召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽

文字の大きさ
100 / 203

99. 露店で稼ごう 1

しおりを挟む

 夕食を屋台で済ませ、シェラを冒険者ギルドまで送ってやった。
 明日は朝から市場で露店販売の仕事だ。
 ギルドで待ち合わせをする約束をして解散する。
 小綺麗になったシェラだが、貸してやった指輪の魔道具の【認識阻害】の効果のおかげか、誰も彼女に注目する者はいなかった。

「これなら大丈夫かな」

 ギルドの宿泊所は女性だけの四人部屋だし、をする連中はギルド会員資格を没収されるらしいので、安全だろう。

「さて、帰ったら明日の売り物の準備をしないとな」
「なぁぁん?」

 肩に座ったコテツがご飯を売らないのか、と聞いてくる。
 楽しみにしていた屋台飯の味に、よほど落胆したのだろう。

「俺に屋台をしろって? まぁ、日本の調味料を使えば、あっという間に人気屋台になる自信はあるけど、めんどくさい」
「うにゃあ」
「シェラに手伝わせれば良いって? うーん、それならまぁ?」

 俺の【アイテムボックス】には大森林とダンジョンで手に入れた魔獣肉がしこたま眠っている。
 すっかり口が肥えてしまい、今ではダンジョン産の上級魔獣肉ばかり食べているので、ボア肉や鹿ディア肉の在庫は手付かず。
 収納リストをそっと確認してみたが、どれも三桁近い在庫となっていた。

「屋台をやるにしても準備が必要だから、しばらくは雑貨販売だな」
「んんー」

 コテツは不満そうだが、生活雑貨用の刃物を売るのは楽で良い。
 百円ショップで仕入れた品を百倍近い値段で売る、悪徳転売屋だが、一応この世界では犯罪行為ではないのでセーフ。
 
「せっかく街に来たんだし、売る商品を増やしてみるか」
「んなっ」
「だから、食品は売らないってば」

 部屋を押さえておいた宿に戻ると、おかえりなさいと笑顔で出迎えられた。
 
「後で部屋に湯をお持ちしますね」
「ああ、ありがとう」

 風呂はないが、湯のサービスはある。
 タライに張った湯はありがたく受け取り、せっかくなので顔を洗った。
 浄化魔法クリーンの方が汚れは落ちるが、洗顔は気分がスッキリする。
 タライは廊下に出しておけば回収してくれるとのことだったので、その通りにした。

「さて、後は明日の準備をして眠るだけだが……」

 部屋の中をあらためて見渡して、ため息を吐いた。
 街では上級宿に入るらしいが、清潔さと快適さに慣れた現代日本人にはなかなか厳しい部屋だった。
 ゴミは落ちていないが、埃が気になる。
 十畳ほどの広さの部屋は奥にベッド、サイドテーブル、手前に箪笥。小さいながらも机とイスが置かれていた。
 床は当然フローリング。絨毯なし。部屋に入ってすぐの足元にだけ蔦で編んだような敷物が置かれていた。

「玄関マットの代わりか? 土足文化だもんな。ここで靴の汚れを落とすのか」

 納得はしたが、不潔なのは嫌すぎるので、部屋中に浄化魔法クリーンを使うことにした。

「うん、よし。とりあえず汚れは気にならなくなった。後はベッドだな……」

 従弟たちから聞いて覚悟はしていたが、実物を目にするとため息しか出ない。
 木製の寝台は頑丈そうだったが、快適さとは無縁そう。
 マットの代わりに藁が敷き詰められており、その上に毛皮が何枚か重ねられていた。
 見栄えを良くするために、その毛皮の上にパッチワークされたベッドカバーが被せられている。

「高級宿でこれなら、シェラが言っていた新人冒険者御用達の宿のベッドはどんな……」

 想像がつかない。
 というか、したくない。
 一応、ベッドカバーごしに触って確認してみたけれど、柔らかさや弾力は感じず、安眠とは無縁そうだった。

「うん、無理。と言うか、虫が怖いし、とっとと片付けよう」

 申し訳ないが、宿のベッドは【アイテムボックス】に収納して、俺は日本製の快適ベッドを使わせてもらおう。
 愛用のダブルサイズベッドを部屋に設置すると、待ってましたとばかりにコテツが飛び乗って丸くなった。
 かわいい。アンモニャイト状態で眠る、ふんわり毛皮に顔を埋めたい衝動をどうにか抑えて、明日の準備をすることにした。


◆◇◆


 宿の朝食はパンと野菜スープ、燻製肉のステーキと目玉焼きだった。
 食堂ではなく、部屋に運んで貰って正解だったと、しみじみ思う。
 パンは少し固めでパサパサしているハード系で、麦の香りがかなり強い。
 燻製肉ステーキは端を少し切って口にしてみたが、塩味が効いており、まぁまぁ美味しかった。
 野菜スープは相変わらず、薄めの塩味なので、コンソメスープの素を追加して飲むことにする。

「コテツ、食うか?」
「んにゃ」

 ふいっと顔を背けられてしまった。
 不味くはないが、旨くない。微妙なラインの朝食。もったいないので、シェラにあげることにしよう。
 パンを半分に切り、バターを塗る。その上に【アイテムボックス】から取り出したレタスを挟み、燻製肉のステーキ、目玉焼きを重ねていく。

「照り焼きソースより、マヨネーズかな」

 ほんの少しマヨネーズを載せて半分に切っておいたパンを重ねて即席のサンドイッチが完成した。
 百円ショップで買っておいたクッキングペーパーで包んでおけば、片手でも食べやすいだろう。

「ごあーん」
「はいはい、俺らの朝食も用意するから」

 宿の食事は拒否したが、美味しいご飯は食べたいのだと、ねだるコテツのために朝食を用意する。
 ここしばらく、パン食が続いたので、今朝はお米が食べたい。
 土鍋で炊いておいた白飯を丼によそい、作り置きしておいた、オーク肉料理を載せてみる。
 オークの塊肉をブロック状に切り、コロコロステーキ風にしたものを甘辛いタレで照り焼きにした自慢の一品だ。
 卵の黄身を割り入れて、ネギと七味とゴマを散らし、マヨネーズを格子状にふりかけたら完成。

「んにゃあー!」
「ん、どうぞ」

 かふかふと凄い勢いでコテツがかぶりつく。気に入ってくれたようで嬉しい。
 箸の先端をつぷりと黄身に突き刺して、肉と絡めて食べると最高に美味しかった。
 食後のお茶を堪能すると、約束の時間にちょうど良い頃合いだ。

 食後の散歩気分で冒険者ギルドまで歩き、シェラと合流する。

「おはようございます、トーマさん! コテツくん!」
「おはよう、シェラ」
「にゃあ」

 市場が始まるのは、街の中央にある塔の鐘が二度鳴ってから。
 一の鐘は早朝六時、二の鐘は九時頃に鳴らされる。三の鐘が正午、四の鐘が午後六時。
 一日に四度の鐘の音を目安に、街の人々は生活しているのだ。
 時計は希少で高価な魔道具なため、街長しか所有していないらしい。
 冒険者ギルドは一の鐘の頃、午前六時から仕事始めらしく、勤勉さに感心してしまった。
 露店市場は九時からなのでありがたい。
 張り切ったシェラが先を歩き、市場まで案内してくれる。

「商業ギルドで割り当てられた場所は、あそこだな」

 蔦で編まれた縄で区切られ、番号が割り当てられていた。
 少し早めに訪れたため、まだ周りには誰もいない。

「新参者はあまり良い場所が割り当てられないんですよね……」
「そうだろうな。まぁ、初日だし。のんびりやろう」

 市場の隅っこに追いやられたようだが、かえって気楽だ。
 
「じゃあ、店の準備をするか」
「はい! お手伝いしますっ!」

 張り切るシェラだが、ちょろちょろ動かれると邪魔なので、宿の朝食をアレンジしたサンドイッチを手渡しておく。

「とりあえず、シェラは先に腹ごしらえ! 食っている間にこっちで準備しておくから」
「うー……分かりました。明日からは手伝わせてくださいね?」

 不満そうに唇を尖らせながら、出してやった木製のベンチタイプのイスに座るシェラ。
 クッキングペーパーの包み紙を剥がし、サンドイッチにぱくりと齧り付いている。

「…っ、美味しいですっ! お肉と卵が入っていてとっても贅沢……」

 うっとりと咀嚼するシェラを隣に座ったコテツが呆れたように横目で見ている。ちょっと可哀想な子を見る目だ。

「んんっ? 何だか、初めての味が……おい、美味しいッ⁉︎   何ですか、このソース!」

 やはり子供はマヨネーズが好き。
 喉を詰まらせないように、さりげなく水入りの皮袋を手渡してやる。
 感動に震える少女を放置して、黙々と露店の準備をした。
 テーブルを取り出し、敷布で飾り、商品を並べていく。
 獣人たちの集落でも大人気だった、刃物シリーズはイチオシなので目立つ場所に。
 折り畳み式の髭剃りナイフ、爪研ぎに裁縫用のハサミと採取用の剪定ハサミ。
 あとは試しに百円ショップで購入した蓋付きのガラス瓶を三つほど。

「それと、様子見としてこれも出してみるか」

 宿や食堂では木製の皿が使われていたが、昨日、街を散策中に高級品を扱う店で陶器のカップを目にしたのだ。
 ゴブレットのような形の陶器とティーカップらしき陶器。ゴブレットは備前焼に似た色合いで、少し無骨な形をしていた。
 ティーカップはベージュの地に絵付けされた物で、一客で金貨二枚の値が付けられていた。

「あんまり綺麗な品だと騒がれそうだから、シンプルな小鉢をひとつ」

 薄緑色の陶器の小鉢を置いてみる。
 百円の品だが、高見えする商品だと思う。

「まぁ、売れるとは思わないけど、とりあえず金貨一枚の値札を付けてっと」

 髭剃りやハサミは集落と同じ、ひとつ銀貨一枚の値段にした。この方がシェラも計算がしやすいはず。
 食事を終えたシェラがおずおずと寄ってきた。我に返って騒いだことが恥ずかしくなったのだろう。
 値段と簡単な接客の仕方を教えて、ベンチに並んで座った。
 いつの間にか、周囲が賑やかだ。
 地面に直接敷き布を広げている者、木箱を並べてその上に商品を並べる者、様々だった。
 売り物も雑貨が多いが、中身は多彩だ。
 木製の皿やカップ、蔦で編んだカゴや手作りのアクセサリー。
 異国情緒たっぷりで、なかなか楽しそうだと感心する。

「ん、二の鐘の音か」

 市場の始まりの時間だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい

あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。 誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。 それが私の最後の記憶。 ※わかっている、これはご都合主義! ※設定はゆるんゆるん ※実在しない ※全五話

兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?

志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。 そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄? え、なにをやってんの兄よ!? …‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。 今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。 ※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~

白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」 マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。 そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。 だが、この世には例外というものがある。 ストロング家の次女であるアールマティだ。 実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。 そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】 戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。 「仰せのままに」 父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。 「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」 脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。 アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃 ストロング領は大飢饉となっていた。 農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。 主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。 短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。

処理中です...