79 / 203
78.〈幕間〉春人 5
しおりを挟む中級ダンジョンを攻略し、すぐに上級ダンジョンに挑戦した。
上級のダンジョンには強い魔獣や魔物ばかりだったが、レベル100を越えた勇者一行である俺たちにとっては、もはや踏み台でしかない。
「さすが上級ダンジョンのフロアボスだな。ドロップアイテムは豪華だし、経験値もうまい」
薄く笑うアキが宝箱から派手な剣を取り上げる。
黄金の鞘と宝石でしこたま飾られた宝剣だ。ちなみに鑑定してみたが、実用性はゼロだった。
たぶん、アキが一振りするだけで粉々に砕け散るだろう。
「武器を宝石で飾って何の意味があるんだ? 刃は水晶だってよ。何も切れなくないか、それ」
「見栄えだけが大事な芸術品なんだろう。ハル、あまり振り回して壊すなよ。そんな鈍でも、買取額は高いはず」
「そうだった。だけどよ、こんな宝剣、冒険者ギルドが買い取ってくれるかぁ?」
傷を付けて査定額が下がると困る。
慌ててアキに返すと、涼しい表情で【アイテムボックス】に収納した。
「宝飾品や黄金の延べ棒なんかは商業ギルドで買い取ってもらう方が、高値になるわよ」
宝箱の底に敷き詰められていた黄金の延べ棒を拾い上げたナツが肩を竦める。
これ一本で、大金貨三枚の儲けだ。日本円にしたら、三百万円。高校生にとっては大金だ。
命を賭けた働きに見合う分の稼ぎなのかは分からないが。
「聖なる遺物とか、そういうドロップアイテムは神殿が高く買ってくれるみたい。あとは王冠とか王笏? そういうのは王家が欲しいって言っていたわ」
「俺たちに不要なアイテムは、一番高値をつけてくれた連中に売り付ければ良い」
「そうだなー。通貨に替えておいた方が、トーマ兄に買い物も頼みやすいし」
これだけ稼いでいるのだ。久しぶりに贅沢がしたい。
コンビニ弁当やホットスナック全種類制覇とか。カップ麺も新作が入荷しているかもしれないし、コミックスの新刊も気になる。
「ダンジョンで稼げるようになったし、もう王城にはあまり行かない方がいいかもね」
ぽつり、とナツが言う。
まぁ、もう王族やお城の連中に日本製のアレコレを売り付けて稼ぐ必要はなくなったか?
呑気に首を捻る俺の傍らで、アキも眉を顰めて頷いた。
「そうだな。……なるべくなら、神殿にもあまり近寄りたくはない」
「何でだ? まぁ、神殿は待遇が気に食わなかったから分かるけど。城はそこそこ快適だったろ?」
「バカ兄。もうちょっと危機感を持ちなさいよ。個人的に親しくなった人たちのことはそれなりに信用しているけど、国としてはダメでしょ」
妹のアキに叱られて、言葉に詰まる。
俺たちを召喚したのは、宗教国家シラン。王家はあるが、実権があるのは創造神を崇拝する神殿の方らしい。
神殿の連中は魔物や魔族を毛嫌いし、亜人も魔族のなりそこないだと見下している。
(エルフやドワーフ、獣人のことも嫌ってるもんなー。めちゃくちゃ有能だし、カッコいいのに)
「私たちのことを召喚勇者だと崇めてくるけど、ナチュラルに差別するような連中が、本当に異世界人のことを認めているかも怪しいわ」
「それは、たしかに……」
親愛というより、どこか阿るような気配を俺も何となく感じてはいた。
「神殿に従う王家も完全には信用できない。知っているか? 王城の奥には見栄えの良いエルフや獣人たちを閉じ込めてある後宮があるらしいぞ」
潔癖症気味なアキが心底嫌そうに吐き捨てる。ナツも冷ややかな表情を隠さない。
「後宮って、ハーレムってやつか?」
「閉じ込めてあると言っただろう。奴らにとって、人以外の種族は奴隷か、良くて愛玩動物なんだと」
「はあぁ⁉︎ 何だ、それ。最低だな!」
「後宮には男も女もいるらしいわよ。それぞれを嬲って楽しむために」
「マジか……。デンカもそうなのか……?」
脳筋で気の良い王子からは浮いた話は聞いたことがないので、違うと思いたかったが。
「奴隷制度もあるし、あんまり良い国ではないと思う。こんな国にトーマ兄さんを呼べないわ」
「あー……」
誰が言ったか覚えていないが、トーマ兄のことをヤンデレホイホイと呼んでいた奴がいたな、とぼんやり思い出す。
そっけない口調のくせ、面倒見が良くて、優しいお兄ちゃん体質の冬馬は粘着質な性格の連中にやたらと好かれていた。
大抵は伊達家の親族ガードで事なきを得ていたが、中にはストーカー予備軍もそれなりにいたように思う。
ナツとアキが丁寧に容赦なく、その執着心を粉砕して『説得』させていたが。
「ただでさえトーマは妙な連中に好かれやすい。転生してハイエルフになった今、面食いな好き者にも狙われやすくなっているだろう」
「あー……。俺たちに会いにホイホイこの国を訪ねてきたら、あっという間に奴隷かハーレムの一員にされそうだな、トーマ兄」
「冗談じゃないわ。そんなことになったら潰すわよ」
「ひぇ……」
愛妹の冷ややかな一言にヒュン、とする。
潰すってナニを? なんて聞けそうにない雰囲気だ。
「個人的には、発展性の少ない国の姿勢も気に入らない」
アキが吐き捨てるように言う。
どうやら、この世界の文化レベルの発展のためにと教えた知識をこの国は自分たちの特権のためだけに秘することにしたらしい。
紙の作り方を筆頭に、調味料や茶葉の存在、調理法など。
それらを国が独占するつもりなのだと知って、アキは呆れ果てている。
「知識を使って儲けたいと考えるのは、まあ普通だろう。だが、世界の発展をこの国は我欲で阻んでいる」
「衣食住のレベルアップは必須なのにね。特に食事!」
「そういや、調味料や茶葉とか色々売ったのに、街には全く流れてきてなかったな……」
ダンジョンのある街は物流が盛んだと聞いていたが、召喚された神殿での質素な食事と変わらなかったのは、そういうことか。
「王族や高位貴族の間でだけ出回っているんだろうな」
最悪だ。もともと俺たちを召喚したことにも腹は立っていたが、創造神のお告げによるものなので、直接怒りをぶつけることはしなかったが。
「あんまり国や神殿の中枢には近寄りたくないな」
「でしょう? だから、このまま魔族退治の旅に出たいなって」
「おお、いいな。それ」
もともと窮屈な生活は嫌いな方だ。
それに、せっかく異世界に転移したのだ。色んな場所を観光してみたい。
「ギルドを経由して神殿や王城に、たまに連絡を入れていけば良いだろう」
「ダンジョンの情報はもちろん、魔族に支配された砦やらの詳細も聞き出しているわ! ちゃんと働いていれば、向こうも文句は言ってこないでしょ」
「そうだな。こんな最低な国なら、俺たちが邪竜を封じた途端に背後から襲ってきそうだもんなー」
ははは、と笑いながら冗談を口にしたのだが、二人とも神妙な面持ちで笑わない。
「バカ兄でも思い至るくらい、あるあるなのよね……」
「そうだな。脳筋のハルでさえ気付いているんだ。敵は魔族だけじゃないと、気を引き締めておこう」
「マジかー……」
とは言え、ちゃんと知っておくことは大事だ。頭の良い妹と従弟が対抗策を考えてくれるだろう。
俺はせめて、トーマ兄に褒められた野性の勘を駆使して二人を守れば良いか。
「よし! じゃあ、さっさと下の階層へ進もうぜ。この上級ダンジョンをクリアすれば、もう神殿や国からの『小遣い』も必要ないくらい稼げるから、そのまま街を出よう!」
「そうだな。ここを踏破して、大手を振って街から出て行こう」
「ここから馬車で三日行った先の砦を魔族が占拠しているみたいだから、まずはそこを目指さない?」
「いいな。もちろん、王都と逆の方向なんだろ?」
ニヤリと笑みを交わし合い、転移扉に触れる。
居心地が良くても窮屈な鳥籠は好きになれない。伊達家の家訓は、自由なのだ。
「トーマ兄さんを助けるために、さっさと強くなるんだから……!」
ぎゅっと拳を握り込んで、誓いをあらたにする妹の夏希。
その後、当の従兄から『第一異世界人に遭遇!』と能天気なツーショットの画像を送られて、怒りと嫉妬に震えることになるのを、今はまだ知らない。
345
あなたにおすすめの小説
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい
あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。
誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。
それが私の最後の記憶。
※わかっている、これはご都合主義!
※設定はゆるんゆるん
※実在しない
※全五話
兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?
志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。
そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄?
え、なにをやってんの兄よ!?
…‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。
今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。
※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~
白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」
マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。
そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。
だが、この世には例外というものがある。
ストロング家の次女であるアールマティだ。
実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。
そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】
戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。
「仰せのままに」
父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。
「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」
脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。
アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃
ストロング領は大飢饉となっていた。
農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。
主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。
短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる