Noble Оrdre‐白と黒の騎士団‐

宿理漣緒

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第一章 導かれた少女

5の2 蛇蚹蜩翼のすゝめ

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「昨日は西館を歩き回ったらしいですね。今日はわたしとゆったりすごしましょう」
「よろしく、お願いします……」

 自分よりも高い背と体つきで男の人だとはわかっているのだけれど、艶のある低い声は聞き心地が良く、見目麗しいその姿に、ゆったりするどころか背筋が伸びてどこを見たらいいのかわからない。
 リントと過ごした日の翌日、朝食を取り、仕事に出る二人を見送って、あたしは紫月といつもの部屋の隣にやってきた。

「非番の時はコンサバトリーで楽器をくんです」

 ガラス張りの部屋は春の太陽の光を真っ直ぐに通して、植木鉢から生える植物たちの生き生きとした緑色をより一層引き出している。部屋の片隅に置かれていたそう大きくはない木箱から、紫月は異国風の弦楽器を取り出し、大理石のテーブルにそっと置く。

「基本的に庭の管理は左茲さんがしているんですが、ここの植物はわたしが世話していまして……これなんて食べられそうですね」

 あたしの背丈ほどの木になっていたオレンジ色の果実を受け取り、言われたとおりに皮をむいて、口に運んでみる。優しくみずみずしい甘みと豊かな香りが広がり、味わったことのない感覚がとても新鮮だった。

「すごく、おいしい」
枇杷ネーフルという果実です。原産地は西側ですから、中央地方である王都では馴染みがないかもしれませんが、お口に合ったようで何よりです」
「その羽織とかもそうだけど、紫月は西側の出身なの?」
「えぇ、そうですよ。王都に来ても、あちらの感覚が抜けなくて今でもこんななりをしています。特に西は髪を切る習慣がないので女性に間違われることが多くて」
「いつもスカーフで一まとめにしてるよね。その髪」
「千歳さんも変わったところにスカーフをつけていますよね」

 何気なく言われたその言葉にドキッとした。あたしがスカーフをつけている場所は首元。このスカーフは騎士の誇りとして、利き腕につけるのが一般的だけど、貰った時からいつもこの場所に、毎日固結びしている。首の傷を隠すために。

「よくお似合いですよ」

 もっと追及されるかと身を固くしていたあたしの恐れはその一言で拭われた。
 視線をあげるとさっきと同じく穏やかな微笑を浮かべていて、骨ばった手で髪を掬いとる。

「せっかく綺麗な胡桃くるみ色の髪なんです。少し手を加えてもいいですか?」
「いいけど……」

 普段は首元が隠れるように伸ばしたままにしていた髪が紫月の手であっという間に三つ編みにまとめられていく。

「慣れてるの?髪のアレンジ」
「姉と兄の髪を結っていたんです。私は8兄弟の末っ子でしたから上手になるのは早かったですね」

「できましたよ」そう言いながら、紫月は編んだ髪をあたしの左肩に流した。丁度、首の傷が隠れるように。どうしてこの髪にしたのと思わず聞いてしまいそうになった。傷のことは真竹様しか知らないはずなのに。
 さっきのやりとりで何かを察したのかな……思えば紫月は普段の会話の中でもみんなの気持ちやその時必要なことを先回りして与えているように感じる。控えめながらも優しい細やかな心遣いには、どうしたって警戒心が溶かされていく。

「楽器も姉たちに教えてもらったんです」

 椅子に座り楽器を抱え込むようにして構えると、杖のような道具で弦を撫でる。コンサバトリー全体に響き渡った最初の一音でもうすでに、あたしの心は奪われていた。
 大きな川の流れのように雄大で静かな迫力をたたえた音色は、どこか切なく、そして優しく、留まることなく短調の旋律を追う。曲が終わるまであっという間だった。ここではない目にしたこともない広い世界に連れて行ってもらえたような気がして、密かな高揚感で胸がいっぱいになった。

「初めて聞いた音楽だけど素敵だね」
「ありがとうございます。夜になって二人が帰ってきたらもう一度演奏しましょうか。今度は歌と踊りも見られますよ」
「踊りは左茲なんだろうけど歌うのはリント……?」
「はい。二人ともいつも即興なんですがすごく上手なんですよ。それを阿朱羅さんが見てるというのがいつもの週末の夜の習慣ですね」
「阿朱羅は何かしないの?」
「どうも文化的なことに触れてこなかったらしくて、勝負事以外は苦手みたいです。まぁ、苦手と言っても教えれば並み以上にできるので最近では左茲さんに合わせて踊ることが増えましたね」
「あ、あたしも何かしなきゃだめかな……踊りとか剣舞しかできないんだけど」
「一緒にいてくださるだけで嬉しいですよ」

 それからお昼までは話をしてゆったりと過ごし、ちょうどいい時間になったら、左茲が用意してくれたお弁当を携えて、裏庭の芝生に腰かけた。

「今は準備期間なので大丈夫ですが、仕事をするようになったら、何も考えずに綺麗なもので心を満たす時間も、鍛錬と同じくらい重要です。
 しっかりと休息をとってまた明日から己を律するんです。
 まだ少し先の話ですが、千歳さんの実戦演習担当として尽力します。夏までにもっと強くなりましょうね」
「うん。よろしくお願いします」

 厳しくも優しいその精神性はリントのものとは違うけど、それでもやはり触れていて心地がいい。いや、違うようで同じなのかもしれない。西館全体の空気感とか、みんなが向いている方向があたしもわかってきた気がする。『西館の騎士は横ならびで戦うのが特徴』だって言った阿朱羅も、そして、明日過ごす左茲も、きっと同じ向きをすぐに隣で一緒に見据えてる。
 きっとあたしもそうなるって阿朱羅は言ってたけど……あたしは……

「なんだか今日は静かだと思ったら、仁樹さんも出張でいないんでしたね」

 長く続いた沈黙を破って出たのは東館の宇賀神の事だった。その言葉から察するにいつもいるのが当たり前のような扱いになってる気がするけど、違う部隊の騎士なのにそんなことってある?それに、出張でいないってことは

「宇賀神って東館の館長なの……?」
「いえ、仁樹さんは副館長で館長ではないんですが……館長の仕事を肩代わりしてまして……東館は色々と説明が難しいです」

 微笑を浮かべていた顔は徐々に訝しげな表情になり、あたしたちは自然と東館の方向に目を向けた。

「仕事はさばききれないほど多いはずなのに、仁樹さんはいつも西館に遊びに来るんですよね。おかげで応接間の横の部屋は仁樹さんの部屋になってるくらいです……近いうちに東館のメンバーとも顔を合わせることになりますよね。少し、いえ、かなり心配です」
「なにがそんなに……?まさか、西館の誰かに好意を抱いてる女子がいるとか……?」
「それは大丈夫です。東館は男性4人で構成されている部隊ですから。ですが……いえ、今はおいておきましょう。とにかく東館と西館は深い仲だということは覚えておいてください。わたしたち8人は見習時代からの付き合いで今日にいたりますから」

 最初の紙芝居で聞かされてはいたものの、すごく長い付き合いなのだということを昨日も今日も実感していたところだった。みんな何気ない会話の中で互いの話をよくしているから。
 例えば昨日リントは『リーダーってば昔の昔の昔から寝ないで鍛錬しようとするんだよ!いくら体が丈夫だからってそんなことしちゃいけないよね?』と言ってたし、左茲は今日の朝、窓際に来たカラスの足に紙を結んでいて『東館の人と……文通してる』と言っていたし、紫月も微笑を崩す時はたいていみんなのことを話しているときだし。
 耳にするエピソードがどれも個性的なものばかりなのがすごい。確かにどうして今までこの4人のことを知らなかったのか不思議なくらいだ。

「あ」
「千歳さん?」

 個性的というところから思い出した。見習時代、練習中によく見かけた不思議な人の事

「いやちょっと、不思議なことがあったなって思い出しただけ」
「どんなことが?」
「朝練の時、ときどき占い師だって名乗る男の人がいて……その人も紫月みたいに綺麗な人だったの。あたしに変なあだ名つけてて……試験の時もうまくいくか占ってもらった。試験はうまくいくけど、どちらにするかは自分で決めろって言われたな。何のことかさっぱりわからないけど」
「……千歳さんはなんて呼ばれてたんですか」
「プリムラって呼ぶときもあれば、リリィって呼ぶときもあった」
「なるほど、花の名前ですか」
「そうなの?」

 紫月は音を立てずに立ち上がって、前方の花壇にしゃがみ込む。

「リリィというのは百合の花の事です。この花壇にも初夏ごろに二色の百合が咲きます」

 土と花の香の混じった春のそよ風が吹き抜けて、あたしたちはしばらく静寂の中にいた。何か考えるように花に目をやる紫月は深呼吸した後、徐《おもむろ》に目を開けてあたしの方に向き直る。細められた両目の目弾きの紅が青空の下でより鮮やかに見えた。

「でもその人、よく言ってますよね。運命は常に一本道って」

 はかなげな印象の微笑ではなく、その強気で不敵な笑みこそが本当の意味で周防紫月という人を映し出しているような気がした。
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