Noble Оrdre‐白と黒の騎士団‐

宿理漣緒

文字の大きさ
9 / 24
第一章 導かれた少女

5の3 Est-ce que vous danserez avec moi?

しおりを挟む
 今日は左茲と過ごす日なんだけど、紫月が出かける前にスカーフをくれた理由がわかった。買い出しをしに王都の町へ行くらしい。
 任務外なので、町の人にはあたしたちがセイヴァーだということがバレないように、私服を着ることになった。傷を隠すためにつけていたセイヴァーの証のスカーフは今日だけ紫月のかしてくれたダマスク柄の紺と白のスカーフに。休日でも制服を着てるタイプだったから、私服は濃紺のロングスカートと白のブラウスしか持ってない。
 これも全部真竹様からのおさがりだから、正直あたしが着るには女性らしすぎる気がするけど……
 玄関扉を開けると、すでに準備を終えて待っていた左茲と目が合った。白いシャツと黒いズボンにいつも白服と一緒に着ている深緑のサシェを合わせたシンプルな組み合わせがスタイルの良さを際立たせる。やっぱり綺麗な人なんだな。

「千歳……これ」
「あ、ありがとう」

 手渡されたのは『魔封じの首輪』。左茲の首元にはすでにつけられていた。銀の光が太陽を反射して白く輝く。
 あたしたちセイヴァーは任務外で街に出る時、その旨を申請して、本部から支給されるこれをつけて、内に流れる魔力の流れをせき止め、魔法を使えない状態にしなければならないと法律で定められている。
 傷が見えないように背を向けて、輪をはめる。心なしか少し体が重くなった感じに戸惑いつつも、これで準備ができた。

「……じゃあ、行こ」

 あたしの様子をいち早く察し、左茲はそう言って歩き出した。少しの間、隣を歩いて感じたんだけど、今日はいつもみたいに程よく力が抜けている雰囲気がしない。むしろ……緊張してるような気がする。

「どうかしたの?」
「……何が?」
「いや、なんか力が入ってる気がして……気の所為だったらいいんだけど」
「……あ、ごめん。それ、正解……昨日の夜に、今日どうすればいいかって……二人に相談して……計画通りにエスコートできるか……ちょっと不安」

 夜に3人集まって作戦を立てている様子を思い浮かべるとなんだか微笑ましい。

「街に出るの……初めてだから今すごく新鮮な気持ちなの」
「……そうなんだ」

 王都のセイヴァー本部に来てから、ずっと広くて狭いあの場所で鍛錬ばかりしていたから、今目に映る白の壁にオレンジ屋根のレンガ造りの家々も、忙しそうに道行く人々も、目で追いかけてしまうくらい心動かされるものばかりで……町にいる感覚みたいなものが久しぶりに自分に帰ってきたような気がしていた。

「王都はさすがに都会ね。左茲は歩きなれてるの?」
「……買い出し、いつも行ってるから。他のセイヴァーよりここのことは詳しい……かも」

 言い終えてすぐの事だった。市場のエリアに足を踏み入れた瞬間、左茲に集まる視線を体中で感じる。

「いらっしゃいいつものあんちゃん!今日は南の港セントクランマランでとれた新鮮な魚があるぜ!」
「いつものお兄ちゃん!うちの野菜も買っておくれ」

 他にも肉屋さんや他の八百屋さんからも声がかかる。これもいつものことなのだろう。左茲はマイペースに品物を見定めて「後で買いに来る……置いといて」と言って手を振り市場を去っていった。

「後ででいいの?」
「うん。帰りに、買って帰ろう……」
「荷物とかあるし、買い物大変よね」
「うん……大変。だけど、食事の時間は大事にしたいんだ……阿朱羅と仲良くなれたきっかけだから」
「きっかけ?」
「……俺と仁樹達は、第二部隊にいたんだけど……手柄を横取りされたりして、正当な評価が貰えなかった。そういう時には決まって、みんなで愚痴を言いながら夕飯を食べてたんだ……」

 当時を懐かしむように少し遠くを見つめていた透き通る黒の瞳はふいにあたしを正面からとらえる。静かな光を奥底に秘めた真剣な眼差しが心の奥まで届くようで、顔をそらすことができなかった。

「千歳の話を初めて聞いた時、おんなじなのかなって思った……周りの環境が良くなくて、日の目を見ることができなかったんだって……それが阿朱羅のおかげで解決したのもおんなじ」

 初めて会った時から左茲はあたしに心を近づけてた。その理由がわかって嬉しく思いつつも、少し罪悪感みたいなものも感じていた。
 みんながこれ以上近づいてきたら、あたしは距離を取らないといけない。
 スカーフを握りしめて、静かに静かに言い聞かせる。優しい光を打ち消すように……

「千歳、待って……」

 急に腕を引かれて我に返る。左茲はお店の前で止まってたみたい。

「ごめん……え、これ」

 硬貨と引き換えにもらった品物にあたしは驚いた。とても懐かしいものだった。ラム酒とオランジュの香りを纏うクレープ生地の焼き菓子……

「ガトー・ア・ラ・ブロッシュ……千歳って東側の出でしょ?俺もそうだから、なんとなくわかる……」
「なんで……?」
「昨日のご飯の鹿肉……食べなれてた気がしたからそうかなって……好物が魚料理っていうのも、すごいわかる……こっちに出てきてから食べるようになって……好きになったのかなって」

 一から十を読み取る確かな観察力は昨日の紫月に匹敵する。いや、少し違うのかもしれない。やり取りの中で察するんじゃなくて、左茲は五感から得られる情報への反応速度が早いんだ。

「料理から出身地がわかるなんて……すごいね」
「いや、全員のことがわかるわけじゃない……阿朱羅は特に好みが無さそうだからわからない。仁樹と紫月は甘めの西風が好みっぽくて、リントは北寄りのしょっぱいのが好き……」

 他にも誰が掃除下手で誰が夜更かしするかとか話をしながらお菓子を食べて、あたしたちは町の中央に位置する広場にやってきた。

「そういえば、もうすぐ春祭りなんだっけ」

 噴水の周りを囲むようにして男女のペアが楽団の音楽に合わせて踊っている。
 打楽器がビートを刻むそのうえでマンドリンとバイオリンが自由な旋律を響かせて、格式張らない、春の陽気に似合ったダンスホールを造ってるみたい。
 若い人もいればご年配の方もいる。ほとんどのペアがご夫婦なんだとしばらく見ていればわかった。
 今は私服を着ているからか、この日常のワンシーンがとても身近に思える。あたしも、魔力が無ければこの景色の中で、誰かと笑いあって踊っていたのかな。普段は商売でもしながら、剣の事なんて知らずに……

「……俺達も行こうよ」
「え!?」

 お菓子を食べ終わって、丁度一曲見届けた時だった。左茲が立ち上がってあたしの前に跪き、手を差し出す。

「紫月から聞いた……剣舞できるんでしょ」

 それとこれとは話が違う……!のだけれど、最初に聞いたみんなで練った計画の一つなんだろうなと考えると手を取らないわけにはいかなかった。
 微かにほほ笑んでいる左茲とは対照的なんだろうあたしの顔は朗らかなダンスホールで目立っているらしく、心配する声がちらほら聞こえる。

「自由にやってみて……俺が合わせる」

 音楽が始まった。アップテンポの陽気な旋律だ。剣はないので、噴水の脇に飾られていたロイデンの国旗をなびかせているスティックを拝借し、リズムに合わせてステップを踏む。
 驚いたことに最初の一歩を踏み出した瞬間から左茲はあたしに合わせてついてきた。左足を外に払ったら、同じように右足を払い、立ち位置を入れ替えるのも上手くいく。ずっと一人で踊ってきた剣舞のはずだったのになんだかこうして二人で踊るのが当たり前のことのように思われて不思議な感覚……
 スティックを腕に乗せて回す一番の見せ場では、あたしを目立たせるための振りを披露し、不安や疑いはとうに消えていた。
 逆にどこまで踊ってくれるのか楽しみになってきて、あたしはスティックを宙に放り投げた。回転しつつ放物線を描きながら吸い込まれるように左茲の手に収まる櫟《タッソ》と赤の国旗。踊りを見せて。口には出さずともあたしの要望が伝わったみたい。左茲は一礼するような振付とともにその場でくるりと回ってみせた。
 肩まで伸びた銀の髪と深緑のサシェが同じ向きに柔らかく揺れて、息をのむほど美しいコントラスト。ステップは羽が触れるように柔らかく、全身で描く螺旋は鋭く、ブレがない。模擬戦で見せた槍さばきと同じだ。
 音楽が終わりに近づいてきたことを察して、左茲はスティックを持ったままあたしの手を取り、踊りだした。フォーマルな社交ダンスのようでもありながら、自由さも感じられる素敵な踊り……
 共有する音、交わす視線、どれもが心を躍らせるそんな夢の時間はバイオリンの一音で幕を下ろした。

「……俺のこと知ってもらえた気がする」

 呼吸一つ乱さず、いつものように発した静かな声は大歓声の中でも確かに聞こえるものだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...