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80. 黄金竜を手懐けよう 2
しおりを挟む「興味深いな」
召喚魔法で取り寄せた日本の書物を、黄金竜のレイは気に入ったらしい。
雑誌や動物の写真集を興味深そうに捲っていたが、俺が何となく手渡した小説を真剣な表情で読み始めた。
現代日本の話やSF小説、歴史小説は読みにくいだろうと考えて、ファンタジー小説を手渡してみたのだが。
「面白い。続きはあるのか、トーマ」
「読むの早いな⁉︎」
「まぁ、竜だからな」
速読系のスキル持ちなのか、分厚い本格ファンタジーのシリーズをさくさくと読み進めていく。
「ちゃんと意味は分かるのか?」
「たまに分からない言葉ある」
「あー……じゃあ、辞典を貸そう」
召喚魔法画面からコンビニのオンライン販売をタップして、大人のための辞典を購入する。
三千ページ越えの立派な辞典だ。ポイントも一万越えの代物である。
マイホーム購入という、かなり大きな買い物をした後なのでポイントは痛かったが、この投資は大事だ。
「辞典とは何だ? 随分と分厚い、立派な本だな」
「これは分からない単語の意味を調べるための本。……もしかして、この世界には辞書や辞典はないのか?」
「人の世界のことは良く知らぬが、こんなに立派な本はないと思うぞ。まず、これほどに上質な紙がないだろう」
「そこからか……」
「羊皮紙を束ねた本なら、何度か見かけたことがある」
「なるほど。……アイツらにも不用意に漫画を読むのは注意させた方がいいのかな」
特にハル。読むのはもっぱら、人気の少年漫画だ。週刊誌とコミックスを楽しみにしており、手に入るとすぐにその場で読み始める程度にはハマっている。
アキも読書は好んでいたが、慎重なアイツならば自室でこっそり読んでいるに違いない。
「ハルは、なんなら友達に勧めていそうだよな……」
陽キャな従弟ならば、ありえそうで怖い。
小説ならば、まだ『勇者の世界の珍しく希少な本』で済むところだが、漫画は異世界ではどう見られることやら。
【全言語理解】スキルが稀少であることを、真剣に祈ってしまった。
日本産ファンタジーから、海外の有名な本格ファンタジー小説をレイはあっという間に読破する。
辞典は使い方を簡単に教えてやると、さっそく器用に使いこなし始めたので、驚いた。
「面白かったぞ、トーマ。他にもあるのか?」
「ああ、待て。ステイ。目ぼしい手持ちの本はそれぐらいだ。……いっそ、ライトノベルにも挑戦してみるか?」
少しばかり突飛な内容が多いラノベなので、一抹の不安はあるが。
レイは新しい本が読めると知ると、嬉しそうに正座待機している。
あのお座り待機中の大型犬っぽい、期待の眼差しには抗えない。
「……仕方ないな。ほら、ここらへんがおススメのファンタジー小説だ。さっきまで読んでいた本よりは読みやすいと思う」
「問題ない。楽しみだ」
文庫サイズのラノベは全二十巻越え。
さすがに、これは時間が掛かるだろう。
レイはさっそく一巻を手に、ビーズクッションに埋もれに行った。
すっかりクッションを取られてしまったコテツが拗ねていたので、お気に入りのブランケットを出してやる。
「良い子だな。ここでレイを見張っていてくれ。その間、夕飯作っておくから」
「ニャッ」
「ん。賢いな、コテツは」
耳の裏を掻いてやると、くるると喉が鳴る。うちの子、可愛い上に賢いなんて、天才すぎない?
見張りをお願いされたコテツは張り切ってブランケットの上に香箱座り。じっと豪奢な金髪のドラゴンを見詰めている。
「さて、この間に夕食作りっと。昼からバーベキューにステーキまで食っていたけど、まだまだ食いそうだよな、レイ」
まぁ、あの巨体の持ち主なのだ。
食う量も規格外だろう。
幸い、ダンジョンで手に入れた肉は【アイテムボックス】に大量に眠っている。
(ドラゴンをテイムは無理でも、胃袋を掴むのは出来そうだ。風呂も本も気に入ったようだし、この調子でもっと仲良くなろう)
友人になれば、一緒にパーティを組んでダンジョンに潜ることもあるだろう。
何なら、正体を隠してこっそり冒険者になるのも楽しそうだ。
美味しい食事を堪能するには、稼がなければならない。そこを理解させれば、案外簡単に誘いに乗ってくれるのでは?
(冒険者活動中にウッカリ魔族の集落を殲滅したり、ラスボスのいるダンジョンで中ボスくらいまでを一緒に倒してしまうことも、ないとは限らないよな?)
邪竜が棲む特級ダンジョンとやらは、きっと大勢の魔族や力の強い魔物が守っているのだろう。
勇者たちが最下層に辿り着くまでに、疲弊しきったら意味がない。
(アイツらがダンジョンアタックするのと同時に、俺たちもダンジョンに稼ぎに行けば、露払いするくらいは出来るんじゃないか?)
飽くまで、稼ぎが目当ての冒険者として動くだけなので、神獣の掟か何かには背いていないはず。
うん、降り掛かってきた火の粉を払うのはしょうがないよね? 正当防衛だよね?
生き物の本能なんだし、仕方ない!
黄金竜のレイが思った以上に人懐こくて素直だったので、つい思い付いてしまった、拙い計画だった。
「俺は餌だし、アイツらの保護者だし。ちゃんと元の世界に帰してやらないといけないからな。何だってやってやるさ」
ハイエルフとは言え、単なる勇者の巻き添えに邪竜を封じる力はない。
だが、縁の下の力持ちとしてはそこそこ使えるとこれでも自負しているのだ。
(だから、俺は黄金竜を全力で手懐けてみせる……!)
欲を言えば、折角の第一異世界人、もとい竜。ご飯イベントにお風呂イベントまでこなしてしまった相手の性別が違っていたら、もっとやる気が出たのだが。
(そりゃ、とんでもない美人だけどな? 男だからな……)
美人で強いドラゴン娘とか、最高だったのに。まぁ、イケメンで強いドラゴンのお兄さんも性格は天然系で可愛いけどさ。
ため息を吐きながらも、慣れた手付きで料理をする。
コテツや精霊が手伝ってくれている畑の世話は順調なので、野菜や果物はたくさん収穫できた。ダンジョンでドロップした魔獣肉の在庫も三桁はある。
「よし、ドラゴンの腹を満足させてやる肉料理を作るぞ……!」
◆◇◆
「飯が出来たぞー! 全身を浄化して席に着けよ」
「おあーん!」
「そうそう、ご飯だ。コテツは偉いな」
得意の生活魔法で全身を浄化したコテツが我先にとイスに飛び乗る。
普通のイスだとテーブルに届かないので、コテツ専用のベビーチェアを用意してあった。
「おい、レイ。本は逃げないから、後にしろよ。せっかくの食事が冷めるぞ」
「……む。すまない、つい熱中してしまった」
ソファクッションから起き上がると、レイは読みかけの文庫本にそっと栞を挟んでテーブルに寄って来た。
「待て。ちゃんと手を綺麗にしろ」
「手?」
不思議そうに己の両手を見下ろすレイ。
長くて綺麗な指先には尖った物騒な爪がある。危ないから、後で切ってやろうと考えながら、教育的指導。
「食事の前には手洗い必須! ……って、もしかしてドラゴンは生活魔法が使えないのか?」
「なんだ、それは。手を洗うなら、水を出せば良いのか?」
「あー…分かった。浄化は俺がやってやる。じっとしてろ」
「……ふむ。光魔法で汚れを落とすのか。なるほど、分かった」
生活魔法をすっ飛ばして、光魔法になったが、綺麗になるなら文句はない。
二人と一匹で四人用のテーブルを囲み、楽しいディナータイムの始まりだ。
肉が好物のドラゴンのため、メインは当然肉料理である。
ローストビーフならぬ、ローストディアを焼き上げて、新鮮な野菜をたっぷり挟んだサンドイッチが主食だ。
レタスとトマトと玉ねぎのスライス。グレイビーソースは会心の出来栄えで自信があった。
マヨネーズが好きなコテツのために、レタスの間にマヨネーズを少しだけ塗ってある。
「これはな、こうやって手掴みで食うんだ。がぶっと勢いよく。……んっ、うま!」
「ほう。やってみよう」
大きく開かれた口の端から、鋭い牙が見える。がぶり、と具材をたっぷり挟んだサンドイッチに食らいつき、ゆっくりと咀嚼する。
レイはぱっと顔を輝かせた。
「美味い! 薄く切った肉など物足りないと思ったが、葉と一緒に食うと美味いな。このソースとやらも肉に良く合っている」
「結構イケるだろ? 他のサンドイッチも食ってみてよ。色んな種類の肉を使っているから」
「おお! それは楽しみだ」
作り置きの肉料理をアレンジしたサンドイッチはテーブルいっぱいに山積みしてある。
両手にサンドイッチを持ち、幸せそうに交互に齧るドラゴンを、俺は笑顔で見守った。
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