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はじまりはじまり。小さな冒険?
390、月夜の晩に。
しおりを挟む「こんばんは、セシリア」
名前を、そして、こんばんは。と、挨拶の声が聞こえた気がして、ベッドから身体を起こすと、月明かりに浮かび上がる窓枠に、月の光をふんわりと纏い、ほのかに光る白い塊が見えた。
ゼンナーシュタットだ。
「ゼン!……どうしたの?お城ぬけだしたら…怒られちゃうよ?」
「うん、だから、静かにね。おいで」
少しだけ開いていた窓の隙間から、前足を器用に差し込むと、するりと部屋に入り込む。
(いやいやいや……ゼン…キミは謹慎中、だよね?)
とん!と、床に降り立つと同時に、小さく見えていた身体が一気に膨らみ上がる。
月の光に照らし出されて、より一層淡い光に包まれる、流れるような真っ白な毛並みが、きらきらと本当に綺麗で。
ぼんやりと眺めていると、淡い水色のレース編みストールが被せられる。
「えっ……?」
「うん、可愛い!さぁ、舞踏会へ行こう!」
「舞踏会?!えぇぇぇ?!」
早く乗れと言わんばかりに、背を向けて『伏せ』のような姿勢になる。
この前乗せてくれたもんね。
前回と同じ要領で、背に乗せてもらうと、がくりと視界が高くなる。
「なにこれ……しんでれらみたい」
「シンデレラ…そうだね。じゃあ、12時の鐘の前には帰らないといけないから、急ごう」
ゼンナーシュタットが立ち上がったから、視界が高くなったのはもちろんだけど、そのまま軽く飛び上がって、窓を押し開け、すり抜ける。
すり抜けた先は……ここ、2階なんだけどね。
そのまま風を切って羽を広げ、飛び上がった。
「目を開けて。怖くないから、景色を覚えておいて?」
「きれい。ぜん、きらきらだね!」
強い風に煽られて、必死にしがみついていると、フッと風の抵抗を感じなくなった。
魔法で、風の抵抗を下げてくれたようだった。
風の魔法って……便利よね。
月明かりの下で、全身をきらきらと柔らかに浮かび上がるゼンナーシュタットの毛並みが本当に素敵で、思わず褒めると小さくため息が聞こえた。
「もう…そっちじゃないよ……街の景色、良く覚えておいて?」
「はぁい。あ、あしょこ。きょうかい?」
「うん、あの塔にセシリアは行ったことがあるよね?」
「あ……」
あの塔。あの塔は…ね。
教会に誘拐されて、最初にいた部屋がある塔だった。
何故わかったのか?
それは簡単。最上階に近い階層の小部屋が、爆破でもされたかのように、壁が無くなり、室内が丸見えの状態で露出していたからだ。
その個室の様子も、思いっきり見覚えがある。
「……公爵家は、あの青い屋根のお屋敷だよ。今度は、ちゃんと……帰ってこれるように、覚えておいてね」
「うん!」
今度はって、そんな早々何度も誘拐されたら困るんですけど!
そう思いつつも、実際、誘拐された後も、大人から見れば、私はいきなりの失踪を繰り返してるわけで……ほら、魔導学院へ飛ばされたりとかね?
何かあった時に、ちゃんと自力で帰れるような情報は必要だということは確かに理解した。
(もともと外出なんてした事がなかったから、あの塔に囚われてしまった時も、自宅がどこか、全くわからなかったんだし、結構大事かも)
でもさ、今、落ち着いてよくよく見ると、位置的には自宅である公爵家のお屋敷……見えてるんだよね。
多分あの塔から、必死に覗き込んだ風景に、あの特徴的な青い屋根は見えていたはずだ。
まぁ、こうやって空からの位置関係なんて……そうそう見られるものじゃないかもしれないけど。
******
「秘密基地へようこそ!」
楽しげなゼンナーシュタットの声に、そっと自分たちの降り立った場所から、下界を覗き込む。
「見える?」
「セグシュ兄様と……マリー様、いた!うわぁ…きれい…」
夜空の散歩を一通り満喫したあと、ゼンナーシュタットは王城に向かった。
そして、とても高くなっている天井部分、屋根の明かりとりのような小さな窓から、そっと中に入り込んだ。
小さなバルコニーのようになっている部分から、そっと下を覗き込むと、そこは王城の大サロン……1番広いお部屋で、魔力測定の会場にも使われていた、とても豪華なお部屋で。
その大サロンでは今まさに、舞踏会が開かれていた。
……マリー様のデビュタントだ。
シシリーの記憶によると、デビュタント…つまりね、社交界デビューですよ。
(そのデビューにあたる子たちは、その期間……今年の春から夏近くまでの社交界では真っ白なドレスを身に纏う……はずだったんだけど、うん、時代が変わったのねぇ)
マリー様は、胸に真っ白な造花を飾っていた。
多分あのコサージュが、デビュタントの印なんだと思う。
他にも同じような白い大きな花飾りをつけている子がいる。
社交界の初心者マークなのだと思うと、ちょっと微笑ましいね。
「気にしてたもんね」
ふわりと隣で同じようにして階下を覗き込んでいる、ゼンナーシュタットのサラサラの毛並みが触れる。
春もそろそろ終わりとはいえ、やっぱり夜はしっかりと冷え込むので、ゼンナーシュタットの体温を隣に感じて、実はとっても心地が良い。もふもふだし。
マリー様は、ちょっと緊張気味でかたい笑顔だったけど、セグシュ兄様のリードでどうにか1曲踊り終えたところだった。
2人ともお似合いで……そして、なんだかとても初々しい。
「よかった……たのしそう」
本当によかった。
セグシュ兄様がマリー様のデビュタントに行くことができて。
ほっと胸を撫で下ろす。
……ガレット公爵家が襲撃されて、セシリアが誘拐された時に重傷を負ってしまって…命を失う危険だってあったんだ。
母様の必死の魔法のおかげで、一命は取り留めたけれど、後遺症が残っていた。
そんな状態では、デビュタントの出席はおろか、配属が決まっていた魔術師団すら、諦めなければならないところだった。
私のせいで。
セグシュ兄様は優しいから、きっと『セシリアのせいなんかじゃないよ』とか言いそうだけど、私のせいだ。
……私の魔力測定がきっかけなのだもの。
無関係とは、絶対に言い切れない。
今日を無事に迎える事ができて、本当に良かった。
階下の2人は休憩をするのか、スタップからドリンクを受け取って、マリー様に勧めているセグシュ兄様を見て、思わず笑顔がこぼれる。
マリー様はといえば、緊張が少しだけ解けたのか、今度は周囲が気になるようで、しきりにきょろきょろと辺りを見渡していた。
「セシリアも…踊ってみる?」
ゼンナーシュタットの声に、思わず顔を上げると、その背後にゆらりと、人影が見えた。
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