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4.翡翠宮
しおりを挟む私に用意されたのは翡翠宮と呼ばれる場所。宮殿の敷地内の奥深くにひっそりと佇むその建物は、妃の住む場所としては寂しく廃れた印象だった。
そこに働く使用人の数も少なくて、実家の伯爵家より少ないぐらい。
「わたくしが専属侍女のアリーです。」
「アリー、よろしくね。」
アリーは少し赤みがかった髪とそばかすが特徴の可愛らしい女性。
同じぐらいの年齢かしら?
今まで見た侍女たちとは違って庶民的で親しみやすそうな雰囲気。
仲良く出来そう。
私がほっとしながら挨拶すると、アリーははにかんだように微笑んだ。
「私、田舎者ですから、王妃さまのお世話をするなんて思わなくて……。今日はずっと緊張してたんですけど、カトリーナ様が優しい方で良かったです。」
エヘヘと歯を見せて明るく笑う様子も王宮侍女らしくない。
「カトリーナ様の髪って綺麗なブロンドですね。憧れちゃいます。」
「そう?アリーの赤い髪も可愛いわ。」
「ありがとうございます。えへへ。カトリーナ様はこの国の食べ物は気に入りました?」
「そうねぇ。まだあまり色々食べてないけど、翡翠宮でいただく料理は美味しいわ。」
「そうですか。私のオススメは海鮮料理です。私の出身の村は海のそばで、海鮮料理がとっても美味しいんです。カトリーナ様にも食べて欲しいですね。」
「そうなのね。私の故郷は果物の産地で有名なのよ。」
他愛も無いことをこんな風にお喋り出来るのは久しぶりでありがたい。
翡翠宮に働く人たちはこんな風な飾り気の無い、身分の低い人たちが多かった。
☆
私は本当に名前だけの王妃らしく、翡翠宮から出ることは許されなかった。陛下の伴侶としての務めを果たすこともなく、ほぼ軟禁状態。
けれど、その何もしない時間か私の傷を癒してくれた。
想い出って凄い。
毎日、ローレンスとの想い出に浸り、ほんの少し涙を流す。そうやって日々の時間は私の傷を宥めるように優しく過ぎていった。
陛下は毎晩寝室に訪れてはいたが、私の眠った後に来て起きる前に出ていくから会話を交わすことはなかった。
朝起きるとベッドの端が乱れていて、陛下が来たんだなって思うぐらい。
殺されなくてほっとしている反面、どうして私が妃に選ばれたんだろうって思う。私がここに嫁いだ意味も分からない中、日々は穏やかに過ぎていった。
☆
「カトリーナ様、メイソン公爵から面会の申し込みが来ております。如何いたしましょうか?」
「メイソン公爵?」
「はい。基本的にはここ翡翠宮は陛下が許可された者以外の立ち入りは認められておりません。けれど、メイソン公爵が今日突然お越しになっておりまして……。カトリーナ様への面会を強く希望されているのです。」
公爵ともなれば、一介の護衛兵士では断るのは難しいのかもしれない。普通なら、陛下の命令で入れないって聞けば引きそうなものだけど……。
「分かりました。私が行くわ。」
陛下の許可がない人間をこの翡翠宮に入れる訳にはいかない。私はエントランスでメイソン公爵に会うことにした。
☆
「メイソン公爵、ここは陛下が立ち入りを禁止しているのです。護衛たちも困っていますわ。改めて、陛下に許可を貰ってください。」
私を見るとメイソン公爵は大きく息を吐き、ほっとした様子を見せた。
三十代半ばだろうか?物腰の柔らかい人当たりの良さそうな人物だった。
「おお、カトリーナ様、ご無事でしたか。畏れ多くも私どもはカトリーナ様を心配しております。他国から嫁がれて、このような場所に閉じ込められるなど……。」
やはり王宮で私は軟禁されていると思われているらしい。
「ご心配には及びませんわ。ここに働く方たちが細かく気遣ってくださるので、快適に過ごしております。」
「いえいえ、カトリーナ様。ここに働く者たちは本来は王妃陛下に仕えるような身分の者ではありません。この国にはもっと高度な教育を受けた優秀な者たちがおります。」
私の事を冷遇されていると思って心配してくれているのだろうか?メイソン公爵は尚も言葉を続けた。
「それに、私はローレンスの友人でした。ローレンスと結婚して幸せになるはずだったカトリーナ様が、こんな酷い仕打ちを受けているのかと思うと、友として放ってはおけません。」
「ローレンスとお知り合いだったのですか?」
「ええ、カトリーナ様。彼とは年齢は離れていましたが、私も外交官をしています。彼はよき友人でした。ローレンスはいつも貴女の事を褒め称えていましたよ。」
ローレンス……。
彼が知り合いに私のことを話していたなんて……。
「亡くなった友人の婚約者だった貴女のことを助けたくなるのは当然です。私はカトリーナ様のお力になりたいのです。」
メイソン公爵は空を仰ぎ少し大袈裟に手を広げた。ちょっと、ローレンスのイメージと違う友達だな、なんて思ったけど、彼がリュゼット王国に滞在していた時の話も聞きたい。
「メイソン公爵、今日のところはお引き取りいただけませんか?翡翠宮への立ち入りに関しては私の方から陛下に許可をいただけないか聞いてみます。ローレンスがこの国に滞在していた時のお話も聞いてみたいですし……。」
「そうですか。カトリーナ様がそう仰るのなら……。では次の面会を楽しみにしています。」
メイソン公爵はそう言って帰っていった。
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