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196. 宿の朝食
しおりを挟むホテルの朝食を期待して、一階の食堂に向かう。さすがに食堂に猫は連れていけないので、コテツは部屋で留守番だ。
上級の宿に泊まったので、客は裕福そうな商人や中流以上の階級の人々が多い。
上流階級のお貴族さまは部屋食だと思われるので、気楽に食堂のテーブルに着いた。
メニューは選べないようで、従業員が二人分のトレイを運んできた。
「どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます!」
シェラが元気よくお礼を言う。
昨夜あれだけ食べたのに、もうお腹がぺこぺこだと嘆いていたので、笑顔でフォークを手にしていた。
トレイには木皿のワンプレートにパンとスクランブルエッグにハムステーキ、蒸したジャガイモが添えられている。
木製のカップには野菜スープ。
小さな小皿はジャムが盛られていた。
「シンプルだな」
「嫌な予感がします」
シェラは野菜スープを警戒した表情で見下ろしている。
気持ちは分かるので、苦笑するしかない。
「大丈夫だ。コンソメの素をこっそり持ってきたから、これで味を整えよう」
「天才ですか。そうしましょう」
「待て待て。まずは一口味を確認してから……まっず」
「入れましょう」
やはり、昨夜、外で食べた野菜スープと同じく、味がほとんどなかったので、こっそりコンソメを足しておいた。
野菜の味はしないし、煮込みすぎてドロドロだが、どうにか飲める味にはなったと思う。
ハードパンは予想通り。硬いし、口の中の水分を持っていかれる。これは野菜スープにつけて食べる。
慣れると、まあ味は悪くない。小麦の味が濃くて、腹に溜まる主食ではある。
ジャムはシェラが欲しそうにしていたので、二人分を彼女のトレイに置いてやった。
「ありがとうございますっ。えへへ。なんのジャムだろう」
にこにこ笑顔で、ちぎったパンにジャムを塗って口にする。
「すっぱ!」
「え?」
「……酸味がきついです。というか、砂糖がほとんど使われていません……」
涙目だ。スプーンの先を少し舐めさせてもらって、納得。キイチゴのジャムだ。申し分程度のハチミツで煮込まれている。
日本製のジャムやハチミツ、メイプルシロップに慣れたシェラには酸味が強くてキツいのだろう。
肩を落とす少女を見兼ねたのか、隣のテーブルの男性が教えてくれた。
「キイチゴのジャムは、食後のお茶に入れて飲むといいよ」
「ジャムをお茶に入れるんですか?」
「ああ。茶葉の苦味が薄れて、飲みやすくなるんだ。それに香りも良くなるからね」
「美味しそうな飲み方ですね。教えてくれて、ありがとうございます」
王国の紅茶がどんな味なのか、楽しみだ。
イギリスっぽい国なので、茶葉は期待ができそうだと思う。
そっと周りを伺ってみたが、たしかに皆、ジャムはパンに使わず、お茶に入れて楽しんでいた。
「ん! ハムが美味しいですよ、トーマさん」
「だな。昨日と同じく、豚肉みたいだけど、加工技術がいいんだろうな」
感心しながら、ハムステーキを食べる。塩加減が絶妙で、脂もほどよい。
端っこが少し焦げているところもカリッとした食感が楽しめる。
胡椒はこの国では高価なため、宿でも使われてはいないようだ。残念。その代わり、香り高いハーブが添えられている。
スクランブルエッグも美味しい。バターとミルクの風味がする。
「卵料理も旨いな」
「はい。ふわふわの卵が素晴らしいです」
ジャガイモは普通。蒸したジャガイモに塩味のみのシンプルな一品だ。不味くはない。
食べ終わった頃合いで、食後のお茶が給された。色はかなり黒い。香りに何となく覚えがあった。
「中国茶と似ているかも?」
一度、ナツに付き合わされて入った中国料理の店で出されたお茶とよく似ている。
こっそり【鑑定】してみると、ブラックティー。半発酵茶とあった。
日本のお茶は香りを控えめに、味を重視しているが、中国のお茶はその逆だと聞いた覚えがある。
味は薄めで、だが、香りが強い。
苦味や旨味は少ないが、比較的飲みやすいお茶だと思ったが、この王国のお茶もそんな感じだった。
「味が薄い。ジャムを入れたくなる気持ちは分かるな」
隣のテーブルの男性はブラックティーにジャムを投入して美味しそうに飲んでいる。
この茶を苦いと感じるとは。
(日本茶の味に慣れているもんなー……)
自分の舌の好みで淹れていたお茶だが、もしかしてシェラやレイには苦く感じていたかもしれないと反省する。
それはそれとして、キイチゴのジャムを入れて飲んだブラックティーは意外と美味しかった。
「飲みやすいです。これなら酸っぱさも気になりません!」
ぱあっと顔を輝かせるシェラを、先ほど飲み方を教えてくれた男性が微笑ましく見守っている。
二人とも昨日のまま焦茶色の髪と瞳でいるので、仲の良い兄妹だと思われているのだろう。魔道具がいい仕事をしてくれている。
お腹も満たされたので、部屋に戻った。
テイクアウトは難しそうだったので、コテツの朝食は【召喚魔法】のコンビニで購入したサンドイッチで我慢してもらう。
「いい料理人だと思うけど、やっぱり肉は魔獣肉の方が旨いよな。豚肉も悪くはないけど」
「お肉の加工技術が進んでいるんですよね? なら、この国のお肉屋さんで魔獣肉を加工してもらえばいいのでは?」
「それだ!」
さすが肉食女子。その発想はなかった。
燻製用の道具も揃えたけれど、やはりプロの仕事には勝てないので、滞在期間中に【アイテムボックス】内で持て余している肉を加工してもらうことにした。
「高級宿も悪くないけど、やっぱり自分の家がいいよなー……」
食休めと言い訳をしながら転がるベッドも結局、【召喚魔法】で購入した物だ。
宿の料理も食べたことだし、しばらく街に滞在するなら、住み慣れた我が家がいい。
「アンハイムの街のように、また土地を借りましょう!」
「そうだな。多少、値段が高くても快適さには代えられない」
そういうわけで、二人と一匹は商業ギルドに向かった。
◆◇◆
さすがに、景気が良く賑わう商業都市。
空き家や空き地はほとんど無く。どうにか探し回って見つけたのは、空き倉庫。
港から少し離れた立地のため、あまり人気がなかったらしい。
倉庫とはいえ、かなり大きい。
小学校の体育館サイズはあったので、これはいい物件だと、契約した。
レンタル期間は十日間。賃料は金貨十枚。さすがにお高い。
「金貨十枚……ッ!」
ひゅっ、と息を呑むシェラ。
金額に慄いているけれど、冒険者ギルドに売り払ったドロップアイテムのおかげで、そのくらいは余裕で払えるくらい稼いでいる。
「落ち着け、シェラ。これだけ広くて、しかも天井も高い倉庫なんだ。二階建てのコテージはさすがに無理だが、コンテナハウスは設置できるぞ?」
「コンテナハウス……!」
「それともタイニーハウスがいいか?」
「コンテナハウスがいいです!」
「おう。じゃあ、久しぶりのコンテナハウス暮らしだな」
異世界不動産で最初に購入したコンテナハウスには愛着がある。
コンパクトだが、機能的で快適に暮らせるので、コテツもレイも気に入っていた。
シェラも自分用のコンテナハウスが貰えて、とても喜んでいたのだ。
商業ギルドで契約を済ませて、さっそく借りた倉庫のある場所に向かった。
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