Lost Fiction

湯月@岑

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浮城の女王

アンドロギュノス

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 鏡なんて見た事が無かったから、自分の容姿に驚いた。
 白い髪。赤い瞳。
 自然界では生き抜くのに賢さが必要な、そんな容姿。

※※

 必要なのは経験と、何成れば他者だった。

 照明が煌々と照らすせいか、予想よりも伽藍としている。冬眠ポッドをすべて破棄した後の船内を見下ろしながら、オリーブはそう思った。

 此処に独り。此れからも独り、と云う訳にもいかない。其れはもう、生物として。生存を希求した生物の生き様として。
 かと云って、デメテルの管理する冷凍卵子や精子から誕生する全くの他人は、少しばかり身構える心地がしていた。
 困ったオリーブが頭悩ませたのは当然で、少しばかり無茶な思索を繰り返して3徹目の朝。

「僕の男の部分を削げば、もう一人生まれない?」

 連徹よくないと窘めてくれる人も居なかったので、其の無茶な筋書きが、とっても良いアイデアに思えたのだ。

※※

 我が身からわ。だから何?
 我が身から離れたならば、私でないわ。
 私ではない、誰かだわ。
 当然でしょ

※※

 自分から離れた、元は自分の一部を見る。
 培養槽に浮かんでる。
 男性器を削ったのは、其れが一番簡単だったから。流石に、腹を割るのは躊躇った。

  の一部だった。でも、じゃない。
 …とても不思議で、でも悪くない気分だった。

 管理AI達からの提案で眠りについたのは、其れから直ぐの事だった。
 必要な機能の変更や色々な仕様変更で、大々的な改修が必要になったからだ。大きな工作機械が長期間動き回るし、騒音も抑えようとしても難しい。いっそ寝ていて呉れれば管理はちゃんとするからと。
 そう、と頷いたのは、ほんの少しの疲れが原因。
 脳裏を過ぎらないでもなかった、一番悪い想像と一緒に、私は冬眠ポッドに入って眠った。

 …流石に13年も眠らされっぱなしとは、思わなかったけれど。

※※

『貴方は本来、生まれるはずのない存在でした。オリーブの一部だったはずなのです』
 
 其の言葉を云われた時に先ず思ったのは、「じゃあ、俺はラッキーだったんだ」で。次に思ったのが、「流石AI、容赦がない」だった。其れとも、此の船に元居たという乗組員達が そんなだったのだろうか? 何方どちらにしても、あんまり気分の良くない話だった。
 …オリヴィアも、そんな風に思ってた?

 冬眠ポッドの風防から、見える顔に指先を寄せる。
 自分と良く似た顔の女の子。元は俺と一つだった人。まあ、俺が部品だったんだけど。
 顔を寄せて、内緒話の声量で語りかける。 

「俺は運が良い。君も運が良い。だから」
 きっと俺達、幸せになれるだろう?

※※

「おはよう、オリヴィア。待ち草臥れた」
 初めまして、Dear。俺の片割れ。

 目覚めて直ぐに知らない男の子からそう語りかけられて、悲鳴を挙げなかったのは奇跡に近い。

※※

 男の子はオリヴィエと名乗って、あの培養槽に浮かんでいた面影など何処にも無い顔で微笑んだ(当たり前)。
 ちょっと待って。と、待ったを掛けた其の足で駆け込んだアテナのエリア。目覚めて此方、応答のないアテナのメインパネル。壊す勢いで連打した其処からやっと応答があった。

『おはようございます、オリヴィア。良く眠れましたか?』
「寝過ぎでしょう!」

 どう考えても、寝過ごしで済まされない日々が経過している。一体なんでと問い詰めれば。

『4体の自動AIで合議した結果、オリヴィアには休息が必要と判断しました。ならばオリヴィエが同年代となる迄は休眠し、丁度良い年代で起こそうとなりまして』
「待って、私の意見どこ?」
『心身衰弱状態の人に、有るはずがないでしょう?』

 しれりと云い返されて、髪を掻き毟る。
 先ずは自己紹介から親交を深めて下さいと、ペイとばかりに追い返された。

※※

 改装済みの船内は、まるで丸っ切りだ。
 案内を買って出たオリヴィエの後を付いて歩きながら、オリヴィアは物珍しく周りを見回した。
 
「…明るいのね」
 "僕"の過ごしていた頃の舟は、いつも、とても暗かった。冬眠ポッドに入る直前だけ少しは明るかったけれど、其れだって暗闇に慣れた眼に障らぬように、薄明かりという照度だった。
 冬眠ポッドから起きてこっちは、光に慣れる処理をされたのか問題ないけれど。
 
※※

 連れて来られたのは製造区画の一画で、扉を開ければ目を日が灼いた。
 日に慣れた眼に飛び込んできたのは_

「向日葵?」
「うん、向日葵畑」
 デメテルに頼んだんだ。向日葵は油も取れるし、種も食べれるし。

「鑑賞も出来るし。綺麗だろ?」

 頷く。何て贅沢なんだろう。ギリギリでエネルギーを回していた頃には、願うことも出来ない光景だった。
 …いつか、見たかった光だった。

「そんで、はい。昼飯」
 パスリと渡された紙袋。開ければ、ホットドック?

「綺麗なもん見ながら食べるのって、結構気分いいんだ。オリヴィアも食べなよ」

 さっさと自分の分を取り出してかぶり付く。
 もぐもぐと口を動かしながら、オリヴィエが話題にするのはオリヴィアが眠ってしまってから起こったこと。オリヴィエ自身の成長記録でもある。
 標準的な言葉遣いが退屈で、記録を漁っては崩していった話を終えて。
「アテナの教えるのは標準的な言葉遣いだけど、でも、オリヴィアも結構、女の子って感じに喋るな」
 もしゃっとホットドッグに齧り付きながら、どう云おうか考える。
「そうするって決めた時に、思ったの。どうせなら、く違う2人が良いなって」
 折角、違うんだから、違う風が良いなって。
「別に、オリヴィエを其れに縛る気も無いけどね」
「なんで?良いじゃん。楽しそうだ」

 指先に残ったケチャップを舐め取りながら、オリヴィエはキョトンと云った。

「じゃあさ、其々が何が好きで何が嫌いか、一個ずつ確かめていこうぜ。違うとこは個性で、おんなじとこは趣味が合うで」

 ぱちり、オリヴィアも眼を瞬かせる。

「…良いわね」

 そうと決まれば。
 急いでオリヴィアもホットドックを食べ終わると、2人は手に手を取って図書館に向かった。

※※

 図書館の大きなテーブルの上に、書棚から引っ張り出してきた画集を所狭しと並べていく。
 資料の殆どは電子化されて、でも、そうはいかない分野も有った。
 画集や一部の写真集。色はとても繊細で、光学では上手く再現されない。見る位置によって、何処となく異なってしまう。なので此の手の分野のものだけは、未だに紙で蔵書されている。
 景気よく広げられた本の山を掻き分けながら、2人は其々に好みのものを指差し合った。
 頷き、笑い転げて、中には顔を引き攣らせながら。

※※

 2人で居るのにも慣れた頃。
 オリヴィアは朝一でオリヴィエを訪ねていた。
 2人で読み始めたシリーズ物。詩画集と云われる類の次の巻を、オリヴィエが持っていたので。

「オリヴィエ、起きてる?」

 返事がない。照明の落とされた室内で、盛り上がった小山がオリヴィエか。
 其れは、ちょっとした悪戯心。
 
「そーい!」
「いっでぇ!!」

 ダイブした寝台。予想外の苦鳴。震えるダンゴムシのオリヴィエ。

「え?え、ごめん。何処か入った?」
「オリヴィア、酷ぇ。昔は、男の子でもあったんだろ?」

 ああ。
「ごめん。僕の男の子、其処まで成長してなかったんだ」
「マジか」

 まじっまじと震えるオリヴィエを観察して、頭をツンツンと突く。

「何か、植物っぽい?」
「…どの辺が?」

 日に振り回される所が?

「ああ、朝に?」
「そう」

 だいぶ楽になったらしく、漸く敷布に伸びた。
 其の隣に、ゴロンと寝転がる。
 顔を見合わせれば、どう合っても似た顔が2つ。
 お互いが何方なのかも分からなくなる。

「眠いね」
「うん。眠い」

 ふありと2人で欠伸して、日溜まりのような布団の中に潜り込んだ。

※※

 女子の体は、月のリズムで巡る。
 心には、熱い炎が燃えている。

 男子の体は、日のリズムで巡る。
 心には、冷たい風が吹いている。
 
 涼しい月の光が、私を呼ぶの。
 暖かい日の光が、俺を呼んでいる。

 くるりくるりと入れ替わり立ち替わり、二人で笑って抱き締め合った。

※※

 ふと思い出した事。オリヴィエに聞いてみたのは、そんな事。

「そう云えば、此の船の元乗組員が、"僕"を造って選ばれるって云ってたんだけど、オリヴィエは何か分かる?」
「えー、何それ。オリーブつまりは両性体をって事?」
「多分?」
「んー」

 妄想に近いけども?

「培養槽で無い人口増産ってさ、つまりは女性の妊娠出産だろ。史実として子どもの養育の主な担い手は女性で、」なら、

「母親と同じ体じゃない自分は選ばれなかったんだとか、」

 思う奴も居るかもな?


「俺達、そもそも比べるような、育てる人間が居なかったけどな」
「つまりは、培養槽生まれ、AIが養育者の私達には関係ない話?」
「多分そう」
「ふーん、培養槽から出て同性の親とコミットすれば、何とか成りそうなものなのにね」

 雑談はすぐに流れて、其の日寝台に潜り込む頃には忘れてしまった。

fin. 



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