思えるが」
「アキもそう思う? 私は馬刺しが好きだから、馬の魔物がいい」
「えー? 絶対ドラゴンだろ、そこは」
「不味くはないだろうが、鶏のササミっぽいイメージがある」
「私も。ちょっと筋肉質でパサパサな感じ? やっぱり牛か馬のお肉でしょ。オークも悪くはないけどね」
「オーク肉はたしかに旨い。……上級ダンジョンにオークキングはいるかな?」
中級ダンジョンにはハイオークとその特殊個体しかいなかったので、未だオークキングの肉は食べていない。
王家の者でさえ滅多に味わえない、最高品質の肉だと聞いている。
「……次の目標は決まったな」
「オークキング肉でトンカツ!」
ダンジョンで得た財宝を冒険者ギルドで換金して、今夜は少しばかり散財しよう。
コンビニショップで一番高い弁当とスイーツ。ちょっと贅沢なアイスクリームに舌鼓を打とうと思う。
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