137 / 203
136. 竜の帰還
しおりを挟むドラゴンの巨体のまま街中の仮住まいまで連れて帰るわけにはいかないので、レイには人の姿を取ってもらった。
引き締まった見事な肉体と見上げるような長身。鱗の色を彷彿とさせる、美しい黄金色の長髪と紫水晶の切れ長の瞳の美丈夫の姿は神々しすぎて、もはや嫉妬する気は起きそうにない。
そういう生き物なのだ、と納得すればわざわざ自分と比較しても仕方ないというもの。
とはいえ、先日も性別を勘違いされた身としては、恵まれた体格は少しばかり──いや、かなり羨ましくは思う。
「アンハイムの街か。十年ぶりとなるが、随分と賑やかになったようだな」
街外れの小高い丘から、のんびりと歩いていると、レイが懐かしそうに瞳を細めた。
「十年前にも来たことがあったのか。それは、ダンジョンの氾濫で?」
「そうだ。たしか、それが原因でダンジョンの入り口周辺を冒険者ギルドが管理するようになったはず」
「ダンジョンの入り口の上にギルドの事務所を建てていたのは、それでか。かなり頑強に囲っているよな」
「うむ。十年前、氾濫を鎮めに来たのだが、その時は人が多過ぎてな。竜の姿で暴れることが出来なかったのだ」
そのため、氾濫を抑えるのに少しばかり時間が掛かってしまい、結構な被害を出してしまったのだという。
「人の、冒険者の姿に変化して氾濫の原因となった深層まで潜ったのだ。いつもなら、竜の姿でひと飛びだったのだが……」
「氾濫を抑えようと、冒険者がダンジョンで戦っていたのか」
「そうだ。なかなか気概のある奴らだった」
魔素が濃くなり過ぎたために、深層の魔物が意志を持ち、ダンジョンの外まで侵食しようとしたのだとか。
「大変だったな、それは。おかげで、ダンジョン都市としてアンハイムが栄えている今があるわけだ」
「私は己が為すべきことをしただけだ。……が、友に労われるのは悪い気はせんものだな」
くつくつと楽しそうに笑う姿に釣られてか、コテツが甘えた声音で鳴く。
いつの間にか俺の肩からレイの広い肩に飛び移っていた。浮気者め。
「おお、コテツも元気でいたか。幻獣のたまごの娘とは仲良くしているのか?」
「なーん」
「ふ。妹分か。ならば、面倒を見てやるが良い」
すりすりとレイの顔に体をこすりつけて喉を鳴らしている。
あれは、レイに自分の匂いをつけているのか。レイの匂いを自分につけているのか。判断に迷うところだった。
◆◇◆
外壁を飛び越えた時と同じように、気配を殺して素早く街に戻った。
酒屋や夜の店がある繁華街とは離れた位置にあるため、我が家の周辺は静かだ。
家を出る前に遮音の魔道具をシェラの部屋のドアに発動させておいたので、外の気配には気付かず、ぐっすり眠っているようだ。
土地は賃貸だが、二階建てのコテージは自力で購入した不動産なので、胸を張ってレイを案内する。
「ポイントを大量に使ったけど、良い家だろ? 住み心地も悪くないし」
「ほう。立派だな。コンテナハウスの方が面白い造形物だったが、人里や街中で暮らすにはこの方が良いか」
ひとしきり観察すると、レイは楽しそうに頷いている。
コテツは庭の畑や果樹園を自慢しているようで、ニャアニャアと何やら訴えていた。
「コンテナハウスもコンパクトで住みやすかったんだけどな。コンパクトといえば、タイニーハウスも買ったんだ。野営に便利だぞ」
「ほう。また今度見せてくれ」
家の中へ案内する。
ちなみに我が家は土足厳禁。革のブーツは脱いでもらい、念の為にと【浄化魔法】で汚れを落としてもらう。
「荷物──は無いな、うん。じゃあ、部屋へは後で案内してやるよ」
「なんと。私の部屋もあるのか?」
「レイの部屋っていうか、客室が空いているからな。コンテナハウスで使っていたベッドや家具類もそこに移動してあるぞ」
「それは楽しみだな」
通信の魔道具に連絡があってから、急いで部屋を整えたのだ。
持っていて良かった【アイテムボックス】スキル。
一人では抱え上げることさえ無理なベッドも収納スキルさえあれば、模様替えも楽々こなせる。
「置いていった分の荷物はとりあえず全部、部屋に移動してあるから。自分で適当に片付けておいてくれ」
「感謝する」
ポイントで召喚してやった本やゲームの中でお気に入りは自身の収納魔法で大事に保管しているようだが、読み終えた小説や漫画本はコンテナハウス内の自室にそのまま置いてあったのだ。
おかげで、この家でいちばん荷物が多いのはレイの部屋だったりする。
「ほう、なかなか立派な家だな。キッチンもリビングも広い」
「いいだろ。今はポイントを貯めている途中だから殺風景だけど、そのうち家具をもっと増やすつもり」
「ポイントが足りないのか?」
レイが器用に片眉を上げて尋ねてくる。
「仕方ないだろ。この家、結構高かったんだよ。勇者たちの拠点用の大型家具類の買い物も三人分ともなれば、かなりポイント使ったからなー……」
ほぼご祝儀価格で、大盤振る舞いをし過ぎたかもしれない。
が、清潔で快適な環境は日本人としては譲れない拘りがあったので、おにいちゃん頑張った!
「そうか……。なら、明日からは私もダンジョン攻略を手伝おう」
「えぇー? レイが倒したのは俺のポイントにならないからなぁ……」
「む。そうだったな」
コテツは従魔なので、彼が倒した魔獣や魔物素材はちゃんとポイントに変換できるのだが。
(まさか、神獣たる最強の黄金竜を従魔にはできないし)
「なら、契約を交わすか? 従魔になれば、ポイントを与えることができるのだろう?」
「いやいやいや。ほんとごめん悪いけど無理。最強のドラゴンを従魔とか勘弁して」
多分、何も考えてないんだろうなーという爽やかな笑顔での黄金竜の発言を、すかさず拒否した。厄介事の予感しかない。
残念そうに唇を尖らせている美貌の男を睨み付ける。
「アンタ中立の立場な神獣だろ? 俺の従魔になったら、勇者のために馬車馬のように働かせるぞ。嫌だろ、そんなの?」
「──主従契約を結んだ相手に命じられたから、と良い言い訳になると思ったのだが……」
「ん⁉︎」
「いや、何でもない。すまない。忘れてくれ」
「そうしてくれ。俺だって、アンタが仲間になってくれたら心強いけど、友達とは対等にいたいもんだろ」
黄金竜に対等、とは言い過ぎたか。
だが、彼は瀕死状態で出会った小さな子猫とは違うのだ。
「ふっ……友達と呼んでくれるのか。存外に嬉しいものだな」
せっかくの提案を秒で断られたというのに、レイは機嫌が良さそうだった。
ふぅ、とため息を吐いて気分を入れ替えると、真夜中の客人をキッチンに招いた。
「夜通し飛んできたなら、腹がへっているだろ? 再会の宴は明日が本番として、軽く食べるといい」
「それはありがたいな。基本的に食事は無くても生きてはいけるが、トーマの飯の味を知ったら、食わんのは詰まらなくなった」
トーマと別れて、各地を飛び回って役目を果たしていた黄金竜は、たまに倒した魔獣肉を調理して味わっていたらしい。
塩胡椒にスパイス類、醤油にソースにマヨネーズなどを渡してやっていたので、どうにか食える物にはなっていたようだが。
「焼き加減ひとつとっても難しくてな……。よく肉を炭にしてしまった」
「火力強すぎ。魔法で横着したんだろ?」
「面目ない」
フライパンで焼く、煮るくらいは最低限教えておこうと反省した。
ともあれ、彼にとっては久々のマトモな食事になる。
ダイニングテーブルいっぱいに、作り置き料理を並べてやった。
「メインはオーク肉ステーキ。添えてあるシャリアピンソースで食ってみてくれ。パンと迷ったが、久しぶりだから米を炊いておいた。スープはポトフな。ウインナーの代わりにオーク肉ベーコンとコッコ鳥のモモ肉入り」
「おお……! どれも美味そうだ」
「こっちはコテツが作った野菜のサラダな。マッシュポテトを生ハムで包んだやつも美味いぞ」
「ほう。色鮮やかで美しい野菜だな。さすが猫の妖精」
褒められて嬉しそうに瞳を細めるコテツ。ヒゲ袋のあたりがぷくぷくに膨らんで、めちゃくちゃ可愛い。もふる。
「で、コレ。ガンガンに冷やしておいたから、乾杯しよう」
魔道冷蔵庫から取り出したるは、日本の有名メーカーの缶ビール。
途端に破顔する様子から、ドラゴンの酒好きは相当なものだと再確認した。
プルタブを引いて、コツンと缶をぶつけ合う。
「再会に」
「美味い飯に」
酒を飲み、適当に惣菜を摘みながら、それぞれの旅の話をする、なんてことない夜。
翌朝、シェラが起き出してくるまで、男二人と一匹の飲み会はダラダラと続いたのだった。
289
あなたにおすすめの小説
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい
あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。
誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。
それが私の最後の記憶。
※わかっている、これはご都合主義!
※設定はゆるんゆるん
※実在しない
※全五話
兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?
志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。
そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄?
え、なにをやってんの兄よ!?
…‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。
今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。
※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~
白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」
マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。
そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。
だが、この世には例外というものがある。
ストロング家の次女であるアールマティだ。
実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。
そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】
戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。
「仰せのままに」
父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。
「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」
脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。
アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃
ストロング領は大飢饉となっていた。
農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。
主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。
短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる