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第8話

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「祐奈ちゃん」

 お兄ちゃんを待ちながらクッキーを食べていると、声がかけられた。声をかけてきたのは、お兄ちゃんの彼女の芽衣さんだった。このクラスの他の人と違って異装はしてない。
 とりあえず机の上を片付けて、手招きする芽衣さんの方へと向かう。

「壮太着替えてくるっていうから、ちょっとね」
「いいですよ」

 通されたのはいわゆる裏方というところ。お兄ちゃんがあの格好からいつもの姿に戻るまで、それなりに時間がかかるから、表じゃなくこっちで待っててとのこと。裏方は想像よりだいぶ広いし、端の方には椅子と机が2つずつ置かれた休憩スペースまで用意されている。私はその休憩スペースでお兄ちゃんを待つことになった。隣には芽衣さんも座っている。

「あの、芽衣さんは、執事になったりしないんですか?」
「私は厨房担当だからしないよ」
「なるほど」

 なんで、お兄ちゃんは厨房担当じゃないんだろう? まあ、どうせ碌な理由じゃないんだろうけど。

「そういえば、お兄ちゃんと付き合い始めたんですよね」
「ああ、うん。お付き合いさせてもらってます。私から言うべきだったよね」
「で、ですね、聞きたいことがあるんですけど」
「えっと、何かな?」
「芽衣さんはお兄ちゃんのどこに惹かれたんですか?」
「や、優しくて、カッコいいとこ。あとは、とりあえず文句言うけど、やることは人一倍やってるとこかな」

 ふむふむ、私と同じくらいお兄ちゃんの事をよく見てるんだなぁ。

「お兄ちゃんの事、よく見てるんですね」
「かれこれ1年くらい私の片思いが続いてたからね」
「1年前ってことは文化祭ですか?」
「まあ、半分正解。実行委員で一緒になったんだよ。そこで、文句言いながらもずっと作業してる壮太を見てたらね。本人は全然覚えてなかったけど」
「なるほど」

 お兄ちゃんが、毎日パソコン持って帰ってきて、作業してたりしてた、あの文化祭実行委員会に芽衣さんもいたのか。じゃあ、お兄ちゃんが、実行委員には俺と同じように、押し付けられた仕事してる奴もいるし、っていうのは芽衣さんの事だったのか。改めて、芽衣さんを見る。
 少し派手だけど、凄い綺麗で、お兄ちゃんでつり合いが取れてるかっていうと微妙だけど、お兄ちゃんの事ちゃんと見てるし、引っ張ってってくれそうだし。

「ふつつかな兄ですが、よろしくお願いします」
「いや、そんな、寧ろ私の方こそ、よろしくね」

 ≁≁≁

 メイド服から制服に着替え、ウィッグを外し、化粧を落として、髪を整える。
 15分とかからずに、芽衣と祐奈のところに戻れたのは中々に凄いんじゃないだろうか。

「お兄ちゃんが、お兄ちゃんだ」
「それ、だいぶ日本語としておかしいぞ」
「いや、だってさっきまでメイドだったじゃん」
「まあ、そうなんだけどさぁ」
「祐奈ちゃん、壮太だって気づいたの?」
「ええ、まあ。生まれてからずっと聞いてる声ですから、女装したって声で分かりますよ」

 マジで? 多分、祐奈が男装とかしてたら、声だけで祐奈だって気づけないよ。なんとなく、祐奈に似てる声だなぁって思うことはあるかもだけど。

「すごいね」
「そうですかね? そのうち芽衣さんも声だけでお兄ちゃんだって分かるようになりますよ」

 いや、祐奈ちゃん、多分だけど、芽衣はそうなりたいわけじゃないと思うよ。

「その話はまあ、一旦置いといてだ、適当に見て回ろうぜ。腹減ったし」
「お昼時だもんね。祐奈ちゃんは何か食べたいのある?」
「お邪魔だったりしないですか?」
「邪魔だなんて思わないよ。壮太とは明日も回れるし」
「そうだな」

 馬に蹴られそうだけど、とりあえずお昼だけ、と祐奈が言うと、少し芽衣の顔が赤らむ。
 芽衣と祐奈、どちらも目を惹くような容姿の持ち主なので、周りからの視線が痛い。とはいえ、一般公開されているので、そういった輩も少しは湧いてしまう。せっかくの文化祭だっていうのに、そういうのに絡まれて嫌な思いをされても困るので、視線に耐えることにする。

「で、どこかあてはあるのか?」
「とりあえず、飲食関係の多い3年生のフロアを見てみようかなって。一番奥には料理部がご飯屋やってるし」
「そうなのか。この間見に行った時は、準備してる様子なかったから知らなかった」
「去年とか回ってないの?」
「回ってないな」

 適当に喋りながらやって来たのは、料理部がやっているというご飯屋。他が喫茶店や縁日で売られていそうな焼きそば、たこ焼きを扱う中、水餃子スープに小籠包、胡麻団子と中華な感じの品揃えだ。
 芽衣曰く、毎年テーマが決まっていてそれに合わせたものを提供しているらしい。去年は豚汁、味噌田楽、団子と、和風な感じだったらしい。
 とりあえず、それぞれを一つずつ、ついでにおにぎりを買って席に着く。手を合わせて、いただきます、と言うとお互いの声が見事に重なり、思わず笑いがこぼれる。

「おお、美味い」
「でしょ」

 芽衣にオススメされるがままに買った塩むすびだが、味がシンプル故に口の中でスープの美味さを邪魔することなく、むしろ旨味を引き立てている。

「そういえば、お昼で思い出したんですけど」
「どうしたの?」
「お兄ちゃんの作るお弁当どうですか?」

 祐奈がそんなことを聞いたのは、この間の週末一緒に出掛けた際、そのついでに弁当箱を買ったからだろう。芽衣にだけ作ってもらうのは申し訳ないから、と交互に弁当を作るようになったのだが、うちには弁当箱が祐奈と俺の分しかないから、芽衣の分を急遽用意したのだ。

「美味しいよ。私の自信が音を立てて崩れていくくらいには」
「いや、芽衣の作るの美味しいよ。俺好みの味付けだし」
「ねえ、私もいるんだから、イチャつくのはもうちょっと待って。食べたら一人で回るから、その後でにして」
「いや、そんなにイチャついてないだろ」

 自覚無いの? と聞かれるが、芽衣とともに首をかしげると、祐奈は大きなため息をついた。
 え? イチャついてた? これくらいなら、篠崎と若宮さん、鎌ヶ谷先輩と和泉先輩だってしてると思うんだけど?
 祐奈は俺たちを見てため息もう一度ついた後、ゴマ団子を頬張ったかと思うとあっという間に飲み込んで、ごちそうさま。あとは二人でごゆっくり、と口にして教室を出て行った。

「なんか、気、使われちゃったね」
「いや、その割には随分とアレだった気がするけど。まあ、いっか」
「でも、ほんと、お兄ちゃん思いのいい子だね」
「そうか? まあ、いい子ではあるけど」
「普通、この年になると兄妹仲ってもう少し冷え切ってる気がするんだけど」
「まあ、うちの場合は二人暮らしだから、多少は他所より良いかもな。冷え切ったら、家の中の方が居づらくなりそうだ」
「それもそっか」
「そろそろ次行くか?」
「そうだね」
「行きたがってたお化け屋敷に直行するか、他を見て回るか、どうする? 他に気になるところがあるなら、それでもいいけど」
「とりあえず、見て回ろ。気になるところがあったら、入るって感じで。明日もあるんだし、先に全体みたいじゃん」
「はいよ」

 祐奈が残していったゴミも含め、きれいに片付けてから、調理部の店を芽衣と共に後にした。
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