5 / 8
僕の痛み 5枚目
絵を描くということ
しおりを挟む
目を開けると、上から覗き込む有一の顔があった。下がった彼の眉と、見慣れた天井が視界に入ると、強張った筋肉が瞬時に緩む。過呼吸症候群が落ち着いたあと、そのまま眠ったことを思い出した。
「大丈夫? うなされてたよ」
額に柔らかいパイル地の感触を得て、汗を拭われていることに気づく。
「え……、何時……」
体を起こす。窓の外はすでに明るい。
「七時くらい」
「すみません、迷惑かけて」
「迷惑だなんて、思うわけがないよ。それより体調大丈夫?」
「はい……」
額の汗を手で拭った。
「昨日お風呂入らなかったし、シャワー浴びてくる?」
「そうします」
重い体をなんとか動かし、脱衣所へ向かう。汗をかいた肌が、冷えた空気に触れて寒い。全身が粟立つ。
鏡に映る白い肌と、乱れた髪。胸の奥に、鉛の球を落とされたように、鈍い衝撃が走る。産毛が逆立ち、呼吸が浅く、早くなる。
シャワーを終えて出ると、部屋にいい匂いが立ち込めていた。
「テキトーに朝ごはん用意したけど、食べられそう? コーヒーは飲む?」
有一が狭いキッチンでインスタントコーヒーを開ける。その背中に、抱きついた。
「おっと……、びっくりした……。どうしたの」
彼の体に回した腕に、手を添えられた。
「有一さん……」
「はい、何でしょう」
「……ぇ…、ちしたい……」
口に出してみると、顔が忽ち熱くなる。鼓動が早まり、彼の背中に顔をうずめた。
「え……、えっ?」
手首を掴まれると、腕が剥がされ、彼が体ごと振り向いた。
「……聞き間違いかな」
「じゃないです。えっちしたいって言った」
目を合わさずに、瞼を伏せた。手首を掴む手が、痛いくらいに力強い。
「……急にどうしたの」
「したくないんですか」
「いや、したいよ。そりゃあ、したいです、正直めちゃくちゃ!」
「じゃあ……」
「でも無理してほしくないの。OKになった理由を教えてよ」
「理由もなにも……。したくなったからじゃダメですか」
彼の肩を引き寄せ、唇を重ねる。自分のズボンを尻の下まで下ろし、床に落とすと、脚から抜いた。
「……ベッド行こっか」
彼に手を引かれ、ベッドに腰掛ける。
「無理になったら、早めに言って。すぐやめるから」
彼が手を握り、確かめるように言った。
「や、むしろ、やめないでください。反射的に抵抗しちゃうかもしれないけど……、続けてください」
「ええ、なにそれ……。そんなこと出来ないよ」
「でも、もう強行突破しちゃったほうがいいと思うんです。じゃないと、いつまでも前に進めないから」
「……何を焦ってるのかわかんないけど、荒療治はよくないよ」
「ほんとに、大丈夫です」
彼の目をまっすぐに見て伝えた。視線を逸らされ、彼は小さくため息をつく。
「わかった。セーフワード決めよう」
「なんですかそれ」
「本当に無理になったときの、合図の言葉。リスクが伴うエッチには必要なの」
「……必要ないです」
「だめ。使わなくてもいいから、保険として決めて」
「えー……、例えば? ストップ、とか?」
「何でもいいんだけど、普通はエッチするときに到底出てこないような、脈絡のない言葉かな。我に返るみたいな……」
「我に返る……」
ふと、浮かんだ言葉があった。
「母さん……、とか……」
口に出すと、一瞬肌が粟立ち、胃が重くなる。
「……ん、わかった。じゃあそれでいこう。心の準備ができたら、キミのほうからキスして」
「えっ、僕から?」
「そうだよ。自分からキスもできないようじゃねぇ……。さっき俺を誘ってくれたみたいな、エッチな積極性を見せてよ」
彼は後ろに両手をついて、挑発するように口角と片眉を上げた。
「うぅ、意地悪……」
「だって、いじめて欲しいんでしょ」
「いじめて欲しいわけじゃ……」
「抵抗しても、やめないで欲しいんでしょ。いじめるってことじゃないの」
「う……、はい……、そ…です」
有一の肩に手を置いて、彼と向かい合う形で、膝の上に跨った。彼に体重を預け、キスをする。
「大胆に来たねぇ」
「や、だって……」
彼は、道弥の背中に腕を回すと、キスを重ねた。優しく触れるように、何度もキスをする。
「嘘だよ、優しくするから。いじめたりしないから、リラックスして」
強く抱きしめられ、耳元で告げられた。むき出しの太腿に彼の手が触れる。
「あう……」
思わず肩を上げる。彼は「リラックス」と言って、服の上から背中を撫でた。背中を支えられ、そっとベッドに寝かされる。
「あの……」
「ん」
「この体勢、ちょっと……、怖いかも……」
「そっか。わかった」
体を起こされ、再び有一の脚の上に跨って座らされる。お互いの陰部が、布越しに密着する。すでに彼のそれは硬くなっていた。
「上の服、脱がしていい?」
「はい……。や、脱ぎます、自分で……」
腕を交差し、スウェットの裾を持ち上げ頭と腕を抜く。体を覆うものが下着一枚だけになった。ほとんど裸の状態は、著しく心許ない。
「初めて見た……」
彼が、確かめるように、肌の表面に手のひらを滑らせる。胸板に幾つもキスをされ、胸の先に唇が触れた。
「あっ、ま……、待って……」
彼の肩に置いた手に、力が入る。
「んー、待たない。無理だったらセーフワードね」
固く瞼を閉じ、はあはあと肩で呼吸をした。彼の首に腕を回し、しがみつくように体を密着させた。再び太腿を撫でられ、体が強張る。下着の上から、陰部に指が触れた。
「あっ!」
大きな声が出て、咄嗟に彼の手首を押し除けた。
「あ……、すません……、つい……」
「大丈夫? すでに汗かいてるけど……」
額を手のひらで撫でられる。
「大丈夫です……。続けてください」
「うーん……」
彼は眉を少し下げて、じっと見つめている。その顔を両手で掴んでキスをし、舌を入れた。
彼の指が、下着の上から陰部をなぞる。切ないような感覚が少しずつ広がり、息があがる。亀頭を親指の腹で掻くように擦られ、声が漏れた。下着をずらされ、陰部が露わになる。
「俺のと合わせて、一緒にしていい?」
彼がズボンと下着をずらし、勃起した陰茎を開放した。息は荒く、乱れている。瞬時に胸の奥に疾しさが燻る。
「あ……」
言葉を発する隙もなく、彼は互いの裏筋を合わせ、上下に擦った。込み上げる射精感に、鼓動が早くなる。
「あ、あっ、やっ、待って……、や、やだ……」
彼の手首に手を添えたが、もう片方の手で手を掴まれる。
「も……、やめ……」
体に力が入らず、動悸が激しくなる。指先が痺れる。
「ごめ……なさ……。か、ぁ……、さん……」
喉がつかえて、言葉がうまく出なかった。彼の手が動きを止め、陰部から手を離される。涙が滲み、目元を手で覆った。背中に手を回され、強く抱きしめられる。
「ごめん……!」
「ちが……」
彼の肩が上下している。
ほのかに香る汗のにおい。素肌に擦れる、彼のシャツ。太腿に、彼の硬いままのそれがあたっている。涙がさらに込み上げた。
「うっ……、う……、ごめん、なさ……。す…、捨てないで……、捨てな……で……」
「捨てないよ! そんな……、何言ってんの……。最初に言ったよ、俺。できなくてもいいって」
「ごめ…、なさい……」
「大丈夫だよ。謝らないで……」
彼の掠れた声が、聞こえた。体を包み込む腕が、頭を撫でる手のひらが、温かくて哀しい。
「はい。熱いから気をつけてね」
有一が湯気の立つマグカップを差し出した。それを受け取ると、甘い匂いが漂ってくる。マグカップを両手で持って、ベッドの上で膝に乗せた。スウェット越しに伝わる熱が、心地よい。彼は床に座り、ベッドに肩肘を乗せて、道弥の顔を見上げている。
その顔を一度見て、手元に視線を戻した。
「僕……、小六の夏休みに、祖母の家に引き取られて、それから親と離れて暮らしてて……」
「そうなんだ」
彼の腕が伸びてきて、手のひらで背中をさすられる。
「その……、なんでかって言うと……、近所に、高校生が住んでたんですけど……」
「それは……、男の子? 女の子?」
「男です。……絵が上手くて、美大を目指してて……、画材もたくさんあって……。うちでは絵を描いてると怒られたから、そいつの家で描いてたんです。絵の具とか、何でも貸してくれて、描き方も教えてくれて……」
「うん」
「だから……、その、勉強教わるって親に嘘ついて、よく行ってたんです……。その……、そいつの家に……。それで……」
深呼吸をして、息を整える。手に汗をかいて、片手でカップを持ち、手のひらをズボンで拭いた。彼がカップを受け取り、テーブルに置く。
「あ……、それで、いつもみたいに、家に行ったんです。……けど……、えっと……、お……、押し倒され、て……」
背中を丸め、目元を両手で覆った。有一の顔を見るのが怖かった。
「……触られたり……、とか……、して……」
そこまで言って、言葉に詰まった。そこから先を、どう言えばいいのかわからない。
次の言葉を待っているのか、引いているのか、沈黙が続く。息が浅くなる。
「……つらかったね。小学生ってことだよね……。そんなの……、怖かったよね」
「違うんです……! 最初は……、強引にされたけど、二回目は自分で、向こうの家に行った! ご、合意だった……。僕が……、受け入れた。だから、そういう関係になって……」
「道弥くん。そうだとしても、最初に手を出したその高校生が悪いよ。法律の細かいことはわかんないけど、キミに落ち度はないよ」
彼の手が、道弥の膝に置かれた。
「それは……、わかってます。あいつは、性犯罪者で……、僕が被害者です。今ならわかります。高校生が、小学生にとか……、頭おかしい……。優しくされたのも、ただのグルーミングだったのかもって……、わかってます」
胸が痛んで涙が滲む。
「でも……、あの頃の僕にとっては、必要だった……。家族とうまくいってなくて……、辛くて……、淳太がいたから、頑張れた……。なのに、示談金払わせて、被害者ヅラして……、気持ち悪い、自分が」
胸を突き刺す痛みが強くなり、涙が止まらなくなった。スウェットの袖に染みて、息が震える。有一が、静かにベッドに腰掛けた。彼の両腕で、肩を強く抱き寄せられた。
「僕が……、悪いことしてたから……、親に、見捨てられたんです……。今でも……、怖くなる……。悪いことをしてるんじゃないかって……」
「キミは一つも悪くない。何も悪くないよ……。悪いことなんて、何もしてない。自分を責めないで。いい子だよ……、いい子だから……」
彼の腕が力強く、道弥の体を包む。肩をさする手が熱い。喉の奥が痛むようにつかえる。
あの部屋の中で、一人で過ごした梅雨。土足で踏み込む大人たちは、憐れみの目を向けてきた。
今も覚えている。舌に触れた亀頭の味と、口内を埋めつくされる、僅かな息苦しさ。確かに感じた、体の奥の熱は、誰にも言えない。
川沿いの並木道、木々の葉っぱはほとんど落ちて、水色の空に根っこを伸ばす。枝には電飾が巻きつけられ、夜になるとそこは恋人たちのデートスポットになる予定だ。アパレルやコスメなどの洒落た路面店に、ガラス戸の洒落たカフェが並ぶ。通りを一本入った道に、それはあった。
白い外壁のその会場は、入り口から人が溢れていた。混み合っているのが離れた場所からでもわかる。
画家のJUNの個展の開催を知ったのは、SNSだった。新しい画集の発売を記念して、絵画の展示販売とサイン会を行う。今まで一度もメディアや公の場に顔を出していないJUNの、初の大イベントだ。
素性のわからない彼のことを、淳太郎ではないかと思っている。ノスタルジックで、独創的な色彩の彼の絵と、JUNという名前――。
今もなお、到底追いつけないような場所を、彼は走っているのか。
会場の入り口に入ると、先日本屋で購入した画集が平積みされていた。スタッフの腕章をつけたカメラマンが、会場内の様子を撮っている。
展示された原画を眺めた。リビングに面した畳張りの和室の、彼の小さなアトリエを思い出す。あの頃から少し変わった作風の、今の実力に圧倒される。
「本日は、ご来場ありがとうございます」
マイクを持った女性が、来場者へアナウンスを始めた。
「サイン会をお申し込みの方は、まもなくご案内となります。こちらへ並んでお待ちください」
会場の奥に設置された衝立の前に、人が集まり始める。先ほどの女性が、集まった人々に改めてアナウンスをする。写真撮影がNGだとか、画集を手元に準備しておくだとか、そんなようなことが伝えられた。
やがて、前方の列から衝立の中に案内され、サイン会が始まった。一人ずつ、だけどスムーズに、白い衝立の中に案内されては吐き出されていく。憧憬の対象にまみえた人たちは、興奮収まらず、さざめきを作り出していた。
画集を抱える手のひらが汗ばんで、服で拭いた。
「次の方どうぞ」
女性に声をかけられ、中に入る。心臓が口から出そうとはこのことだと思った。俯いて息を整える。
前に進みたい。もう一度会えれば、過去の捉え方が変わるかもしれない。
「こんにちは」
女性の声だった。顔をあげると、道弥と変わらないくらいの背丈の綺麗な女性が微笑んでいた。
横に並んだ男性スタッフに「画集を……」と促され、手に持っていたそれを差し出す。女性が画集を受け取り、ハードカバーをめくって、滑らかに油性ペンを走らせた。
「来ていただき、ありがとうございます」
彼女は感じよく微笑んで、サインの入った画集は戻された。スタッフに退場を促され、一言も発しないまま衝立の外へ流される。そのまま会場を後にし、来た並木道を駅へ戻った。
玄関のドアを閉め、冷えた空気の部屋の中、コートも脱がずにベッド脇に座り込む。トートバッグから画集を取り出し、表紙を指の腹で撫でた。ハードカバーをめくると、先ほど施されたサイン。
淳太郎じゃなかった。
「はは……。バカだな……」
昔の面影を探したカラフルな絵の数々は、別人のものだった。
ナイトテーブルの下段に立てかけたクロッキー帳を手に取った。中に挟んだ一枚の絵は、破られた箇所をセロハンテープでつなぎ合わせてある。
淳太郎と一緒に、リビングに飾られた花瓶の花を描いた。その一枚だけが、彼と共同で描いた絵だった。遊び感覚で描いたそれは、明らかに世界観の異なる花が混ざっている。
だけど、楽しく描いた。
――淳太が描いた花、僕が描いたのと、ぜんぜん違うんですけど。
彼に文句を言った。
――仕方ないだろ。みーくんと俺の作風がぜんぜん違うんだから。
――そっちが僕に合わせてよ。僕はそんなん、真似できないんだから。
――やだよ。俺はこういうふうに描きたいの。
――はー、やれやれ……。
――あんだぁ? しょの、にゃまいきなおクチは。このクチか?
彼が片手で両頬を掴んできた。
――ふふ……。あー淳太ぐらい、おちゃらけてたら、うちの母さんのことも軽くさ、あしらえそうだよね。
――おちゃらけてるって何だよ。聞き捨てならねぇぞ。
――好きなことやってても、こいつはしょうがないか、って諦められそうだし。
――おい、ディスってんのかぁ? お仕置きするぞ。
彼が道弥の陰部を服の上から掴む。その手を掴んで、やめてと払い除けた。
――つうかさ、お前の母ちゃんは、なんでそんなに絵を描くことに目くじら立てるわけ? やることやってりゃ趣味で何しててもよくない?
――んー、なんていうか、平凡な実力だから……、将来性がなくて意味ない……、というようなことを言われた。
――うわ、きつ……。
――はは、だよね。
――お前の母ちゃんは、わかってないね。子供はさ、親のために生きてるわけじゃないのによ。
いつもより真剣なトーンだった。彼のほうを見ると、視線はスケッチブックに落としたまま、筆を動かしている。
――自分の将来は自分で決めるって、言ってやりな。
――だから言えないって、そんなこと。言えてたら苦労しない。
――はー……、なっさけねぇなぁ! みーくんも男だろ。ビシッとしろよなぁ。
彼は肘で脇腹を突いてきた。
――……淳太にはわかんないよ。
――そうやってすぐいじけてたら、前に進めないぞ。自分でなんとかしなきゃ、やりたいことなんてやれねぇよ。誰も助けてくんねぇの。
――……なんだよ、それぇ……。
視界が滲み、吐息混じりにぼやいた。
――もう……、すぐ泣くじゃん……。
彼はティッシュを数枚、雑に取って顔に押し付けてきた。それを受け取り、目元を拭う。
――みーくんはさ、何のために生まれてきたと思ってる?
――は……、何その壮大な話……。
――ぜんぜん壮大じゃねぇよ。等身大の話。あのさ、好きなことするために生きてんだよ、俺らは。みんなそうなの。
彼は手を止めて、目を合わせてきた。
――そういう人生を選ぶかどうかは、本人次第だけどな。
――じゃあ、どうすればいいの。好きなことをやるには……。
――んー……、言い訳しない。諦めない。
――……めっちゃ根性論……。
――いや、根性大事よ。スポーツ選手だって、メンタルトレーナーつけたりするの、知ってる? つまり、そういうことなんだよ。
彼は絵の具チューブに手を伸ばし、黄色をパレットに出した。
――え、結局どうすればいいの。
――みーくんバカなの? だからぁ、やりたいことがあるなら、それを選び続けるの。わかったかな、泣き虫おバカちゃん。んーま。
頬にキスをされた。
――え、じゃあつまり、どうやって……。
――もう、わかんだろうが。この話はおしまい。
――なに面倒くさくなってんの。
――面倒くせぇよ! こういう……、絵の描き方とか、えっちの仕方とかは教えられるけど、こういうのは教えられるもんじゃねぇの。
――サイテー、スケベじじい。
――誰がジジイだって? ピチピチの高校生だわ。
彼が、痛いくらいに頬をつねってきた。彼の手を払い除けて、痛いと文句を言う。彼がパレットに出したプライマリーイエローを、筆に取った。
内臓から軽くなって、浮遊するような、気持ちが急かす感じがした。明るい夕方、い草と絵の具の匂い。胸が詰まって、また泣きそうになった。
秘密が発覚すると、彼は簡単に手を離し、積み重ねたカラフルな時間は黒く塗りつぶされた。
ゴミ箱に捨てられたスケッチブックの残骸から、このときの絵だけを探し出し、夜中に泣きながら貼り合わせた。
祖母の住む田舎へ移り住んでから、市立図書館で漁った性犯罪関連の本。
――淫行、レイプ、児童虐待、グルーミング、ストックホルム症候群……。
どんな言葉も、前例も、人ごとのようにしっくり溶けなかった。
僕だけの愛しい傷は、型に嵌められない。名前をつけられない。どこにもない、ただひとつの絵。
追いかけた偶像も、到底追いつけないと思い込んでいた存在も、過去に描いた絵と同じ。
新しい絵を、描いていく――。
「大丈夫? うなされてたよ」
額に柔らかいパイル地の感触を得て、汗を拭われていることに気づく。
「え……、何時……」
体を起こす。窓の外はすでに明るい。
「七時くらい」
「すみません、迷惑かけて」
「迷惑だなんて、思うわけがないよ。それより体調大丈夫?」
「はい……」
額の汗を手で拭った。
「昨日お風呂入らなかったし、シャワー浴びてくる?」
「そうします」
重い体をなんとか動かし、脱衣所へ向かう。汗をかいた肌が、冷えた空気に触れて寒い。全身が粟立つ。
鏡に映る白い肌と、乱れた髪。胸の奥に、鉛の球を落とされたように、鈍い衝撃が走る。産毛が逆立ち、呼吸が浅く、早くなる。
シャワーを終えて出ると、部屋にいい匂いが立ち込めていた。
「テキトーに朝ごはん用意したけど、食べられそう? コーヒーは飲む?」
有一が狭いキッチンでインスタントコーヒーを開ける。その背中に、抱きついた。
「おっと……、びっくりした……。どうしたの」
彼の体に回した腕に、手を添えられた。
「有一さん……」
「はい、何でしょう」
「……ぇ…、ちしたい……」
口に出してみると、顔が忽ち熱くなる。鼓動が早まり、彼の背中に顔をうずめた。
「え……、えっ?」
手首を掴まれると、腕が剥がされ、彼が体ごと振り向いた。
「……聞き間違いかな」
「じゃないです。えっちしたいって言った」
目を合わさずに、瞼を伏せた。手首を掴む手が、痛いくらいに力強い。
「……急にどうしたの」
「したくないんですか」
「いや、したいよ。そりゃあ、したいです、正直めちゃくちゃ!」
「じゃあ……」
「でも無理してほしくないの。OKになった理由を教えてよ」
「理由もなにも……。したくなったからじゃダメですか」
彼の肩を引き寄せ、唇を重ねる。自分のズボンを尻の下まで下ろし、床に落とすと、脚から抜いた。
「……ベッド行こっか」
彼に手を引かれ、ベッドに腰掛ける。
「無理になったら、早めに言って。すぐやめるから」
彼が手を握り、確かめるように言った。
「や、むしろ、やめないでください。反射的に抵抗しちゃうかもしれないけど……、続けてください」
「ええ、なにそれ……。そんなこと出来ないよ」
「でも、もう強行突破しちゃったほうがいいと思うんです。じゃないと、いつまでも前に進めないから」
「……何を焦ってるのかわかんないけど、荒療治はよくないよ」
「ほんとに、大丈夫です」
彼の目をまっすぐに見て伝えた。視線を逸らされ、彼は小さくため息をつく。
「わかった。セーフワード決めよう」
「なんですかそれ」
「本当に無理になったときの、合図の言葉。リスクが伴うエッチには必要なの」
「……必要ないです」
「だめ。使わなくてもいいから、保険として決めて」
「えー……、例えば? ストップ、とか?」
「何でもいいんだけど、普通はエッチするときに到底出てこないような、脈絡のない言葉かな。我に返るみたいな……」
「我に返る……」
ふと、浮かんだ言葉があった。
「母さん……、とか……」
口に出すと、一瞬肌が粟立ち、胃が重くなる。
「……ん、わかった。じゃあそれでいこう。心の準備ができたら、キミのほうからキスして」
「えっ、僕から?」
「そうだよ。自分からキスもできないようじゃねぇ……。さっき俺を誘ってくれたみたいな、エッチな積極性を見せてよ」
彼は後ろに両手をついて、挑発するように口角と片眉を上げた。
「うぅ、意地悪……」
「だって、いじめて欲しいんでしょ」
「いじめて欲しいわけじゃ……」
「抵抗しても、やめないで欲しいんでしょ。いじめるってことじゃないの」
「う……、はい……、そ…です」
有一の肩に手を置いて、彼と向かい合う形で、膝の上に跨った。彼に体重を預け、キスをする。
「大胆に来たねぇ」
「や、だって……」
彼は、道弥の背中に腕を回すと、キスを重ねた。優しく触れるように、何度もキスをする。
「嘘だよ、優しくするから。いじめたりしないから、リラックスして」
強く抱きしめられ、耳元で告げられた。むき出しの太腿に彼の手が触れる。
「あう……」
思わず肩を上げる。彼は「リラックス」と言って、服の上から背中を撫でた。背中を支えられ、そっとベッドに寝かされる。
「あの……」
「ん」
「この体勢、ちょっと……、怖いかも……」
「そっか。わかった」
体を起こされ、再び有一の脚の上に跨って座らされる。お互いの陰部が、布越しに密着する。すでに彼のそれは硬くなっていた。
「上の服、脱がしていい?」
「はい……。や、脱ぎます、自分で……」
腕を交差し、スウェットの裾を持ち上げ頭と腕を抜く。体を覆うものが下着一枚だけになった。ほとんど裸の状態は、著しく心許ない。
「初めて見た……」
彼が、確かめるように、肌の表面に手のひらを滑らせる。胸板に幾つもキスをされ、胸の先に唇が触れた。
「あっ、ま……、待って……」
彼の肩に置いた手に、力が入る。
「んー、待たない。無理だったらセーフワードね」
固く瞼を閉じ、はあはあと肩で呼吸をした。彼の首に腕を回し、しがみつくように体を密着させた。再び太腿を撫でられ、体が強張る。下着の上から、陰部に指が触れた。
「あっ!」
大きな声が出て、咄嗟に彼の手首を押し除けた。
「あ……、すません……、つい……」
「大丈夫? すでに汗かいてるけど……」
額を手のひらで撫でられる。
「大丈夫です……。続けてください」
「うーん……」
彼は眉を少し下げて、じっと見つめている。その顔を両手で掴んでキスをし、舌を入れた。
彼の指が、下着の上から陰部をなぞる。切ないような感覚が少しずつ広がり、息があがる。亀頭を親指の腹で掻くように擦られ、声が漏れた。下着をずらされ、陰部が露わになる。
「俺のと合わせて、一緒にしていい?」
彼がズボンと下着をずらし、勃起した陰茎を開放した。息は荒く、乱れている。瞬時に胸の奥に疾しさが燻る。
「あ……」
言葉を発する隙もなく、彼は互いの裏筋を合わせ、上下に擦った。込み上げる射精感に、鼓動が早くなる。
「あ、あっ、やっ、待って……、や、やだ……」
彼の手首に手を添えたが、もう片方の手で手を掴まれる。
「も……、やめ……」
体に力が入らず、動悸が激しくなる。指先が痺れる。
「ごめ……なさ……。か、ぁ……、さん……」
喉がつかえて、言葉がうまく出なかった。彼の手が動きを止め、陰部から手を離される。涙が滲み、目元を手で覆った。背中に手を回され、強く抱きしめられる。
「ごめん……!」
「ちが……」
彼の肩が上下している。
ほのかに香る汗のにおい。素肌に擦れる、彼のシャツ。太腿に、彼の硬いままのそれがあたっている。涙がさらに込み上げた。
「うっ……、う……、ごめん、なさ……。す…、捨てないで……、捨てな……で……」
「捨てないよ! そんな……、何言ってんの……。最初に言ったよ、俺。できなくてもいいって」
「ごめ…、なさい……」
「大丈夫だよ。謝らないで……」
彼の掠れた声が、聞こえた。体を包み込む腕が、頭を撫でる手のひらが、温かくて哀しい。
「はい。熱いから気をつけてね」
有一が湯気の立つマグカップを差し出した。それを受け取ると、甘い匂いが漂ってくる。マグカップを両手で持って、ベッドの上で膝に乗せた。スウェット越しに伝わる熱が、心地よい。彼は床に座り、ベッドに肩肘を乗せて、道弥の顔を見上げている。
その顔を一度見て、手元に視線を戻した。
「僕……、小六の夏休みに、祖母の家に引き取られて、それから親と離れて暮らしてて……」
「そうなんだ」
彼の腕が伸びてきて、手のひらで背中をさすられる。
「その……、なんでかって言うと……、近所に、高校生が住んでたんですけど……」
「それは……、男の子? 女の子?」
「男です。……絵が上手くて、美大を目指してて……、画材もたくさんあって……。うちでは絵を描いてると怒られたから、そいつの家で描いてたんです。絵の具とか、何でも貸してくれて、描き方も教えてくれて……」
「うん」
「だから……、その、勉強教わるって親に嘘ついて、よく行ってたんです……。その……、そいつの家に……。それで……」
深呼吸をして、息を整える。手に汗をかいて、片手でカップを持ち、手のひらをズボンで拭いた。彼がカップを受け取り、テーブルに置く。
「あ……、それで、いつもみたいに、家に行ったんです。……けど……、えっと……、お……、押し倒され、て……」
背中を丸め、目元を両手で覆った。有一の顔を見るのが怖かった。
「……触られたり……、とか……、して……」
そこまで言って、言葉に詰まった。そこから先を、どう言えばいいのかわからない。
次の言葉を待っているのか、引いているのか、沈黙が続く。息が浅くなる。
「……つらかったね。小学生ってことだよね……。そんなの……、怖かったよね」
「違うんです……! 最初は……、強引にされたけど、二回目は自分で、向こうの家に行った! ご、合意だった……。僕が……、受け入れた。だから、そういう関係になって……」
「道弥くん。そうだとしても、最初に手を出したその高校生が悪いよ。法律の細かいことはわかんないけど、キミに落ち度はないよ」
彼の手が、道弥の膝に置かれた。
「それは……、わかってます。あいつは、性犯罪者で……、僕が被害者です。今ならわかります。高校生が、小学生にとか……、頭おかしい……。優しくされたのも、ただのグルーミングだったのかもって……、わかってます」
胸が痛んで涙が滲む。
「でも……、あの頃の僕にとっては、必要だった……。家族とうまくいってなくて……、辛くて……、淳太がいたから、頑張れた……。なのに、示談金払わせて、被害者ヅラして……、気持ち悪い、自分が」
胸を突き刺す痛みが強くなり、涙が止まらなくなった。スウェットの袖に染みて、息が震える。有一が、静かにベッドに腰掛けた。彼の両腕で、肩を強く抱き寄せられた。
「僕が……、悪いことしてたから……、親に、見捨てられたんです……。今でも……、怖くなる……。悪いことをしてるんじゃないかって……」
「キミは一つも悪くない。何も悪くないよ……。悪いことなんて、何もしてない。自分を責めないで。いい子だよ……、いい子だから……」
彼の腕が力強く、道弥の体を包む。肩をさする手が熱い。喉の奥が痛むようにつかえる。
あの部屋の中で、一人で過ごした梅雨。土足で踏み込む大人たちは、憐れみの目を向けてきた。
今も覚えている。舌に触れた亀頭の味と、口内を埋めつくされる、僅かな息苦しさ。確かに感じた、体の奥の熱は、誰にも言えない。
川沿いの並木道、木々の葉っぱはほとんど落ちて、水色の空に根っこを伸ばす。枝には電飾が巻きつけられ、夜になるとそこは恋人たちのデートスポットになる予定だ。アパレルやコスメなどの洒落た路面店に、ガラス戸の洒落たカフェが並ぶ。通りを一本入った道に、それはあった。
白い外壁のその会場は、入り口から人が溢れていた。混み合っているのが離れた場所からでもわかる。
画家のJUNの個展の開催を知ったのは、SNSだった。新しい画集の発売を記念して、絵画の展示販売とサイン会を行う。今まで一度もメディアや公の場に顔を出していないJUNの、初の大イベントだ。
素性のわからない彼のことを、淳太郎ではないかと思っている。ノスタルジックで、独創的な色彩の彼の絵と、JUNという名前――。
今もなお、到底追いつけないような場所を、彼は走っているのか。
会場の入り口に入ると、先日本屋で購入した画集が平積みされていた。スタッフの腕章をつけたカメラマンが、会場内の様子を撮っている。
展示された原画を眺めた。リビングに面した畳張りの和室の、彼の小さなアトリエを思い出す。あの頃から少し変わった作風の、今の実力に圧倒される。
「本日は、ご来場ありがとうございます」
マイクを持った女性が、来場者へアナウンスを始めた。
「サイン会をお申し込みの方は、まもなくご案内となります。こちらへ並んでお待ちください」
会場の奥に設置された衝立の前に、人が集まり始める。先ほどの女性が、集まった人々に改めてアナウンスをする。写真撮影がNGだとか、画集を手元に準備しておくだとか、そんなようなことが伝えられた。
やがて、前方の列から衝立の中に案内され、サイン会が始まった。一人ずつ、だけどスムーズに、白い衝立の中に案内されては吐き出されていく。憧憬の対象にまみえた人たちは、興奮収まらず、さざめきを作り出していた。
画集を抱える手のひらが汗ばんで、服で拭いた。
「次の方どうぞ」
女性に声をかけられ、中に入る。心臓が口から出そうとはこのことだと思った。俯いて息を整える。
前に進みたい。もう一度会えれば、過去の捉え方が変わるかもしれない。
「こんにちは」
女性の声だった。顔をあげると、道弥と変わらないくらいの背丈の綺麗な女性が微笑んでいた。
横に並んだ男性スタッフに「画集を……」と促され、手に持っていたそれを差し出す。女性が画集を受け取り、ハードカバーをめくって、滑らかに油性ペンを走らせた。
「来ていただき、ありがとうございます」
彼女は感じよく微笑んで、サインの入った画集は戻された。スタッフに退場を促され、一言も発しないまま衝立の外へ流される。そのまま会場を後にし、来た並木道を駅へ戻った。
玄関のドアを閉め、冷えた空気の部屋の中、コートも脱がずにベッド脇に座り込む。トートバッグから画集を取り出し、表紙を指の腹で撫でた。ハードカバーをめくると、先ほど施されたサイン。
淳太郎じゃなかった。
「はは……。バカだな……」
昔の面影を探したカラフルな絵の数々は、別人のものだった。
ナイトテーブルの下段に立てかけたクロッキー帳を手に取った。中に挟んだ一枚の絵は、破られた箇所をセロハンテープでつなぎ合わせてある。
淳太郎と一緒に、リビングに飾られた花瓶の花を描いた。その一枚だけが、彼と共同で描いた絵だった。遊び感覚で描いたそれは、明らかに世界観の異なる花が混ざっている。
だけど、楽しく描いた。
――淳太が描いた花、僕が描いたのと、ぜんぜん違うんですけど。
彼に文句を言った。
――仕方ないだろ。みーくんと俺の作風がぜんぜん違うんだから。
――そっちが僕に合わせてよ。僕はそんなん、真似できないんだから。
――やだよ。俺はこういうふうに描きたいの。
――はー、やれやれ……。
――あんだぁ? しょの、にゃまいきなおクチは。このクチか?
彼が片手で両頬を掴んできた。
――ふふ……。あー淳太ぐらい、おちゃらけてたら、うちの母さんのことも軽くさ、あしらえそうだよね。
――おちゃらけてるって何だよ。聞き捨てならねぇぞ。
――好きなことやってても、こいつはしょうがないか、って諦められそうだし。
――おい、ディスってんのかぁ? お仕置きするぞ。
彼が道弥の陰部を服の上から掴む。その手を掴んで、やめてと払い除けた。
――つうかさ、お前の母ちゃんは、なんでそんなに絵を描くことに目くじら立てるわけ? やることやってりゃ趣味で何しててもよくない?
――んー、なんていうか、平凡な実力だから……、将来性がなくて意味ない……、というようなことを言われた。
――うわ、きつ……。
――はは、だよね。
――お前の母ちゃんは、わかってないね。子供はさ、親のために生きてるわけじゃないのによ。
いつもより真剣なトーンだった。彼のほうを見ると、視線はスケッチブックに落としたまま、筆を動かしている。
――自分の将来は自分で決めるって、言ってやりな。
――だから言えないって、そんなこと。言えてたら苦労しない。
――はー……、なっさけねぇなぁ! みーくんも男だろ。ビシッとしろよなぁ。
彼は肘で脇腹を突いてきた。
――……淳太にはわかんないよ。
――そうやってすぐいじけてたら、前に進めないぞ。自分でなんとかしなきゃ、やりたいことなんてやれねぇよ。誰も助けてくんねぇの。
――……なんだよ、それぇ……。
視界が滲み、吐息混じりにぼやいた。
――もう……、すぐ泣くじゃん……。
彼はティッシュを数枚、雑に取って顔に押し付けてきた。それを受け取り、目元を拭う。
――みーくんはさ、何のために生まれてきたと思ってる?
――は……、何その壮大な話……。
――ぜんぜん壮大じゃねぇよ。等身大の話。あのさ、好きなことするために生きてんだよ、俺らは。みんなそうなの。
彼は手を止めて、目を合わせてきた。
――そういう人生を選ぶかどうかは、本人次第だけどな。
――じゃあ、どうすればいいの。好きなことをやるには……。
――んー……、言い訳しない。諦めない。
――……めっちゃ根性論……。
――いや、根性大事よ。スポーツ選手だって、メンタルトレーナーつけたりするの、知ってる? つまり、そういうことなんだよ。
彼は絵の具チューブに手を伸ばし、黄色をパレットに出した。
――え、結局どうすればいいの。
――みーくんバカなの? だからぁ、やりたいことがあるなら、それを選び続けるの。わかったかな、泣き虫おバカちゃん。んーま。
頬にキスをされた。
――え、じゃあつまり、どうやって……。
――もう、わかんだろうが。この話はおしまい。
――なに面倒くさくなってんの。
――面倒くせぇよ! こういう……、絵の描き方とか、えっちの仕方とかは教えられるけど、こういうのは教えられるもんじゃねぇの。
――サイテー、スケベじじい。
――誰がジジイだって? ピチピチの高校生だわ。
彼が、痛いくらいに頬をつねってきた。彼の手を払い除けて、痛いと文句を言う。彼がパレットに出したプライマリーイエローを、筆に取った。
内臓から軽くなって、浮遊するような、気持ちが急かす感じがした。明るい夕方、い草と絵の具の匂い。胸が詰まって、また泣きそうになった。
秘密が発覚すると、彼は簡単に手を離し、積み重ねたカラフルな時間は黒く塗りつぶされた。
ゴミ箱に捨てられたスケッチブックの残骸から、このときの絵だけを探し出し、夜中に泣きながら貼り合わせた。
祖母の住む田舎へ移り住んでから、市立図書館で漁った性犯罪関連の本。
――淫行、レイプ、児童虐待、グルーミング、ストックホルム症候群……。
どんな言葉も、前例も、人ごとのようにしっくり溶けなかった。
僕だけの愛しい傷は、型に嵌められない。名前をつけられない。どこにもない、ただひとつの絵。
追いかけた偶像も、到底追いつけないと思い込んでいた存在も、過去に描いた絵と同じ。
新しい絵を、描いていく――。
0
あなたにおすすめの小説
αとβじゃ番えない
庄野 一吹
BL
社交界を牽引する3つの家。2つの家の跡取り達は美しいαだが、残る1つの家の長男は悲しいほどに平凡だった。第二の性で分類されるこの世界で、平凡とはβであることを示す。
愛を囁く二人のαと、やめてほしい平凡の話。
目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?
綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。
湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。
そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。
その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
【完結】余四郎さまの言うことにゃ
かずえ
BL
太平の世。国を治める将軍家の、初代様の孫にあたる香山藩の藩主には四人の息子がいた。ある日、藩主の座を狙う弟とのやり取りに疲れた藩主、玉乃川時成は宣言する。「これ以上の種はいらぬ。梅千代と余四郎は男を娶れ」と。
これは、そんなこんなで藩主の四男、余四郎の許婚となった伊之助の物語。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

