召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽

文字の大きさ
106 / 203

105. シェラフィール

しおりを挟む

 その集落は十の家族が集まった、小さな群れだった。鳥の人──希少な有翼人の集まりで、羽の色は様々。
 中でもシェラフィールの家族は鮮やかな青や赤の立派な翼を持つ一族で、その羽の色を大層自慢に思っていた。
 だから、末の娘が真っ白に生まれ落ちた時には驚いたし、落胆したらしい。
 白い固体は弱くて、すぐに死ぬ。
 集落ではそう言い伝えられていたからだ。
 実際、シェラフィールは未熟な固体だった。有翼人にとって何より大切な翼は大きく育つことなく、満足に飛ぶことが出来なかったのだ。

 有翼人は皆、風魔法が得意だ。
 背を飾る大きな翼だけで人の身体で飛ぶことは不可能。
 風魔法を駆使して、空を飛んでいる。
 シェラフィールも風魔法の資質はあったが、いかんせん魔力が少なく、身ひとつを浮かせることも難しかった。
 集落から逃げ出した後で知ったのだが、少女は栄養が足りず、発育不良の状態で。
 そんな肉体では魔力を充分に練ることが出来なかったのだ。


 森の外へ逃げ出して、初めてお腹いっぱいの肉料理を食べた時の感動を忘れることはないだろう。
 満たされるとは、このことかと実感した。
 固くて不味いと評判の安価なウルフ肉だったが、シェラフィールにとっては信じられないくらいに美味しい食事だった。
 涙を流しながら、貪るようにウルフ肉を咀嚼する少女に同情した屋台の主が、たまに売れ残りを譲ってくれたおかげで、どうにか彼女は生き延びることが出来たのだ。
 あの時の屋台の主には感謝しかない。

 
 お腹がいっぱいになると、風魔法を上手に操れるようになった。
 とは言え、未成熟な肉体はすぐに疲労を覚えるため、これまではほんの少ししか使えずにいた。
 空を飛ぶなんて、とんでもない。
 ただ、高所から飛び降りる際には重宝した。ローブに隠した翼をはばたかせ、ちょっとだけ身を浮かせる。それだけでも充分だ。
 ソロの冒険者となったシェラフィールは木の上から弓を使って獣や魔獣を狩るため、威力は弱いが、風魔法はとても役に立った。
 だから、ちょっとだけ慢心してしまったのかもしれない。

 森の奥での採取と狩猟で、手っ取り早く稼ごうと思った。
 冒険者ギルドの宿泊場所は安価で過ごしやすかったが、四人部屋。
 いつか、背中の翼を見られてしまわないかと、不安でしかたなかった。
 たくさん稼いで、ちゃんとした宿に泊まりたい。小さな家を借りるのでも良い。
 普段は隠せているけれど、気が抜けたり油断すると、翼は姿を現してしまうので。

 有翼人であること自体はバレても構わない。珍しくはあるが、全く存在しないわけでもないのだ。
 ただ、集落の者に知られると、呼び戻されてしまう。
 小さな翼の役立たずなシェラフィールだが、とても希少なスキル持ちだったからだ。
 スキルは【獣化】。
 獣人たちにしか顕れない、とても珍しい能力なのだと長老は言っていた。
 獣人たちの種族の真祖、聖獣と崇められていた存在の姿へ一時的に変化できるスキルだ。
 シェラフィールは真白い小鳥に変化することが出来た。
 愛らしいが、何とも弱々しい姿に長老や家族はガッカリしたようだが、それでも希少なスキル持ちの少女は集落に有益だと考えたようだった。

 小鳥が好む、木の実や果実を彼らはせっせとシェラフィールに捧げてきた。
 甘酸っぱい木の実は嫌いではなかったが、少女の腹はちっとも満たされなかった。
 満足に飛ぶこともできない、足手纏いのくせに希少なスキルのおかげで良い思いをしている。
 そんな風に思う集落の者もいて、シェラフィールはますます身の置き所がなくなった。
 だから、その日。まだ夜も明けない内から、シェラフィールは家を抜け出し、集落から逃げ出したのだ。
 
 着替えや日用品、木の実に水袋。
 目立たないように少しずつ家から運び出し、木の樹洞うろに隠して。
 そうして、こっそりと出奔したのだ。
 目指すは大森林の外。人や獣人が暮らす街を目指した。

 何度か、集落の者に見つかりそうになったが、【獣化】スキルで小鳥に変化してやり過ごした。
 魔獣に追われた時も小鳥の姿で逃げ切った。弱々しいが、人の姿の時よりもその翼で飛べる分、小鳥の時の方が逃げ足が早い。

 どうにか街に到着し、新人の冒険者としてギリギリで生活していたシェラフィールがてっとり早く稼ごうとして失敗し、行き倒れかけていたところを助けてくれたのが、トーマだった。


 少年は行商人だと名乗った。
 僅かに見えた耳先が尖っており、エルフの系譜と知れた。だが、長老から聞いた話ではエルフは金か銀の髪色をしているはず。
 トーマは光に透けると紺色に見える、ブルーブラックの髪と綺麗な青い瞳の持ち主だった。

(人の血が入っているのかしら……? なら、ハーフエルフね)

 エルフの血は間違いなく彼の身に流れているはず。何せ、初めて顔を間近で目にした時は、綺麗な女の子だと思ったほどに、整った容貌をしていたので。

 トーマは傷付いていたシェラフィールに治癒魔法をかけてくれ、飲み水を分けてくれた。
 お腹を鳴らした彼女のために食事も与えてくれた。とても美味しいスープだった。
 街で売られているスープにはほんの少しの干し肉と野菜の切れ端しか入っていないものがほとんどなのに、彼が提供してくれたスープは具沢山で、なんとお肉がたくさん入っていた!
 味も濃くて、夢中でおかわりを繰り返し、久しぶりに満腹感を味わった。

 文字通り、身ひとつになったシェラフィールに彼はお金を貸してくれ、さらに行商の手伝いとして臨時で雇ってくれた。
 ふくりこうせい、という良く分からない理由を付けて、着替えや日用品を与えてくれ、しかも三食おやつ付きという高待遇!
 冒険者ギルド周辺でよく感じるような、嫌な眼差しを向けてくるわけでなく、ただ親切に接してくれて、とても嬉しかった。

 従業員の制服と言って渡された服も素敵で、シェラフィールは胸を高鳴らせたものである。リボンなんて贅沢品も初めて手にした。
 下心なく、似合うと褒めてもらえることの嬉しさを、初めて知った。
 市場での物売りは大変だったが、短時間で完売するし、合間に食べる朝食のサンドイッチが楽しみすぎて、苦にはならなかった。
 数時間の仕事であんなお給料を気軽に渡してくるトーマはきっと、良いところのお坊ちゃんなんだと思う。
 頭が良く、計算も早いのに、街のことをあまり知らなかったりと、不思議な人だ。

 連れている猫も変わっている。
 生後一年未満くらいの、キジトラ模様の可愛らしい猫だが、とても強い。
 従魔なのだと言っていたから、ただの猫ではないのだろうけれど、まさか自分よりも魔法が得意だとは思わなかった。
 あんな小さくて可愛らしい猫なのに、どうやらシェラフィールのことを妹分だと思っているようで、面倒を見てくれている。
 きっと主人であるトーマを真似ているのだろう。

(トーマさんなんて、外見だけなら私より年下に見えるのに、私のことを小さな女の子扱いするんだから!)

 それが、不思議と嫌な気分はしなかった。
 優しくされた分、彼にも、他の人にも誠実になろうと思えたほどで。
 ずっと萎縮するか、警戒して生きてきた少女にとって、彼らと過ごす時間が心地良すぎて、浮かれてしまっていたのだろう。

 美味しいホーンラビットの唐揚げをお腹いっぱいに詰め込んで、うきうきしながら散策した森の中。
 そこに美味しい実のなる果樹を見つけたのだ。たっぷりと蜜を宿し、赤く熟した果実。
 下の方の実は食われたり、地面に落ちて腐っているが、枝の先にある実はちょうど食べ頃に完熟していた。

(美味しいご飯のお礼にトーマさんにとってきてあげよう!)

 こっそりと横目で確認すると、ちょうど愛猫と会話しているようで、木の実には気付いていない。
 驚かせちゃおう、なんて軽い気持ちでシェラフィールは木に登った。
 鳥の人らしく、スレンダーで体重も軽い少女はするすると木を伝い、枝に乗った。
 少し細めの枝だったが、すぐに降りれば大丈夫だと考えて。
 だが、狙う果実は枝の先。身を乗り出して、どうにか指先が届いたと同時に枝がミシリと嫌な音を立てた。

「ひゃ……ッ!」

 乗っていた枝が折れ、バランスを崩したシェラフィールは慌てて翼を発現し、風魔法を使うが、間に合いそうにない。
 地面に叩きつけられる衝撃に備えて、身を縮めたところ、落下速度が僅かに落ちた。
 そして、固い地面ではなく、柔らかな腕の中に抱き止められたのだった。



◆◆◆


シェラ視点のお話でした。
更新遅れました。すみません…!


◆◆◆
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい

あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。 誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。 それが私の最後の記憶。 ※わかっている、これはご都合主義! ※設定はゆるんゆるん ※実在しない ※全五話

兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?

志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。 そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄? え、なにをやってんの兄よ!? …‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。 今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。 ※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~

白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」 マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。 そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。 だが、この世には例外というものがある。 ストロング家の次女であるアールマティだ。 実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。 そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】 戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。 「仰せのままに」 父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。 「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」 脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。 アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃 ストロング領は大飢饉となっていた。 農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。 主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。 短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。

処理中です...