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173. 大型燻製器 2
しおりを挟むケートス肉は【アイテムボックス】内で素材解体した。
クジラは捨てるところがない、と聞いたことがある。
肉は食用に、ヒゲや歯は将棋の駒や細工物として加工されていたらしい。毛は網に、硬い筋は弓の材料だったか。
一番良く聞くのは鯨油だ。てっきり腹身などから搾るのかと思っていたが、皮から油を取ると聞いて驚いた。
骨は肥料に使えるし、昔は血を薬にもしていたらしい。
糞を香料に、という一文を目にした際にはギョッとしたが、龍涎香の存在を思い出して納得した。
(あれ、でも結石なんだよなぁ……)
痛そう、なんて思ってしまう。
どんな匂いなのかは全く想像も付かないが、品質によっては、それがとても高価な物だということくらいは知っている。
「さて、こっちの世界でも肉以外の素材は売れるのか」
従弟たちは手間賃代わりにと、素材は全てこちらに渡してくれるつもりのようだ。
魔石も要らない、とのことでありがたく頂戴する。
代わりに何か良さそうな物を送っておこう。
ともあれ、今はクジラ肉だ。
解体した素材をひとつずつ確認していく。部位ごとに綺麗に切り分けられているので、使いやすい。
赤身の塊肉は何にでも使える。刺身はもちろん、ステーキにしてもいいし、揚げ物との相性も良い。
尾の近くの身は綺麗なサシが入っており、これは是非とも刺身で味わいたくなる。
「本皮……? 皮も食えるのか?」
少し分厚めの皮付きのブロック肉を鑑定してみると、煮付けや汁物にすると美味とあった。うちの鑑定スキル、食に関してはほんと有能。ありがたく助言に従おう。
「尾羽。……尾羽? クジラに?」
つい、ニワトリなんかの尾羽を想像してしまったが、尻尾の二つに分かれているアレだな、うん。
「酢みそで食うと美味いのか……」
あと、お吸い物。なんとなく上品そうな味な気がする。
さえずり、と呼ばれる舌の肉も大きな塊で手に入った。牛や豚、鹿系のタンは食ったことがあるが、クジラのタンは初めてだ。
まぁ、同じ哺乳類なので期待できそうだと思う。刺身以外にもおでんや煮物にしても美味とのこと。
「軟骨、かぶら。食ったことないな。唐揚げにするのかな」
知らない部位は確認後、すみやかに【アイテムボックス】に戻していく。
そして、ついに待望の部位を発見!
「うねす! おおっ、脂がノリノリだな。すげぇ」
クジラのアゴの下? 腹に近い柔らかな部位の肉で、ここをベーコンに加工するのだ。
「刺身でも食えるのか。でも、脂すごいから、ちょっと勇気がいりそう……」
ただでさえデカいクジラの、さらに魔獣化したケートス。
おかげさまで、希少な高級部位がたっぷりと手に入った。
それぞれの部位の肉を分かりやすいように【アイテムボックス】に仕分けて収納する。
ちなみに肉以外の素材もたくさん取れた。
魔石は今までで一番大きい。夜空を閉じ込めたような綺麗な紺碧色をしている。
骨やヒゲ、筋や歯なども一応捨てずに持っておくことにした。
ギルドに持ち込むと売れるかもしれない。
内臓も一応、確保しておく。食用と薬用、廃棄用が混在しているようなので、後でじっくり鑑定するつもりだ。
なんと、龍涎香もしっかりと確保できた。
匂いは──良く分からない。海の香りはするが、甘い香りとやらはハイエルフの鼻を持ってしても不明だった。
熟成だか、発酵だかすると変質するのかもしれない。
「一応、これも置いておこう。ギルドで買い取ってもらえるかもしれないし」
こちらの世界で売れなくとも、従弟たちに渡しておけば、日本に戻った際にひと財産が築けるかもしれないので、大事にしまっておくつもりだ。
スマホで時間を確認すると、あと一時間ほどで昼時だ。
休みなしで大森林を突っ切るのは精神的にも疲弊するため、本日は休日にしてある。
眠い目をこすりながら朝食を平らげた後、シェラはふたたび自室に戻った。
きっと二度寝を堪能しているのだろう。
コテツもリビングに置いたキャットタワーのハンモックでのんびり揺られている。
いつもは何処かに飛んでいくチビドラゴン、もといレイも今日は同じく休暇を楽しんでいるようだ。
先程も、今ハマっているミステリー小説の新作が読みたいとねだられてしまった。
面倒だったので、英国の女流推理作家の文庫全集を大人買いして与えておいた。
これだけあれば、一ヶ月は大人しく読書に耽ってくれるはず。
「一時間で調理か。もう今日はクジラの口だから、クジラ料理でいこう」
サーモンやカツオ、まぐろは何度か食べたことがあるので、やはりここはクジラ料理がいいと思う。というか、自分が食べたい。
時間を掛けずにさっと食べるには、刺身がいちばん。
「この尾の近くのサシ入り赤身肉を刺身にするか。牛刺しみたいだ。うまそう….…」
切れ端をつまんで味見。
何も付けずに舌の上に乗せたのだが、体温で既にとろけそうだ。脂があまい。
「うっま」
肉の味も濃厚だ。これ、魚じゃない。うん、肉刺しです。めちゃくちゃ美味いぞ。
「握り寿司にして食いたくなるな、これ」
ワサビ醤油でもいいが、薬味たっぷりで味わいたい。ネギに生姜、ニンニク、大葉、胡麻など用意して、刺身は大皿いっぱいに盛り付けて、魔道冷蔵庫で冷やしておく。
「……で、あとは何にするかな。竜田揚げにしたいところだけど、時間がない。ハリハリ鍋にしよう」
たっぷりの水菜とクジラの肉を使ったシンプルな鍋だ。
両腕で抱えるほど大きな赤身の塊肉を【アイテムボックス】から取り出し、五ミリほどの厚さで一口サイズに切り分けていく。
生で食べれそうなくらいに綺麗な赤身だ。
これに薄く片栗粉を叩き込んで、ぐらぐら煮立たせた鍋で湯にくぐらせる。湯掻いた赤身肉を冷水にさらし、水を切っておく。
こうすれば臭みが取れると、何となく聞いた覚えがある。
肉がしっとり柔らかく仕上がるので、面倒だがそのひと手間の価値はあると思う。
本当は昆布や鰹などでちゃんと出汁を引いた方がいいのだろうが、ここは時短で。
出汁の素を盛大に活用して、鍋スープを作っていく。臭み取りに生姜やネギも入れ、キノコに豆腐も追加。
メインのクジラ肉もそっと投入。肉は煮込みすぎると硬くなるため、すぐにメインの水菜も入れて、くつりと煮込む。
「水菜もシャキシャキの食感を楽しむものだし、このくらいで良いか」
土鍋は魔道コンロを活用し、四つ煮込んである。一人用ではない。大人数でつつける大きさの土鍋を四つだ。
これだけあれば、大食漢の皆もきっと満足してくれるはず。
刺身と鍋に白飯を添えて、足りない分は鍋に冷凍うどんをぶっ込んでもらおう。
すうっと息を吸い、声に魔力をのせて皆を呼ぶ。風魔法を使うため、大声でなくとも伝わるのがありがたい。
「昼飯だ。今日はクジラの刺身とハリハリ鍋。クジラの刺身は早い者勝ちだ!」
次の瞬間、すました表情のレイがテーブルに座っていた。
二番手はコテツ。ぴょん、とキャットタワーから飛び降りて急いで駆けてきたのに、二階の自室にいたレイが一番乗りなのが解せない、といった表情をしている。
「急いで来たのに、出遅れました……ッ!」
肩で息をしながら、駆け降りてきたシェラは寝癖もそのままだった。
予想通り、二度寝を満喫していたのだろう。
「皆、早かったから、ちゃんと刺身は無事だぞ」
魔道冷蔵庫から取り出した大皿をテーブル中央に置く。
土鍋はそれぞれの席にひとつ。おかわりも用意してあるので、ハリハリ鍋を心ゆくまで楽しんでほしい。
「好き嫌いはあるかもしれないけど、くじら肉料理だ」
「お肉がとっても綺麗です……!」
「うむ。さっそく、いただこう」
クジラの刺身は、マグロの大トロとはまったく違う食感で、だが甲乙つけがたいほどに美味しかった。
脂がくどくないので、いくらでも食える。牛刺しと馬刺しを足して2で割ったような味。つまり、もう絶品!
たっぷりの薬味と共に味わった。
「ハリハリ鍋も美味い。健康的な鍋って感じ」
残念ながら、鶏肉や豚肉のような旨味はないが、あっさり食える。下拵えのおかげか、臭みなく柔らかい肉をうっとりと噛み締めた。
◆◇◆
昼食は気持ちヘルシーなメニューだったので、夕食は揚げ物にした。
そう、クジラ肉の竜田揚げだ。
ついでに昼食後から頑張って作った、クジラ肉ベーコンもメニューに加えた。
塊肉にフォークで穴を開けて、調味液を染み込ませて下茹で。火が通り過ぎると、せっかくのベーコンが台無しになるので、低温で一時間ほど茹でた。
皮を剥いて、熱湯で表面を殺菌し、ここでようやく大型燻製器の出番です。
じっくりと燻製して、食べる寸前に取り出した。
もっと時間を掛けて仕込んだ方が旨いのは分かっていたけど、もう下茹での段階で食べたくて仕方なかったから、味見の名目で夕食のメニューに追加する。
硬めのベーコンは薄くスライス。柔らかい部位は少し厚めに切り分けた。
まずは生で一口。生のベーコンは北海道旅行の際に牧場で食べたことはあったが、豚とは全く違う独特の味わいだ。
ワサビ醤油やポン酢、辛子味噌和えにしても美味しい。
フライパンで炙って食べるのも最高だ。
「これはビールが止まらなくなるやつ」
「うむ。これだけで一晩飲めるな」
こっそり味見していたのだが、いつの間にか食いしん坊ドラゴンに背後を取られてしまっていた。
ひょいひょい口に放り込むな。俺が食う分が無くなる!
結局、そこにシェラが「ずるいです!」と参戦。うるうるな上目遣いの愛猫のおねだりに陥落して、そのまま夕食の宴へとなだれ込んでしまった。
結論。クジラの魔獣肉、めっちゃ旨い!
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