Noble Оrdre‐白と黒の騎士団‐

宿理漣緒

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第一章 導かれた少女

11 燻り続ける傷 後編

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 見習騎士ソルダから所属騎士トループになるまでの道のりは主に2つに分かれる。支部もしくは本部で育てられるか、管理騎士カードルになる可能性のある騎士がつかさど見習院ソルダ・カーザで育てられるか、千歳は後者であった。

 極東地域から東地域の見習院ソルダ・カーザウルーズ荘に預けられ二か月、若干18歳にして東地域の見習騎士ソルダ統括者兼ウルーズ荘の管理者、嵐崎あらき真竹またけは、子供たちが寝静まった夜、自室のデスクにつき、もう何度も見た書類に目を通す。

「どうすればいいのかしら……」

 彼女を悩ませていたのは他でもない千歳の存在だった。ここに来てから一言も話さず、稽古にも参加しない。ご飯も水と果物にしか手を付けず、自室から出てこない。
 また、繰り返す。どうすればよかったのだろうと真竹はため息を吐いた。強引にでも誰かと同じ部屋に入れた方が良かったのだろうか、考えてすぐにかぶりを振って否定した。
 小さな少女の身に起きたことは書類に詳細に書かれていたので知っている。耐えがたい悲しみの中、初めて会った人間といて楽になるかと問われれば答えは否だと思ったからだ。

 あのふさぎ込む見習騎士の存在を何とかしたい。そう考えていた者は真竹だけではなかった。

 時を同じくして、千歳の部屋のドアをたたく。「邪魔するよ」と言い終える前にドアを開けていた。

「ねぇ……あんた」

 真っ暗な部屋の中、訪ねてきた少女の声だけが響く。

「どうしたいの。ここに来てから何もしてないじゃない」

 返事はない。それでも少女は言葉を続ける。

「わたしもそうだった。わたしは親を自分の手で亡くしちゃった」

 とても静かな告白だった。闇の中、少女は視線を感じ取る。彼女は見ている、聞いている、そう確信して躊躇わず続きを話した。

「わたし、生まれた時から魔力があったの。だからお母さんのお腹から出てくる時……お母さん、死んじゃった。お母さんの手を握ってたお父さんも、医者も、私のそばにいた人はみんな……そりゃ、赤ん坊だからさ制御なんてできないわけ。いわゆる逆鱗マレディクシオだったのよ」

 少女は涙を流していたが、震えることなく話していたので千歳にはそれがわからない。しかし、少女からは千歳がよく見えた。今、初めて顔を上げている。この声は確かに届いている。

「話が違うじゃない。周りの人だけじゃなくて、術者のわたしも死ぬんじゃなかったのって心の奥底から誰かが言うの。そのたびにわたしは身動きが取れなくなる。今いる場所がどんな場所かもわからなくなる。
 でもそれじゃだめだから、自分で自分に刻み込むの。
 わたしには力がある。これは人を助けられる力。過ちは胸に刻んで、ここから先は魔物を倒して倒して倒して、死ぬまで人に尽くすって決めた。
 もっかい聞くわ。あんたどうしたい?」

 まだ返事はない。それでも最初とは違うことを少女は感じ取っていた。

「あがいて、もがいて進む道ならわたしも隣を歩ける。ここにいるみんなも同じよ。
 苦しくて悲しい。だけど、進む。この矛盾が……わたしをセイヴァーにさせる。
 あんたをセイヴァーにさせるのは何?
 答えが出ようが出なかろうが稽古場に来なさい……わたしが一緒に見つけてあげるから」

 少女は部屋を出て行った。千歳はしばらく、閉まったドアを見つめていた。



 ────────────────────



 翌朝、千歳は稽古場に現れた。カイユーにいたころとは違い、暗い表情で目つきは悪い。それでも

「待ってたわよ」

 聞き覚えのある声が聞こえて千歳はそっぽ向く。が、両手で顔を掴まれて強引に視線を合わせられた。
 その時、千歳は初めて少女の姿を目にした。
 陽に照らされオレンジに見える薄茶色の髪から覗く、爛々と光る紫色の目。
 強気な笑みを浮かべ弧を描く唇からは自信がみなぎっていた。

「わたしから目をそらすなんていい度胸ね。名前はちゃんと覚えてもらうわ。にしき硝華しょうかよ!改めてよろしく……千歳」

 二年間、真正面から向き合い続けた硝華と真竹の尽力、そしてウルーズ荘の皆との交流によって、千歳は再び笑顔を取り戻した。



 ────────────────────



 真竹が急用で王都に行った日の事だった。その日、千歳はうまく寝つけず、起きては眠りを繰り返していた。
 何度目かの眠りで悪夢を見た。あの日の再上映だ。記憶に焼き付く赤い炎、助けてと叫んでいたことだけは覚えている。
 あの時何が起こったのだろうか。自分の暴走によってシューラは死んでしまったんだろうか。

『助けて』

 そこで目が覚めた。ぼんやりとしている中、飛び込む赤と物が焼ける音に千歳は飛び起きて自室のドアをあけ放つ。

 眼前に広がるウルーズ荘を燃やしていく炎。
 全てを灰に変えていく光景を現実のものだと思いたくないのに、息苦しさと肌に感じる熱が嫌でもこれが本物だということをわからせる。
 この火は誰がつけたのか。こんな時だというのに頭の中にはそんな疑問が浮かんだ。いや、こんな時だからかもしれない。

 先ほどの悪夢が現実になったら。自分の逆鱗マレディクシオが……また発現したのだとしたら。この火は誰がつけたのか。
 視界に自分の手のひらが映る。
 嘲笑うかのように揺らめいて、赤い赤い炎が燃えていた。

 ――あたしの所為だ

 あの日と同じ景色を見て、あの日と同じことを思ってしまった。
 だからもう一度、シューラの命を奪った火が自分の前にやってきたのだ。


 ────────────────────


 そこから先は覚えていない。
 どうしてあたしは一人だけ助かったのか。何も知らされず、わからずに、本館所属の見習ソルダになってた。
 ただ一つだけ真竹様はあたしに言った。あれは事故だったんだ。だから、何も知らなくていい。二人だけの秘密にしようって。

 どうして秘密にする必要があるのか。あの夜の後から首元についてた火傷が言っている。
 ウルーズ荘の火災事故はあたしがやったんだって。

 いつか硝華の言ってた誰かの声があたしにも聞こえるようになった。
 逆鱗マレディクシオは一度きりじゃなかったの。
 術者のあたしも死ぬんじゃなかったの。
 助けてなんて言ったから、みんなみんな燃えちゃったんだ。


 それはあたしの中にある。
 ずっと前から消えない火。

 だからあたしは、一人でいい。

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