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第一章 導かれた少女
15の裏 師の心教え子知らず
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その日、万場部隊長が本館にある自室へ帰ったのは肌寒いと感じるほどの夜中であった。
赤の外套をたたんで机に置いたのち、疲労困憊の体をベッドに沈め、ぼんやりと宙を見つめる。何を思い出したのだろうか、ふいに微笑を浮かべて窓の星を眺めている。
「随分と嬉しそうですね。万場様」
足音もたてずにヌッと視界に入ってきた相原に驚くあまり彫刻のように固まって、ベッドの上から飛び起きるのが遅れた。
「お前いつの間に……!ノックぐらいしろ!」
「しましたが。あなたが丁度ニヤついているときに」
「は!?そんなことしとらんわ!何の用だ!」
話している間に(勝手に)机と椅子を動かしてフルーツや生ハムの入ったバスケットを置き、ガラス瓶に入ったミルクを二つのコップに注ぐ。
「何も食べないで眠ると明日が大変ですよ。話でもしながらお好きなものを召し上がってください」
何か言いたげに口をへの字に曲げてはいたものの、おとなしく席に着き、バスケットの中身に手を伸ばした。
「お嬢さんはどちらへやるつもりですか」
「極東地域だ。あそこの通常任務はほぼ山歩き。莉々はあれで意外と根性があるからな、意地でも食らいつくだろうさ。心身ともに鍛えられるだろう」
「それが一番いい気がしますね。あそこの支部長は色んな意味でいい剣士ですし」
会話が途切れ、視線を向けるとまた窓の外に顔を向けて物思いにふけっている。
「確かに衝撃でしたね。あの王兵一対は。完全敗北でしたからね」
「……全くだ」
試合終了間際、莉々の足を払って動きを止めたところでこちらに走ってくる阿朱羅の姿は見えていた。2対1の状況になり、王同士の打ち合いの末、僅差で負ける……そう思っていたのに
「確かに幾導は莉々よりも実力があった。体術をかけられる隙などない素早い攻撃。だが、そんな新人は年単位で見ればざらにいる。
でもあれは、違った。あの瞬間、あの攻撃だけ歴戦の猛者を思わせる速さと重さがあった。神呂木はあれと勝負に出るタイミングを完璧に理解していたから、向かってきたのだ」
「そもそもあの動き……しなやかな中に秘めたる力強さは阿朱羅くんの体術の特徴です。あの剣技も写しなのではないですか」
「その可能性は低い。あいつの体術はフォルテ・チッタにいたころからのものだ。いくら指導教官だったからって2年であの動きができるわけが……」
言いかけて慌てて口を閉ざす。ごまかそうとコップ一杯のミルクを勢いよく飲んでいたところ、相原は平然と言い放った。
「へぇ。部隊を出て行ってからも何してるかきちんとチェックしてたんですね。
あぁ、だから彼らが何に対して怒っているのか誰よりも早く察知できたというわけですか。まぁ想定内の動きですよ。あなたが阿朱羅くんを異常なまでに好いてることなんて知ってますから」
「……ゴホッゴホッ!いきなり何を言う。い、言いがかりは控えろ」
むせた様子からも顔をそらす仕草からも答えはわかりきっているが、そんなもの見なくても十分なのか、相原は一瞥もくれず果物を頬張りながら続ける。
「彼らの目的だと思われる強さを示すことは上手くいきました。
あなたが王都の端から端まで駆けずり回り、各機関で会議していた管理騎士と支部長の面々を連れてきた甲斐あって、今日のことはすぐ国内全土に広まるでしょうね。阿朱羅くんたちは大助かりです」
「それは、あれだ。試験に不正がないということを証明するのにちょうどよかったんだ。下らん噂が蔓延っていて気分が悪かったからな……莉々に反省を促す良い機会にもなる」
「それもあるでしょうね。ですが、あなたは単純に阿朱羅くんの役に立ちたかった。
最後の戦いで見せた雷属性の極大魔術。あの日負けたこと、ずっと意識してたんですね」
あの日、それは阿朱羅が第一部隊にいたころのこと。自分が万場部隊長と試合をして、勝ったらここを出ていき、新しい部隊を作りたいと中心メンバーに申し出てきたのだ。
無論、手放すつもりなど無かったので本気で勝負し、新しい部隊を作ること自体を諦めさせようとしたのだが……結果、万場部隊長は敗北し阿朱羅は西館の部隊長になった。
「負けるとわかっていて勝負を仕掛ける。お嬢さんのために。阿朱羅くんのために。我が身までも教材として利用するとは」
約束だったからその通りにしたのもあるが、あの日万場部隊長は思い知らされた。この教え子は師である自分を完全に上回り、もう何も教えることがないほど成長したのだと。
どれだけ自分が気に入っていようが、優れた者を狭い箱に閉じ込めておくような真似はしない。しかし、時々でも剣を交えて高い壁として立ちはだかり、何か学びを与えられるのであれば、かく恥など、どうでもよい。
「……どこかの騎士が何かを得られればいい。それだけだ」
ぶっきらぼうに言い捨てるが、纏う空気はどこか温かく、隠しきれない優しさがにじみ出ている。
根っからの育成者であるこの人が、国一番の部隊長であるという事実を、口には出さないが相原は誰より誇らしく思っていたのだった。
「教育熱心なあなたの気持ちが、私にも少し理解できたように思えます。いい部隊でしたね。これからが楽しみですよ」
返事は返さない。だが、また窓の星を眺めていた。
赤の外套をたたんで机に置いたのち、疲労困憊の体をベッドに沈め、ぼんやりと宙を見つめる。何を思い出したのだろうか、ふいに微笑を浮かべて窓の星を眺めている。
「随分と嬉しそうですね。万場様」
足音もたてずにヌッと視界に入ってきた相原に驚くあまり彫刻のように固まって、ベッドの上から飛び起きるのが遅れた。
「お前いつの間に……!ノックぐらいしろ!」
「しましたが。あなたが丁度ニヤついているときに」
「は!?そんなことしとらんわ!何の用だ!」
話している間に(勝手に)机と椅子を動かしてフルーツや生ハムの入ったバスケットを置き、ガラス瓶に入ったミルクを二つのコップに注ぐ。
「何も食べないで眠ると明日が大変ですよ。話でもしながらお好きなものを召し上がってください」
何か言いたげに口をへの字に曲げてはいたものの、おとなしく席に着き、バスケットの中身に手を伸ばした。
「お嬢さんはどちらへやるつもりですか」
「極東地域だ。あそこの通常任務はほぼ山歩き。莉々はあれで意外と根性があるからな、意地でも食らいつくだろうさ。心身ともに鍛えられるだろう」
「それが一番いい気がしますね。あそこの支部長は色んな意味でいい剣士ですし」
会話が途切れ、視線を向けるとまた窓の外に顔を向けて物思いにふけっている。
「確かに衝撃でしたね。あの王兵一対は。完全敗北でしたからね」
「……全くだ」
試合終了間際、莉々の足を払って動きを止めたところでこちらに走ってくる阿朱羅の姿は見えていた。2対1の状況になり、王同士の打ち合いの末、僅差で負ける……そう思っていたのに
「確かに幾導は莉々よりも実力があった。体術をかけられる隙などない素早い攻撃。だが、そんな新人は年単位で見ればざらにいる。
でもあれは、違った。あの瞬間、あの攻撃だけ歴戦の猛者を思わせる速さと重さがあった。神呂木はあれと勝負に出るタイミングを完璧に理解していたから、向かってきたのだ」
「そもそもあの動き……しなやかな中に秘めたる力強さは阿朱羅くんの体術の特徴です。あの剣技も写しなのではないですか」
「その可能性は低い。あいつの体術はフォルテ・チッタにいたころからのものだ。いくら指導教官だったからって2年であの動きができるわけが……」
言いかけて慌てて口を閉ざす。ごまかそうとコップ一杯のミルクを勢いよく飲んでいたところ、相原は平然と言い放った。
「へぇ。部隊を出て行ってからも何してるかきちんとチェックしてたんですね。
あぁ、だから彼らが何に対して怒っているのか誰よりも早く察知できたというわけですか。まぁ想定内の動きですよ。あなたが阿朱羅くんを異常なまでに好いてることなんて知ってますから」
「……ゴホッゴホッ!いきなり何を言う。い、言いがかりは控えろ」
むせた様子からも顔をそらす仕草からも答えはわかりきっているが、そんなもの見なくても十分なのか、相原は一瞥もくれず果物を頬張りながら続ける。
「彼らの目的だと思われる強さを示すことは上手くいきました。
あなたが王都の端から端まで駆けずり回り、各機関で会議していた管理騎士と支部長の面々を連れてきた甲斐あって、今日のことはすぐ国内全土に広まるでしょうね。阿朱羅くんたちは大助かりです」
「それは、あれだ。試験に不正がないということを証明するのにちょうどよかったんだ。下らん噂が蔓延っていて気分が悪かったからな……莉々に反省を促す良い機会にもなる」
「それもあるでしょうね。ですが、あなたは単純に阿朱羅くんの役に立ちたかった。
最後の戦いで見せた雷属性の極大魔術。あの日負けたこと、ずっと意識してたんですね」
あの日、それは阿朱羅が第一部隊にいたころのこと。自分が万場部隊長と試合をして、勝ったらここを出ていき、新しい部隊を作りたいと中心メンバーに申し出てきたのだ。
無論、手放すつもりなど無かったので本気で勝負し、新しい部隊を作ること自体を諦めさせようとしたのだが……結果、万場部隊長は敗北し阿朱羅は西館の部隊長になった。
「負けるとわかっていて勝負を仕掛ける。お嬢さんのために。阿朱羅くんのために。我が身までも教材として利用するとは」
約束だったからその通りにしたのもあるが、あの日万場部隊長は思い知らされた。この教え子は師である自分を完全に上回り、もう何も教えることがないほど成長したのだと。
どれだけ自分が気に入っていようが、優れた者を狭い箱に閉じ込めておくような真似はしない。しかし、時々でも剣を交えて高い壁として立ちはだかり、何か学びを与えられるのであれば、かく恥など、どうでもよい。
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ぶっきらぼうに言い捨てるが、纏う空気はどこか温かく、隠しきれない優しさがにじみ出ている。
根っからの育成者であるこの人が、国一番の部隊長であるという事実を、口には出さないが相原は誰より誇らしく思っていたのだった。
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