202 / 203
201. 〈幕間〉勇者たち 12
しおりを挟むその村はグレンゲートの名の通り、峡谷の狭間にある小さな集落だった。
帝都に続く街道から逸れた先にある村なため、人の行き来は少ない。
とはいえ、峡谷の先には資源が眠るダンジョンがある。
お宝を求めた冒険者たちはこぞって峡谷を目指していたのだが──
「……最近、ダンジョンに向かった冒険者パーティが何組も行方不明らしい」
酒場で仕入れた噂話を春人が意味深に語る。
夏希はルイボスティーを飲みながら、胡乱げに瞳を眇めた。
「それって単にダンジョンで魔獣や魔物を相手にして敗北しただけじゃないの?」
「二、三組ならそれも納得するが、ここしばらくで急に増えたらしい。今のところ、分かっているだけでも七組ほどのパーティが行方不明になっている」
秋生が何やら思案しながら、そう説明してくれた。
「それはたしかに気になるかもしれないわね……」
「しかも、分かっているだけでだぞ?」
「行き先をギルドや知り合いに告げずに向かったパーティもいるだろうしな。行方不明なパーティはもっといるかもしれない」
「それと、そのグレンゲートって村が関係ありそうなの?」
「分からない。それを確かめに行こう」
その噂話を追って、兄と従兄が聞き取った結果、村が怪しいと判断したようだ。
はぁ、と夏希はため息を吐く。
「まぁ、そうするしかなさそうよね」
冒険者たちに酒を奢り、魔族が関わっていそうな怪しい噂話を聞き出してきた二人を、とりあえずは労っておく。
見慣れない若者である二人を、最初は警戒していた男たちも日本産の美味い酒を前にすれば、呆気なく口を滑らせてくれたらしい。
「二人ともお酒は飲んでいないでしょうね?」
「飲まねーって」
「ちゃんと自分たちの分はノンアルコールにすり替えていたから大丈夫だ」
「ならいいけど……」
酒類を代理購入して送ってもらった冬馬には釘を刺されているのだ。
「というか、俺たちって酒を飲んでも酔わない気がする」
ぽつり、とこぼす兄を夏希は不思議そうに見やった。
「どうして?」
「俺もそう思う」
「アキまで? やっぱり、二人とも飲んだんじゃないの」
「いや、俺たちは飲んでないけどさ、周りでガブガブ飲まれたら、アルコールの匂いがするだろ?」
「ああ……親戚一同が集まる新年会とか、最悪だったわね。臭くて頭がクラクラしたもの」
なまじっか酒豪が集まっていただけに、新年会をしていたリビング内は目が沁みるほどに酒臭かった。
「でも俺ら、何ともなかったんだ」
「それで不思議に思って、自身を【鑑定】してみたら、【毒耐性】と【状態異常無効】スキルが生えていた」
「何それカッコいい」
「だろ? ちょっとイイよな、この響き」
「じゃなくて! ……もしかして、アルコールを毒と判断してスキルを覚えたってこと?」
「……断言はできないが、おそらく」
召喚勇者である三人は、創造神の祝福や加護のおかげか、やたらとスキルが多い。
ちょっとした行動で、関連したスキルが唐突に生えるのだ。
特にアナウンスなどもないため、ステータスのチェックをしないと気付かない。
便利ではあるが、こんなに簡単に覚えてもいいのか、少し不安になる。
一般人はよほど鍛錬を積まないと、早々にスキルを覚えることはないと聞いたからだ。
そこらへんは男二人はけろりとしたもので、むしろラッキーじゃないかと喜んでいたけれど。
「……まぁ、いいのかな? アルコール中毒の心配もなくなりそうだし?」
「いいことか? いくら飲んでも酔えないってことだろ」
成人式でしこたま呑むのが楽しみだったのに、と悔しがる兄を冷ややかに一瞥する。
お酒に興味のない未成年の少女には心底どうでもいい。
「とにかく、グレンゲートの村を訪ねてみよう。行方不明にならずにダンジョンから帰還した冒険者パーティは村を素通りしていたようだから、何らかの関連はありそうだ」
「そうね。アキがそういうなら」
「ついでに帝国のダンジョンにも挑戦できるしな!」
そんなわけで、三人はミリアの街を離れて、峡谷を目指すことにした。
◆◇◆
街で移動用の馬を買い、峡谷まで走らせた。
乗馬経験は三人とも少しだけあった。
並足で歩かせるだけの体験乗馬だが、腐っても伊達家のアスリートである彼らはすぐに要領をつかんで、軽々と馬を走らせた。
「水は魔法で出せるし、餌は【アイテムボックス】で大量に持ち運べるし。馬での移動、結構いいかもな?」
春人は乗馬が気に入ったようで、上機嫌で休憩中の馬を撫でてやっている。
一時間ごとに休憩を取り、水や餌を与えているうちにすっかり情を覚えたようだ。
「たしかに、馬での移動は楽ね」
夏希は三頭の馬たちに【回復魔法】を掛けてやる。怪我の治癒はもちろん、疲労も解消できるので地味に便利なのだ。
「だが、馬は賢く、臆病な生き物だからな。魔獣や魔物が出たら怯えて逃げるぞ?」
そう、それが難点なのだ。
今のように街道や、魔獣のいない道なら軽々と駆けてくれるが、大森林内やダンジョンには決して近寄ろうとはしない。
「なら、馬系の魔獣をテイムするのはどう?」
「従魔か!」
兄の顔が輝く。
「俺はドラゴンライダーになりたい!」
「おバカ兄。ドラゴンをテイムできるわけないじゃないの」
「騎乗できる魔獣か。帝都で情報を集めて、手に入れるのはありかもな」
ずっと徒歩や乗合馬車で移動するのはキツい。大人数の冒険者パーティは大型の馬車を自分たちで持つことが多いと聞く。
馬での移動でなく、馬車なのは野営時に荷台で休むためにわざわざ選ぶらしい。
(私たちには必要ないわね。わざわざ、狭くて硬い寝床の荷台を使わなくても、『携帯用ミニハウス』があるもの)
日中は馬で移動して、夜は安全快適な『携帯用ミニハウス』で休めるのだ。
拠点のそばに馬を繋いでおけば、結界があるから安心。
馬車よりも馬の方が早く移動できるので、わざわざ馬車を用意する必要はない。
夏希渾身の【回復魔法】のおかげで、馬たちは元気だ。
疲れ知らずで疾走してくれたおかげで、馬車だと三日はかかる距離を一日で駆け抜けてくれた。
◆◇◆
「まさか、村の住民が全員、成り代わっていたとはなー」
春人ががしがしと乱暴に頭を掻いた。
苦々しげな表情で足元の遺骸を見下ろす。さりげなく妹を庇う位置に立ち、彼女の視線から逸らしてやるのも忘れない。
「スライムに似た不定型の魔物だな。村民を殺し、その皮をかぶって擬態していたようだ」
「うえぇ悪趣味すぎる」
最初は一人。
家族や親戚、良き隣人の顔をして人に近付き、油断したところを襲い、次々と乗っ取っていったのだろう。
村を完全に乗っ取った後は、ダンジョンに向かう冒険者パーティを招き入れて歓待し、同じように、彼らの「皮」を奪っていったのだ。
「乗っ取りが目的だったなら、冒険者のふりをして栄えている街を狙わなかったのか?」
「少し喋るだけで、違和感があっただろ。ガワだけ化けても中身で偽物だとバレて退治される可能性が高い」
「それで、まずは小規模な村から占領していったのね」
旅人のふりをして村に足を踏み入れた三人を村人は歓迎してくれた。
村長が直々に家へ招いてくれ、眠り薬入りのご馳走でもてなそうとしたところで、まずは春人が動いた。
村長の顔を軽く殴ったのだ。
くしゃりと軽い音がして、『中身』が潰れた。どろりと溢れてきたのは赤い血ではなく、緑色の粘液で。
うえ、と顔を顰めつつも春人は村長一家をあっという間に殴り倒した。
あとはもう事態に気付いて襲い掛かってくる連中をひたすら叩き潰していった。
残った遺骸は、中身の消えた『皮』だけ。
三人は丁寧に集めて、穴を掘って火を放った。
この世界は死体を放置しておくと、稀にアンデッドに変化する恐れがあるために、火葬が一般的らしい。
「村を乗っ取って、何をするつもりだったのかしら?」
「冒険者を襲う方が本来の目的の可能性があるな」
「ということは、やっぱりこの先のダンジョンが怪しいか」
「………」
どちらにせよ、レベル上げのためにダンジョンには挑む予定だったのだ。
ただ、今回はいつもとは少し違う厄介さがある。
「冒険者の皮をかぶった魔物にも気を付けないといけない」
873
あなたにおすすめの小説
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい
あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。
誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。
それが私の最後の記憶。
※わかっている、これはご都合主義!
※設定はゆるんゆるん
※実在しない
※全五話
兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?
志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。
そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄?
え、なにをやってんの兄よ!?
…‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。
今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。
※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~
白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」
マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。
そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。
だが、この世には例外というものがある。
ストロング家の次女であるアールマティだ。
実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。
そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】
戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。
「仰せのままに」
父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。
「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」
脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。
アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃
ストロング領は大飢饉となっていた。
農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。
主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。
短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる