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84. ミノタウロス肉にハマりました
しおりを挟むブラックブル肉が牛系モンスターでは一番旨いと思っていた時期もありました。
だが、下層で狩れる上位種の魔物は強さと比例するかのように、その肉は旨くなった。
つまり、現在俺たちは。
「ミノタウロス肉うめぇ!」
「ニャー!」
「うむ、旨い」
すっかりミノタウロス肉にハマっていた。
食用可の魔物肉は煮ても焼いても揚げても旨いが、ミノタウロスは生肉がまた格別なのだ。
タルタルステーキでその美味さに気付いてからは、色々な調理法を試しては舌鼓を打っている。
ローストビーフを山ほど作って食べたのも最高に美味しかった。
土鍋でたっぷり炊いた白飯がローストビーフ丼にすると、秒で消えた。
余ったらサンドイッチにしような、と笑顔で作り上げたのだが、余るはずはなかった。
おかげで翌朝のサンドイッチのために、再びローストビーフを作る羽目に陥ったことは記憶に新しい。
ローストビーフのサンドイッチは、コンビニのバゲットを使い、バターとマスタードを塗り込んでレタスとトマトとオニオンスライスもサンドした。
もちろん、ローストビーフもたっぷり挟んで、コテツの大好きなマヨネーズも追加して。
使った野菜はコテツと一緒に畑で育てた新鮮オーガニック野菜だ。
シャキシャキとした歯触りと濃厚な野菜の味はサンドイッチをひと段落上のご馳走へと押し上げてくれた。
綺麗な赤身のローストビーフは柔らかく、旨味がぎゅっと濃縮されている。
肉、うめぇ! としか叫べなくなるほどの美味しさに震えたものだった。
今夜のミノタウロス料理はユッケと牛刺しにしてみた。
タルタルステーキとはまた違ったユッケの味わいに、猫の妖精のコテツも黄金竜のレイもご満悦の様子。
「このユッケという肉料理は白米と合うな。いくらでも食えそうだ」
「美味いだろ? 日本で食っていたユッケより、ミノ肉ユッケの方が断然良いな。これはビールが欲しくなる」
「む。酒か? 酒なら私も欲しい」
「ドラゴンってやっぱり酒好きなんだな」
日本の神話のせいで、竜はすっかり飲兵衛なイメージがある。
西洋のドラゴンも酒を飲むとは知らなかったが、この極上のユッケを前にアルコールを我慢するのはキツい。
召喚魔法でコンビニショップを開き、缶ビールをいくつか注文する。
コンビニで購入した品は、弁当やホットスナックなら温かいままで。飲料品は冷えた状態で【アイテムボックス】に届くので、とても嬉しい。
慣れた手付きでプルタブを開けるレイ。
すっかり日本の飲食物に慣れきっている。
「トーマ、乾杯しよう。我らの糧となったミノタウロスに」
「わりとえげつないこと言うね、レイ。まぁ、良いけどさ。……乾杯」
「ニャッ」
コテツには蜂蜜入りのホットミルクを出してやる。肉料理と合うかどうかは微妙なところだけど、本猫が気にしていないので良しとする。
(その内、またたび酒とか買ってやろうかな。成猫になったら)
妖精も蜂蜜酒を喜んで舐めていたので、アルコールも大丈夫なはず。
今はまだ甘いミルクを大喜びで舐めている可愛い子猫なので、しばらくはこのままで。
「む。こちらのサシミも美味いな? 普段食っているのと同じ、生肉なのにこれほど違うのは何故だ?」
「なんだろ。血抜きの有無とか、部位の違いとか? まぁ、薬味とタレの力が一番だろうけど……」
綺麗な赤身の薄切り肉を箸で摘み、ワサビ醤油で食べてみる。
蕩けるような食感に、自然と頬が綻んだ。口の中に残る幸せな後味を冷えたビールでいったん流し込む。
薬味は色々と用意してある。
白髪葱に大葉、ニンニク。オニオンスライスと生姜。タレも醤油とおろし大根、ポン酢と取り揃えてある。
ちなみにマヨラーなコテツにはマヨネーズ醤油を所望された。合うのか、それ?
試す勇気はさすがになかった。
「うむ。どの味もそれぞれ違っていて面白いな。もうこのタレなしで生肉を食うのが辛くなりそうだ」
「心配しないでも、土産にいくつか渡してやるよ」
「それはありがたい」
レイが笑顔で缶ビールを傾ける。
その髪は、今は短髪になっていた。人型に変化した際には創造神を真似ていたせいか、腰までの長髪姿だったが、今は日常生活を送るのに邪魔だと気付き、短くしているのだ。
この長さだと結えなくとも良いし、風呂も楽だと上機嫌に笑っていた。
服装も俺の私服を真似ているので、もっぱら室内では楽なスウェット姿だ。
イケメンはジャージやだらしない下着姿でも無駄に似合っているので、微妙にイラッとしたが。
「肉刺しに飽きたら、ちょっと炙っても美味いぞ? コテツのマヨネーズ醤油には炙った方が合うかもな」
「ふにゃーん?」
「ん、食ってみたいって? ちょっと待ってな。ほら」
慎重に火魔法で肉の表面を炙る。
脂が浮いて、良い匂いがしてきたところで、コテツに手渡してやった。
「熱いから気を付けろよ」
「ニャア」
「俺も食おう。レイも試してみるか? あ、イヤ待て。お前の火力でやられると家が燃えるから俺がする。ステイ、待て、良い子だから!」
張り切ってブレスを吐こうとする物騒な黄金竜をどうにか押さえ込んで、炙った肉を提供した。
肉刺しも炙りも、どちらも気に入ってくれたようで、コテツとレイからは何度もお代わりを頼まれた。
調子に乗って、チーズやマヨネーズを載せて炙ってみたりとアレンジを楽しんでしまったが、どれも美味しかったので後悔はない。
新鮮なウニが手に入ったら、是非とも肉寿司に載せて食べたいので、ダンジョンアタックが落ち着いたら、海を目指すのも良いかもしれない。
◆◇◆
すっかりミノタウロス肉にハマった二人と一匹は、ダンジョンで周回してひたすらミノタウロスを狩っている。
だってお肉美味しいもん、仕方ない。
黄金竜レイのおかげでドロップ運もカンストしているらしく、宝箱は毎回手に入った。
ポイントもあっという間に三千万ほど貯まってしまった。
レベルも着々と上がっている。
ドラゴンの恩恵は凄まじい。
たくさん稼いでくれているので、帰宅するとご馳走三昧でもてなしている。
肉料理をメインに、グルメ漫画を読んで興味を持った麺料理にコンビニスイーツ。
ビールにワインに日本酒、ウイスキーにブランデーも嗜むグルメなドラゴンをせっせと餌付けした。
おかげで今ではすっかり家猫のように、ソファクッションに丸くなっている。
「アイスが食べたい、トーマ」
「はいはい。ソファが汚れるから、ちゃんと起き上がって食えよ?」
すっかり日本の食に詳しくなったレイは、アイスの銘柄まで指定するようになった。
バニラ味のカップアイスを瞳を細めて食べている。傍らに座ったコテツにねだられて、スプーンで食わせてやる姿ももう見慣れてしまった。
図鑑や辞典類をひとしきり読破してからは、レイはのんびりと読書を楽しんでいる。
最近では娯楽小説や漫画を気に入って、じっくりと読むようになったのだ。
速読ではもったいないと気付いたらしい。
異世界の文化に興味があるようで、ファンタジーから現代物、時代小説まで手を広げていた。
「面白いのか、それ?」
「とても興味深い。人の営みとは様々なのだな。創造神さまの気持ちが少し分かった気がする」
「……創造神の気持ちって?」
「小さき者たちを慈しむ心だ。なぜ、創造神さまがあれほどに破壊神さまの行いに胸を痛めていたのか、私はきちんと理解していなかった」
手にした文庫本を閉じて、レイが瞳を細める。読んでいたのは、学園モノの小説だ。
そっと長い指先で表紙を撫でている。
「破壊されても、また創り直せば良い。その能力が創造神さまにはあるのだから。そう不思議に思っていたのだ。だが、今ある命が失われ、国が更地になると、復興するまでに長い時を必要とする」
「そうだろうな。魔族だっけ? ソイツらが何を考えているか分からないけど、神を都合よく使えるなんて思い込んでいるなら大バカだよな。破壊の神が、自分たちだけは残してくれるなんて本気で考えてるのかね?」
あまねく破壊し尽くす衝動に襲われている神なのだ。まとめて滅ぼすに決まっている。
「そうだろうな。それを理解できないから、戦を起こしているのだろう」
「レイが意見を変えたのはどうして?」
「異世界の本を読んで、その文化に想いを馳せた。この世界は未熟だ。それでも、少しずつ育ってきているのに、ここで破壊されたら、いつまで経っても美味い飯が食えん」
「ふっ、飯かよ」
「それに、私は本が読みたい。ずっと惰性で生きていたが、最近はすっかり退屈知らずなのだ。お前のおかげだな」
「それはどうも。この世界にも面白い本が書かれるようになれば良いな」
「ああ。そのためには人の世を守らねば」
物欲かよ、とは茶化さなかった。
どんな動機であれ、最強の神獣がこの世界のことで心を砕いてくれるのならば、ありがたい。
直接、人の側に手を貸すことは出来ないが、抜け道はいくらでもある。
「……アイスのおかわり、いる?」
「いただこう。次はチョコ味がいい」
そのためには、しっかり餌付けをしないとな、と今日も召喚魔法に勤しんだ。
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