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130. 〈幕間〉勇者たち 3
しおりを挟む上級ダンジョンではレベルが上がりにくくなったため、三人は帝国にある特級ダンジョンに挑戦することにした。
シラン国から帝国を訪れるためには大陸の中央を占める大森林を突っ切るか、船を使っての海路か、そのどちらかだ。
「空を飛べたら早いのになー」
その二案を提示されて、飽きっぽい性質の春人がぼやく。
「それは楽そうだけど、ドラゴンの餌にならない?」
「まず、空を飛ぶ魔法も魔道具もないが」
夏希と秋生に即却下されて、春人はリビングのテーブルに突っ伏した。
放っておけば、そのまま寝てしまいそうだ。これは飽きている。
はぁ、と秋生はため息を吐いた。
「俺としては、大森林を抜けて行くルートを選びたいんだが……」
大森林を横切るのは危険だと、冒険者ギルドのお偉方に止められているのだ。
海には巨大な魔魚がいるらしいが、少なくとも大森林よりは安全に旅を楽しめるようだ。
とはいえ、船旅でも半月。
潮の流れや海の魔物の出没状況によっては三週間は掛かるらしい。
だが、夏希は違う考えのようだった。
「私は船旅の方が良いわ。海は大森林よりも魔物が少ないんでしょう? それに、船旅なら部屋で休めるから断然、楽!」
「でもさぁ、ナツ。この世界の船だぜ? 乗り心地悪そうじゃねぇ?」
「バカ兄! 私たちには『携帯用ミニハウス』があるじゃない!」
そう、ダンジョンからドロップした魔道具『携帯用ミニハウス』があれば、快適な旅は約束されているのだ。
どうやら、この便利魔道具は創造神から勇者への贈り物のひとつらしく、規格外の『家』であったらしい。
冒険者ギルドのマスターからそれとなく秋生が聞き出したところによると、似たような簡易ハウスはドロップしたことがあるが、その性能には雲泥の差があった。
四角い箱そのものな建物で、風呂やトイレはもちろん、キッチンもない。
区切られた部屋もないので、野営時でも箱の中でごろ寝しなければならないのだ。
それでも結界機能付きの『家』はダンジョン内では重宝されているようで、売りに出せば金貨百枚以上の価値があるのだと聞いた。
(まぁ、俺たちは絶対に売るつもりはないが)
何せ、この『携帯用ミニハウス』は快適すぎた。
シラン国の神殿や王宮で与えられていた部屋よりも清潔で、居心地が良いのだ。
それぞれの個室がしっかり使えるため、以前よりもストレスを感じなくなった。
冬馬に揃えてもらった日本のメーカーの家具はどれも素晴らしく、特にマットレスのおかげで質の良い睡眠が確保できている。
良く眠れると疲れも取れるので、ダンジョン攻略が捗りまくっていた。
最近は食材や調味料と共に初心者用の料理本が送られてきたので、拙いながらも自炊を頑張っている。
日本製の調味料と新鮮な食材頼りだが、レシピ通りに料理すれば、それなりの味に完成するので、ありがたかった。
(見栄えはあまり良くないが、そんな料理でも、外で食う食事よりも断然美味いからな……)
この世界の料理は調味料が基本、塩だけ。出汁の概念がないため、スープや煮物は味気ない。
唯一マシなのは、魔獣肉の串焼きくらいか。それも素材である魔獣の肉が新鮮で美味いため、調理の腕前はあまり関係がない。
(魔素を含んだ肉や野菜、果物は美味いんだ。そこにトーマの召喚魔法で買ってもらったスパイスやコンソメ、出汁の素を使えば、そりゃあ美味くもなるか……)
とはいえ、普段料理をしない高校生が三人。
基本は肉を焼いただけのステーキや、市販のルーを使ったカレーやシチューになることが多い。
野菜は焼肉ソースを使った野菜炒めや、洗って切っただけの生野菜サラダを食べている。日本製のドレッシングやマヨネーズがあれば美味しく食べられるので問題ない。
唐揚げ粉や天ぷら粉、パン粉のおかげで揚げ物作りにも慣れた。
油の後始末は面倒だが、オークカツやコッコ鳥の唐揚げを食べるためになら頑張れた。
清潔で快適に過ごし、美味しい食事を堪能するためにも、この『携帯用ミニハウス』での生活は手放せない。
街に戻っても宿に泊まることはなくなったし、自炊をしているため無駄金を使わなくなったのは、我ながら偉いと思う。
どちらの方法で帝国に向かうにしろ、魔道具の家は重宝するだろう。大森林での野営はもちろん、船旅でも大活躍だ。
春人は船の揺れを心配しているのだろうが、その影響を『携帯用ミニハウス』は受けないので大丈夫なのだが。
「ハル、上級ダンジョンで土属性のアースドラゴンが暴れたが、俺たちの家はびくともしなかっただろう? 忘れたのか」
秋生が指摘すると、思い出したのか、春人がぱっと顔を輝かせた。
「そういや、そうだったな! 結界と防音の魔道具の効果で、全然気が付かなかったやつだ」
「朝起きたら、家の周辺だけがズタボロになっていたのよね……」
「かなりの震度の地震が襲ってきたらしいが、何も影響がなかったからな。おそらく、波の揺れ程度は何も感じないと思うぞ」
ただ、沈没するようなダメージを船が負ったら危険ではあるのだが。
嵐に巻き込まれた場合はどうにか魔法を駆使して切り抜けるつもりだし、海の魔物に襲われたら、倒せば良いだけの話だ。
「2メートル四方のスペースがある部屋をひとつ借りれば、魔道具は展開できる。船旅中は拠点に引きこもっていれば、酔い知らずでのんびり休養も出来るなら、たしかに海を抜けた方が良いか……?」
大森林を抜けつつ、レベル上げを目指せば一石二鳥だと考えていたが。
ぼそりと呟くと、春人が大きく頷いた。
「俺もナツの意見に賛成。俺ら、結構頑張り過ぎてるしさ、ここらでちょっとだけ休んでも良いんじゃないか?」
ここしばらく、上級ダンジョンを続けて攻略し、ついでに魔族の討伐もこなした。
たしかに働き過ぎかもしれない。
「腕が鈍らないように、定期的に海の魔物を倒そう。魔法の練習なら、海に向けても出来るだろうし、……ね?」
夏希に微笑まれ、春人には軽く肩を叩かれた。
力を込め過ぎていたことに気付いて、秋生は意識して肩の力を抜く。
自然とため息をこぼしていた。
「……そうだな。帆船なら、風魔法でスピードを早めることも出来そうだし」
「よっしゃ! じゃあ、船旅に決定だな!」
「トーマ兄さんも適度に遊ぶのは大事だって言っていたしね。良いことだと思う」
次の予定が決まったところで、明日からは船旅の準備が必要だ。
まずは上級ダンジョンで手に入れたドロップアイテムを冒険者ギルドで売り払い、資金を確保しなければ。
「船の手配は、商業ギルドだな。交渉は俺がする」
「ん、アキが適任ね。任せる」
「じゃあ、俺たちは買い物担当だな?」
「ああ。【アイテムボックス】の中身を確認してから、必要な物を書き出しておこう」
「肉類はダンジョンで手に入ったし、野菜や果物類を買わないと」
米やパン、麺類に調味料、ソース類は冬馬から買うつもりだ。
「不測の事態を想定して、予定日数の倍以上の物資は確保しておきたいな」
「まぁ、いざと言う時は、トーマ兄から買えばいいだろ」
「そうだが……。あまり甘え過ぎたら叱られるぞ?」
もっとも自分たちが海で遭難したとなれば、あの心配性の従兄なら大量の物資を送ってきそうではある。
無駄に行動力があるので、本人が助けに来る可能性も否定できない。
「いざって時のために、カップ麺や菓子類は必要だよな! ジュースも!」
「ハル兄、そういうとこだと思う。……まぁ、長い船旅を楽しむために、コンビニスイーツは必須だとは思うけど」
「この兄妹は……」
てへっ、と笑う兄の春人。
涼しげな表情で可愛らしく小首を傾げる妹の夏希。
似ていないようで、ちゃっかりしているところはそっくりだった。
憎めない性格をしているため、文句を言いつつも二人を可愛がる従兄の気持ちも何となく分かるのが嫌だ。
「……はぁ。明日は早いから、もう休もう」
日本にいた時には考えられない期間の船旅になるのだ。
退屈を紛らわせる物も必要になるだろう。
(コンビニでボードゲームを扱っていると良いんだが……)
何だかんだで、自分も初めての船旅をそれなりに楽しみにしていることに気付いて、秋生は端正な口元に微苦笑を浮かべた。
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