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第7話

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 皆の心がその時を今か、今かと待ちわびているにも関わらず、いつもと同じ速度で進む時計の針たちも、ついにその時刻を指した。教室の黒板の上、少し古びた四角いスピーカーのようなものから、最近よく耳にするヒットナンバーが流れ出す。今頃、中庭のステージではオープニングセレモニーを盛り上げるように、ダンス部や有志の面々によるパフォーマンスが繰り広げられていることだろう。
 教室内では、女性陣の化粧スキルによって高いクオリティへと昇華した女装メイドと男装執事が、ノリノリでリズムを取っている。そんな彼らを眺めていると、曲はあっという間に終わり、マイクが風の音を拾い出す。

「では、続いて実行委員長より開会の言葉です」

 聞き覚えのある声の紹介で、実行委員長の言葉が始まる。それに重ねるように、教室内でも、2日間頑張るぞー、おー、と気合が入れられる。
 実行委員長が開会を宣言すると、オープニングセレモニー中は閉められていた昇降口が開かれ、シフトの入っていない生徒がなだれ込んでくる。その波がひと段落ついたところで、校内が一般公開された。
 さすがに朝一番は暇だろうと思っていたが、店内は満席に。廊下ではそれなりの行列ができている。並んでいる彼ら、彼女らはここの何にひかれたんだろうか。いや、まあ、なんか並んでるしすごいんじゃないのか? っていう興味本位な気がするが。

「廊下限界だよ、廊下の整列に誰かちょうだい」

 いそいそと接客にいそしんでいると、執事服に身を包んだ受付の女子が扉から顔を出して、そんなことを言ってくる。

「何人いればいい? 中もそれなりに厳しいんだが」
「1人、いや、2人欲しい」
「分かった」

 フロアの人事権は、執事側の長と委員長、そして俺が持っているが、この時間帯は俺の担当だ。店内を見回せば、執事目当ての女子が多いのが分かるし、受付を女子がやっているのもあって、これ以上執事は減らせない。

「メイド2人、廊下で整列担当に移ってくれ」
「了解」
「店内は任せた、メイド長」

 外見に似合わぬ、変声期を超えすっかり低い声でそう言われたものだから、思わず吹き出しかけるが、すでに店内には客がいるので何とかこらえる。
 厨房にいる芽衣は大丈夫だろうか、少し様子を見たい気もするが、こっちはこっちで、なかなかしんどい。少なくとも、女装だどうだと考えている余裕はない。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 入ってきた女子をマニュアル通りに、席に案内しようと顔を上げたところで、表情筋が思いっきり引きつりそうになる。しかし、何とかこらえる。
 なんで湊がいるんだ? いや、一般公開されてるから別にいてもいいんだけど。

「こちらメニューになります。本日、おすすめは紅茶とクッキーのセットになります」

 気持ち声を高めに、俺だということがバレないように振舞う。

「じゃあ、そのセットとやらを頼むよ」
「かしこまりました。少々お待ちください」

 逃げるように厨房班のいる裏方へと入り、注文されたものを伝える。

「メイド長、顔色悪いけど大丈夫か?」
「廣瀬さん成分が不足しちゃった?」
「体調はたぶん平気だ。でその謎成分何?」

 冗談交じりに心配してくれるクラスメイトにありがたさを感じていると、奥から芽衣がやってきた。

「顔色悪そうだったって聞いたけど大丈夫? とりあえず、一息ついたら?」
「お、おう」
「じゃあ、これ」
「ありがとな」

 差し出された紙コップには、紅茶が入っている。シフト中にも他と重ならないように1回だけ5分休憩を取っていい、というルールでフロアを回しているし、一旦休憩しろ、と周りに言われたので、とりあえず休憩用の椅子に座らせてもらう。


 紅茶を飲みながら少し休むと、頭はずいぶんと冷静さを取り戻し、いつもの調子へと戻る。

「じゃあ、戻るわ」
「復活してる。やっぱり廣瀬さん成分が不足してたんだね」

 だから、それ不足するとどうなるんだよ、というツッコミを飲み込んで、そうかもしれないな、と残してフロアに戻る。
 先ほどの接客は既に他が当たってくれたようで、また次の客のところへと向かう。


 休憩を取ってから、いったいどれだけの客を相手にしただろうか。そろそろ、いい時間だし、次のシフトに入っている面々も揃ってきたので、次が最後の接客となりそうだ。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 顔を上げて、今度は表情筋が思いっきり引きつる。理由は簡単、一番この姿を見て欲しくない人だからだ。

「何やってるの、お兄ちゃん? いや、この場合はお姉ちゃんって言った方がいいの?」
「お席にご案内します」

 入り口前で立ち止まるつもりはないので、いったん祐奈の言葉を無視して、席へと案内する。
 おかしいな、鏡見ても、俺だって分かんないくらい完璧な女装だったのに。

「こちらメニューになります」
「で、お兄ちゃん、なにしてるの?」
「メイド長」

 声を控えめに俺がそう言うと、必死に笑いをこらえる祐奈。

「祐奈の接客終わったらシフト終わりだから、あとでな」
「了解であります。ところでオススメは?」
「紅茶とクッキーのセットになります」
「じゃあ、それで」

 少々お待ちください、と言って裏方に行き、注文を教えると、すぐに渡されるのでそれを祐奈のもとにもっていく。
 祐奈は特に俺を捕まえたりしなかったが、再び裏方に戻ると、周りをメイドに囲まれる。

「なに? お前らそんなにメイド長代理やりたいの?」
「それはない。それより、あの美少女との関係は?」

 俺の問いに、一人が前に出てきてそう言った。

「妹だよ、妹。可愛いだろ」

 チッ、とメイドには似つかわしくない舌打ちが、全方面から聞こえた。
 どうしてくれようか、このメイド共。

「壮太、早く行こ?」

 俺の手を引いて、メイド(男)の群れから解放してくれたのは芽衣だ。

「助かった。でも、待ってくれ。この格好だけどうにかしたい。あと、祐奈が来てる」
「ほんと? じゃあ、私祐奈ちゃんと喋ってくるから、着替えたらきて」
「おう」

 そう答えると、より一層メイドたちの視線が強くなったが、そのメイドたちも帰ってきた執事たちの視線で大人しくなった。なんとも分かりやすい力関係だなぁ。
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