198 / 203
197. 生ハムとベーコン
しおりを挟む木造建ての倉庫は、元々は備蓄用の穀物を保存するために使われていたようだ。
風を遮り、湿気も少なくて意外と過ごしやすい。
これが夏だったら、また大変だったとは思うが、北国の秋なのでちょうど良い。
「これだけ広ければ、余裕だな」
コンテナハウスは三軒分、購入してある。大森林や旅の途中で使う際には、重ねて二階建てにしていたが、さすがに倉庫内では難しい。
広さはあるが、高さはギリギリか、足りなさそうなので、今回は二軒分のコンテナハウスを隣同士で並べることにした。
それでもまだ倉庫内には余裕がある。
「いっそ、タイニーハウスも出しておくか」
「いいですね! 日中はコンテナハウスで過ごして、夜はタイニーハウスで休みたいですっ」
タイニーハウスは初期設定のシャワールームを取り外してミニキッチンを付けてある。
トイレはあるが、風呂に入りたければコンテナハウスに設置してあるトイレルームを使う必要があった。
「なら、シェラが寝室としてタイニーハウスを使うといい。俺とコテツはコンテナハウスで寝泊まりするから」
シェラが使っていたコンテナハウスをリビングにすれば、ゆったりと過ごせるだろう。
タイニーハウスよりもコンテナハウスのキッチンの方が広くて使いやすいので、日中はコンテナハウスでのんびりするのも良い。
さっそく、コンテナハウスを二つ繋げた状態で倉庫内に設置する。
空いたスペースにタイニーハウスを出した。旅の間はずっとお世話になっていた。
シェラの荷物はそのままに、俺とコテツの家具は引き上げて、コンテナハウスに移動する。
タイニーハウスのミニキッチンにはダンジョンでドロップした小さめの魔道冷蔵庫を置いた。
食事はコンテナハウスで揃って取るつもりだが、飲み物くらいは必要なはず。
何がいいか、シェラに尋ねてみると、真剣な表情で悩み出した。
「ジュースがいいです! オレンジとぶどうジュースは絶対に外せません。あ、でもリンゴジュースも飲みたい……アイスティーも好き……迷います…」
「分かった。適当に冷やしておくから」
【召喚魔法】でコンビニショップを開き、ジュース類をカートに放り込んでいく。
紙パックのジュースなら飲みやすいだろう。オレンジ、グレープフルーツ、リンゴジュースの他にもグレープジュースとレモンティはペットボトルで購入した。
冷凍機能はないので、アイスは買わない。
ついでにデザートも入れてやる。プリンにゼリー、シュークリームにエクレア。
「美味しそうです!」
「一日に一個ずつだぞ?」
顔を輝かせるシェラにはしっかりと釘を刺しておく。注意していなければ、あっという間に食べ尽くしてしまうからだ。
タイニーハウスとコンテナハウスの片付けを済ませたところで、街に出掛けることにした。
目的は、肉屋探しだ。
「手持ちの魔獣肉を加工してくれる、腕のいい店を探そう」
「はいっ!」
「ニャッ」
美味しい肉料理が食べられるとあって、シェラとコテツは張り切って頷いてくれた。
肉好きな二人の嗅覚と勘を頼りに、街をぶらつくことにする。
◆◇◆
モーカムの街は広い。
創造神から貰った魔法の書の地図を頼りに歩き回って見つけた肉屋に声を掛けては断られ、三軒目にしてようやく話を聞いてもらえた。
「魔獣肉の加工か」
肉屋の親父は奥の作業場にいた女性を呼んだ。現れたのは、三十代くらいの体格のいい女性だった。どうやら、店主の妻のよう。
「肉の加工はこいつに任せているんだ。俺は解体と枝肉の処理を担当している」
肉の解体は大仕事だ。
二の腕の逞しい親父が一人で頑張っているらしい。店頭に並ぶ肉はどれも丁寧に処理されていたので、腕は良さそうだ。
あらためて加工担当の奥さんに魔獣肉の加工を頼んでみた。
「生ハムとベーコンを作ってほしい。あと、できればソーセージも」
肉屋には生ハムの塊肉とベーコンのブロックが売られている。どちらも魔獣肉ではなく、豚肉だ。鑑定したが、野生ではなく、牧場で繁殖させた豚が使われている。
豚肉と羊肉、鶏肉の三種が売られており、牛肉は見かけない。
(ソーセージは売っていない……ってことは、作っていないのかもな)
奥さんは「魔獣肉……」と呟くと、何やら考え込んでいる。
「もちろん、加工してもらう代金はちゃんと支払う。オークを五頭分処理してもらって、金貨一枚はどうかな?」
旨い生ハムやベーコンが食べられるなら、十万円支払っても惜しくはない。
冒険者ギルドでドロップアイテムを大量に買い取ってもらえたので、資金には余裕がある。
「金貨一枚⁉︎ そりゃあ、うちはありがたいが……」
肉屋の親父はぎょっと目を見開いている。加工賃、高すぎたか?
まぁ、値切って手抜きされるより、相応の仕事をしてもらえた方がこっちも嬉しいので気にしない。
肉屋の奥さんが咳払いをする。
「代金はその半額でいいよ。ただし、うちにも魔獣肉を卸してくれないかい?」
「おい、お前。いいのか」
「魔獣肉を扱えるなら、そのくらいすぐに稼げるもの。……ダメかい?」
「いや、俺はそれでもいいけど」
何せ、【アイテムボックス】にはまだまだ肉の在庫が眠っている。
「何の肉がいいんだ?」
「オークはまだ余っているのかい? 余裕があるなら、オーク肉はぜひとも欲しい。あとはボア、ディアあたりだね」
「それなら大丈夫だ」
はらはらした表情のシェラだったが、ボアとディアの肉なら山ほどある。
あまり魔獣がいない地域のようなので、低ランクの魔獣肉がいいだろう。
肉屋の親父に招かれて、裏庭で大量の肉を取り出した。
「驚いた。収納スキル持ちか」
「ああ。内緒にしてくれると助かる」
庭に敷いたブルーシートの上に、まずは加工を頼むオーク肉を五頭分、どかっと転がした。
ちゃんと解体して枝肉にしてあるので、加工はしやすいはず。
「で、依頼料のオーク肉は一頭分でいいか?」
「そんなにくれるのかい?」
「ああ。あとは、ワイルドディアとワイルドボアだな。それぞれ二頭分ある」
「いい肉だな」
肉の状態を確認した親父が惚れ惚れとしながら言う。
ダンジョン産のドロップアイテムだからな。新鮮で魔素もたっぷり含んでいるから、良質だ。
【アイテムボックス】内では時間が停止しているので、肉も新鮮だし。
「オーク肉を使った生ハムとベーコンだね。二週間あれば作れるよ」
「早いな」
「スキル持ちだからね」
ソーセージはこの店では作ってはいないらしい。どうやら器具がないらしい。
「腸詰を作る道具なら、俺が貸し出せる。調味料も用意するから頼めないかな?」
つい先日、【召喚魔法】に追加されたショップ、ホームセンターで購入した道具があるのだ。
肉屋の奥さんはぎらりと瞳を輝かせると、がっしりと握手を交わしてきた。商談成立。
羊肉は店でも扱っているので、羊の腸は売るほどあるとか。
腸詰肉の歴史は古く、古代ギリシア時代だかに、すでに携行食として山羊の胃袋に血と脂身を詰めた加工肉が存在していたらしい。
塩胡椒にハーブなどのスパイス類をガラス瓶に詰め直しておいた物を渡して、ソーセージメーカーも貸し出した。
ついでに店頭でいちばん目立っていた生ハムの原木を購入する。
魔獣肉でなくても、生ハムは美味しい。
「すごく立派なお肉です……!」
「フミャア!」
我が家の肉食女子と肉食ニャンコが大騒ぎだ。まぁ、生ハムの原木が家にあるとテンションは上がるよな。
じっくりと色んな食べ方で味わい尽くそう。
俺たちは二週間後を楽しみにして、肉屋を後にした。
892
あなたにおすすめの小説
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい
あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。
誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。
それが私の最後の記憶。
※わかっている、これはご都合主義!
※設定はゆるんゆるん
※実在しない
※全五話
兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?
志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。
そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄?
え、なにをやってんの兄よ!?
…‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。
今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。
※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~
白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」
マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。
そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。
だが、この世には例外というものがある。
ストロング家の次女であるアールマティだ。
実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。
そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】
戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。
「仰せのままに」
父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。
「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」
脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。
アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃
ストロング領は大飢饉となっていた。
農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。
主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。
短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる