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187. グランド王国 1
しおりを挟むエルフの里を出てから、二週間。
俺たちは大森林を地道に駆け抜けた。
てっきり、レイがドラゴン化してその背に乗せてくれるとばかり思い込んでいたのだが、神獣は地味に多忙らしく。
日中は何処かへ飛んでいってしまうのだ。
「まぁ、シェラのレベルアップも兼ねてるから良いけど……」
魔獣や魔物をさくさく倒しながら進み、夜にはタイニーハウスで休んだ。
二階建てコテージが持ち家の中ではいちばん豪華だが、拠点を出す度に周辺を伐採整地するのが地味に面倒だったので、省スペースで済むタイニーハウスを使っている。
これなら伐採整地の範囲も狭いので、拠点設置に時間を取られることはない。
少しばかり手狭ではあるが、タイニーハウスの設備も充分揃っている。
何より秘密基地感があってわくわくするのがいい。
空間拡張スキルを使って、外から見るよりは広くなっているので、三人と子猫一匹くらい余裕で過ごせるのだ。
「簡易キッチンで調理もできるし、トイレも完備。バスタブはないけど、シャワーも浴びれるから充分だよな」
「はい! 生活魔法も使えるようになったので、清潔に過ごせますし」
日中はずっと獣化スキルで鳥の姿になっているシェラは、ようやく元の姿に戻れる夜間はほっとした表情を浮かべている。
獣化することで肉体にダメージがあったり、魔力をたくさん使うというわけではないようだが、やはり気疲れはするのだろう。
白銀のカラスの姿で魔獣や魔物を倒しまくったおかげで、シェラはレベルがかなり上がっている。
風魔法もかなりの種類を操れるようになったようだ。
「頑張ったもんな、シェラ。ほら、たらふく食え」
「おにく……!」
肉食女子の彼女のために、トンテキならぬオークステーキを焼いてやる。
厚さ二センチのビッグサイズだ。1ポンドはあると思うが、その華奢な肢体のどこに、と問いただしたくなるほど、彼女はぺろりと美味しそうに平らげる。
「1ポンド……450グラムはあるんだけど……」
「美味しかったです! おかわりしても?」
「……うん。どうぞ」
「わーい! いただきます!」
まさかの、おかわり。
しかも、ご飯も二杯目だ。
「トーマ。私もおかわりを頼む」
「……ん」
ちなみに、にこにこと上機嫌に夕食のご相伴に預かる黄金竜さんはステーキ三枚目だ。どんな強靭な胃袋だよ。
「ウミャッ」
「いやいやいや、お前は張り合わなくていいからな? 美味しく食べられる量だけを楽しもう」
ぼくも! と張り切る子猫をどうにか宥めすかし、最後はスイーツで釣った。
バニラアイスに目がないコテツがステーキの無理なおかわりを諦めてくれたので、ホッとする。
「トーマさん、トーマさん! 私もアイスが食べたいですっ」
「うむ。私は抹茶アイスがいい。業務用サイズで頼む」
「育ち盛りかよ」
軽くツッコミながらも用意してしまう俺。美味そうに食うのを眺めるのが嫌いじゃないのだ。つい、もっと食えと言いそうになる。
(こんなんだから、オカン属性とか言われるのか?)
そこは父親属性ではないのか。
ともあれ、ちゃっかり夜には戻って夕食をねだっていくレイのために、四人分の食事の準備は欠かせない。
最強の神獣がボディガードなのだ。
結界付きの家とはいえ、レイが泊まってくれる方が安心してよく眠れる。
安心安全安眠ができるお礼だと思えば、朝夕二食におやつくらい、いくらでも振舞ってやれるというもの。
当のドラゴンといえば、夕食とデザートを堪能した後は、俺が【召喚魔法】で購入した本を読むことにすっかりハマってしまっている。
漫画はあっという間に読んでしまうから、と。最近は分厚い小説に挑戦していた。
敬意をもって鈍器と呼ばれる、とんでもなく分厚いミステリ小説のシリーズを読んでいるようで、夜更かしを楽しんでいるようだ。
(一週間くらいは寝なくても全然平気だもんな、こいつ。羨ましい)
「俺たちは先に寝るからな。あんまり夜更かしするなよ?」
「うむ。分かっている」
こくりと頷きつつも、レイの視線は手元の本に落とされたままだ。
幸い、というか。
ドラゴンは夜目がきくので、照明を落としても本を読めるようだった。
◆◇◆
そんな日々を続けているうちに、とうとう大森林を踏破することができた。
森を抜けると、草原が広がっている。
柔らかな陽射しの下、小鳥が囀っていた。
ずっと森の中でいたので、眩しい陽光が嬉しい。
とても長閑な光景が広がっており、ほっとした。
森を抜けた先は、グランド王国。
この大陸は四国と似た形をしており、王国のある場所は愛媛県にあたる。
ちなみに従弟たちが召喚されたのはシラン国で、徳島県の場所にあった。
(そういえば、アイツらはもう帝国で活躍しているんだったな)
素性を隠して冒険者として動いているらしい。ダンジョンに挑みつつ、魔族の情報を集めているようだ。
「アイツらは帝国。なら、王国は俺の担当だな」
まずは、人里に寄って情報収集をしよう。
大森林は浅い箇所でも魔獣が多い。実り豊かな豊穣の森だが、そんな物騒な場所に足を踏み入れるのは命知らずな冒険者くらいだ。
大森林内ではずっと獣化していたシェラは久しぶりに元の姿に戻り、冒険者装備を身に纏った。
白銀色の髪とアクアマリンの双眸のシェラはとても目立つ。清楚で可憐な容貌なため、よからぬ連中に目をつけられやすい。
なので、今回も魔道具で容姿を変えることにした。
亜麻色の髪と目の色は焦茶。ありふれた色彩での目眩しだ。
そばかすメイクもすっかり慣れたようで、シェラは生き生きと変装を楽しんでいる。
ちなみに今回は俺も変装をした。
アンハイムの街で、女と間違われたトラウマというわけではない。ないったらない。
(大丈夫だとは思うけど、ダンジョンで倒した魔族の女から俺の情報が流れていないとも限らない)
シェラは獣化していたし、コテツもスキルを使って身を隠していたので彼らは大丈夫だろうけれど──
「俺はがっつり見られたからなぁ……」
元ハイエルフの魔族間にもしも通信魔法のようなものがあれば、警戒されている可能性がある。
(通信の魔道具があるならば、魔法もありそうだし)
せめてシェラと同じく、纏う色彩を変えることにした。
ブルーブラックの髪を赤毛に、夜空の色の瞳を緑に変えてみる。
たったそれだけで、見る人に与える印象がガラリと変わった。
「うん、悪くないんじゃないか?」
この世界で赤毛は珍しくない。
くしゃっと髪をかきまぜておけば、癖っ毛として誤魔化せそうだと思う。
「にゃ?」
「いや、コテツはそのままでいいよ。かわいいから」
ぼくもへんそう?
無邪気に尋ねられて、吹き出しそうになる。猫の変装って、毛皮の柄を変えればいいのか?
キジトラ柄から茶トラやミケ柄あたりだろうか。いや、しないけど。
「お、第一村人発見。皆、愛想良く挨拶をするぞ」
長閑な光景の延長線上に、農作業に勤しむ村人たちがいた。
声を掛けてさりげなく挨拶する。
「こんにちはー。ここは何て名前の村ですか」
「おや、冒険者か。迷ったのか?」
「ここはリーフ村だ。そこの塀の内側に皆、住んでいる」
「ありがとうございます。中に入っても?」
「宿なんて洒落たものはないぞ。余所者は入り口で税も取られる」
関税…なわけないよな? 通行税みたいなものを徴収しているのだろう。
身分証は冒険者ギルドのタグがある。
ギルドマスターに確認したところ、冒険者は国を跨いで活動するため、国境越えには甘いようだが──
「どうも。おつとめご苦労さまです」
軽く一礼しつつ、笑顔で冒険者ギルドのタグを見せた。
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