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101. ローストディアとオニオンスープ
しおりを挟む血と泥でドロドロに汚れていたシェラには【浄化魔法】を全力で放ち、綺麗にしてやった。
幸い、すべて魔獣の血で本人は無傷だったのでホッとしたが。
森の中での調理のため、シェラとコテツには周囲の警戒を頼んでいた。
荷物どころか、武器さえ失っていたシェラには、弓を貸してやった。ダンジョンで手に入れた魔道武器だ。
レアドロップアイテムらしく、使い勝手は良かったようで。
「この弓、本当にすごいです! 魔力を込めるだけで風魔法の矢を放てるなんて! しかも狙った獲物に確実に当たるんですよ? こんなにたくさん仕留めることが出来たの、初めてですっ!」
薔薇色に頬を上気させた銀髪の少女が、仕留めた獲物を笑顔で見せつけてくる。
ホーンラビットが四匹、雉が二羽。大物は引き摺って運んできたコッコ鳥だ。
「この短時間で随分狩れたな?」
「はい! コテツくんが獲物を見つけてくれたんですっ!」
「ニャッ」
ドヤ顔の猫の頭をシェラが笑顔で撫でている。満更でもなさそうな表情。
妹分のシェラのために、精霊魔法でフォローしてやったのだろう。
「そうか。ふたりとも頑張ったな。とりあえず獲物は収納しておくぞ」
「お願いします!」
「食事は宿に帰ってから──」
「今すぐここで食べたいですっ!」
「にゃー!」
腹が空いたのだと訴えてくる欠食児童×2の勢いに負けて、森の中でのランチとなった。
◆◇◆
ローストした鹿肉をカットしていく。
綺麗な赤身肉を目にして、シェラは目を輝かせた。
この様子なら、たくさん食べそうだなと考えて、少し多めに皿に盛り付けてやる。
大皿にはサニーレタスを敷き詰めて、ローストディアを盛り付けたので色鮮やかだ。
ポテトサラダとミニトマトを飾りつけると、見栄えも良い。
オニオンスープとガーリックトーストも忘れずにテーブルに並べた。
「じゃあ、食べようか」
「はいっ!」
シェラは迷うことなく、フォークをローストディアに突き刺した。
たっぷりソースをまぶした鹿肉をあむ、と口に含んで、シェラはうっとりと瞳を閉じて味わっている。
ゆっくりと噛み締めながら、頬に手を当てて堪能しているようだ。
「なんて、美味しいお肉なんでしょう……」
ほうっとため息を吐いた少女は、すぐに次の肉に手を伸ばした。
野菜やスープ、パンには目もくれず、ひたすらローストディアを味わっている。
「柔らかくて、でもちゃんと濃いお肉の味がして。このソースも素晴らしいです。お肉に負けない味なのに、お肉を引き立てていて……素晴らしいです。お肉美味しい……」
涙目で肉を食べるシェラからそっと視線を逸らした。
肉が好きなんだな、で軽く流せそうにない空気だった。
コテツもシェラに背を向けて、黙々とローストディアを食べている。
ちゃんとサラダとスープにも手を付けている、うちの子は偉いと思う。
「ああ……っ、もう食べ尽くしてしまいました……お肉……」
すん、と鼻を鳴らしながら嘆くシェラ。
ちらりと横目で確かめた彼女の皿の上にはサラダが手付かずで残っている。
もちろん、スープやパンもそのままだ。
「シェラ。おかわりが欲しいなら、サラダもちゃんと食え。オニオンスープとガーリックトーストも残さずに」
じろりと睨みつけると、慌てて頷いた。
スープボウルと両手で持ち上げて、口を付けたシェラはそのまま一息で飲み干した。
「ぷはっ! えっ、このスープも美味しい! 野菜のスープなのに?」
「じっくり煮込んだから、美味いだろ。コンソメスープはチキンと野菜で出汁を取っているから、シェラの口にも合ったんだと思うぞ?」
サニーレタスはおそるおそる口にしたが、シャキシャキと噛み締めて飲み込んだ後、苦くない……と何やら感動していた。
あれは日本産の種から育てたサニーレタスだ。癖のない食べやすい味に驚いているようだった。
(こっちの世界のレタスは苦いのか?)
そういえば、宿の食事にも生野菜を使ったサラダはあまり見かけなかったか。
シェラはレタスで自信がついたのか、ポテトサラダには積極的にフォークを伸ばした。
マヨネーズをたっぷり使ったポテトサラダは予想通り、彼女の口に合ったようだ。
「美味しいですっ! 初めて食べました、こんな夢のような舌触りの料理! えっ、野菜? これも野菜なんです?? 私が知っている野菜と全然違う……」
「何でだろうなぁ? 使っている調味料のせいかもな? ほら、いいからガーリックトーストも食え。それ食ったら、おかわりの肉を追加してやるから」
「はひっ! んっ? んむむっ、これもっおいひいでふっ!」
「分かったから、飲み込んでから話せ」
「んんっ!」
ガーリックバターを塗りこんでカリカリに焼き上げたトースト。
スープと一緒に堪能すると、より美味しい。ローストディアをトーストにのっけて噛み締めると更に美味しかった。
リスのような勢いでトーストを齧って食べきったシェラが上目遣いでこちらを見つめてくる。
とびきりの美少女のおねだりに、だが、俺は動じない。
ため息まじりに、ハンカチを差し出した。
「口許。パン屑がついてるぞ。ああ、そっちじゃない。こっち」
結局、ハンカチで拭いてやることになった。小さな従弟たちの面倒を見てやっていたことを思い出しながら、シェラの顔を綺麗にしてやる。
「すみません……あんまり美味しくって、つい我慢できずに……」
さすがに羞恥を覚えたらしく、シェラは首を竦めて項垂れている。
「別に気にしていない。それだけ俺の料理を気に入ってくれたんだとしたら、こっちも嬉しいしな。ほら、お待ちかねのローストディアだ」
「おにく!」
ぱっと顔を上げて、大喜びで皿を受け取るシェラ。
ローストディア、大量に作っておいて良かったとしみじみ思う。
ほっそりとした、どちらかと言えば痩せぎすな少女だが、二人前はぺろりと食べる健啖家だ。
今度はローストディアだけでなく、ちゃんと野菜やスープ、パンも口にしながら幸せそうに食べている。
あんまり美味しそうに食べるものだから、こちらも釣られてたくさん食べてしまった。
誰かと一緒に食べる食事は、やはりいつもより美味しく感じる。
「美味しかったです!」
あれからもう一度、ローストディアをおかわりしたシェラはようやく満たされたようで、フォークを置いた。
「いっぱい食ったな」
「お恥ずかしいです……。あの、実は私が住んでいた集落では、お肉は滅多に食べられなくて」
「森から離れていた場所だったのか?」
シェラは珍しく顔を顰めながら、首を振った。
「いえ。森の中にある集落でした。しかも、大森林の中に」
「大森林の中? だったら、肉には困らなそうだけど……」
浅い場所だとしても、大森林には魔獣が溢れている。
ホーンラビットやディア、ボア、ウルフ系の魔獣が群れているはずだった。
「肉食を嫌う一族の集落だったので、主食は木の実や果実だったんです。肉を食べるのは不浄だと、忌み嫌われていて……」
「はぁ? いや、種族的な体質なら仕方ないかもだけど、でもシェラは肉が好きだよな?」
首を傾げながら尋ねてみると、少女はアクアマリンのような瞳に自嘲的な彩を載せて、小さく笑った。
「集落での私は純血じゃなくて、種族の特徴もほとんどない出来損ないだったんです。力も弱くて、そのくせ、いつもお腹を空かせて……」
「シェラは獣人の血を引いていたのか。混じった血の種族は分かっているのか?」
「分かりません。両親は種族の徴もちゃんとありました。長老が言うには、先祖がえりじゃないかって。昔、何かの血が混じっていて、それが私にあらわれたんじゃないかと」
「そうか……」
気の毒な話だ。
草食の獣人の中で、ただ一人、違う血の混じった子供。
肉を欲しがる彼女は、集落では異端だったのだろう。
「いつもお腹を空かせていて、でも、私は風魔法も弱くて、めったに獲物を狩ることもできなくて。たまに弱った小動物を捕まえることが出来た時は幸せでした」
お腹が空いて空いて、どうしようもなくて、シェラは一年ほど前に集落から逃げ出したのだと言う。
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