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はじまりはじまり。小さな冒険?
307、side カイルザーク。やって良い事と悪い事があります。
しおりを挟む『ごちそうさま、せめて期限が今日中のだけは、終わらせないと…!』
食事が終了したのでお茶を勧めると、それよりも書類!と……。
今更ながら事態の深刻さに気づいたのか、焦りの色を見せて執務机に向かい出したので、半ば強引にお茶を机に運んでおいた。
(今更焦ってるけど、昼ごろに「仕事はひと段落したから」とか、余裕をかましていたのは、どの口ですかねぇ?)
シシリー先輩の様子に思わず笑みが浮かんでしまったのだが、笑っている場合ではない。
現状の把握がしっかりと出来た状態になったのだから、執務室の大掃除を兼ねて、一気に片付けてしまいたい。
******
自分の分のお茶を机に置いて振り返ると、執務机に山と積まれた書類に囲まれて、さっそく遠い目になりかけてるシシリー先輩が見えて、思わず笑ってしまう。
……普通に話せるだけなのに、自然と笑顔が出てしまう。
普通に話す。ただそれだけの事が、こんなにも嬉しいと感じてしまうあたり、案外重症だったのだなと自覚する。
『今日中に終わらせたい書類のほとんどが、シシリー先輩のサインと決裁印だけで終わるので、頑張ってください』
そんな私の表情に、ムッと口をへの字にしているシシリー先輩へと声をかけて、順に書類を勧めていく。
『では……こちらとこちら、この書類は、一番上の書面にサインと決裁印を。内容は……』
『内容は…?』
『予算関係の稟議書です。ていうか、すでにこれ、研究始まっちゃってるんですけど……それの資金の稟議書ですね。つまり、このまま放置だったら、結果がどうであれ研究費用は職員達での自腹です。今は、見切り発進してしまっている状態になってますね』
自腹。と、いう言葉にきょとんとしている先輩。
研究室での研究費用は、基本的に学園からの予算で賄われる。
賄われるのだが。
それはもちろん、稟議を通して、決裁印を関係各署のそれぞれから貰って、最終的に学園長からの許可が下りれば、だ。
なので、ここに稟議書があるという事は……この書類を出さないことには、本当に自腹になりますよ?という事で。
まぁ、書面的には出せば確実に稟議は通るだろうと思える、説得力のある内容が丁寧な文字で書き上げられていたから、後はとにかく提出を急ぐだけなのですが。
『え……いや、それ、ヤバくない?』
『だからヤバいと、言いましたが?』
大きく目を見開き、正気を疑うような目で、私が見つめられてるわけですが、本来、その視線をするべきは私で、受けるべきはシシリー先輩なのですよ?と、思わず言いそうになってしまったのだけど、そのころころと変わる表情と声色がとても心地良く楽しくて、どうしても笑みが溢れてしまう。
するとより一層、眉間にシワを刻みながら、不審な顔になる先輩。
それがまた可愛らしくて、さらに笑いそうになってしまう。
『ちなみにこちらは、シシリー先輩が今まさに行っている研究の決裁書です。こちらに至っては、GOサインすら出ていない状態なのですが、どうしましょう?』
『どうしましょう?じゃないわよっ!!費用請求以前の問題じゃない!』
GOサインすら出ていない。これは本当で。
こういう事務処理の流れとして、最初に研究員が「こういう研究がしたいんだけど!」と、室長に申請すると、室長が「良いね!」と認めてくれるのが決裁書。
その書類をもとに予算や研究期間なんかも書き込んで、学園長だったり、総務部門へそれぞれに許可をもらう回覧板のような書類が稟議書。
これで初めて、予算が出て、研究が始まる。
つまり、シシリー先輩が行っている研究は、室長である先輩自身が許可をしていない研究という事で……。
文字で言えば矛盾しているのだけど、書類は書類だから、許可がなければ予算はおりない。
『はい。ですから頑張って今日中に提出してしまいましょうね』
思わずにこりと、無意識に笑顔が…浮かんだところで、思いっきり両手で頬をつままれる。
『笑いすぎ!……でも前言撤回するわ。仕分けしておいてくれて、ありがとう』
『どういたしまして?…痛いですけど』
『なんかすごく…つまみたくなったのよ!』
笑いすぎ!と注意されたのだけど、頬をつまむとか…これまた懐かしすぎて、さらに笑みがこぼれてしまった。
小さな頃、よくつままれてたから……。
『その二件の処理が終わりましたら、次はこちら……えっと、付箋部分に決裁印をお願いします』
『……読まずに押しちゃって良いのかしら』
『今回に関しては、読まない方が精神衛生上、安全かと』
『あ……うん、読まないほうが良さそう…学園長宛の稟議書まである……しかも期限が…』
この後に及んで頭を抱え始める。
そんな余裕はないですよ~?
さっさとサインと決裁印くださいな……。
『はいはい…落ち着いてください?ここの急ぎの書類達は、基本的に決済必須のものばかりなので、確認の目より、サインの手を動かして下さい。はい、次はこちらにサインお願いします』
黙々とサインサイン、印鑑印鑑……と機械的に作業を行なっていき、今日中に提出したいと分けておいた書類の山はなんとかクリアできた。
ま、明日は明日の書類の山があるんですけどね……。
少し放心気味のシシリー先輩へと、お茶を出して、私は寮へと帰る準備を始める。
執務室の擬似窓は、月明かりは消え、うっすらと空が白み始めている情景を映し出していた。
(徹夜とか、随分久しぶりで眠気が強い……ああ、笑いすぎていたのも、眠さで少しハイになってたのかな?)
お茶を口にした後、ぐーッと背伸びをしてから席を立つと、背後から書類をゴソゴソと掻き分けるようにして、何かを探している姿が見えた。
シシリー先輩は眠い目を擦りながら、何をしているのかと、凝視してしまう。
『ねぇ、そういえば』
『はい?』
『……袋に入れておいたカイの毛はどこへ?』
『捨てました』
一瞬「ぎゃあ」とも「ひぃっ」とも表現の難しい悲鳴のような声が聞こえた。
いや、なんで袋に纏めていたのかは知らないけど、書類を置くのに邪魔だし、そもそも抜け毛なんて、ゴミでしかない。
と、思ったのだけど、何故か興奮気味にこちらへ身を乗り出して、話し出す。
『あのふわっふわを、捨てた、と?』
『捨てました』
『あれでクッションとか発注…『やめてくださいっ』』
『ええぇぇぇっ!?』
『なんでそんなに残念そうなんですか……』
注意したら、あからさまにションボリされてしまった。
いや、単なる抜け毛だから……ションボリするほどの価値もないんだけど。
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